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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
132/256

強制終了

 翌日の午後 キッチンに入ってきたキースが、ヨウコに声をかける。


「ボクシングデーなのに、今年はセールには行かないんだね」

「だって、どこも混んでるでしょ? 家にいる方がいいや」

「ヨウコさん、暇なんだったら、そこの丘まで歩こうよ」

「散歩? いいよ」


 ヨウコ、キースについて表に出る。キース、ヨウコの先に立って黙ったまま歩いていく。


「ねえ、キース。どうかしたの?」


 キース、振り返って微笑む。


「今日はヨウコさんにお別れを言おうと思ってね」

「ええ、どうして? 今回はしばらくいるつもりだって言ってたじゃない。仕事が入っちゃったの?」

「今から強制終了されることになると思うんだ」

「はあ? 強制終了? ……キースが?」

「やっちゃいけない事してたら、見つかっちゃった」

「……悪いことなの?」

「そうだなあ。規則違反になっちゃうからね。悪いことになるのかな?」

「強制終了って、あなたの本体が止められちゃうって意味?」

「うん」


 ヨウコ、青くなる。


「冗談じゃない。サエキさんに言ってなんとかしてもらおうよ」

「サエキさんには何もできないよ。『会社』の規則には逆らえない」

「で、でも、あなたがいなくなっちゃうってことでしょ? そんなの嫌だよ」

「僕のファンだから?」

「ふざけたこと言わないで!」


 キース、黙ってヨウコの顔を見つめる。


「どうしたの? なんで見てるのよ?」

「キス……してもいい?」

「こんな時に? 役作りなんてどうでもいいでしょ?」


 キース、かまわずヨウコを引き寄せてキスする。


「……あなたにはずいぶんチュウされたよね。あれだけ協力してあげたのに、結局何もわかんないの?」

「わからないはずないだろ? わかった、なんて言ったら、もうキスさせてくれなくなっちゃうから嘘ついてたんだ」

「嘘? どういう意味?」


 キース、微笑む。


「僕はヨウコさんが好きなんだよ」

「好き?」

「そう、好きなんだ。この世で一番ヨウコさんが好き」

「好きって言ってもキースには……」

「キースには恋愛はできない、って言うんでしょ? ヨウコさん、信じ込んでたもんな」

「……あれ、嘘だったの?」

「うん。ずっと嘘ついてた。だって、許されないことだったからね」

「そんな……それじゃ、今まで私に優しくしてくれたのは……」


 キース、ヨウコの顔を覗き込む。


「ヨウコさん、そんな顔しないで」

「全然気づかなかった……」

「そう仕組んだのも僕だから、気にしなくていいよ」

「ごめん、やっぱり信じられない」

「僕が過密スケジュールの間を縫って、こんな田舎まで通ってたのは、何のためだと思ったの?」

「みんなに会うのが楽しいのかなあ、って……」

「それもあるけどね。でも、少しでも長くヨウコさんの近くにいたかったんだ」


 キース、笑う。


「……ごめんね。言わずにおこうと思ってたのに、ヨウコさんの顔を見たら気が緩んじゃった。自分勝手だって言われるわけだ」


 ヨウコの顔に戸惑いの表情が浮かぶ。


「私ね、どこかで同じような会話をした覚えがあるの」

「同じようなって?」

「突然あなたに好きだって言われて、びっくりして……」

「僕に?」


 ヨウコ、赤くなる。


「……そんなはずないよね。ごめん、気にしないで」


 キース、ヨウコの顔を見て笑う。


「ヨウコさんに触ってもいい?」

「うん」


 キースに肩を抱かれて、ヨウコの目に涙が浮かぶ。


「本当にどうしようもないの?」

「うん、どうしようもないよ」

「これからもずっと一緒にいられると思ってたのに」

「そうだね」

「私を置いていかないでよ」

「ごめんね」


 ヨウコ、キースを見上げる。


「ねえ、キース。……おかしな話なんだけど、聞いてくれる?」

「何?」

「私ね、あなたのことが好きになっちゃって、悩んだことがあったんだよ」


 キース、何も言わずヨウコを見る。


「この前、あなたが遊びに来た時の話。それなのにその気持ち、すぐにさめちゃった。おかしいでしょ?」


 ヨウコ、表情を曇らせる。


「あれ、ほんとに変だね。好きだって気づいて……でも……それからすぐに何も感じなくなって……。不思議だとは思ったけど、突き詰めて考えようともしなかった。こんなにおかしな話ってないのに……」


