ローハンの悩み
居間でサエキが本を読んでいると、ローハンが入ってくる。
「サエキさん。俺って魅力ないのかなあ?」
「なにがあったの?」
「いい雰囲気になってくると、ヨウコが逃げてっちゃうんだ。なんか言い訳作ってさ、ささっと消えちゃうの」
「もう二週間もたつのにヨウコちゃんに何もしてないのか」
「逃げちゃうんだからしたくてもできないでしょ? 誘惑しても効き目がないし」
「誘惑って何したの?」
「目の前でパジャマに着替えてみたり、プールに行こうと誘ってみたりしたんだけど……」
「お前の考える誘惑ってその程度なのか?」
「夜、一緒に寝てても俺がくっつくと離れていっちゃうんだよ。昨日なんてヨウコ、離れすぎてベッドから落っこちるし」
「露骨に嫌がられてるなあ」
「実はヨウコのタイプじゃなかったりしたらどうしよう」
「そんなことはないと断言するよ」
「恥ずかしいのかな?」
「何人もの男と付き合ってきた子持ちの三十路女が、いまさらセックスを恥ずかしがるとは思えんけど?」
「ひどい言われようだなあ」
「事実じゃないか」
ローハン、表情を曇らせる。
「……やっぱり作り物の人間には抵抗があるのかな? 倫理の問題?」
「ヨウコちゃんがそんなの気にするかなあ? わかった。俺がさりげなくヨウコちゃんに聞いてみるよ」
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同日の晩、居間でサエキがテレビを見ているところにヨウコが入ってくる。
「サエキさん、この部屋、掃除機かけちゃっていいかな」
「なんでこんな遅い時間に掃除してるんだよ?」
「昼間のんびりしすぎちゃった」
「ヨウコちゃん、ちょっといい?」
「なに?」
「ヨウコちゃんってローハンの事、どう思ってるの?」
「そんなのわかってるでしょ?」
「好きなのは知ってるけどさ。でもローハンに性的魅力は感じてる?」
「当たり前でしょ。あの男、超セクシーじゃない。目の前で着替えなんてされると目の毒だわ」
「効果、あるんだなあ」
「なにが?」
「いや……。話っていうのはさ、ローハンがヨウコちゃんに避けられてる気がするって寂しがってるんだ」
ヨウコ、サエキから目をそらす。
「やっぱ、気づかれてたよね」
「なんで避けるんだよ? 好きなんだろ?」
「だって、どうするんですか? 盛り上がっちゃってもさ、ニンゲンモドキとセックスなんかできるわけないでしょ?」
サエキ、ヨウコの背後に目をやって、呆れた表情になる。
「あーあ、やっちゃった。ヨウコちゃんのトラウマ発言って、いつもタイミングが完璧なんだよな」
ヨウコが慌てて振り向くと部屋の入り口にローハンが立っている。ローハン、向きを変えると部屋から出て行く。
「私ってば、今かなりやばいこと言ったよね?」
「今までの残酷発言の中でもワースト1だな。かわいそうに」
「もう! だってサエキさん、『ローハンにできないのは、子供を作ることぐらいだなあ』、って言ってたじゃない」
「ヨウコちゃん、あれはセックスしても妊娠する心配はないよ、っていう意味だったんだけど」
ヨウコ 赤くなる。
「……傷ついたわよねえ」
「早く行ってあげてよ。落ち込んでると思うよ。自爆するかも」
「ええっ! 自爆なんかするの?」
「冗談だってば。場をなごませようと思って言ってみた」
ヨウコ、サエキを睨む。
「今からしてきますから、サエキさんはさっさと自室に行って寝てくださいね。わかった?」
サエキ、慌てて立ち上がる。
「わかった。久しぶりのセックス、楽しんできて」
「うるさいな。余計なお世話よ」
ヨウコ、もう一度サエキを睨むと部屋から出て行く。
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ヨウコ、探し回ったあげく、丘の斜面に猫と座っているローハンを見つける。
「もう、どこに行ったのかと思った。このクソ寒いのにどうして外にいるのよ?」
ローハン、ヨウコを悲しげに見上げる。
「ヨウコはやっぱり作り物の人間じゃ嫌なんだね。死んだら次は本物の人間に生まれ変わってくるよ。またヨウコに会えるかどうかわかんないけど」
「そんなに気長に待ってられないってば。ローハン、今からしよう。ほら立って」
ヨウコ、ローハンの腕を引っ張る。
「それ、本気で言ってる?」
「あたりまえでしょ」
「慰めようとしてるんじゃなくて?」
「そんな理由でこんなこと言えるか」
「どうして避けてたの?」
「だってローハンには出来ないのかと思ってたからさ。盛り上がるのが怖かったのよ」
「俺は人間だって言っただろ? いつになったら覚えるのさ?」
「ごめん。ほんとにごめん」
ローハン、ヨウコを抱きしめてキスする。
「じゃあ、いいんだね?」
「なんだか急に恥ずかしくなってきた」
「誘っといてやめるなんて言わないでよ」
「裸のローハンを想像しただけで鼻血がでそう」
「俺の裸で? 今脱ごうか? 慣れてもらわないと」
ローハン、素早くセーターを脱ぎ捨てる。
「やめなさいよ。寒いのに。うわ、その身体、やらしすぎ」
「どこがだよ。普通だろ? ちゃんと見てよ。俺だって早くヨウコを抱きたいよ」
