襲撃
ヨウコ、慌てて立ち上がる。
「ええ! ど、どうするの?」
ローハンが落ち着いた顔で微笑む。
「心配しなくてもいいよ。この敷地の外周に沿って『フィールド』が張ってあるんだ」
「なにそれ? バリアみたいなもの?」
「上を通ったら一瞬で意識がなくなっちゃうんだよ。人間でもAIでもね」
「いつからそんなモノがあったの? 近所の動物がひっかかったりしない?」
「使うのは緊急時だけだよ。それにあんなバスじゃゲートは突破できないからね」
「木でできたゲートなんて、ぶつかったら簡単に壊れちゃうでしょ?」
ローハン、面白そうに笑う。
「だってあれ、木じゃないから」
バスが轟音を立ててゲートに激突し、そこで動かなくなる。
「ほらね。ゲートの周辺は『フィールド』が三重に張ってあるから、中の人は気を失ってるよ」
「でもあのバスは? どうするのよ?」
「キースが処理班を呼んでくれてる。俺たちはバスを見てくるから、ヨウコは家に戻っててよ。ウーフはヨウコについててくれる?」
「おう、任せろ」
ヨウコがローハンに声をかける。
「あんたは間抜けなんだから、うっかりその『フィールド』ってのに引っかからないように気をつけてよ」
「もう切ってあるよ。それに俺の頭蓋骨、軍事用ロボットと同じ仕様だからね。影響は受けないんだ」
リュウがうなずく。
「私の身体も同じようなものです。『軍』の兵士に『フィールド』は効きません」
ローハンとリュウがバスに向かって歩き出す。バスから50メートルほどの距離に近づいたとき、バスの中で二人の男が動くのが見える。ローハン、怪訝な顔で立ち止まる。
「……どういうこと? あいつら生身の人間なんだろ? どうして動いてられるんだよ?」
ウーフがいきなりヨウコを突き飛ばし、身体の上にのしかかる。
「ぎゃ! 痛いってば」
「ヤバいからヨウコは伏せてろ。あいつらの狙いはヨウコだからな」
「犬に伏せろって言われたの、初めてだわ」
「動くなよ。俺の後ろにいれば弾ぐらい飛んできても平気だ」
銃を構えたまま、リュウがローハンを振り返る。
「ローハン、あの人たちの動きを見てください。生身なんかじゃありませんよ。あなたに探知できる部品は使われていますか?」
「ううん、俺には何も見えないよ。普通の人間と変わらないな」
「だとすると、私と同じタイプのボディですね。間違いなく『軍』に関係のある人間です」
「つまり、半端なく頑丈だってことだね?」
「ええ、こんな銃では止められませんよ」
「あの人たち、もの凄く物騒なモノを持ってるんだけど……」
「アサルトライフルですね。あれはニュージーランド陸軍が現行で使っているモデルです」
ローハン、ため息をつく。
「誰だよ、せいぜいエアガンか猟銃ぐらいだって言ったのは?」
「現地調達というのは当たっていましたよ。ローハン、『あれ』を使ってください。脳を破壊すれば倒せます。私の身体と同じ仕様だとすれば、他に弱点はありません」
ローハン、表情を曇らせる。
「『あれ』か。あんまり練習してないんだけどな。やるだけやってみるよ」
「頭に密着させなければ効果はありませんよ」
「わかった。リュウはそこから援護してよ。ヨウコには絶対に近づけないで。……こんなのない方が動きやすいな」
ローハン、握っていた銃を地面に置く。ヨウコが驚いて立ち上がろうとする。
「ちょっと、何する気なの? まさか素手で戦うつもり?」
ウーフが唸ると、ヨウコを地面に押し付ける。
「おい、伏せろって言っただろ」
ローハンが振り返ってヨウコに笑いかける。
「ヨウコはそこに隠れてなよ。すぐに終わらせるからね。危ないから顔を出しちゃダメだよ」
ローハン、バスに向かって勢いよく走り出す。
「ローハン!」
男達がバスから飛び出すと銃撃しながら丘を駆け上がってくる。
ローハンが素早く一人目の男の後ろに回り込み、手のひらを頭に押し付けると、男が意識を失って倒れる。
二人目の男がローハンに向かって連射を始めるが、ローハン、構わずに近づき、男の顔面に手を押し当てる。男が地面にくずおれる。
