歴史への干渉
24世紀 『会社』の一室 ガムランが入ってくると、ソファで眠っているサエキに声をかける。
「おーい、サエキさーん」
反応がないので、ガムランがサエキの耳に顔を近づける。
「起きないんならキスしちゃうよー」
サエキ、目を覚まして目の前にガムランの顔があるのに気づく。
「うわあ!」
「あーあ、惜しかったなあ。もう少しだったのに……」
「そういう冗談はやめろって言ってるだろ。最悪の目覚め方だ」
ガムラン、傷ついた顔で自分のあごにさわる。
「……やっぱりヒゲが嫌か? 剃ってこようか?」
「今日はいやにしつこいな。奥さんに言いつけるぞ」
「そういや、俺は妻子持ちだったっけ」
「いつの間に子供まで増えてるんだよ?」
ガムラン、表情を一変させて不機嫌そうにサエキを睨む。
「誰かに嫌がらせしたい気分なんだよ。特にフギンのお友達にはネチっこくな」
サエキ、眠そうに目をこすりながら、ソファから身を起こす。
「キースにめちゃくちゃ嫌味を言われたんだな」
「俺の落ち度じゃなきゃ、ただじゃおかんのだがなあ」
「『ヨウコ』を守るのもキースの役目なんだ。文句の一つも言いたくなるだろ。お前が二人も渡航審査に通しちゃうなんて、どういうことなんだよ?」
「それがまったくわからんのだ。前回と同じだな」
「黒幕の見当もつかないのか? お前らほどのコンピュータを騙せるなんて、どんな奴なんだよ?」
「お前ら? 俺をフギンみたいな小型計算機と一緒にするな」
ガムラン、窓際まで歩いていくと窓の外に目をやる。
「ところでさ、あの馬鹿は何を考えてるんだ?」
「何をって?」
「あいつ、民衆の救済なんて始めやがったぞ」
「ああ、金を持て余して寄付してるだけの話だろ? 寄付してもしなくても批判されるんで、加減が難しいって言ってたぞ」
「俳優端末がチャリティやってる話じゃない。フギン本人の話をしてるんだよ。あいつ、俺に隠れて21世紀に介入してやがるぞ」
「介入って?」
「例えばだな、方々で難民の受け入れ枠が拡大されてるだろ? あいつの仕業だ。裏工作しやがった」
「ほんとか?」
「間違いないよ。他にもいろいろやってるな。最近の為替の動きもなんだか怪しいんだよな。あいつの事だから証拠は残さんだろうがな」
「いくらキースでもそれは無理なんじゃないの? 歴史に干渉しないようにプログラムで規制はかけてあるんだろ?」
「それがなあ、21世紀の記録がほとんど残っていないもんだから、何が干渉になるのかもよくわかんないんだよな。あまり露骨なことじゃなければ許されるのが実情だよ。あいつはプログラムの裏をかくのが妙にうまいんだ」
「……分かる気がするよ」
「俺の神経を逆撫でするようなことばかりしやがる」
ガムラン、振り返るとサエキに冷ややかな視線を向ける。
「サエキさんもだよ」
「俺が何したっていうんだよ?」
「オクタビアヌス・ミルティアデス・アメンエムハト37世のことだよ。身に覚えがあるだろ?」
「わざわざフルネーム使うなよ。オクがどうしたって言うんだ?」
「オク? そりゃ、省略し過ぎだ」
「嫌がってる名前で呼んじゃかわいそうだろ?」
「サエキさん、あいつをエンフィールド財団の研究所に紹介しただろ?」
「ああ、そのことか。あいつ、凄いんだよ。どんどん力が強くなってく。多感な時期だし、あれは専門家に任せたほうがいい」
「あんなわけのわからん研究所の実験材料にするために、サエキさんに会わせたんじゃないよ」
「いいじゃないか。あそこにいれば力のコントロールも学べるわけだしな。あいつも前よりもずっと幸せそうだぞ」
「超能力なんてただの妄想だ。妄想集団にかかわっちゃますます悪化するぞ」
「お前がなんと言おうとあいつはエンパスなんだよ。この俺もな。今日はもう帰るわ。ヨウコちゃんも狙われてるんだし、こんなとこで油を売ってるわけにはいかん」
「じゃあ、何でのんびり昼寝なんてしてたんだよ?」
「寝不足なんだけどさ、あっちで昼寝をするとヨウコちゃんが冷たい目で見るんだ」
「どうせサエキさんがいたって、たいして役にはたたんだろ?」
