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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
122/256

襲撃

 ヨウコ、慌てて立ち上がる。


「ええ! ど、どうするの?」


 ローハンが落ち着いた顔で微笑む。


「心配しなくてもいいよ。この敷地の外周に沿って『フィールド』が張ってあるんだ」

「なにそれ? バリアみたいなもの?」

「上を通ったら一瞬で意識がなくなっちゃうんだよ。人間でもAIでもね」

「いつからそんなモノがあったの? 近所の動物がひっかかったりしない?」

「使うのは緊急時だけだよ。それにあんなバスじゃゲートは突破できないからね」

「木でできたゲートなんて、ぶつかったら簡単に壊れちゃうでしょ?」


 ローハン、面白そうに笑う。


「だってあれ、木じゃないから」


 バスが轟音を立ててゲートに激突し、そこで動かなくなる。


「ほらね。ゲートの周辺は『フィールド』が三重に張ってあるから、中の人は気を失ってるよ」

「でもあのバスは? どうするのよ?」

「キースが処理班を呼んでくれてる。俺たちはバスを見てくるから、ヨウコは家に戻っててよ。ウーフはヨウコについててくれる?」

「おう、任せろ」


 ヨウコがローハンに声をかける。


「あんたは間抜けなんだから、うっかりその『フィールド』ってのに引っかからないように気をつけてよ」

「もう切ってあるよ。それに俺の頭蓋骨、軍事用ロボットと同じ仕様だからね。影響は受けないんだ」


 リュウがうなずく。


「私の身体も同じようなものです。『軍』の兵士に『フィールド』は効きません」


 ローハンとリュウがバスに向かって歩き出す。バスから50メートルほどの距離に近づいたとき、バスの中で二人の男が動くのが見える。ローハン、怪訝な顔で立ち止まる。


「……どういうこと? あいつら生身の人間なんだろ? どうして動いてられるんだよ?」


 ウーフがいきなりヨウコを突き飛ばし、身体の上にのしかかる。


「ぎゃ! 痛いってば」

「ヤバいからヨウコは伏せてろ。あいつらの狙いはヨウコだからな」

「犬に伏せろって言われたの、初めてだわ」

「動くなよ。俺の後ろにいれば弾ぐらい飛んできても平気だ」


 銃を構えたまま、リュウがローハンを振り返る。


「ローハン、あの人たちの動きを見てください。生身なんかじゃありませんよ。あなたに探知できる部品は使われていますか?」

「ううん、俺には何も見えないよ。普通の人間と変わらないな」

「だとすると、私と同じタイプのボディですね。間違いなく『軍』に関係のある人間です」

「つまり、半端なく頑丈だってことだね?」

「ええ、こんな銃では止められませんよ」

「あの人たち、もの凄く物騒なモノを持ってるんだけど……」

「アサルトライフルですね。あれはニュージーランド陸軍が現行で使っているモデルです」


 ローハン、ため息をつく。


「誰だよ、せいぜいエアガンか猟銃ぐらいだって言ったのは?」

「現地調達というのは当たっていましたよ。ローハン、『あれ』を使ってください。脳を破壊すれば倒せます。私の身体と同じ仕様だとすれば、他に弱点はありません」


 ローハン、表情を曇らせる。


「『あれ』か。あんまり練習してないんだけどな。やるだけやってみるよ」

「頭に密着させなければ効果はありませんよ」

「わかった。リュウはそこから援護してよ。ヨウコには絶対に近づけないで。……こんなのない方が動きやすいな」


 ローハン、握っていた銃を地面に置く。ヨウコが驚いて立ち上がろうとする。


「ちょっと、何する気なの? まさか素手で戦うつもり?」


 ウーフが唸ると、ヨウコを地面に押し付ける。


「おい、伏せろって言っただろ」


 ローハンが振り返ってヨウコに笑いかける。


「ヨウコはそこに隠れてなよ。すぐに終わらせるからね。危ないから顔を出しちゃダメだよ」


 ローハン、バスに向かって勢いよく走り出す。


「ローハン!」


 男達がバスから飛び出すと銃撃しながら丘を駆け上がってくる。


 ローハンが素早く一人目の男の後ろに回り込み、手のひらを頭に押し付けると、男が意識を失って倒れる。


 二人目の男がローハンに向かって連射を始めるが、ローハン、構わずに近づき、男の顔面に手を押し当てる。男が地面にくずおれる。


