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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
134/256

サエキの処分

 居間 ソファの上で、目を真っ赤に泣き腫らしたヨウコの肩をローハンが抱いている。


「……私、キースとキスしちゃった」

「キースとならいつもしてたじゃないか」

「そんなんじゃなくて……、そんなんじゃない奴よ。わかるでしょ?」

「あいつ、ヨウコの事、大好きだったもんな」

「もしかして知ってたの?」


 ヨウコの目から涙がこぼれる。


「あいつの気持ち、受け止めてあげられた?」

「たぶん。でも、わかんない。私も好きだって言っちゃった」


 ヨウコ、ローハンを見上げる。


「いつの間にか好きになっちゃってたの」


 ローハン、微笑む。


「そうか、じゃあ、あいつ嬉しかっただろうな」

「怒らないの?」

「ヨウコの浮気者って? 惹かれてたんだろ? 今更そんなこと言わないよ」

「……それにも気づいてたんだ」

「なんとかしてあげたかったんだけどね。俺にはどうしようもなかったんだ。ごめんね」


 ローハン、ヨウコを抱き寄せる。


「キースは……何をしたの?」

「24世紀のネットワークに侵入したんだ。だから……暴走したとみなされた」

「でも、それは不可能なんじゃないの? 時間を越えてネットワーク同士を繋ぐことは出来ないってサエキさんに聞いたよ」

「それがね、不可能じゃないんだよ。この間、キースと俺とで方法を見つけたんだ。今までどうして誰も気づかなかったのか不思議なぐらい簡単なことなんだけどね。でも、まさか許可もなく入り込むなんて思いもしなかった」

「キースはどうなっちゃうの?」

「本体をどうするかはガムランが決める。端末……キースの身体はサエキさんが『会社』で保管してもらうって」

「私のせいなんでしょ? 私のために何かしようとしたのね?」

「ヨウコのせいなんかじゃないよ。キース、『天使』に会ったって言ってたな。くわしくは教えてはもらえなかったけどね」


 ヨウコ、身震いしてローハンを見上げる。


「あなたはいなくなったりしないよね」

「キースとね、ずっとヨウコのそばにいるって約束したんだ。だからヨウコは心配しなくていいんだよ」

                                               

        *****************************************


 数日後  居間にサエキが入って来ると、アーヤと遊んでいるローハンに話しかける。


「ローハン、ヨウコちゃんはどう? 俺とあまり話したがらないんだ、俺がキースを見捨てたと思ってるんだろうな」

「元気に振舞ってはいるけどね、無理してるのがわかるから、見てて辛いよ。思い出しては隠れて泣いてるよ」

「なるべく一緒にいてやってな。俺もずっと気が重いよ。親兄弟を殺した気分だ」

「仕方なかったってヨウコもわかってる。サエキさんは自分を責めないで。俺が気づいていれば止めることができたのに……」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 アーヤ、サエキを見上げる。


「ぎぃぎぃ」

「そうだよ、アーヤ。キースおじさんの話をしてるんだ」

「アーヤも元気がないんだ。いなくなったのがわかるみたい。キースになついてたからなあ」

「俺、来週、ガムランと会ってくるよ。これからはお前だけになっちまうが、なんとかなるだろ?」

「ほんとに左遷されちゃうの? サエキさんがいなくなったら困るよ。うまくやってく自信ないよ」

「キースのことで嘘をつき続けてたのがバレちゃったからさ。今回は言い逃れのしようがないよ」


 サエキ、アーヤを抱き上げるとさびしそうに笑う。


「ニューヨークか。サエキおじさんももうしばらくこっちにいたかったなあ」

                                               

