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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
126/256

推測

 一週間後のクリスマスの前日 キッチンに入ってきたキースをヨウコが笑顔で出迎える。


「いらっしゃい。飛行機、遅れたんだね」


 キース、黙ってヨウコに歩み寄り、力強く抱きしめる。ヨウコ、キースの腕の中で赤くなる。


「ちょ、ちょっとなにしてるの? 挨拶はチュウが相場でしょ?」


 キース、ヨウコから離れて、顔をじっと覗き込む。


「……ヨウコさんが……無事でよかった」

「ああ、あの時は本当にありがとう。鳥に向かってお礼は言ったけど、それじゃきちんと感謝した気がしないもんね」

「電話でも何度も言ってくれただろ? もう十分だよ」

「今度はどのくらいいられるの? 撮影はもう終わったんでしょ?」

「たまにはもっと休暇を楽しもうと思って、しばらく仕事は入れてないんだ。サエキさん、何してる?」

「部屋にいると思うよ。コーヒー入れるから、話が終わったらキッチンに来てね」

「うん、ありがとう」


 キース、部屋から出て行く。


        *****************************************

                                               

 サエキの部屋 サエキがベッドの上に座ってテレビを見ているところにキースが入ってくる。


「ああ、キース、遅かったな」

「サエキさんはガムランを信用してますか?」

「え? いきなりどうしたんだよ?」


 キース、隣に腰を下ろして、サエキの顔をじっと見つめる。


「『通信』じゃ話しにくいから、直接話しに来たんです。ガムランの奴、やることなすことあまりにもお粗末でしょ? 明らかにおかしな人間をこちらに来させたり、処理班のメンバーをチェックしてなかったり。普通じゃ考えられませんよね?」

「処理班の女は古株だったんだよ。俺もずっと世話になってきたんだ」

「そこに目を付けられたんじゃないですか? ヨウコさんの情報漏洩の件だって、ガムランに収拾できないはずがないでしょう?」

「キース、24世紀じゃ情報の量もスピードもこっちとは桁が違うんだよ。いくらガムでも何もかも思いのままにできるわけじゃない」

「ヨウコさんを本気で守ろうとしてるようには見えないんです。まるで何かが起こるのを待ち望んでいるように思えませんか?」

「ガムが故意にヨウコちゃんに危害を加えるなんてありえないよ。『ヨウコ』を消したいんだったら『じいさん』からの依頼があった時点で、こっそり始末すれば済んだことじゃないか」

「そりゃそうですけど、でも、何かがおかしくはないですか?」

「お前はヨウコちゃんが心配なだけだろ?」

「心配ですよ。もし、ヨウコさんに何かあったら……」

「あったら?」

「……わかりません。でも、あの時ローハンがヨウコさんを守りきれなかったらと思うと、怖くて仕方ないんです。今まで一度も怖いなんて感じたことないのに」

「どうやってあの女が怪しいって気づいたんだ?」

「処理班の人間は、僕に指示された以外の行動はとってはならないことになっています。この時代の人間だと明らかに分かるヨウコさんに、僕の許可なく直接話しかけるなんてもってのほかです」

「そうなのか? 知らなかったよ」

「どうやってあのバスに乗ってた奴らがこの家を突き止めたのかも不思議なんです」

「不思議じゃないだろ? 所在地はバレてるんだから」

「GPSや地図を頼りに探しても、簡単にはたどり着けないように細工してあります。このあたりの道路名も先月全部変えたんですよ。これは予想以上に面倒でしたけどね」

「どうやったの?」

「頭のおかしな老人が市に数百万ドルを寄付したことになってます。とにかく、誰であれ初めてここに来ようとすれば、必ず迷うはずなんです。それなのにバスの男たちはまっすぐにこの家に向かいました。事前に偵察に来た様子もありません」

「……ってことは?」

「僕のやってることが、すべて筒抜けになってるんですよ」


 サエキ、驚いてキースを見る。


「そんな馬鹿な」

「細工したことは誰にも話していません。知っているのは僕だけです」

「ローハンや俺にも話さなかったのか? なぜだ?」

「僕の推測が当たっているのか知りたかったからですよ」

「推測って?」

「前回、僕は『ヨウコ』信者の男がヨウコさんに接触するまで気づきませんでした。まるであの男が、香港からニュージーランドへ瞬間移動したとしか思えませんでしたね。なぜだかわかりますか?」

「え? あの謎が解けたのか?」

「男は普通に飛行機に乗って香港からニュージーランドまで移動したんですよ。普通に入国して、普通にレンタカーを借りて、ヨウコさんの元へと向かった。僕の偽造したパスポートとクレジットカードを使ってね。空港のカメラにも映っていたし、入国管理局やカード会社にも記録は残っていた。でも、僕にはそれが見えなかった。その間、彼が香港にいると思い込まされていたんです」

