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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
143/256

ガムラン

 暗闇の中でヨウコがつぶやく。


「ここ、こんなに暗かったっけ? 私の身体もなくなっちゃった。どうしたんだろう?」


 ぼんやりと遠くに光が見え、かすかな声が聞こえてくる。


「……ヨウコさん」

「誰?」


ヨウコが目を凝らすと、遠くにキースが立っているのが見える。


「……キース? ちょ、ちょっとなんであなたがここにいるの?」


 キースが笑う。


「ヨウコさん、夢を見てるんだよ」

「夢? 夢なんか見てないよ。今、目をつぶったところなんだから」


 キース、ヨウコをじっと見つめる。


「やっと役者が揃ったね。これから映画よりもずっと面白いことが起こるよ」

「何を……言ってるの?」


 キース、もう一度笑うと、ヨウコに背を向けてゆっくりと歩きだす。


「待って、キース! 行かないでよ。戻ってきて! 私と一緒に帰ろうよ」


 キース、ヨウコを無視して歩き続け、闇に吸い込まれるように見えなくなる。


「待ってよ! 私、ここから動けないの。こんな暗いところに置いていかないで! キース!」


 ヨウコ、再び暗闇に包まれパニックに陥る。


「嫌だ! こんなところ、もういたくない! ローハン! ローハン、助けて!」


 辺りが急に明るくなり、ローハンがヨウコを抱き寄せる。


「ど、どこから出てきたのよ?」

「ヨウコに呼ばれるかもしれないと思って待ってたんだ」


 ヨウコ、自分の身体を見下ろす。


「さっきまで私の身体はなかったのよ。どうして?」

「今までは俺がヨウコの身体のイメージを作ってたんだよ。身体がないと不安だろ?」

「それじゃ、私が寝てる間、ずっと一緒にいてくれたのね」

「ヨウコのそばにいるのが俺の役目だよ。退屈するだろうと思って、ネットの中を一緒に散歩したんだ。もちろんヨウコにはネット上の情報なんて理解できないから、俺がわかりやすい映像の形に直して見せてたんだけどね」

