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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
124/256

ローハンを待ちながら

 同日の深夜  ヨウコがキッチンのテーブルで本を読んでいる。トイレに行くために起きてきたルークがキッチンを覗き込む。


「おとうさんを待ってるの?」

「うん」

「いつもの定期健診なんだろ? 先に寝てればいいのに」

「なんだか眠れないのよ」

「ねえ、今日何かあったの?」

「すぐそこでバスの事故があったって言ったでしょ?」

「違うよ。おとうさん、どうかしたの?」

「どうして?」

「だって、おかあさん、昔のおかあさんみたいな顔してる」


 ヨウコ、笑う。


「大丈夫よ。ルークは寝ておいで」

「うん」

「そうだ。おとうさん、凄いことが出来るんだよ。帰ってきたら見せてもらいなさいね」

「凄いことって何?」

「それは明日の朝のお楽しみかな。びっくりするよ」

「なんだ、つまんないの」

「おやすみ」

「おやすみ、おかあさん」


 サエキが入ってくる。


「おう、ルーク、まだ起きてるのか?」

「おしっこだよ。おやすみ、サエキさん」


 ルーク、出て行く。


「ヨウコちゃん、今日は疲れただろ? 寝たほうがいいんじゃないの?」

「いいよ。待ちたい気分なんだ。検査って時間ががかかるの?」

「普通は一時間もあれば終わるんだけどな。修理のついでに診といてもらったほうが、何度もここを留守にするよりはいいだろ?」

「うん、それはわかってるんだけどね」

「心配ないよ。寝ておいでよ」

「もうちょっとだけ待ってみるよ」

「夫の帰りを寝ずに待つ健気な妻なんてヨウコちゃんらしくないな」


 サエキ、笑って湯沸しポットのスイッチを入れる。


「俺も付き合うよ。一人じゃ暗いことばかり考えちゃうだろ」


 サエキ、窓際に歩いていくと窓を大きく開ける。


「どうしたの?」

「せっかくだから、にぎやかな方がいいと思って」


 暗闇からマグパイが飛び込んでくると テーブルの上に舞い降りる。


「うわ、こんなに暗いのによく飛べるわね」

「カメラの性能がいいからな。鳥目じゃないんだ」


 マグパイが首を傾げてヨウコを見る。


「『大丈夫?』って聞いてるよ」

「うん。ありがとう、キース。……やっぱり『通信』が出来ると便利よね。私だけ仲間はずれにされてる気分だわ」

「リュウみたいな外付けイヤピースを貸してやろうか?」

「あれって声を出さないとそっちに聞こえないんでしょ? 傍目からは独り言の激しい人みたいに見えるんだよね」

「じゃ、今まで通り携帯を使えばいいじゃないか」

「そういえば、リュウは? まだ外にいるんでしょ? 呼んであげようよ」

「声はかけたんだけど、ローハンが戻るまでは見回りを続けるってさ。真面目だな」

「あの子も疲れてると思うんだけどな。明日はお休みにしてあげてよ」


 サエキ、ティーポットにお湯を注いでテーブルの上に置く。


「俺が陰干しして作ったカモミールティーだよ。コーヒーだと眠れなくなるだろ?」


 ヨウコ、疑わしそうにティーポットを見る。


「ほんとにカモミールなんでしょうね?」

「信用ないなあ。裏のハーブ畑にもじゃもじゃ生えてる白いちっちゃい花だろ? ローハンにも確認したから大丈夫だよ」


 サエキ、カップにお茶を注ぐとヨウコの前に置く。ヨウコ、マグパイに話しかける。


「キースはお茶は飲めないね。何か食べる?」


 サエキが笑う。


「この端末はモノは食べないよ。見た目は本物みたいだけどね」

「ちょっと待って、携帯持ってくるから」


 ヨウコ、パソコンデスクの上から携帯電話を取ってくると、イヤホンを繋いでテーブルの上に置く。


『ヨウコさん、聞こえる?』

「うん」

『元気ないね』

「そんなことないよ」


 マグパイが一歩前に出るとヨウコの鼻をつつく。


「何するのよ? 痛いでしょ?」

『嘘つくからだろ? ローハンのことなら心配ないよ。もうすぐ終わるってさ』

「うん……ありがとう」


 下を向いたヨウコに、サエキが話しかける。


「ヨウコちゃん、なにか気になってることがあるんだろ? 傍にいるエンパスの身になってみろよ。落ち着かなくて仕方ないよ」


 ヨウコ、しばらく黙っているが、やがて顔を上げて泣き出しそうな表情でサエキを見る。


「ローハン……どうしてあんな無謀なことしたのよ?」

「無謀なんかじゃないさ。あいつは馬鹿じゃない。勝算がなきゃあんなことはしないよ」

「……ねえ、私、まだ狙われてるんだよね?」

「黒幕が捕まるまではな」

「つまり、また同じことが起こるかもしれないってことでしょ? 次はあの人、死んじゃうかもしれないよ。殺し屋が24世紀の凄い武器を持ち込んできたらどうするの? ローハンより強い戦闘ロボットを送り込んで来たら?」

「そんなことにならないように、ガムとキースが見張ってくれてるよ」

「でも、前の男の時も今回も、ぎりぎりまで気づかなかったでしょ? キースには止められないよ」

『ごめんね、ヨウコさん』

「……誤解しないで。キースを責めてるんじゃないの。今日も危ないところを助けてもらって感謝してる。ただ……相手のほうが私たちよりも一枚も二枚も上な気がしてさ……」

「残念ながらその通りだな。未だに手がかりもつかめないんだからな」


 ヨウコ、不安そうにサエキを見る。


「もしもローハンに何かあったらって思うと、心臓が止まりそうになるの。あの人がいなくなったらどうしていいのかわからない。もう誰も私なんて愛してくれなくなっちゃう」


 サエキとマグパイ、黙ってヨウコを見つめる。


「あの人に出会うまで、私の人生、めちゃくちゃだったでしょ。あの頃の私はね、幸せになるのを諦めてたんだ。毎日平気な顔してられたのは、立ち直ったからじゃないの。何も感じなくなってただけなのよ。でもね、ローハンに会った時、久々に血の通った人に出会えた気がしたの。本当は機械だってのにおかしな話よね」


 うつむいて自分のカップを見つめるヨウコに、サエキが優しく話しかける。


「……ヨウコちゃん、ローハンはヨウコちゃんの『一つ目の願い(ファーストウイッシュ)』なんだよ。一生ヨウコちゃんのそばにいることになってるんだから大丈夫さ。記憶をなくした時だって、ちゃんと『じいさん』が助けてくれただろ? 心配いらないよ」

「うん、……そうだね」


 マグパイが意味ありげにサエキの顔を見る。


「……わかったよ、キース。ねえ、ヨウコちゃん。元気の出る話をしてやろうか」

「どんな話?」


 サエキ、にんまりと笑う。


「ヨウコちゃんの悲惨な男運の話だよ」


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