ローハンを待ちながら
同日の深夜 ヨウコがキッチンのテーブルで本を読んでいる。トイレに行くために起きてきたルークがキッチンを覗き込む。
「おとうさんを待ってるの?」
「うん」
「いつもの定期健診なんだろ? 先に寝てればいいのに」
「なんだか眠れないのよ」
「ねえ、今日何かあったの?」
「すぐそこでバスの事故があったって言ったでしょ?」
「違うよ。おとうさん、どうかしたの?」
「どうして?」
「だって、おかあさん、昔のおかあさんみたいな顔してる」
ヨウコ、笑う。
「大丈夫よ。ルークは寝ておいで」
「うん」
「そうだ。おとうさん、凄いことが出来るんだよ。帰ってきたら見せてもらいなさいね」
「凄いことって何?」
「それは明日の朝のお楽しみかな。びっくりするよ」
「なんだ、つまんないの」
「おやすみ」
「おやすみ、おかあさん」
サエキが入ってくる。
「おう、ルーク、まだ起きてるのか?」
「おしっこだよ。おやすみ、サエキさん」
ルーク、出て行く。
「ヨウコちゃん、今日は疲れただろ? 寝たほうがいいんじゃないの?」
「いいよ。待ちたい気分なんだ。検査って時間ががかかるの?」
「普通は一時間もあれば終わるんだけどな。修理のついでに診といてもらったほうが、何度もここを留守にするよりはいいだろ?」
「うん、それはわかってるんだけどね」
「心配ないよ。寝ておいでよ」
「もうちょっとだけ待ってみるよ」
「夫の帰りを寝ずに待つ健気な妻なんてヨウコちゃんらしくないな」
サエキ、笑って湯沸しポットのスイッチを入れる。
「俺も付き合うよ。一人じゃ暗いことばかり考えちゃうだろ」
サエキ、窓際に歩いていくと窓を大きく開ける。
「どうしたの?」
「せっかくだから、にぎやかな方がいいと思って」
暗闇からマグパイが飛び込んでくると テーブルの上に舞い降りる。
「うわ、こんなに暗いのによく飛べるわね」
「カメラの性能がいいからな。鳥目じゃないんだ」
マグパイが首を傾げてヨウコを見る。
「『大丈夫?』って聞いてるよ」
「うん。ありがとう、キース。……やっぱり『通信』が出来ると便利よね。私だけ仲間はずれにされてる気分だわ」
「リュウみたいな外付けイヤピースを貸してやろうか?」
「あれって声を出さないとそっちに聞こえないんでしょ? 傍目からは独り言の激しい人みたいに見えるんだよね」
「じゃ、今まで通り携帯を使えばいいじゃないか」
「そういえば、リュウは? まだ外にいるんでしょ? 呼んであげようよ」
「声はかけたんだけど、ローハンが戻るまでは見回りを続けるってさ。真面目だな」
「あの子も疲れてると思うんだけどな。明日はお休みにしてあげてよ」
サエキ、ティーポットにお湯を注いでテーブルの上に置く。
「俺が陰干しして作ったカモミールティーだよ。コーヒーだと眠れなくなるだろ?」
ヨウコ、疑わしそうにティーポットを見る。
「ほんとにカモミールなんでしょうね?」
「信用ないなあ。裏のハーブ畑にもじゃもじゃ生えてる白いちっちゃい花だろ? ローハンにも確認したから大丈夫だよ」
サエキ、カップにお茶を注ぐとヨウコの前に置く。ヨウコ、マグパイに話しかける。
「キースはお茶は飲めないね。何か食べる?」
サエキが笑う。
「この端末はモノは食べないよ。見た目は本物みたいだけどね」
「ちょっと待って、携帯持ってくるから」
ヨウコ、パソコンデスクの上から携帯電話を取ってくると、イヤホンを繋いでテーブルの上に置く。
『ヨウコさん、聞こえる?』
「うん」
『元気ないね』
「そんなことないよ」
マグパイが一歩前に出るとヨウコの鼻をつつく。
「何するのよ? 痛いでしょ?」
『嘘つくからだろ? ローハンのことなら心配ないよ。もうすぐ終わるってさ』
「うん……ありがとう」
下を向いたヨウコに、サエキが話しかける。
「ヨウコちゃん、なにか気になってることがあるんだろ? 傍にいるエンパスの身になってみろよ。落ち着かなくて仕方ないよ」
ヨウコ、しばらく黙っているが、やがて顔を上げて泣き出しそうな表情でサエキを見る。
「ローハン……どうしてあんな無謀なことしたのよ?」
「無謀なんかじゃないさ。あいつは馬鹿じゃない。勝算がなきゃあんなことはしないよ」
「……ねえ、私、まだ狙われてるんだよね?」
「黒幕が捕まるまではな」
「つまり、また同じことが起こるかもしれないってことでしょ? 次はあの人、死んじゃうかもしれないよ。殺し屋が24世紀の凄い武器を持ち込んできたらどうするの? ローハンより強い戦闘ロボットを送り込んで来たら?」
「そんなことにならないように、ガムとキースが見張ってくれてるよ」
「でも、前の男の時も今回も、ぎりぎりまで気づかなかったでしょ? キースには止められないよ」
『ごめんね、ヨウコさん』
「……誤解しないで。キースを責めてるんじゃないの。今日も危ないところを助けてもらって感謝してる。ただ……相手のほうが私たちよりも一枚も二枚も上な気がしてさ……」
「残念ながらその通りだな。未だに手がかりもつかめないんだからな」
ヨウコ、不安そうにサエキを見る。
「もしもローハンに何かあったらって思うと、心臓が止まりそうになるの。あの人がいなくなったらどうしていいのかわからない。もう誰も私なんて愛してくれなくなっちゃう」
サエキとマグパイ、黙ってヨウコを見つめる。
「あの人に出会うまで、私の人生、めちゃくちゃだったでしょ。あの頃の私はね、幸せになるのを諦めてたんだ。毎日平気な顔してられたのは、立ち直ったからじゃないの。何も感じなくなってただけなのよ。でもね、ローハンに会った時、久々に血の通った人に出会えた気がしたの。本当は機械だってのにおかしな話よね」
うつむいて自分のカップを見つめるヨウコに、サエキが優しく話しかける。
「……ヨウコちゃん、ローハンはヨウコちゃんの『一つ目の願い』なんだよ。一生ヨウコちゃんのそばにいることになってるんだから大丈夫さ。記憶をなくした時だって、ちゃんと『じいさん』が助けてくれただろ? 心配いらないよ」
「うん、……そうだね」
マグパイが意味ありげにサエキの顔を見る。
「……わかったよ、キース。ねえ、ヨウコちゃん。元気の出る話をしてやろうか」
「どんな話?」
サエキ、にんまりと笑う。
「ヨウコちゃんの悲惨な男運の話だよ」