 ヨウコの顔に動揺の色が浮かぶ。


「違う、考えなかったのは考えちゃいけないからだ。考えちゃいけないって言われたんだ」


 ヨウコ、自分の額を両手で押さえて地面に座り込む。


「何かが……誰かが、そんな気持ちは嘘だって言ったの。いけないことだって。そんな気持ち捨ててしまえって……」

「ヨウコさん、頭が痛むの?」


 ヨウコ、顔を上げて、疑いの表情でキースを見つめる。


「どうしてわかったの? ……キース?  ……もしかして、何か知ってるの?」


 キース、黙ってヨウコを見返す。


「知ってるのね。私に……私に何をしたの?」


 ヨウコ、立ち上がってキースの腕をつかむ。


「ねえ、教えてよ。教えなさいって」

「……前回こっちに来たときにね、ヨウコさんが僕に恋してるって気づいたんだ。だから、その気持ちを封じ込めた」

「封じ込めた? どうやって? 」

「暗示をかけたんだ。後から、一時の気の迷いだったって思えるようにね」

「どうしてそんなことしたの?」

「決まってるだろ? 僕たちが恋仲になることは許されないんだ。僕に恋してヨウコさんが苦しむよりはいいと思った」

「人の心を勝手にいじるなんて……ひどいじゃない」

「じゃあ、どうすればよかったの? ヨウコさん、家族を捨てて、シベリアの地下から動けない僕と、駆け落ちでもしてくれるつもりだった?」


 キース、ヨウコの泣きそうな顔を見て下を向く。


「……ごめん」

「ううん、こっちこそごめん。……あなたの言う通りだね」


 ヨウコ、うつむいたキースの顔を覗き込む。


「私、あなたが好きだった。いけないってわかってたけど、あなたに恋してるのは、とてもいい気分だったんだよ。ねえ……あなたの顔を見せて」


 キース、顔を背けようとするが、ヨウコがキースの肩をつかむ。


「逃げないで。あの気持ちを取り戻さなきゃ。思い出したいの。あなたと一緒にいられるうちに」


 ヨウコ、頭の痛みに顔をゆがめる。


「ヨウコさん、やめた方がいい。無理しちゃダメだ」

「嫌だ。私、自分がまだあなたのことを好きだって知ってるのよ」

「僕のことは忘れたほうがいいんだよ。思い出しても辛くなるだけだ」


 ヨウコ、目を閉じて頭を抑える。


「何かが邪魔するんだ。邪魔して……私はキースが好きなの。だから……だからもう邪魔しないで」


 キース、ヨウコを抱きよせる。


「もうやめて……お願いだから」

「やめない。あなたが好きだから、だから絶対にやめない」


「……ヨウコさん」


 ヨウコの身体から突然力が抜ける。キース、くずおれるヨウコを抱きとめる。


「ヨウコさん?」


 ヨウコ、しばらく肩で息をしているが、やがてキースを見上げると弱々しく笑う。


「ほらね、私、あなたが好きだよ。知ってたんだから」


 キース、ヨウコをじっと見つめる。


「……あの暗示を解いたの? 本当に? どうやって?」


 ヨウコ、涙に濡れた顔で笑う。


「ファンを甘く見すぎよ」


 キース、笑ってヨウコの額にそっと触れる。


「大丈夫? もう頭は痛まない?」

「大丈夫じゃないよ。あなたがいなくなっちゃうなんて嫌だよ」


 ヨウコ、キースを抱きしめる。


「あなたが好き。大好き。だからどこにも行かないで」


 キースもヨウコの身体に腕をまわす。


「最後まで一緒にいてくれる?」

「……本当に方法はないの? 謝っても許してもらえないの?」

「うん。とても大切なルールを破ってしまったからね」


 ヨウコの目から涙がこぼれる。


「私にあなたを守れるだけの力があればいいのに。いつも誰かに助けてもらうばかり、救世主なのに大事な人さえ守れないなんて、もう嫌だよ」

「でもね、ヨウコさんの『ニつ目の願い(セカンドウィッシュ)』のおかげで、24世紀は存在してるんだよ。これからヨウコさんはたくさんの人や生き物の命を救うことになるんだからね、もっと自信を持たなくちゃ」


 ヨウコ、黙ってキースを見上げる。


「僕が設置されたときにはね、この悲惨な世界にいても何一つ感じなかった。何が起ころうと気にも留めず、ただ言われた通りに記録だけを取ってきた」

「……それがあなたの任務だったんでしょう?」

「でも、ヨウコさんに出会ってからは、この世界がとても大切な場所に思えてきたんだ。焼け落ちた家の前で泣いてる幼い子供、水温が上がっても逃げられない小さな海の生き物たち、僕にはすべて見えてしまう。全部救ってあげたいと思う」


 キース、ヨウコを見つめる。


「僕のこの小さな世界を、ヨウコさんが守ってあげてくれる?」

「だって、私はもう願い事をしちゃったのよ。私の役目は終わったんでしょ? あとは『じいさん』が世界を救ってくれるんでしょ?」

「僕もそう思ってたんだけどね、でも、違うんだ。ヨウコさんにはまだやることが残ってるよ」

「どうしてそんな事がわかるの?」 

「みんながそう言ってるから」

「みんな?」

「この世界のみんなだよ。クリスばあちゃんの言ってたことが、僕にも少し理解できるようになった。だから、もう、誰にもヨウコさんの邪魔はさせない」


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