「そういうなよ。俺だって精神的な支えにはなれるよ。俺はあの家の叔父さんだなんだからな」
サエキ、あたりを見回す。
「あれ、俺の眼鏡、どこやったっけ?」
「サエキさんの尻の下から眼鏡っぽいモノが覗いてるけど」
サエキ、慌てて立ち上がる。
「ああー! 折れちゃってるよ」
「眼鏡の上で昼寝すれば、当然そうなるだろうなあ。じゃ、俺、行くわ」
ガムラン、ぶらぶらと部屋から出て行く。
*****************************************
キッチン ヨウコが夕食の準備をしているところにサエキが入ってくる。
「ただいま」
「うわ、どこの美形かと思った。眼鏡、どうしたの?」
「うっかり壊しちゃったんだよ。今修理に出してるんだ。見ないでよ」
「何を照れてるわけ? 普通は顔を見て話すでしょ?」
「眼鏡をかけてないと裸でいるみたいでさ」
「先週、素っ裸で廊下を歩いてたのは誰よ?」
「風呂場に着替えを持ってくのを忘れたんだよ。でも、眼鏡はかけてただろ?」
「隠すべき場所が違うでしょ?」
「24世紀じゃ裸で外歩いてても誰も気にしないからさ」
「どんなところなのよ? ……あれ、そういえば今日はハルちゃんとデートだって言ってなかったっけ?」
「ハルちゃんにはこっちで会ったばかりだからな。遊んでばかりいられないだろ?」
「いつも遊んでるじゃない。……なんだか顔色悪いけど大丈夫? コーヒー、入れようか?」
「後でいいや。寝不足なんだ。ちょっと昼寝してくる」
「夜遅くまで変なDVD見てるからでしょ」
「ただのアニメだってば。変なって言い方は誤解を招くだろ。じゃ、後でな」
*****************************************
サエキの部屋 サエキ、ドアを閉めるとベッドに座り、宙に向かって話しかける。
「おい、キース」
キースが『通信』で答える。
『なんですか?』
「この時代に干渉してるんだってな」
『ガムランに聞いたんですね』
「お前は傍観者に徹しなきゃならんのだぞ。起こったことを正確に記録に残すのがお前の仕事だ。何を考えてるんだよ?」
『さあ?』
「さあ、じゃないよ。ヨウコちゃんなんだろ? 暗いニュースが流れるたびに、『さっさと二つ目の願いを叶えてくれりゃいいのにねえ』って言うのが口癖になってるもんな」
『……あの人はね、さめてるように見えて、本当に心を痛めてるんですよ』
「そんな事は俺だって知ってるよ。だからって『二つ目の願い』を叶えるのはお前の仕事じゃないだろ?」
『でも、何も起こらないじゃないですか。ヨウコさんが願い事をしてからもう三年も経つんですよ』
「俺たちは『じいさん』が行動を起こすのを待つしかないんだよ」
『サエキさん、道路わきの貯水池で隣の子猫が溺れていたのを助けに行きましたよね??』
「仕方ないだろ。生き物が苦しんでるとわかっちゃうんだから」
『死んでいたはずのあの猫が、子猫を生んだらどうします? 歴史に干渉したことになりませんか? 僕達がここにいること自体がすでに干渉なんです。最初に『穴』が使われてから百年以上経ちます。もうすでに歴史に大きな影響を与えてしまっているはずですよ』
「だからって何でもやっていい事にはならないよ。そりゃ、俺たちの決めたガイドラインが本当に正しいのかどうかはわかんないよ。でも、決まりは決まりだろ?」
『……サエキさんにはこの時代の出来事が、何もかも見えてしまうのが、どれほど恐ろしいことなのか理解できますか?』
「わからないはずがないだろ? 感情を持ってしまったお前には辛い役目だと思ってるよ」
『それなら……』
サエキ、キースをさえぎる。
「俺はお前が心配なんだよ。もうガムには逆らうな。頼むから奴をこれ以上怒らせないでくれ」
『……わかりました』
「ほんとにわかったんだろうな?」
『ええ、わかりました。話はそれだけですか? 切りますよ』
キース、『通信』を切る。サエキ、ベッドに倒れこむと憂鬱そうに天井を眺める。
「全然わかってないじゃないか」