「思い込まされてた? どういうことだ?」


 キース、一旦言葉を切って、サエキを見つめる。


「……誰かが僕に入り込んでるんですよ。サエキさん、ヨウコさんを危険に晒しているのは僕です。僕はハッキングされてるんです」


             *****************************************                                          

 キッチン ローハンが入ってくると、ぼんやりと座っているヨウコに話しかける。


「ヨウコ、どうかしたの?」

「へへー、キースにハグされちゃった」

「ええ? でも、顔色が悪いよ? 普通は赤くなるもんだろ?」

「うん、頭が痛くてさ」

「頭?」

「頭痛とはちょっと違うんだけど……ぎゅっと締め付けられるって言うのかな。昨日、映画館でもずっとこんな感じだったのよ。風邪ひいたのかな?」

「明日は人がたくさん来るんだろ? 大丈夫なの?」

「ちょっと休めば治るわよ。そこの棚からお茶菓子を出してくれる? キースが戻ってきたらお茶にしようよ」


             *****************************************


 サエキ、真面目な表情で考え込む。


「……それなら確かに説明はつくけどな……本当にそうだと言い切れるのか?」

「データを改ざんした跡を見つけたんです。巧妙に隠してありますが、間違いありません」

「お前に入り込めるのはこの時代じゃローハンぐらいのもんだろ? さすがにそれほどの腕利きハッカーが渡航できるとは思えん」

「今回の違法強化ボディの殺し屋と同じで、ガムランが見落としたんでしょうね。ガムラン自身がハッキングされてる可能性は?」

「ないだろうな。試そうとした奴がどうなったか、皆よく知ってるよ」

「それじゃ、見落としたフリをしているのかもしれませんね」

「そんなわけないだろ? ヨウコちゃん、死ぬところだったんだぞ」

「気が変わってヨウコさんを始末したくなったのかもしれませんよ」

「ガムの使命は人類を守ることだ。ヨウコちゃんに何かあれば、世界は救われなくなるかもしれないんだぞ。『ヨウコ』の重要性はあいつが一番よく理解してるよ」

「人類を守る、ですか? 解釈の仕方はいろいろありますよね」

「何が言いたい?」

「僕にはガムランが信用できないんです。ヨウコさんを殺すつもりはないとしても、ガムランに黒幕の心当たりがないとは思えません。間違いなく何か隠してますよ」

「そんな回りくどいことしてどうするんだよ? 俺はあいつを信じてるよ。ふざけた奴だが、あいつのお陰で皆が安心して暮らしていられるのは事実なんだ」


 キース、冷ややかにサエキの顔を見る。


「サエキさんとガムランってとっても仲良しですもんね」

「……お前、いまムッとしたな?」

「してないです。ヨウコさんみたいなこと、言わないでください」

「でもなあ、お前の目をそんなに簡単に誤魔化せるんだったら、わざわざあんな特殊ボディの奴らを送り込むことはなかったんじゃないのか?」

「あれはローハン対策ですよ。電子部品が身体に入った人間をローハンが見落とすはずないですからね。奴らが入国したのにも、武器を手に入れたのにも、僕は気づきませんでした。目の前でやりたい放題ですよ」

「今はどうなんだ? ハッキングされてる可能性はあるのか?」

「いえ、襲撃があってからはローハンに頼んで見回ってもらっています。今のところ誰からもアクセスはないようです」

「あいつの能力ならハッカーぐらい追跡できるんだろ?」

「それがそうは行かないんですよ。ローハンは『待っている』ところなんです」

「待ってる?」

「彼にもよくわからないようなんですけどね、『待っている』間はネット内での行動がかなり制約されているようなんです。ハッカー探しは彼には出来ないことのひとつなんですよ」

「何を待ってるんだ? どういうことだよ?」

「例の『チップ』に関係があるようですよ」

「肝心なときに役に立たんやつだな」


 キースが微笑む。


「ローハンにはね、彼にしかできない大切な役割があるんです」

「役割?」

「あの二人には僕たちには想像も付かないようなことが待ってるんですよ。そんな気がします」

「ヨウコちゃんとローハンのことか?」

「生涯の伴侶だなんていいですね」


 サエキ、怪訝な顔でキースを見る。


「なぜ、敵が僕たちを弄ぶような真似をしているのかは分かりません。でも、誰が何のためにヨウコさんを殺そうとしているのか、早く見つけ出さなければ手遅れになりますよ」

「それは分かってるけどさ。ガムにだってできないことが、21世紀にいる俺たちにできるわけないだろ?」


 キース、また微笑む。


「確かにそうですね」

「……お前、なにか企んでないか?」

「いいえ、なにも。そろそろ行きましょうよ。ヨウコさんがコーヒーを入れてくれてるんです」

「それがさ、ハルちゃんのプレゼント、まだ用意してないんだよ。今から出てくるわ」

「クリスマス、明日じゃないですか」

「あの子、欲がないから選ぶのが難しいんだよ。21世紀の服にしようかと思ったんだけど、サイズを聞くのを忘れてた」

「今から聞いたらどうなんです?」

「前日に聞くなんて失礼だろ? ハルちゃん、機嫌を損ねると怖いんだぞ」

「クリスマスも誕生日も毎年巡ってくるんだから、もっと早めに準備しとけばいいんですよ」


 キース、無表情で立ち上がる。


「じゃ、僕は行きますね。ハルノさんのサイズは上から86、58、84です。覚えましたか? 頭に記憶装置が入ってるんでしょ? たまには使おうって努力をしてみてくださいよ」


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