ヨウコと便利雑貨
引越しが終わって数日後、ヨウコがキッチンのドアを開けてルークを呼ぶ。
「ルーク、もうすぐご飯だよ。どこ行ったの?」
テーブルの用意をしていたローハンが振り返る。
「ウーフと丘の下の方で遊んでたよ。仲がいいね。あの二人」
「ずっと犬を欲しがってたからね。そのうえロボット犬だし」
「俺がウーフを呼ぶよ」
「犬と通信できるの便利よね。サエキさんともよく頭の中で会話してるんでしょ。私も仲間にいれて欲しいわ」
「できない事ないけど、外科手術がいるよ。ヨウコの頭蓋骨、開けちゃっても構わない?」
「うーん、やっぱりやめとこうかな。そうだ、前から気になっていたんだけどさ、どうしていつも私がどこにいるかわかるのよ?」
「ヨウコにGPSの受信機が埋め込んであってさ、それから俺に情報が送られてくるようになってるの」
「ええっ! 埋め込んである? いつの間に?」
「さあ? 俺が来る前にプロに頼んでやってもらったんだと思うけど」
「やだなあ、人に無断で。どこに埋め込んだのよ」
「すごく小さな針みたいなのを皮膚の下に入れてあるだけだからさ、普通は気づかないよ。俺にもサエキさんにも入ってる。二十四世紀からこの時代に来るときには、入れなきゃいけない決まりなんだ。迷子になると困るだろ?」
「ペットじゃないんだからさ。全然気づかなかった。いつ入れられたんだろ?」
「それは知らないや。頭蓋骨、開けてないから別にいいだろ。あ、来た来た」
ルークと犬のウーフが入ってくる。
「ねえ、おかあさん。明日、ウーフと一緒に友達のところに行ってもいい?」
「ウーフが絶対にしゃべらないんだったらいいわよ。そんなでかい犬を連れて行ったら怖がられないかな」
ウーフ、尻尾を下げてヨウコを見上げる。
「俺、口は軽くないし誰も噛まないぞ」
「噛まれちゃたまらないわよ。ところであんた、昨日、モギーを追い掛け回してたでしょ。やめてよね」
「あの猫、生意気なんだ」
「俺もモギーにいつも噛まれるよ。仲良くなりたいんだけどなあ。ほら」
ローハン、噛まれた跡のある指を見せる。
「あの子、本物志向なのよ。ニセ犬とニセニンゲンは嫌なんじゃない?」
「傷ついたよ」
「じゃ、明日は学校の後、送ってってあげるわ」
ヨウコ、ぎょっとしてウーフを見る。
「あんた、泥だらけじゃない。後でルークに洗ってもらってよ」
「お風呂に入ってもいいか?」
「犬は外のホースで洗ってもらいな」
ウーフ、恨めしそうにヨウコを見上げる。
「ヨウコは俺が犬だからって差別するんだな」
「わかったわよ。お風呂使っていいよ。飼い主に似ていじけやすいから困るわ」
ローハン、愕然とする。
「ええ? 俺?」
サエキが部屋に入ってくる。
「お、ちょうど夕飯か」
「サエキさんの分もちゃんとあるわよ。そろそろ現れそうな気がしてたから」
「ねえ、ヨウコちゃん、これから俺もここで厄介になっていい?」
「……ここに住むって事?」
「行ったり来たり面倒くさいんだ。それに俺、こっちの時代の方が性にあってるし」
「ここ、ローハンの家だし、この人さえ良ければかまわないけど。部屋は余ってるしさ」
ローハンがテーブルの上に料理の皿を置く。
「ここはヨウコの家だろ? 俺はいいよ。でもヨウコと二人きりの時は遠慮してよね」
「やめてよ。恥ずかしい」
サエキ、笑顔になる。
「よかった。ガムは許可してくれたんだけど、こっちで断られたらどうしようかと思った」
「ガムって誰なのよ?」
「俺の上司だよ。ガムランって言うんだ」
「まあ、サエキさんはローハンの身内みたいなもんですからね。舅と同居するみたいだけど歓迎するわよ。ルークもサエキさんのこと好きだし」
ルーク、嬉しそうに笑う。
「うん。サエキさん、アニメとか漫画とかゲームとかすごくよく知ってるんだ」
「うちの息子にあまりおかしな影響を与えないでくださいね」
「ヨウコちゃん、口、悪すぎやしないか?」
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ある日の昼下がり、ヨウコたちがキッチンのテーブルでコーヒーを飲んでいる。
「サエキさん? さっきから何を見てるの?」
「ヨウコちゃんのパソコンデスクの後ろってケーブルでごちゃごちゃしてるよな」
「整理のしようがないのよね。埃もたまるし、ほんと、なんとかならないもんかと思うわ」
「こういうの見ると21世紀に来たって実感できていいなあ」
怪訝な顔をしているヨウコに、ローハンが説明する。
「ヨウコ、気にしないで。サエキさん、ケーブルフェチなんだ」
「なんだよ。その言い方。この時代の人間がだな、江戸時代のカラクリ人形やエレキテルをみて風流だなって思うようなもんだろ」
「そんなもん見ても風流だとは思わないけど? 24世紀にはケーブル、ないの?」
「あるけど機器の接続には使わないよ。基本的にケーブルレスだな」
「そういえばローハンがさ、触りもせずにテレビのチャンネル変えたり、電気消したり、私のパソコンに入り込んだりしてるでしょ? どうやってるの?」
「そりゃ、機密事項だからこの時代の人間には教えられないよ。説明したって三世紀先のテクノロジーなんてヨウコちゃんの頭じゃ1パーセントも理解できないだろうし」
「どうせ私は江戸時代の人間なんでしょ。いいわよ。教えてもらわなくったって」
ローハン、おずおずとヨウコの顔を見る。
「ヨウコのパソコン、いじったのばれてた?」
「やっぱりあんただったのね」
「だって中身がグチャグチャなんだもん。整理したくなったの。スパイウェアも消しといたよ」
「メールは読んでないでしょうね」
「読みたかったけどぐっと我慢したよ。えらい?」
「ケーブルで繋がなくってもいいんだ」
「俺のどこに繋ぐってんだよ? ちょっと複雑な電子機器なら離れてても入り込めるんだ。電源が入ってないとだめだけど。ヨウコの部屋にあるダイヤルをガチャガチャ回す古いテレビはむりだったよ」
サエキ、身を乗り出す。
「ガチャガチャ回すの? ヨウコちゃん、そのテレビ、俺にちょうだいよ」
「ええ、レトロで気に入ってるんだけどな」
「頼むよ。大事にするからさ」
「しょうがないなあ。まあ、お世話になってるからテレビぐらいならあげるわ。ほんと、古いモノが好きなのね」
「やった」
「それにしてもローハンってすごく便利なのね」
ローハン、得意そうに胸を張る。
「見直しただろ。インターネットに直接繋いだり、電話機通さずに電話かけたりもできるんだよ」
「こりゃ、活用しないともったいない。何に使おうかなあ」
ローハン、憤然としてサエキを見る。
「ねえ、サエキさん、この態度どう思う?」
「お前が自慢するからだろ。素直に喜んでくれてるからいいじゃないか。普通はこんな怪しい彼氏は捨てられるぞ」
「ヨウコは俺に夢中だもんね。そんな些細なことで俺を捨てたりしないよ」
「そうそう、生活便利雑貨が増えたようなもんだもん。ありがたいわ」
ローハン、愕然とする。
「雑貨?」
サエキ、笑う。
「ヨウコちゃん、雑貨大好きだからなあ。よかったな。ローハン」