 ウーフがヨウコの頭を鼻先で小突く。


「おい、ヨウコ、終わったぞ。ほんとに早かったな」


 ローハン、ヨウコに向かって叫ぶ。


「ヨウコ、大丈夫だった?」

「うん。ウーフに突き飛ばされて膝を擦りむいただけよ」


 ローハンとリュウがかがみこんで、手前に倒れている男の身体を調べる。


「なんでこんな奴らが生身ってことになってたんだよ?」

「やはり私と同じタイプのボディですね。この時代に紛れ込んでしまえば、見つけようがありませんよ」


 ヨウコとウーフがローハンたちのところまでやってくる。


「二人とも怪我しなかったの?」


 ローハン、ヨウコに笑顔を見せる。


「ほんのちょこっとだけだよ」

「ええ? じゃ、弾が当たったのね?」


 リュウがうなずく。


「盾になるものがありませんでしたからね」

「大丈夫なの?」

「うん。かすり傷だよ」


 家の方角からサエキが走ってくる。


「キースから連絡貰ったよ。大丈夫か? もう処理班が着くってさ」


 サエキ、倒れている男たちに目をやる。


「……殺したのか?」


 ローハン、暗い顔で答える。


「『あれ』を使ったんだ。生きてはいるけど、脳にダメージを与えちゃったから元の人には戻らないだろうね」

「仕方ないよ。助かったってどうせ更生されちまう。しかし、こんなに簡単にやられるような奴らを送り込むとはなあ。ヨウコちゃんがガードされてるのは知っていただろうに」


 ローハンがバスの方を向く。


「バスの中に無関係な人が五人も乗ってたんだ。気の毒だなあ」

「意識はないんだろ? 全部、処理班に任せればいいさ。怪我の手当てもしてくれるよ」

「……ならいいんだけど」


 サエキ、ローハンを見る。


「この辺りを走ってる車は一台一台チェックしてたんだろ? どうしてぎりぎりまで気づかなかったんだよ?」

「ゲートの手前でいきなり運転手を殴り倒したんだ。それまでこいつら、客のふりしてたんだよ」


 ヨウコ、少し離れた草の上にマグパイが落ちているのに気づく。


「ああ! 鳥が落っこちてるよ」

「弾が当たったんだ。おもちゃみたいなもんだから気にするなよ。あとの二羽は頭の上を飛んでるよ」


 ヨウコが空を見上げると、マグパイが二羽、円を描いて飛んでいる。


「ほんとだ」

「キースが、大丈夫?って聞いてるよ」

「びっくりしたけど大丈夫、って伝えてくれる?」


 ヨウコ、立ち上がったローハンを見て驚いた顔をする。


「ローハン、シャツが血で真っ赤だよ!」

「たいしたことないって」


 ヨウコ、ローハンに近づくとシャツをめくりあげる。


「やめろってば」

「うわ、穴だらけじゃない!」

「弾は全部表面で止まってるよ。補強してもらったって言っただろ。穴が開いてるとカッコ悪いから後で直してもらってくるよ」


 ヨウコ、ローハンに抱きつく。


「ほら、服に血がついちゃうよ。血は嫌いなんだろ?」


 ローハン、ヨウコが黙っているので顔を覗き込む。


「ヨウコ? ちょ、ちょっと泣かないでよ」


 ウーフが後ろで唸る。


「俺にも弾が当たったのに心配しないのか?」


 ヨウコ、涙に濡れた顔を上げてウーフを見る。


「ええ? ウーフも? 大丈夫なの?」

「俺の身体は防弾なんだ。でも毛皮に穴があいたから縫ってくれ」


 サエキが笑う。


「俺が縫ってやるよ。ヨウコちゃんに縫われると犬に見えなくなっちゃうぞ」

「ってことは、リュウも撃たれた?」

「私は一ヶ所凹んだだけです。ほらここ」


 リュウ、ヨウコに腕を見せる。


「そういやあんたも防弾だったわね。良かったあ」

「お気遣いありがとうございます。ヨウコさんがご無事で何よりです」


 ヨウコ、怪訝な顔でローハンを見上げる。


「なんであんただけ血まみれなのよ? どうせ補強してもらうんだったら、防弾にすればよかったのに」

「俺の体が一番人間に近いんだよ。リアルな触感じゃないと違和感あるだろ?」

「違和感?」

「エッチのときにさ、抱かれ心地が悪かったら嫌じゃない?」

「こんな時になんの話してるのよ?」


 ローハン、笑う。


「ヨウコがそんな深刻な顔してるから悪いんだろ?」


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