最後の約束
居間 サエキがいきなり飛び込んでくる。
「ローハン! キースはどこだ?」
「外だよ。ヨウコと一緒にいるよ」
「ありえない事なんだが、キースが24世紀側のネットワークに入り込んでるそうだ」
「……今?」
「あまり驚かないな。何か知ってるのか?」
「ううん」
「ガムがこっちで切っちゃってくれって言ってる」
「切っちゃう?」
「強制終了させろ、って」
「ええ? そこまでしなくってもいいだろ?」
「そこまで? お前にはキースのしたことの意味がわかってるのか?」
「……終了って……サエキさんがやるの? ガムランにだってできるんだろ?」
「自分で手を下すのは嫌なんだろうな。ほかの奴にやらせるぐらいなら、俺が自分でやったほうがいい」
サエキ、『通信』でキースに話しかける。
「おい、キース、何やってるんだよ?」
『サエキさん……』
「ガムにお前を停止させるように言われたよ」
『あいつ、サエキさんに押し付けたんですか。……迷惑かけてすみません』
「ヨウコちゃんを狙ってる犯人を捜すつもりだったのか? そんな簡単にいかないのはわかってるだろ?」
『そうですね。僅かな手がかりでも、と思ったんですが、そう甘くはありませんでした』
「見つかれば停止させられるとは思わなかったのか?」
『そうなれば、少なくとも僕を通してヨウコさんの情報が漏れることはなくなりますね』
「お前、最初からそのつもりで……」
キース、笑う。
『そうだ、こっちで『天使』に会ったんですよ』
「『守護天使』か?」
『ええ、「天使」からサエキさんに伝言を預かりました。「天使の卵」をよろしくって』
「よろしくって言われても困るぞ。『天使の卵』が何なのかもわからないのに、どうしろって言うんだよ?」
キース、また笑う。
『確かに伝えましたよ。それとね、僕、ヨウコさんに好きだって言っちゃいました。約束破ってすみません』
「そうか……いいよ、もう気にするな」
『僕がヨウコさんにかけた暗示なんですけどね、ヨウコさん、自分で解いてしまったんです。だから、僕がいなくなったら悲しむでしょうね。申し訳ないことをしました』
「俺たちが面倒みるから、心配はいらないよ」
『ローハン、君はいつもヨウコさんのそばにいてあげて。これからいろいろ起こるけど、君たちなら乗り越えられるから』
「わかってる。絶対に離れやしないよ」
『あと一つだけ言っておかなきゃ。僕が出演した三作目の映画の筋なんですけどね、あれは使えますよ。覚えててください』
「映画? 一体、何の話だ?」
『そのうち、わかりますよ。サエキさん、早くやらなきゃガムランの馬鹿に怒られちゃいますよ』
暗い顔で椅子に座り込んだサエキに、ローハンが尋ねる。
「どうやってキースを終了させるの?」
「そういうコマンドがあるんだよ。趣味の悪い呪文みたいなのが」
『復唱しますか?』
「そんなの、しなくていいよ。……おい、いいこと思いついたぞ。お前、自分で終了したらどうなんだ?」
『自分で?』
「できるんだろ?」
『いいんですか?』
「うん、誰も見てないし構わないよ。また起こしてやれる日が来ないとは限らないからな。きれいに終わっとけ」
『……サエキさん、ありがとう。お世話になりました。ローハン、すぐに来てくれる? ヨウコさんには耐えられない。後を頼むよ』
「わかった。今行くよ」
ローハン、立ち上がると足早に部屋から出て行く。
サエキ、眼鏡をはずし、うつむいて目頭を押さえる。
「……じゃ、またな、キース」
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24世紀 『会社』の一室 ガムランが窓ぎわに立っている。ウサギと若い女性の姿をしたバジルの人型端末がソファに座っている。
ガムランが微笑を浮かべる。
「あいつが来たよ」
ウサギが不思議そうに聞き返す。
「あいつとは誰です?」
バジルが答える。
「フギンよ。この時代のネットワークに侵入してきたの」
ウサギ、不思議そうにひげをひねる。