        *****************************************


 24世紀 『会社』の一室 サエキが入ってくると、ガムランに話しかける。


「明けましておめでとう」

「もう三月だぞ」

「あっちはまだ正月だよ。知ってるくせに」

「だからってお年玉なんてやらないよ」

「むこうはだいぶ落ち着いたよ。俺の処分はどうなった?」


 ガムラン、怪訝な顔でサエキを見る。


「何の話?」

「ニューヨーク支部の最上階の部屋、くれるって言っただろ?」

「行きたいの? サエキさん、地面から離れると体調崩すくせに」

「行きたくないけど、何かあったら処分するって言ったのはお前だろ? きちんと責任は取るよ」

「ああ、このくらいならニューヨークに送るほどじゃない」

「このくらい? 俺の勝手な判断で、コンピューター一基、使用不能にしたんだよ?」


 ガムラン、窓際へ行くと外を眺める。


「もちろん責任は取ってもらうよ。サエキさんにはこの任務を降りてもらう」

「……そうか」

「後任はハルノだ」

「ハルちゃん?」

「ただし、ハルノにはまだまだ経験が足りないからな。サエキさんがそばについて補佐してやれ」

「いいのか?」


 ガムラン、振り返る。


「俺がいいって言ってるからいいんだよ。ヨウコさんさ、今、サエキさんがいなくなったらどうなっちゃうと思う? ニューヨークで楽されるわけにはいかないよ」

「本当に?」

「サエキさんの代わりのできる奴なんていないだろ。ヒルダでも送り込んだら面白いだろうけどな」

「ありがとうな」


 ガムラン、笑みを浮かべる。


「礼には及ばないよ。後からニューヨーク行っときゃよかった、って思うことになるかもなあ」

「不吉なこと言うなよ。それにしてもマメの奴、全然頼りにならんぞ。苦情は出てないのか?」

「出てるけどしかたないだろ。あいつにフギンの仕事、全部押し付けちゃかわいそうだよ。不満を言うだけの頭もない奴だけどさ」

「キースは要領がよかったからなあ」

「あいつ、真面目ぶってたわりには全力で仕事したことないんだよ。実力出し切ったのって、こっちに侵入してきたときが初めてじゃないの? それでもどこにもたどり着けやしなかったけどさ」

「そんなことないさ。『天使』に会ったって言ってたぞ」


 ガムラン、冷ややかにサエキを見る。


「『天使』なんていないよ」

「いるよ。信じるか信じないかはお前の勝手だけどさ」

「サエキさんは昔から『天使』が大好きだもんな。ヨウコさんはまだ落ち込んでるんだろ?」

「立ち直るのにずいぶんかかりそうだよ。ぎりぎりになって自分の気持ちに気づいちゃったからさ。何を見てもキースの事を思い出すんだ。正月は特にいかん。鏡餅を連想するらしい」

「サエキさんがさっさと俺にフギンのこと教えてくれりゃ、こんなことにはならなかったのになあ」

「あいつは最初から本気だったんだ。誰にも止められなかったよ」

「そうか? 記憶を消すなり人格を変えるなりできたのに」


 サエキ、ガムランを睨む。


「だからお前には話せなかったんだよ。お前はキースに冷た過ぎだ」

「ただのAIじゃないか」

「お前もだろ?」

「サエキさん。今朝、猫を拾ったんだ」

「話をそらしてる?」

「あのさあ、ヨウコさんの情報漏洩の件なんだけどな。ネットワークに流れたのは見つけ次第消してるんだけど、誰かが紙のお手紙を配って歩いてるみたいなんだ。俺には回収しきれないよ」

「困るなあ。おまえの私設軍隊を総動員しても駄目なのか?」

「人聞きの悪いこと言うなあ。あいつらのお仕事は公園の草むしりだろ?」

「草むしりにあんな高性能なロボットはいらないだろ?」

「公共施設の維持管理っていう意味だよ」

「あれだけいれば都市だって制圧できるんじゃないのか?」


 ガムラン、無表情でサエキを見返す。


「それなら俺一人で十分だ」

「真顔で言うなよ」


 ガムラン、笑う。


「びびった?」

「びびらないよ。ヨウコちゃんの件、なんとかしてくれなきゃ困るよ。日常生活にも支障をきたしてるんだからさ」

「善処しましょう」

「今ひとつ誠意が感じられないなあ」

「忙しいんだよ。俺、今から『魔女狩り』だからさ」

「また遊びに行くのか?」

「今日の仕事量はすごいんだ。息抜きぐらいしたっていいだろ。サエキさんも行くか? 最近の魔女はかわいい子が多いぞ。しつこく誘われてるんで、今回ぐらいは参加しようと思ってな。奥さんには内緒だよ」