ウーフがヨウコの頭を鼻先で小突く。
「おい、ヨウコ、終わったぞ。ほんとに早かったな」
ローハン、ヨウコに向かって叫ぶ。
「ヨウコ、大丈夫だった?」
「うん。ウーフに突き飛ばされて膝を擦りむいただけよ」
ローハンとリュウがかがみこんで、手前に倒れている男の身体を調べる。
「なんでこんな奴らが生身ってことになってたんだよ?」
「やはり私と同じタイプのボディですね。この時代に紛れ込んでしまえば、見つけようがありませんよ」
ヨウコとウーフがローハンたちのところまでやってくる。
「二人とも怪我しなかったの?」
ローハン、ヨウコに笑顔を見せる。
「ほんのちょこっとだけだよ」
「ええ? じゃ、弾が当たったのね?」
リュウがうなずく。
「盾になるものがありませんでしたからね」
「大丈夫なの?」
「うん。かすり傷だよ」
家の方角からサエキが走ってくる。
「キースから連絡貰ったよ。大丈夫か? もう処理班が着くってさ」
サエキ、倒れている男たちに目をやる。
「……殺したのか?」
ローハン、暗い顔で答える。
「『あれ』を使ったんだ。生きてはいるけど、脳にダメージを与えちゃったから元の人には戻らないだろうね」
「仕方ないよ。助かったってどうせ更生されちまう。しかし、こんなに簡単にやられるような奴らを送り込むとはなあ。ヨウコちゃんがガードされてるのは知っていただろうに」
ローハンがバスの方を向く。
「バスの中に無関係な人が五人も乗ってたんだ。気の毒だなあ」
「意識はないんだろ? 全部、処理班に任せればいいさ。怪我の手当てもしてくれるよ」
「……ならいいんだけど」
サエキ、ローハンを見る。
「この辺りを走ってる車は一台一台チェックしてたんだろ? どうしてぎりぎりまで気づかなかったんだよ?」
「ゲートの手前でいきなり運転手を殴り倒したんだ。それまでこいつら、客のふりしてたんだよ」
ヨウコ、少し離れた草の上にマグパイが落ちているのに気づく。
「ああ! 鳥が落っこちてるよ」
「弾が当たったんだ。おもちゃみたいなもんだから気にするなよ。あとの二羽は頭の上を飛んでるよ」
ヨウコが空を見上げると、マグパイが二羽、円を描いて飛んでいる。
「ほんとだ」
「キースが、大丈夫?って聞いてるよ」
「びっくりしたけど大丈夫、って伝えてくれる?」
ヨウコ、立ち上がったローハンを見て驚いた顔をする。
「ローハン、シャツが血で真っ赤だよ!」
「たいしたことないって」
ヨウコ、ローハンに近づくとシャツをめくりあげる。
「やめろってば」
「うわ、穴だらけじゃない!」
「弾は全部表面で止まってるよ。補強してもらったって言っただろ。穴が開いてるとカッコ悪いから後で直してもらってくるよ」
ヨウコ、ローハンに抱きつく。
「ほら、服に血がついちゃうよ。血は嫌いなんだろ?」
ローハン、ヨウコが黙っているので顔を覗き込む。
「ヨウコ? ちょ、ちょっと泣かないでよ」
ウーフが後ろで唸る。
「俺にも弾が当たったのに心配しないのか?」
ヨウコ、涙に濡れた顔を上げてウーフを見る。
「ええ? ウーフも? 大丈夫なの?」
「俺の身体は防弾なんだ。でも毛皮に穴があいたから縫ってくれ」
サエキが笑う。
「俺が縫ってやるよ。ヨウコちゃんに縫われると犬に見えなくなっちゃうぞ」
「ってことは、リュウも撃たれた?」
「私は一ヶ所凹んだだけです。ほらここ」
リュウ、ヨウコに腕を見せる。
「そういやあんたも防弾だったわね。良かったあ」
「お気遣いありがとうございます。ヨウコさんがご無事で何よりです」
ヨウコ、怪訝な顔でローハンを見上げる。
「なんであんただけ血まみれなのよ? どうせ補強してもらうんだったら、防弾にすればよかったのに」
「俺の体が一番人間に近いんだよ。リアルな触感じゃないと違和感あるだろ?」
「違和感?」
「エッチのときにさ、抱かれ心地が悪かったら嫌じゃない?」
「こんな時になんの話してるのよ?」
ローハン、笑う。
「ヨウコがそんな深刻な顔してるから悪いんだろ?」