「だからローハンの描いた絵みたいな雰囲気だったのかな? すごく綺麗だったよ。最初に行ったところ、あれは偵察衛星だったんでしょ? 夜の地球が見えたわね」

「うん、衛星から24世紀の地球を見てたんだ。21世紀よりも暗い部分が多かっただろ?」

「これから私、ずっとこうなの?」

「こうって?」

「ローハンとこうやって繋がったりできるの?」

「うん、嫌なの?」

「ううん。すぐには慣れないと思うけど」


 ローハン、嬉しそうに笑う。


「ヨウコとの距離が縮まった気がするよ。俺が思ってたよりもずっと俺のことが好きなんだね」

「やめてよ、恥ずかしい。私の心が読めるの?」

「ヨウコが脳みその中で考えてる事は全然わかんないよ。でも、脳の動きを見れば、なんとなく感情が読めるんだ」


 ヨウコ、少しためらってから口を開く。


「……ねえ、ずっと怖くて聞けなかったんだけど……」

「うん」

「お腹の子は死んじゃったんだね……」

「ううん。元気にしてるよ」

「ほんとに? だって、私のお腹の中にはいないんでしょ? 身体もニセモノだし」

「『会社』で育ててもらってるんだ」

「……よかった」

「ごめん、もっと早く教えてあげればよかったんだけど、ヨウコも混乱してたからさ」


 ヨウコ、ほっとした顔でローハンを見上げる。


「死ななかっただけラッキーだったのよね。早く動けるようになりたいな。手伝ってくれる?」

「うん、明日から練習しようよ。今日はもう眠ったほうがいい。俺もずっと一緒にいるから」

「わかった。早く子供たちに会いたいな」

「そうだね。ヨウコが元気になるのを楽しみにしてるよ」

「ねえ、さっきキースに会ったんだ。すぐにいなくなっちゃったけど」

「キースに?」

「嘘だろ、って言わないの?」

「ヨウコが会ったって言うんだから会ったんだろ。よかったね」

「これから面白いことが起こるって言ってた」

「面白いこと?」

「うん」


 ローハン、ヨウコにキスする。


「楽しみにすることが増えたね。じゃお休み。明日またゆっくり話そうよ」


        *****************************************


 病室 ヨウコが目を開けて、椅子に座ったままベッドにもたれて眠っているローハンを見つめる。ヨウコ、手をゆっくりと持ち上げるとローハンの上に落とす。


「いて!」

『ごめん。起こすつもりじゃなかったんだけど』


 ローハン、体を起こして、ヨウコに微笑みかける。


「おはよう、ヨウコ。ねえ、ちょっとしゃべってみたら?」


 ヨウコ、口を開いて声を絞り出す。


「お、はよ、う」

「凄い声だな」

『悪かったわね。あとで一人で練習するわよ』

「ごめん、怒らないでよ。じゃあまず起き上がってみようか。俺が最初に動かすから、真似して繰り返してみてよ」

『わかった』


 ヨウコ、立ち上がる。


『ちょっと、もっとゆっくり動いてよ。怖いじゃない』

「甘いこと言ってちゃ、いつまでたっても動けるようにならないよ」

『そんなこと言っても怖いんだから仕方ないでしょ?』

「じゃ、ちょっと走ってみよう」

『なんでそうなるのよ?』

「愛があればこそ厳しくできるんだよ」

『……もしかして、今までいじめられた仕返ししてるんでしょ?』


 ローハン、意地悪く笑う。


「はーん、いじめてるって自覚はあったんだね」

『サエキさん、呼んじゃうよ』

「サエキさんも甘やかすな、って言ってたよ」

『ええ!』

「でも、これから俺に優しくしてくれるんだったら、手加減してあげてもいいかな」

『やだ』

「ええ? 意地っ張りだなあ。全速力で走ってみたい?」

『勝手にすれば』

「かわいくないなあ」


 サエキが入ってくる。


「朝から喧嘩するなよな」

『だって、無抵抗な私を脅迫するのよ』

「脅迫なんてしてないだろ」

『こんな卑怯な手を使うとは思わなかった。ローハンなんか大嫌い。リハビリは一人でするわよ。出てってよ』

「ええ? そんな……」


 サエキが笑う。


「本気でショックを受けるなよ」

『悲しそうな顔しちゃって。かわいいなあ。身体が動けばぐりぐりしてやりたいところだわ』

「からかってたの? ひどいよ、ヨウコ」

「動けないヨウコちゃんにいじめられてどうするんだよ。ほら、朝食できてるぞ。隣の部屋で食べようよ。ヨウコちゃん、コーヒーなんて久しぶりだろ?」

『コーヒーを飲むなんて、そんな複雑なことできないよ』


 ローハンが笑う。


「俺が手伝うから大丈夫だよ。早く動けるようになってぐりぐりしてもらわなきゃ」

「『ぐりぐり』って具体的にどんなことをするんだ?」


 ローハン、信じられないと言う顔でサエキを見る。


「やだなあ、サエキさん。普通そんなこと聞くかなあ?」

「わかったよ。聞かないでおくよ」


        *****************************************


 ヨウコがベッドに横たわって窓から空を眺めている。突然、ヨウコの頭の中で声が聞こえる。


『ヨウコさん、気分はどう?』

『誰? キース……とは声が違うわね』

『俺とあいつを一緒にしないで欲しいなあ』

『……サエキさん、誰かが私に話しかけてるんだけど』


 ソファに座って漫画を読んでいたサエキが顔をあげる。


「ああ、ガムから『通信』が入ってるんだよ」

『ガムさん?』

『やあ、ガムランです。どうも、はじめまして』


 サエキ、宙に向かって話しかける。


「お前さあ、顔ぐらい出したらどうなんだよ。社内にいるんだろ?」

『ヨウコさんは本来ここにいるべき人間じゃないからな。なるべく24世紀は見ないほうがいいだろ』

「そうか?」

『まあ、声で挨拶ぐらいなら構わんだろうと思ってな』


 ヨウコ、首を傾げる。


『……私、あなたと話すの初めてよね?』

『そうだけど?』

『どうも初めて話した気がしないんだ。その低い声、なんだか聞き覚えがあるのよねえ』

『渋みがあっていい声だろ?』

『時代劇の役者さんって感じだな。コンピュータってみんな美声なの?』


 サエキが笑う。


「不快な声だったら、ユーザーの気分が悪いじゃないか」

『俺の場合、見た目も相当格好いいんだがな。ヨウコさんが惚れちゃまずいから会わずにおくよ』

『たいした自信ね』

『間違いなく惚れるよ。賭けてもいい』

『会えないんだったら賭けても意味ないわね』


 ガムラン、笑う。


『さっきも言ったとおり、たいしたおもてなしはできないんだ。さっさと21世紀に戻ってもらわなきゃならない。命を救ったんだからそれで我慢してくれ』

『なんだ、せっかくだから観光したかったのにな』

『そのうちヨウコさんが歳とって死ぬだけになったら、俺が案内してやるよ。賭けもそのときまでお預けだな』

『わかったわ。約束だからね』

『でも、俺、忘れっぽいからなあ。何十年も先まで覚えてるかな?』

『あなたが忘れるはずなんてないでしょ? 嘘つきなんだね』

『初めて話した相手から嘘つき呼ばわりされるとは思わなかったよ。今のは冗談だ。俺はデートの約束は守るよ』

『デートの約束なんかしちゃ、奥さんが怒るんじゃないの?』


 ガムラン、また笑う。


『サエキさんに聞いたんだな。心配はいらんよ。俺の奥さん、ヨウコさんのファンなんだ』


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