 サエキ、首を振る。


「いや、今はまだ遊びに行くような気分にはなれないよ。あれ、そういえば、今、上院本会議中だよな。どんな具合?」

「今、ジェイコブじいさんが俺をなじってるところだよ。俺ばかりを目の仇にしやがって」

「お前の権限を縮小させろ、って言うんだろ? そりゃ、いいアイデアだと思うけどな」

「じじい、俺を『ビッグブラザー』呼ばわりするんだ。俺、こう見えても繊細だから傷つくんだよ。いつまで生きてるつもりなんだろうなあ。不慮の事故に遭わせてやってもいいんだけどな」

「毎回同じこと言ってるだろ。プライベートじゃ仲いいくせに」

「そうだったっけ?」

「じいさんがいなくなっても、あの子飼いのリーアムってのが後釜に座るんじゃないのか? 頭も切れるし、人気もあるみたいだぞ。じいさんよりも手ごわそうだ」

「ああ、あれ、俺なんだ。将来有望だろ」

「ええ? リーアムが? あいつ、お前の端末なのか?」

「一度、議員席に座ってみたくてさ。サエキさんと俺だけの秘密だよ」

「議員は全員徹底的にスキャンされるって聞いたぞ?」

「スキャンの結果に問題がなきゃいいんだろ?」

「それはまずいだろ? バレたらどうする?」

「バレやしないさ。じいさん、今期中に投票に持ち込む気なんだ。自信があるみたいだぞ」

「本当か? クーデターじゃないか」

「大げさだな。俺はただの行政管理の道具だよ。サエキさんみたいに擬人化して考える奴がいるから、ややこしいことになるんだ。遅れちゃまずいから行くよ。魔女共を怒らせると、裸に剥かれて生贄にされるからな」


 ガムラン、二本の棒が突き出た器具を背負い、ゴーグルをかけると窓枠に登る。


「またそこから出るのか」

「小型のジェットパックを貰ったんだ。北欧っぽいデザインでいいだろ。面白そうな試作品は全部回してもらうんだが、危ないのが多くてな、この間は腕を一本失くしちまったよ。サエキさんみたいだな」

「そんな細いので大丈夫なのか? 傘はどうした?」


 ガムラン、にやりと笑う。


「あれはだな、ダメだな。サエキさんもやめといたほうがいい。友人としての忠告だ」

「試す気ないからいいよ」

「そうそう。さっきの猫の話だけどさ」

「はあ?」

「俺の部屋にいるからなんとかしといて」

「ほんとに拾ったのか。なんとかしろって言われても困るんだけど」

「不細工なんだよ。今、猫の飼育許可がなかなかおりないだろ? あれじゃ間違いなく処分される」

「確かに街の中、猫だらけだよな。俺、こっちに住んでないんだし、猫なんて飼えないよ?」

「ヨウコさんにあげたら? 猫好きなんだろ? 子猫がいればちょっとは気が紛れるかもよ」

「この時代の猫なんて連れていけないだろ? 遺伝子汚染を起こしたらどうする?」

「避妊手術しろ。クローンも作らせるな。そうすりゃサエキさんよりは安全だろ? じゃな」

「おい」


 ガムラン、窓枠を乗り越えて一気に飛び去る。サエキ、窓から身を乗り出して、みるみるうちに遠ざかっていくガムランを見送る。


「凄いな。あんなの野放しにしといていいのかなあ?」


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