マメ
三週間後 居間でヨウコが洗濯物をたたんでいるところに、ローハンが地味な顔立ちの男を伴って入ってくる。
「ヨウコにお客さんだよ」
「ええと、どなた?」
男が慇懃に頭を下げる。
「私、マメと申します」
「マメ? マメってコンピュータの?」
「はい、そうです」
「じゃ、俺は遠慮するよ。ごゆっくり」
ローハンが出ていくと、マメがヨウコの顔をじっと見つめる。
「初めまして、ヨウコさんにお会いする日が来るとは思ってもいませんでしたよ」
「サエキさんがあなたには人型の端末なんて使えないって言ってたけど……」
マメ、驚いたような表情を浮かべる。
「おや、サエキさん、そんな事を言ってましたか? そりゃ、キースみたいにはいきませんけど、動かすぐらいはできますよ。滅多に使うことはありませんけどね」
「今、ちょっと気を悪くしたでしょ?」
「私には傷つくような感情はありませんよ」
「でも、わかったわよ」
マメ、笑う。
「本当の事を言いますと、少しプライドを傷つけられました。私は小さな機械ですが、50年も生きていればいろいろと学びますからね。性能のわりには器用なんですよ」
「24世紀の人ってみんな美形なのに、その端末はずいぶんと地味なのね」
「情報収集に使うんで、印象に残りにくい顔立ちにしてあるんです。後でヨウコさんが思い出そうとしても思い出せないと思いますよ。この端末はキースがよく使ってましたね」
「え? キースがその身体を使ってたの?」
「だって、あの人、本業は情報収集ですからね。俳優端末でうろうろしてちゃ、目立ってしかたないでしょ? 現実はスパイ映画とは違いますからね」
「ところで、わざわざ出向いてくれるなんて、大事な用事があるんでしょ?」
「ええ、キースから預かったモノをお届けにあがったんです」
マメ、ポケットから封筒を取り出すとヨウコに渡す。
「手紙?」
「『後からメッセージが届くって演出が、これまたベタでムカつくって言われるかもしれないけど……』って言ってましたよ」
ヨウコ、笑う。
「ほんと、人の言ったこと、忘れないのよね」
「今、開けていただけますか? 受け取るのを見届けるように言われてるんです」
「うん。中に何か入ってるね」
ヨウコ、封筒を開けて便箋と指輪を取り出す。
「指輪?」
ヨウコ、便箋を広げて手紙を読む。
「何て書いてありました?」
「え?」
「ああ、すみません。デリカシーがないもので。どうも好奇心ばかり強くて参ります」
ヨウコ、笑う。
「キースもそうだったわね。『これはヨウコさんが持ってて』って書いてあるわ。それだけよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「大きな指輪ね。これ、キースが私の誕生日にくれた指輪と同じデザインだわ」
ヨウコ、自分の右手の指輪を見る。
「そうか、こっちはキースの指輪なんだ。……おそろいで作らせたんだね」
下を向いたヨウコに、マメが話しかける。
「あの人、移動中にはいつもその指輪をはめていましたよ。公の場所でははずしてましたけどね。……ヨウコさん、泣かないでくださいよ」
「うん、ごめん」
「もしあなたが泣いたら、こう伝えるように言われたんです」
「なに?」
「『ヨウコさんの泣き顔だけは見られたもんじゃないよ。はた迷惑だからもう泣くな』ってね」
ヨウコ、笑う。
「そうか、ありがとう。……ねえ、せっかく来てくれたんだから、お茶でも飲んで行ってよ」
「いえ、この端末にはそこまでの機能はないんです。それにどうせ私にはお茶の味なんてわかりはしません。このまま失礼しますよ。お茶に誘われたのは初めてなんで嬉しかったですけどね」
マメ、ヨウコに会釈すると部屋から出て行く。
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家から少し離れた丘の上 リュウがぼんやり座っているところにアリサとウーフがやって来る。
「お前がサボってるなんて珍しいこともあるもんだ」
「サボってなんかいませんよ。五分休憩中です」
アリサとウーフ、リュウの隣に腰を下ろす。
「お前、最近元気がないな。どうかしたのか?」
「キースがいなくなって万物は変化するものだと思い知らされました。以前はみんなで楽しく暮らしていたのに、今ではヨウコさんはいつも悲しい目をしています」
「ヨウコ姉ちゃん、まだ落ち込んでるなあ。当たり前か」
「ヨウコもあいつが好きだったからな」
アリサがリュウの顔を見る。
「なあ、キースは死んでしもうたん?」
「機械ですからね。死んだわけではありませんけど」
「ようわからんけど、もう会われへんのか?」
「ええ、会えません」
ウーフが唸る。
「さっさと好きだって言えばよかったんだ。この時代の人間はまどろっこしいな」
「そうは言っても、結婚してんのにほかの男に手を出せるもんやないで。ローハン兄さんともラブラブやもん。世の中そんなに簡単にはいかへんわ」
「俺は好きだったら好きだって言うぞ」
「そうなんか?」
「アリサが好きだっていつも言ってるだろ」
「ほんまやなあ。ウーフはかわいいわあ」
アリサ、ウーフの頭をなでる。
