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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
14/256

雨降って地固まる

 翌朝 キッチンでサエキが新聞を読んでいるところにローハンが入ってくる。


「おはよう。ヨウコちゃんは?」

「まだ寝てるよ。なかなか寝付けなかったみたいでさ。土曜日だし起こさなかった。ねえ、サエキさん、ヨウコの背中の傷のこと、知ってたの?」

「うん。あれは前の夫にやられたんだ。ルークの父親だな」

「話しておいてくれればよかったのに」

「そうか。すまん。ショックを受けるかと思って」

「知らなかったから余計にショックが大きかったよ」

「21世紀は暴力の時代だからな。ナイーブなお前がやってけるか心配だよ」


 ローハン、暗い表情でサエキの顔を見る。


「サエキさん、ヨウコは傷だらけなんだ」

「そんなに……ひどいのか?」

「身体の傷じゃなくてさ、ヨウコの心はボロボロなのに、いままで気づきもしなかった」

「まだ会ったばかりじゃないか。それにヨウコちゃん、人に弱みを見せるのが嫌いなんだよ」

「俺はヨウコの力になれるのかな」

「お前しかいないだろ」

「そうだね」

「荷が重い?」

「まさか。俺がそう思えないように作ったのはそっちだろ。ここには『天使』はいないんだね」

「うん。『天使』もガムランもいないから、みんな自分の身は自分で守らなきゃならない。でもヨウコちゃんの願いが叶えばなにもかも変わるんだから、そんなに悲観したものでもないだろ?」

「ヨウコには『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)』のこと、まだ話さないの?」

「まだまだ早いよ。ヨウコちゃんがもっと自分の幸せを受け入れられるようになったら、その時にお前から話してやれよ」


 ヨウコ、眠そうな顔で入ってくる。


「おはよう。コーヒーある?」


 サエキ、すました顔で尋ねる。


「ヨウコちゃん、セックス、どうだったの?」

「ええ、やめてよ、サエキさん」


 ヨウコ、うろたえるが、ローハンがサエキに向かって親指を立てる。ヨウコ、赤くなる。


「ローハン!」


 サエキ、愉快そうに笑う。


「そりゃあ、練習には事欠かなかったもんな。お前がいなくなってずいぶん女の子が泣いたんだぞ。あっちに戻る度にお前がどこに行ったのか聞かれるよ。21世紀にいるだなんて教えるわけにはいかないけどな」


 ヨウコ、険しい顔でサエキを見る。


「ちょっとサエキさん、今のどういう意味?」

「さあ、本人に聞いたら? 今日は俺、『会社』に戻んなきゃ」


 サエキ、立ち上がって部屋から出て行く。


「ローハン、もしかして初めてじゃなかったの?」

「うん。初めてじゃないよ」

「あんたは私だけのために特注で作られたんでしょ。なんで私が最初じゃないのよ」

「経験つんどかなきゃ、って思ってさ。むこうにいた時はみんな快く協力してくれたよ。ヨウコ、どうしたの?」


 ヨウコ ブスっとする。


「みんなって事は一人じゃないんだ。未来の女の子ってさぞかわいいんでしょうね」

「そうだなあ。俺には『かわいい』の基準がよくわかんないけどさ、みんなきれいだと思うよ。にきびとか出来ないし」

「ローハンのバカ。あっち行け」


 ローハン、愕然とする。


「ヨウコ? なんで? なんでヨウコが怒るのさ?」

「うるさい。あんたなんか大嫌い。帰っちゃえ」

「ええ! どうしてだよ? 下手だった? 返品したくなるほど?」

「違うわよ。めちゃくちゃ妬いてるのよ。わかんない?」

「だって、あの子たちのこと、別に好きでもなんでもなかったんだから妬くことないだろ? 24世紀じゃ気が合えば誰とでもしちゃうよ。この時代みたいに病気も妊娠も心配しなくていいからさ」

「気が合ったんだ……。サエキさん、呼んで。もうローハンなんていらない」

「やだ」

「あっちに戻ればいいじゃない。おっぱいの小さな子なんていないんでしょ」

「やだ、ヨウコじゃなきゃ嫌だ」


 ローハン、ヨウコを抱きしめる。


「私、ブスだよ」

「俺はブスがいいの。ヨウコのバーカ」 


       *****************************************


 その日の午後、居間でローハンとサエキが話している。


「サエキさんがうっかりしたこと言うから、ひどい目にあったよ。でもヨウコがあそこまで怒るとはびっくりしたな」

「そりゃ、ここは24世紀とは違うさ。でももう仲直りしたんだろ?」

「うん。俺が謝り倒したからさ」

「俺はうっかりなんてしてないぞ。せっかくここまで漕ぎ着けたっていうのに、お前らがじめじめしてるからさ、一度喧嘩でもしたほうがすっきりするかと思ったんだよ。『雨降って地固まる』って言うだろ?」

「もう。固まらなかったらどうする気だよ。余計なことしなくてもいいのに」

「それが俺の仕事だもんね」


 ローハン、うっとりとした表情を浮かべる。


「ねえ、サエキさん。セックスがこんなにいいモノだなんて俺知らなかったよ。あっちじゃずいぶん遊んだんだけどなあ」

「遊んだんじゃなくて遊ばれてたように見えたぞ? 惚れた子が相手だと全然違うんだよ。お前は生涯恋愛気分でいられるんだもんな。うらやましいよ」

「俺って幸せなんだね」

「でもヨウコちゃんの方は人間だから醒めちゃうかもしれないなあ」

「ええ? それは困るよ」

「お前次第だろ? まあ当分、そういう事はなさそうだけどな」

「俺次第? 俺のテクニック次第ってことか」

「それは違うと思うぞ」

                                           

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