ローハン、ヨウコの顔を覗き込む。ヨウコ、うろたえて目をそらす。
「そ、そうなの……? どうして今まで何も言わなかったのよ。分かってれば避けたりしなかったのに」
「拒絶されるのが怖くて、言い出せなかった」
「私が? あんたを? 馬鹿じゃないの?」
ローハン、ヨウコを抱きしめる。
「よかったあ」
「だからその身体で触らないで!」
「慣れなきゃ駄目だってば。ほらほら」
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ヨウコとローハンの寝室、パジャマ姿のヨウコが緊張した面持ちでベッドの上に座っている。ローハンがシャワールームからローブを着て出てくる。
「お待たせー」
ローハン、ヨウコの横に座り、引き寄せてキスする。
「ヨウコと初エッチだ、嬉しいなあ」
「ずいぶん、さわやかなんだね。ローハン……あの、やっぱり」
「だめなの?」
「電気消してもいい?」
「うん、いいよ」
部屋が暗くなる。
「便利よね。ローハンは」
「だろ。ボタン外すからじっとしてて……。あれ? ヨウコって服着てるときよりもさらにおっぱい、小さいんだね。驚いたよ」
「なんで真っ暗なのに見えてんのよ!」
「だって俺の目、赤外線暗視が出来るんだもん」
「電気消してる意味ない! つけて!」
明かりがつく。
「うわ。あんた、なんで裸なのよ!」
「服着てちゃできないだろ? ヨウコはおかしなこというなあ」
ローハン、ヨウコを引き寄せて抱きしめる。
「落ち着いてよ、ヨウコ」
ヨウコ 真っ赤になる。
「ヨウコ、もしかして初めてなんだね」
「なんで処女に子供がいるのよ」
「じゃあどうしてそんなに緊張するのさ? 俺が服脱いだだけで大騒ぎするなんておかしいよ」
「相手があんただからでしょ」
「心配しなくても普通の人間とやることは同じだよ」
「そんな心配してないよ。わかんないかな。わかんないんだったらいいわよ」
ローハン、ヨウコをじっと見つめる。
「どうしたの?」
「ふーん。俺があまりにも魅力的だから照れてるんだね」
「……そんなところかな」
「ほんとに? 過去六人の男よりも魅力的?」
「どうしてあんたが私の男の数を把握してるのよ?」
「サエキさんに聞いた」
「やだなあ」
「ヨウコ、往生際が悪いよ。観念しなさい」
ローハン、ヨウコの背中を見て、目を見張る。左肩の下に長くて深い傷跡が残っている。
「ヨウコ? これ、なに?」
「傷」
「傷はわかるけどさ、ただの傷じゃないだろ? どうしたの?」
「火掻き棒で殴られた」
「うそだろ? 誰に?」
「昔の男。気にしないで。そのあと病院送りにしてやったからさ」
「そんなの……全然知らなかった」
「知ってるのは男の数だけか。……ごめん、皮肉じゃないよ」
ローハン、ヨウコを抱きしめる。
「どうして俺、もっと早くヨウコのところに来てあげられなかったのかな」
「注文されたのが半年前だからじゃないの?」
「そういう意味じゃないよ」
「わかってるわよ。馬鹿ね。でもありがとう」
「うん」
「何、暗くなってるのよ。やだなあ。もう大昔のことだからさ。ほら、初エッチしようよ。私から襲っちゃうよ」
「だめだよ。一度目は俺がヨウコを抱くって決めてるんだから。次回は襲わせてあげるから、今日は譲ってくれないかなあ?」
「あのさ、今のは冗談だから真剣に交渉されても困るよ」
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朝方、ローハンが目を覚まし、ヨウコが起き上がって自分を見つめているのに気づく。
「ヨウコ、どうしたの?」
「ローハンの顔見てた」
「なんで?」
「見張ってなきゃいなくなりそうな気がして」
「なんだよ。俺がいなくなるわけないだろ?」
「みんなそう言っていなくなったんだ」
「ヨウコ、泣いてた?」
「ううん」
「ほんとに?」
「泣いてないってば」
「わかったよ」
「ずっと抱いててくれたのね。腕だるくない?」
「あれ、感覚なくなっちゃった。今度、こっち側で寝てくれる?」
「馬鹿だなあ。いいよ。このままで」
「いいからこっち側においでよ」
ローハン、ヨウコを引っ張る。
「ほんとの事いうと壁と人の間に挟まれるのが苦手なの」
ヨウコ、怯えたように下を向く。
「ヨウコ?」
「ごめん」
「ちょっと待ってて」
ローハン、ベッドから降りて、ベッドを壁から引き離す。
「これだけ壁と離れてれば大丈夫だろ?」
「どうしても私をそっち側で寝かしたいんだ」
「うん」
ローハン、ヨウコの隣に入るとヨウコを抱き寄せる。
「私、ローハンの事、好きになっても大丈夫だよね?」
「どういう意味? 今だって俺のこと、好きなんだろ?」
「うん。でも毎日毎日どんどん好きになってくからさ、もしローハンがいなくなったらって思うと怖くってしかたないの」
「ヨウコ」
「なに?」
「俺はいなくなったりしないからさ、寝たほうがいいよ」
「うん、ありがとう」
「やっぱり泣いてる」
「泣いてないってば。目、悪いんじゃないの?」
「そうかもな。もっと近くで見てみるよ」
ローハン、ヨウコにそっとキスする。