「俺はいつも犬扱いだ」
リュウ、ウーフを見つめる。
「ウーフはアリサさんのこと、本気なんですか?」
「本気じゃないのに好きだなんて言うもんか」
「それでは、アリサさんをよろしくお願いいたします」
リュウ、ウーフに向かって頭を下げる。
「どうかしたのか?」
「ああ、私は24世紀の人間ですからね。こちらの方とお付き合いするわけにはいきません。教団の誓いもありますし」
アリサ、驚いてリュウを見る。
「お、お付き合い?」
「……お前、アリサが好きなのか?」
「ヨウコさんの従姉妹とわかってはいるのですが。失礼をお許しください。それでは見回りに行って参ります」
リュウ、立ち上がると丘を下っていく。アリサが赤くなる。
「び、びびったわ」
「アリサ、真っ赤だぞ。あいつ、タイプなのか?」
「え? ああ、見た目は凄いけどな。そんじょそこらのイケメン俳優よりもカッコええで」
「でも、あいつ、変なんだぞ。ヨウコが『カミサマの使い』だと思い込んでるんだ。俺にしといたほうが無難だぞ」
「確かにしゃべり方は怪しいなあ。日本人やないんか? リュウって日本の名前やろ?」
「日系人だってさ。リュウってのはあだ名だ。ほんとはアンドリュウって言うんだけど、ヨウコが勝手にリュウって呼び出したんだ」
「アンドリュウ? めちゃ外国の人やん」
「あいつのことはどうでもいいだろ。アリサ、散歩に行こうぜ」
ウーフ、立ち上がる。
「だって、私、もう戻って英語の宿題やらんとあかんもん。完了形が苦手やねん。過去完了なんて、もう何がやりたいんかもわからんわ」
「俺が手伝ってやるよ。ルークの宿題も俺がみてるんだ」
「ウーフ、英語得意なん?」
「英語だと? 俺にわからないのはインドの方言ぐらいのもんだ」
「へえ、凄いんやなあ。海外旅行に連れてったら便利やろうな」
「アリサと旅行か。いいな。いつ行く?」
「よう考えたら、犬がしゃべったらまずいなあ。やっぱり役にたたんわ」
ウーフ、憂鬱そうに耳を後ろに倒す。
「そうだな。次こそはヨウコに敷物にされるからな。犬は損だな」
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さらに数週間顔、ヨウコがキッチンに入ってくるとサエキに話しかける。
「ねえ、サエキさんの部屋って狭いうえに、怪しいフィギュアや本でいっぱいでしょ? ローハンとね、離れを改装してサエキさんとハルちゃんに住んでもらおうかって言ってるんだけど、どう思う? ハルちゃんが来るまでには間に合わないけどね」
「ええ? あそこ物置にしてるんだろ? 俺たちが使っちゃっていいの?」
「物置だったらローハンに建ててもらうわよ。あそこ、元々は人が住んでたんだって。かわいい造りだし、物置なんかにしとくのももったいないでしょ」
「そうしてもらえたら助かるな。ハルちゃん、喜ぶよ」
「うん。じゃあ、早速ローハンに働いてもらわなきゃね。サエキさんも手伝いなさいよ。……あれ、また気持ち悪くなっちゃった」
ヨウコ、しゃがみこんで口を押さえる。
「どうしたんだよ。体調悪いのか?」
「うん、ここ数日、なんだかだるくてさ、ムカムカするの」
「……ヨウコちゃん、それってもしかして妊娠じゃないのか?」
「サエキさんもそう思う?」
「だって、前回と様子が似てるからさ。生理は?」
「予定日を過ぎても来ないのよね。そろそろローハンを問いただそうかと思ってたとこなの。サエキさんは何か聞いてない?」
「聞いてないよ。あいつ、何を考えてるんだ? 今、呼ぶよ」
しばらくしてローハンが入ってくる。
「お前、またヨウコちゃんに黙って子作りに励んだだろ?」
「ええ? もう妊娠しちゃったの? 俺、上達したんだなあ」
「あんた、何を考えてるのよ?」
「だって、ヨウコが当分落ち込みそうな様子だったからさ、赤ちゃんができればさすがにそっちに気が行くかなあ、って思ったんだ」
「……あんたってそんな理由で人を妊娠させるわけ?」
「うん」
「最近ちょっとは元気になってきたのよ」
「でも、できちゃったから手遅れだよ」
「高齢出産になちゃうんだけど」
「まだまだ余裕だろ? 今度は男か女かわかんないようにしておいたよ。もう一人ずついるから、どっちでもいいんだろ?」
「仕方ないなあ」
「あれ、怒らないの?」
「うん、ローハンの言う通り、頑張らなきゃって気になってきたわ」
ローハン、笑う。
「じゃ、これからはご飯をしっかり食べなよ。体重ずいぶん減っただろ?」
「だから梅干が食べたかったんだ。切らしてるから買ってこようっと。ローハン、リュウに出かけるって伝えてくれる?」
部屋から出て行くヨウコを唖然とした顔でサエキが見送る。
「ほんと、受け入れるの早いなあ。びっくりするよ」
ローハン、嬉しそうに笑う。
「よかった。もっと怒るかと思って心配しちゃった」
サエキ、ローハンを睨みつける。
「お前はなあ、そういう大切な事はまず俺に相談しろって言ってあるだろ? 何度言ったらわかるんだ」
「違うんだよ、サエキさん」
「何が違うんだよ?」
ローハン、サエキの怒った顔を見て面白そうに笑う。
「あれはね、キースの子なんだよ」




