クリスマスの日
翌朝 ローハンが隣で眠っているヨウコを優しく揺さぶる。
「おはよう、ヨウコ」
ヨウコ、目を開いてローハンを見上げる。
「……あれ……もう……朝なの?」
「うん、今八時だよ。……やっぱり怒ってる?」
「怒ってるわけじゃないけど……」
「じゃ、なんでそんな顔してるんだよ?」
「……ローハン、ずっとキースの部屋から戻って来ないんだもん。私がお茶持って行ったら、早く出て行ってほしそうな顔したでしょ?」
「あの時は取り込み中だったんだよ」
「今年のクリスマスイブはロマンチックに過ごそう、って言ってたのは誰よ? 待ちくたびれて先に寝ちゃったわよ」
「もう若くもないんだから、クリスマスイブなんてどうでもいい、って言ったのはヨウコじゃないか」
「だからって、そんなこと言われたら、ちょっとは期待しちゃうでしょ? 夜中までサエキさんとアニメ見て過ごしちゃったわよ。 まあ、今のサエキさん、超美形だし、おいしい夜食も作って貰っちゃったから、そう悪くもなかったけどさ。……男同士の話に女は邪魔だったのよね」
「そんなんじゃないよ」
「じゃ、機械同士の話に、人間は邪魔だったんだ」
「とっても大事な話だったんだよ。ごめんね」
「……本当のこと言うとね、昨日私が部屋のドアを開けたときに、二人が振り向いたでしょ。あの時、初めて、『ああ、この人たち、人間じゃないんだ』っ て感じたの。ローハンがどれほど人間離れした事やっても、キースがどんなに無表情でも、一度もそんな風に思ったことなかったのにね」
「ショックだった?」
「ううん。ちょっとびっくりしたけだけよ」
「俺、自分が人間じゃないって知ったときにヨウコに言ったよね? 俺とヨウコとは根本的なところで違うんだって」
「うん、覚えてるよ」
「俺はどんなにあがいても人間にはなれない。だからね、いつかヨウコが俺との違いに耐えられなくなったら、正直に話してくれる?」
「わかったわ。でも、そんな日は当分来そうもないから、今日は楽しいことだけ考えようよ」
ヨウコ、ローハンの真剣な顔を見て笑う。
「バーカ。またそんな顔してる。私が信じられないの? 例えあんたがブリキのロボットだったとしても、添い遂げる自信があるわよ。ほら、おいでよ」
ヨウコ、ローハンを抱きしめる。
「ローハン、大好き。今朝も格好いいよ。その寝癖さえなければね」
「ああ、これ、毎朝直すの面倒なんだ。今度向こうに行ったら寝癖になりにくい髪質に変えてもらおうかな」
「ええ、やだ。絶対にやめてよ」
「寝癖さえなきゃカッコいいって言わなかった?」
「寝癖があるとかわいいのよ」
ヨウコ、ローハンの髪をくしゃくしゃにする。
「ほら、かわいい。あんまりかわいいから襲っちゃおうっと」
誰かがドアをノックする。
「おとうさん、おかあさん、早く起きてよ。プレゼント開けようよ」
「分かった、すぐ行くわ」
「あれ、襲ってくれるんじゃなかったの?」
「やっぱり気が変わった」
「ええ?」
「クリスマスイブに妻をほったらかしにした罰よ。その上、キースまで独り占めしてさ。ずうずうしいったらありゃしない」
「どうしてそこにあいつが出てくるんだよ?」
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昼下がり ヨウコの家の庭先でクリスマスパーティが行われている。大きな木の木陰でヨウコの家族とトニーとアリサがのんびり食べたり雑談したりしている。
ヨウコが周囲を見回す。
「ねえ、アーヤが見当たらないんだけど」
キースがヨウコに声をかける。
「ここにいるよ。今日はずっと僕にくっついてるんだ」
「ローハンがバーベキューで忙しいからかな? アーヤ、こっちにおいで。キースおじさんを困らせちゃだめよ」
アーヤ、不満そうにヨウコを睨む。
「ぎぃぎぃ、うーう」
「キースがどうしたって? サエキさん、通訳お願い」
「キースおじさんから引き離すなって怒ってるんだ。見張ってなきゃいけないんだってさ」
「はあ? 見張る? アーヤ、何を言ってるの?」
「僕なら構わないよ。ほら、アーヤ、おいで」
アーヤ、嬉しそうにキースの膝によじ登る。
