ローハンの絵
ローハンが山積みになったプレゼントに目をやる。
「ねえ、そろそろ大人のプレゼントも開けようよ」
サエキがヨウコの方を見る。
「そうだな。まずはヨウコちゃんのからいくか。この家の主だしな」
ローハンが不満そうな顔をする。
「主って? この家のおとうさんは俺だよ?」
「お前はヨウコちゃんの所有物だから、主はやっぱりヨウコちゃんだろうな」
ヨウコが嬉しそうに立ち上がる。
「やったあ。どれから開けようかな。この包装紙、かわいいね。誰からのプレゼント?」
キースが答える。
「僕からだよ」
「よし、じゃあこれにする」
ヨウコ、勢いよく包みを開ける。
「服? ……ワンピース? ええ、本当に?」
サエキがキースを振り返る。
「お前にしちゃ、冴えないんじゃないか?」
ヨウコ、嬉しそうに服を広げる。
「そんなことないよ。これ、映画の中でグレイスが着てたのと同じでしょ? この色とデザインがすごく好きだったの。……どうして分かったの? 私、キースに話したっけ?」
キース、笑う。
「職業柄、情報を集めるのが得意なんだよ。知らなかった?」
「ありがとう、キース。これ、グレイスが撮影に使った服だったりしないよね?」
「まさか。体型が全然違うだろ? ヨウコさんのは円筒形に近いんだ」
「それはちょっと失礼じゃない?」
「着てみてよ」
「ええ、今?」
「うん。合わなかったらすぐに直してもらうから」
「わかった。ちょっと待ってて」
ヨウコ、服を抱えて家に駆けこむ。キースがサエキに話しかける。
「ヨウコさん、本当に喜んでくれてますよね?」
「ああ、かなり浮かれてるな」
「よかった」
「……お前、エンパスの存在なんて信じてないんだろ? どうして俺に確認するんだ?」
「信じてませんよ。別に確認したわけでもないですし」
「体よく利用されてるように感じるのは俺の気のせいか?」
「気のせいです」
「……まあ、いいけどな。相変わらずプレゼント選ぶのうまいよな」
「最初の年は悩みましたけどね。誰かに喜んでもらいたいと思ったのは、あの時が初めてでしたから」
「お前が出入りしだして三回目のクリスマスか。早いもんだなあ」
「ヨウコさんの実家で過ごした年末は楽しかったですね。それまでの15年間、あんなに楽しい思いをしたことはなかったんですよ」
「『俳優キース』の付き合いでも、楽しいことはあったんじゃないのか? 俺としちゃ、いつも生身の美女に囲まれてるお前が羨ましくてたまらん」
「芸能界なんて人間の醜さばかり見えてしまうところですからね。一時は人類なんて守る価値はないんじゃないかと考えたこともありましたよ」
「おいおい」
「ローハンにあのファイルを貰って考えが変わりましたけどね。今では感情に振り回されてる人間たちがよく理解できます。みんな何かを守ろうと必死なんですよ。名声だったり家族だったり財産だったり、この広い世界においては取るに足らない小さなモノなんですけどね」
サエキ、申し訳なさそうにキースを見る。
「あれは俺のミスだったよ。ローハンがまさかあんなモノを渡すとは思ってなかったんだ。すまなかったな」
「どうして謝るんですか? 僕は後悔なんてしてませんよ」
「それはわかってる。でもな……」
着替え終わったヨウコが走って戻ってくる。
「どう? 今日みたいな暑い日にはちょうどいいでしょ?」
キースが微笑む。
「悪くないよ。グレイスが着てたのと同じデザインには見えないけどね」
ヨウコ、ふくれる。
「いちいち気に障ること言うわね。お世辞でいいから『すごくかわいいね』とか言えないわけ?」
「じゃ、すごくかわいい」
「そんな無表情で言われてもなあ」
キース、わざとらしく笑ってみせる。
「すごくかわいいよ。これでいいかな?」
ヨウコ、居心地悪そうに目をそらす。
「……もう、いいわよ」
サエキ、訝し気にヨウコを見ているが、慌てて声をかける。
「次のを開けろよ。ローハンのはどうだ?」
ローハン、笑う。
「俺のプレゼント、凄すぎてキースのがかすんじゃうからさ。ほかのにしたら?」
「でも、出て来たそうにもぞもぞ動いてるぞ」
ヨウコ、警戒したようにプレゼントの包みを見る。
「やだなあ、何なのよ?」
「退屈しちゃったのかな。じゃあ、開けてもいいよ」
ヨウコが包みを開けると、仔ウサギの入ったバスケットが出てくる。
「ええ、またウサギなの?」
サエキが驚いてウサギに顔を近づける。
「うわあ、そいつ、ウサギの奥さんにそっくりじゃないか!」
「びっくりしただろ?」
ヨウコが呆れた顔をする。
「私へのプレゼントなんでしょ? サエキさんをびっくりさせてどうするのよ?」
「『コウサギさん』にもそろそろお嫁さんを紹介してあげなきゃね。お似合いだろ?」
「じゃ、『コウサギさん』へのプレゼントにすればいいじゃない」
ヨウコ、仔ウサギを抱き上げる。
「ま、いいか。フワフワでかわいいね。ぬいぐるみみたい」
「でもね、こっちが本当のプレゼントなんだ」