「フギンというとキース君の事ですね? 21世紀からこちらに侵入? それは不可能ではありませんでしたか?」
「今の今まではな」
「可能だとすると……」
「世紀の大発見ってところだな。ただ、あいつごときにそこまでできるとは思えないんだよな。ウサギさんのスーパーロボットが共謀してるんじゃないのか?」
「どうするんです?」
「サエキさんに止めるように伝えておいたよ」
「強制終了ということですね? サエキ君にやらせて危険はないんですか?」
「あいつは『友達』は大事にするからな。サエキさんに抵抗なんてしやしないさ。俺がやると弱い物イジメだって奥さんにどやされるよ。バジルだってやりたくないだろ?」
バジル、肩をすくめる。
「当たり前じゃない」
「まったく、身分をわきまえず、女に惚れるからこんなことになるんだ。バジル、お前も気をつけろよ」
ウサギがガムランを見る。
「ヨウコちゃんの事ですね。あなたも気づいてましたか?」
「俺が気づかんはずがないだろ? 『ヨウコ』には人類の未来がかかってるんだぞ。任務も忘れて救世主に惚れるとは何を考えてるんだ」
「フギンの人格の基本設定は、ヒルダに任せたんでしたね?」
「それがそもそもの間違いだな。わがままで自分勝手で人の迷惑なんて考えない。プログラマーそっくりじゃないか。いなくなってくれりゃ好都合だよ」
「何が目的で侵入してきたんでしょうか?」
「さあな。本人に聞いてみなけりゃわからんよ。聞く気もないけどな」
「直接話すつもりはないんですか? それに、どうやってこちらのネットワークに侵入できたのかも教えてもらわなくては」
ガムラン、不機嫌そうにウサギを見る。
「俺、あいつと話すのやなの。後であいつの本体を調べりゃわかることだ」
「なんとかなりませんかね。キース君がいなくなると、ヨウコちゃんもローハンも悲しみますよ」
「ならんよ。それにもう手遅れだ」
バジルがため息をつく。
「結局どこにもたどり着けなかったわね。一度直接話してみたかったんだけどな」
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ヨウコとキース、丘の斜面に寄り添って座っている。
「ヨウコさんに僕の見てるものを見せたいな」
「何を見てるの?」
「346年後の世界。井の中の蛙ってのは僕のことを言うんだな。ここのネットワークは果てしなく広いよ。ガムランに馬鹿にされるのも無理ないか」
「どういうこと? 24世紀にはアクセスできないって言ってたでしょ?」
「ヨウコさんはやっぱり凄い人なんだよ」
「私の何が凄いのよ? わけのわかんないこと、言わないで」
「僕はこっちで組み立てられたから、今まで一度も24世紀を見たことがなかったんだ。送られてくるデータを通して以外はね。知ってた?」
「確かにそうよね。それってなんだか寂しい話だね」
「この二年間はヨウコさん達のおかげで寂しくなんてなかったよ。本当に楽しかった」
「うん、楽しかったね。あなたが遊びに来てくれるのが、いつもすごく楽しみだったんだよ」
「キスしてもいい?」
「うん」
キース、ヨウコに優しくキスする。
「ヨウコさん、愛してる」
「うん、私もあなたを愛してるよ」
ヨウコ、キースを見上げるとそっと髪に触れる。
「どうしてもっと早く気づかなかったのかな? いつもこんなに近くにいたのにね」
キース、もう一度ヨウコにキスする。
「ヨウコさん、お願いがあるんだ」
「うん」
「もしも、また会えることがあれば、僕と付き合ってくれる?」
「え?」
キース、笑うとヨウコのひざに倒れこむ。ヨウコ、慌ててキースを抱き起こそうとする。
「キース! 起きてよ、起きなさいよ! あなたの頼み、何だって聞いてあげるから、起きてってば!」
ヨウコに頬を叩かれて、キースの目が開く。
「……ヨウコさん、痛いよ」
「うわ!」
「今、言ったの、本当? 約束だからね」
「なによ、ふざけないでよ」
キース、いたずらっぽく笑う。
「僕に落とせない女はいないって言っただろ?」
「キースの馬鹿!」
キース、もう一度笑うと、ヨウコの腕の中で静かに目を閉じる。