「母親と男の趣味が同じなのね。じゃ、今日はキースおじさんが面倒見てやってね」
バーベキューコンロの前に立っていたローハンが周りに声をかける。
「ソーセージ、もういらない? 火を消しちゃうよ」
ルークが立ち上がってローハンの所にやってくる。
「俺はお腹いっぱいだよ。ねえ、おとうさん、『あれ』やってよ」
「さっきもやっただろ? 今日はあと一回だけだよ。標的は?」
「空き缶でいい?」
サエキが呆れた顔でローハンを見る。
「なんだ、いまごろになって『あれ』の練習をしてるのか?」
「ルークがすっかり気に入っちゃってさ。一日何度もやらされるんだ」
ヨウコがサエキを振り返る。
「ねえ、どうしてみんな、『あれ』のことを『あれ』って呼ぶの?」
「正式名称で呼ぶのが恥ずかしいからだろうなあ」
「恥ずかしい? どんな名前なのよ?」
「『奥義虎狼挟撃破山退魔掌波DX』って言うんだ。今回のバージョンアップで『DX』が付いた」
「……なるほどね。あれ、奥義だったの?」
「いいや、全然。インストラクションに従えば誰でも使えるよ」
「じゃ、何でそんな大仰な名前が付いてるのよ?」
「開発者がこの時代のゲームやアニメのマニアなんだよ」
「サエキさんの同類か。21世紀のモノって人気あるのね」
「346年前の情報が絶えず流れ込んで来てるからな、多かれ少なかれ誰もが影響を受けてるよ。俺も学生時代は80年代カルチャーにどっぷりはまってたなあ」
「80年代? そっか、サエキさん、私より年上だったのよね。それじゃ、こっちのドラマや映画も見れるんだ」
「検閲は入るけどな。この時代の暴力シーンは平和に慣れてる24世紀の人間にとっちゃ刺激が強すぎるんだよ」
サエキとヨウコ、ローハンが遠くに置かれた空き缶を吹っ飛ばすのを見守る。
「こうして見ると格好いい技だよな。俺も左手に仕込んでもらおうかな」
「テクノロジーと相性の悪いサエキさんには、インストラクションに従っても使いこなせないんじゃないの?」
「その可能性は大いにあるな」
「家の中で暴発されたら迷惑よ。やめといてよね」
ローハンがサエキに声をかける。
「サエキさん、ハルちゃんが来たよ」
ハルノが早足で丘を登ってくる。
「遅くなってごめんなさい。サエキさん、眼鏡を預かってきたわよ」
ハルノ、ポケットから眼鏡を取り出して、サエキに渡す。
「ありがとう。ずいぶんと修理に時間がかかったな」
「部品がなかなか見つからなかったんだって。サエキさんがオリジナルの部品にこだわるからでしょ?」
「改造しすぎちゃビンテージの魅力がなくなっちゃうだろ?」
眼鏡をかけたサエキを見て、ヨウコが笑う。
「あれ、突然美形が一人減ったわ」
「すごーく残念だろ?」
「どうせ私のタイプじゃないから、どうでもいいんだけどね」
「腹立つなあ。ちょっと残念がって見せれば済むことじゃないか」
ハルノも笑う。
「私は眼鏡のサエキさんの方がずっといいな」
「ハルちゃん、俺の素顔が嫌なのか?」
「サエキさんは見かけじゃないもの。だからこれからも眼鏡をかけててね」
「つまりは嫌なんだな」
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トニーがヨウコに小声で話しかける。
「あんた、キースに惚れたって言ってたのはどうなったのよ? さっきから見てるけど、全然普通に接してるじゃないの」
「それがさあ、もう平気になっちゃったのよ。あの時は本気で惚れたと思って焦ったんだけど、急に冷めちゃったみたい。自分でも不思議で仕方ないの」
「ふうん」
トニー、訝しげにヨウコを見つめる。
「……まあ、それでよかったんじゃないの? あんたがつらい思いをしなくてすんでさ。キースは少し離れて鑑賞してるのが一番なのよ」
トニー、アーヤと遊んでいるキースを見て笑う。
「アーヤにずいぶんなつかれてるわね。あの人、いい父親になれるんじゃない?」
「そうね。キースに出来ないことはないのよ。恋愛以外はね」
ヨウコ、急に顔をしかめる。
「どうしたの?」
「時々頭痛がするんだ。たいしたことないから気にしないで」