ローハン、ヨウコに大きくて平たい包みを差し出す。
「ええ、まだあるの?」
「開けてみて」
ヨウコが包みを開けると、キャンバスに描かれた風景画が出てくる。
「……これ、ローハンが描いたの?」
「うん。気に入った? ゲートのところから見たここの景色なんだよ」
「すごくきれい。ローハンって画才があったのね。知らなかったよ」
サエキが驚いた顔で風景画を見つめる。
「それ、ほんとにお前が描いたのか? 嘘だろ?」
「そんな嘘ついてどうするんだよ?」
「お前が自分で考えて描いたのか? 誰かの絵を真似したんだろ?」
ローハン、むくれる。
「いい加減にしないと怒るよ。これは俺のオリジナルだよ。この家の絵なんか、俺以外の誰が描くんだよ?」
「だって、AIが絵を描くなんて聞いたことないぞ」
「サエキさん、何を言ってるの? AIだって絵を描くだろ?」
「ああ、でも、アルゴリズムに従ってるだけで、自分の感性で描いてるわけじゃない。その絵、ウサギに見せてやれよ。驚くぞ」
ローハン、草の上を歩き回っている仔ウサギを見下ろす。
「ウサギに見せてどうするのさ? 齧っちゃうかもしれないよ」
「違うだろ? お前を作ったウサギの方だ」
「なんだ、ウサギさんのことか。見せるのはいいけど、この絵はヨウコへのプレゼントだよ。持ってっちゃったらまずいよ」
ヨウコが笑う。
「それじゃ、ウサギさんが遊びに来たときに見せてあげればいいじゃない。これ、キッチンの壁に飾ってもいい?」
「ほんとに気に入ったの?」
「うん。凄く気に入った。ありがとう。いつの間にこんなの描いたの?」
「前に通ってた料理教室の隣が絵画教室でさ、面白そうだったから一枚描かせてもらったんだ。先生がすごく優しくて、画材も全部貸してくれたんだよ。無料で時間外レッスンもしてくれるって言ってたけど、ヨウコが狙われだして忙しくなったんで断っちゃった」
「女の先生だったんだ」
「うん、よくわかったね」
「ところで、そこの大きな箱も動いてる気がするんだけど」
「ああ、それ、スタンリーさんからのプレゼントだよ。さっき届けてくれたんだ。みんなで食べてねって言われたんだけど、どうする?」
「食べるの?」
「開けてみてよ」
サエキが警戒した顔で箱を見つめる。
「……ヨウコちゃん、その箱から凄まじい怒りを感じるんだ。気をつけたほうがいい」
「何が入ってるのよ? ローハン、あんたが開けなさいよ」
「うん、わかった」
ローハンが箱を開けると、巨大な七面鳥が走り出てくる。
「うわ、でかいな。それを食えってか?」
「今年はターキー、もう食べたじゃない。それに誰が殺すのよ? 私、やだよ」
ルークが嬉しそうに七面鳥を見る。
「じゃ、飼おうよ。顔が変な色でカッコいいよ」
ローハンがウーフに声をかける。
「ウーフ、この鳥、鶏小屋に入れてくれる?」
アリサの膝に頭を載せていたウーフが、不満そうにうなる。
「俺は今とっても忙しいんだ。気を使え」
「じゃあ、リュウ、お願い」
アリサの隣に座っていたリュウが立ち上がろうとするが、慌ててヨウコが止める。
「リュウ、後でいいわよ。七面鳥は散歩したいって言ってるから」
ヨウコ、不思議そうにローハンを見上げる。
「どうしてあの子たちに頼むのよ?」
「だって、あいつ凶暴そうだからさ。ウーフもリュウも防弾仕様だから、つつかれても怪我しないだろ?」
「今日は若者三人組はそっとしといてあげようよ」
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アリサが手元のバッグを開けて、膝の上のウーフに話しかける。
「今日はな、ウーフにもプレゼントがあるんやで」
「嬉しいな。なんだ?」
「ビーフジャーキー。ペットショップのおっちゃんのお勧めや」
「……アリサ、前から言おうと思ってたんだけどな、俺はモノを食わないんだ」
「ええ? ローハン兄さん、食べてるで。同じロボットやろ?」
「このボディは要人警護用だからな。不必要なことはしないんだ。不公平だろ?」
「それやったら別のプレゼント考えるわ。格好ええ首輪なんかどうや?」
「ペット用品以外にしてくれ。たまには自分が犬だって事を忘れたいんだ」
「わかった、考えとくわ。リュウにもプレゼントあるで。ほら」
リュウ、嬉しそうに包みを受け取る。
「ありがとうございます。これはなんですか?」
「ビーフジャーキーや。あ、これはペットショップで買ったんとちゃうで。公平に同じものを選んでみたんや」
「『軍』にいた頃、よくワニの干し肉を作ったのを思い出しますね。懐かしいです」
「はあ? ワニってうまいんか?」
「噛めば噛むほど味が出るんですよ。作って差し上げたいのですが、あいにくこの国にはワニはいないそうなんです」
「そ、それは残念やったなあ」
ウーフが鼻で笑う。
「全然残念そうには見えないぞ」
アリサ、赤くなってウーフの耳を引っ張る。
「痛いぞ、アリサ。ちぎれたらどうするんだ」




