知り合いと呼ばないで
キッチン ヨウコ、キース、ローハンの三人がテーブルを囲んで話している。
「毎年、年末になるとキースが訪ねてきてくれるなんて、私って世界一の果報者よね」
「思ったより片付けることが多くてね、クリスマスぎりぎりになっちゃったんだ。ごめんね」
ローハンが横目でキースを睨む
「謝る必要なんてないよ。毎年クリスマスと正月のクソ忙しい時期にずうずうしくお邪魔してすみません、って謝罪なら受けるけど」
「何を言ってんだか。今朝、キースの部屋を換気してたのは、どこのご親切なロボットだったかしら? 天気がいいからって、マットレスまで干しちゃってさ」
ローハン、赤くなる。
「だってあの部屋、セレブ臭がプンプンするだろ?」
「それだったら帰った直後にすればいいでしょ? 下手な言い訳しちゃってさ。そうだ、昨日、キースのミュージカル、見に行ったんだよ」
「どうだった?」
「涙が止まらなくなった」
「……明るいラブコメだっただろ? ほろりとさせる場面はあったかもしれないけど」
「だってオーエン、カッコいいんだもん」
「ええ?」
「冗談よ。踊ってるキースを見てたら、胸がいっぱいになっちゃった。あんた、どんだけ凄い人だったのよ?」
「そんなに凄いと思った?」
「映画が終わった後、『この人、私の知り合いなんです』って周りの人に自慢したくなっちゃったわよ」
「……僕はヨウコさんの知り合いなんだ」
「違うの?」
「知り合いって言い方は冷たくない?」
「おかしな所にこだわるのね。そう言われりゃそうなんだけど、最近は『友達』って呼ぶのも微妙に違う気がしてさ。なんていうのかな、もっと生活の一部って感じがするんだ」
ヨウコ、考え込む。
「……そうねえ、友達と家族と頼れる相談窓口を足して三で割った感じかなあ?」
「相談窓口って?」
「わかんないことがあったら気軽に質問できるんだもん。例えばね、スーパーで30個入りの卵と12個入りの卵とどっちがお買い得なのかわかんないときには、キースに電話するんだ」
ローハンが呆れた顔をする。
「だから買い物中の通話が多かったのか。何を話してるのかと思ったよ。そんなの俺に聞けばいいのに」
「あんたに聞いたら『自分で計算しないと早くボケるよ』って嫌味を言うんだもん」
「妻の健康を気遣ってるんだろ?」
ヨウコ、キースを見る。
「取りあえず、そんな感じじゃ駄目かしら?」
キース、笑う。
「知り合いって呼ばれるよりはましだな。それで手を打つよ」
ヨウコ、キースの笑顔につられるように笑うが、急に顔をしかめる。ローハンが心配そうにヨウコの顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「また頭がぎゅっとなったの」
「サエキさんに頭痛の薬を貰ったら?」
「そうするよ。キース、あの人、まだ部屋にいた?」
「サエキさんならさっき出かけたよ」
「じゃ、21世紀の時代遅れの薬にしとくわ。薬箱、居間の戸棚の中だったっけ?」
ヨウコが立ち上がって出て行くと、キースがローハンを振り返る。
「ローハン、ちょっといい?」
「なに?」
「君の力を借りたいんだ」
「ハッカーの件?」
「ううん。一つ検証して貰いたいことがあるんだ。ファイルを送るよ。サエキさんには内緒にしといてくれるかな」
「内緒? ヤバいことじゃないだろうね?」
「君に迷惑はかけないよ」
ヨウコが薬箱を抱えて急ぎ足で戻って来る。
「あったわ。すぐに飲んでおくね」
キースがヨウコに話しかける。
「明日のパーティの準備で忙しいんだろ? 僕も手伝うからヨウコさんは休んでてよ」
「大丈夫よ。クリスマスパーティって言っても庭でバーベキューをするだけだから、ローハンに任せておけばいいでしょ? ケーキやお菓子はもう焼いたし、後は明日の朝、七面鳥をオーブンに入れるぐらいかな。来るのは身内だけだし、みんなも手伝ってくれるわよ」
ローハン、突然驚いた顔でキースを見る。
「ええ? これ本当なの? ありえないだろ?」
ヨウコが怪訝な顔でローハンを見つめる。
「どうしたの? 何かあったの?」
キースが立ち上がる。
「ヨウコさん、コーヒーのおかわり、まだある?」
「うん、私が入れてくるよ」
「いいよ。頭が痛いんだろ?」
「もうおさまったから大丈夫」
ヨウコがカップを持って出ていくと、キースがローハンにささやく。
「声に出すなよ」
「だって、この家の中じゃ人語で話さなきゃいけない決まりだろ? ヨウコに叱られちゃうよ」
「裏でこっそり話しても人間には分からないだろ?」
「俺、俳優じゃないもん。ヨウコは絶対に気づくよ。鈍いくせにそういうとこだけ勘がいいんだ」
「君は人間以上に不器用なんだな。じゃ、あとで僕の部屋に来てよ。今日中に結果を知りたいんだ」




