頭痛
トニー、キースの隣に座る。
「あれからちっとも連絡くれないじゃない。つれないわね」
「僕を騙しただろ」
トニー、笑う。
「あーら、わかっちゃった?」
「そりゃ気づくよ。その上、ヨウコさんの気持ちも知ってたんだろ?」」
「片想いのキースを見てるのにも疲れちゃったのよ」
「見事にひっかかったよ」
トニー、急に真剣な顔になる。
「ヨウコはあの夜のこと、覚えてないわね。あなたが来たことさえ知らないの。何があったの?」
「記憶を消した。恋心も封印した。ほかに何ができる?」
「そこまでやらなきゃならないの? ローハンとヨウコとあなたならなんとかなるんじゃないの?」
「ヨウコさんが『二つ目の願いのヨウコ』でさえなければ、それもありえたかもしれないけどね。僕に望みはないんだよ」
「気持ちは伝えたのね?」
「うん。ヨウコさんは僕を受け入れてくれたよ。……トニーには感謝してる」
「そうか。……まあ愚痴ぐらいならいつでも聞いてあげるわよ」
「ところで今日はジェイミーはどうしたの?」
「急に撮影が入っちゃったのよ。オーストラリアの若手人気モデルが観光ついでに来るんですって。氷河をバックに写真を撮れなんて言っちゃって、今日から五日の日程で南島巡りよ。人がいいもんだから断れないの。ほんと嫌になるわ」
「彼のそういうところが気に入ってるんだろ?」
「そうなんだけどねえ。でも、初めてのクリスマスぐらいは一緒に過ごしたいわ。難しいものよね」
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クリスばあちゃんが丘を登ってくるのに気づいて、ヨウコが声をかける。
「おばあちゃん、いらっしゃい」
「みんな集まってるんだろ。挨拶に来たよ」
「バーベキューにも来てくれればよかったのに」
「うちには今から孫たちが押しかけて来るんだよ。体力を残しておかなきゃね」
クリスばあちゃん、ヨウコを見る。
「あんたもだよ。これからが正念場なんだからね」
「何のこと?」
「嫌でもそのうち分かるさ。何があってもヨウコは元気でいなくちゃならないんだよ。人はね、幸せだから笑うんじゃないんだよ。笑ってるから幸せになれるのさ」
「……私、おばあちゃんの言うこと、いつもわけがわかんないんだけど」
クリスばあちゃん、笑う。
「だからね、そのうちに分かるって言っただろ?」
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クリスばあちゃんがアーヤと遊んでいるキースに声をかける。
「おはよう、キース。アーヤもね」
「ばあばあ、うーう」
「もうお昼を過ぎてますよ」
「クリスマスの朝は眠って過ごすって決めてるんだ。孫達が来たら、休んではいられなくなるからね。私も歳をとったもんだよ」
「僕は眠らないんです」
クリスばあちゃん、キースの顔をじっと見つめる。
「眠るのも悪くないよ。いい夢さえ見られるんだったらね。お前は何を考えてるんだい?」
「なんのことですか?」
「私を馬鹿にするんじゃないよ」
「……すみません。そんなつもりじゃなかったんです」
「気は変わらないんだね?」
「はい。僕があの人を守るためにここにいるんだって、教えてくれたのはあなたですよ」
アーヤ、キースにしがみつく。
「ぎぃぎぃ、あー」
「アーヤ、あんたのぎぃぎぃは強情だからね、止めたって無駄だよ。好きにさせておやり」
アーヤ、恨めしそうにキースを見上げる。クリスばあちゃん、何も言わず立ち去ろうとするが、振り返ってキースを見る。
「お前、名前はなんていうんだい?」
「フギンです」
「それほどひどい名前でもないじゃないか。人に貰った名前は大切にするもんだよ」
「そういうあなたはどうなんです? フーマリタンガ」
クリスばあちゃん、笑う。
「私も若い頃は自分の名前が気に入らなくてね。さて、ローハンにも挨拶しとこうかね」
クリスばあちゃん、もう一度笑うとゆっくりと立ち去る。
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サエキが近づいてくると、ヨウコに話しかける。
「ヨウコちゃん、ローハンに聞いたよ。頭痛がするんだってな? 言ってくれりゃいい薬があったのに」
ヨウコ、声を潜める。
「そのことでサエキさんに相談しようと思ってたのよ。おかしな話なんだけど、聞いてくれる?」
「どうした?」
「頭痛っていうよりは、頭が締め付けられるような感じなんだけどね……」
「うん」
「……キースと一緒にいるとひどくなるのよ」
「ええ?」
「信じられないかもしれないけど、ほんとなの。キースアレルギーになっちゃったのかしら?」
「アレルギー?」
「あの人の身体から変な成分とか電波とか染み出てたりしないわよね?」
「まさか」
「そういえば、この頭痛、キースの映画を見に行ったときに始まったんだ。という事は、本人じゃなくても影響を受けるのかな?」
「キースの顔を生理的に受け付けなくなったとか?」
「それだけは誓ってないわ。あの人、顔も声も匂いも最高なのよね」
「……匂いまで嗅いでるのか」
「くせなんだってば」
「よし、試しにキースを見てみろ」
ヨウコ、木の下でローハンと話しているキースの方を見る。
「どうだ、頭痛がするか?」
「……しないわね」
「そうか。……今日のキース、格好いいと思う?」
「うん、いつもにも増して格好いい。あのジーンズのタイトな感じが……いでででで。またぎゅっと来た」
「孫悟空みたいだな。キースじゃなくて煩悩が原因なんじゃないか?」
「そんなことないわよ」
「気のせいじゃないのかなあ? 最近ヨウコちゃん、疲れ気味だろ? 昨日も遅くまで付き合わせちゃったしな。今日は早く寝ろよ」
ヨウコ、納得のいかない顔でキースの方を見る。
「うん……そうするわ」
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ローハン、キースの隣でアーヤを抱き上げる。
「ねえ、キース。昨日のことだけど……」
「ありがとう。助かったよ。僕だけじゃ何日もかかるところだった」
「上に報告しないの?」
「あの矛盾に説明がつくまでは、誰にも教えたくないんだ。こんなに面白いこと、途中でガムランに横取りされちゃ癪だろ?」
「でも、最終的には試してみなけりゃ正しいかどうかわかんないよ。それにはガムランの許可がいるんだろ?」
「そうだね。結局はあいつにいいところを持ってかれそうだな」
キース、ローハンの顔を見る。
「君はこの件に関しては知らないフリをしていたほうがいいよ」
「どうして?」
「これだけの発見だよ。君がかかわってると知れたら、検証のためにしばらく24世紀に呼び戻されるかもしれない。そうなったらヨウコさんが悲しむだろ?」
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トニー、携帯電話を切るとヨウコに話しかける。
「ヨウコ、急で悪いけど、そろそろお暇するわ」
「あら、どうしたの?」
「ジェイミーが戻ってくるのよ。相手側のプロダクションが、急に違うカメラマンを指名してきたんだって」
「よかったわね。彼によろしく伝えてね」
「ありがとう。じゃあね」
トニー、キースに小声で話しかける。
「あなたの仕業でしょ?」
「トニーには感謝してるって言っただろ?」
トニー、笑う。
「でも、ジェイミー、ずいぶんとプライドを傷つけられたみたいよ」
「年明けにジェイミーご指名で大きな仕事が入るよ。心配ないって」
「ありがとね。またカフェにも遊びに来てちょうだい。新作クラブサンドを出してあげるわ。でも、今度はレシピなんて教えないからね」




