アリサとローハン
居間 ヨウコとローハンが話しているところに、ウーフに付き添われてアリサが入ってくる。
「こんにちは。遊びに来させてもろうたで」
ヨウコが立ち上がる。
「いらっしゃい、アリサ。それじゃ、お茶にしようか。ローハン、みんなを呼んでくれる?」
「うん、わかった」
ヨウコが出て行くと、ローハンがアリサに話しかける。
「アリサちゃん、今日は車で来たんだね」
「あれ? そこから外は見えへんやろ?」
「ゲートのカメラを通して見たんだよ」
「そんなことが出来るんか。兄さん、便利やなあ」
「一年しかいないのに、ずいぶんといい車を買ったんだね。あれ、新車だろ?」
「それがなあ、あの車、キースに貰ってん」
「え? キース?」
「お礼やって言うんや。情報提供料のつもりやと思うんやけど……」
「ええ?」
「旅行もしたいし、そろそろ車を買うつもりやってメールに書いたら、次の朝、家の前にとまっててん。びびるやろ。あんな高いもん、ほんまに貰ってしもうてええんやろうか」
「お礼だって言うんなら貰っとけばいいんじゃないの? あいつ、稼いでも金の使い道がないんだよ」
「ええんかなあ。大したこと、話してへんねんで。姉ちゃんとの思い出話ぐらいやねんけど」
「キースに遠慮なんかするなって。あいつは遠慮なんて知らないんだからさ」
「うん。じゃあ、ありがたく貰っとくかな」
アリサ、ローハンに向き直る。
「でもな、今日はキースじゃなくて、兄さんのことで来たんや」
「俺のこと? どういう意味?」
「実を言うとなあ、この間からローハン兄さんの事が気になってしゃあないねん」
「ええ?」
「気になって気になって夜も眠れへん」
アリサ、ローハンに近づくと、ローハンの胸に自分の頭を押し当てる。
「あー……アリサちゃん、何してるの?」
「暖かいなあ。……心臓の音がする」
アリサ、今度はローハンの顔に自分の顔を近づける。
「ちょ、ちょ、ダメだって」
アリサ、しばらくローハンの顔を見つめているが、一歩離れて首を傾げる。
「あかん、ぜんぜんわからへんわ」
「な、なにがわからないの?」
「兄さんさあ、ほんまにロボットなん? どう見てもほんまもんの人間やで」
「気になるってそういうこと?」
「うん。……何やと思ったん?」
「アリサちゃんに惚れられたのかと思って、ドギマギしちゃった」
「はあ? そんなはずないやろ? 兄さんは姉ちゃんの大事な旦那さんやで」
床に寝そべっていたウーフが顔を上げる。
「お前になんか惚れるわけないだろ。アリサのタイプは俺だからな」
「日本にいたときにはふわふわした小型犬が飼いたかったんやけどな」
ウーフの傷ついた顔にアリサが慌てて付け加える。
「……ああ、でもこっちで飼うんやったら、うんと大きな犬がいいいなあ。それも真っ黒で毛がボサボサのがええわ。汚れても目立たへんやろ?」
「それで慰めてるつもりなのか?」
アリサ、もう一度、ローハンの胸に耳を押し付ける。
「この中、機械が入ってるんやろ? なんで心臓の音がするんや? チクタク言うんやったらわかるけど」
「ええ? 機械なんて入ってないよ。俺、時計でもないし」
ヨウコがコーヒーを載せた盆を持って入ってくる。
「うわ、ローハンがアリサに手を出してる」
ローハン、慌ててアリサから離れる。
「ち、違うって」
ヨウコ、笑う。
「わかってるわよ。アリサに身体検査されてるんでしょ。あんたの正体を知ってから、気になって仕方ないみたいよ」
「兄さん、よう出来てるなあ。継ぎ目とかないんか?」
「継ぎ目? いつの時代のロボットの話をしてるんだよ?」
「だって、ロボットなんて映画とかアニメでしか見たことないんやもん」
「アリサちゃん、俺の身体は人工細胞を使ってるってだけで構造は人間と同じなんだよ」
ヨウコが指先でローハンの頬を押す。
「ほんと、よく出来てるのよねえ。切ったら血も出るし」
「血? ちゃんと赤い色してるんか?」
「うん。ほら、ここにかさぶたがあるだろ」
ローハン、自分の手をアリサに見せる。
「か、かさぶた? うわ、痛そうやな。どないしたん?」
「一緒に料理してたらヨウコに包丁で刺された」
「ごめんってば。手が滑ったんでしょ。早く傷跡、消してもらってきてよね」
「24世紀には俺と同じタイプの身体を使ってる人間やロボットがたくさんいるんだよ。加工しやすいから人気があるんだ」
「人間がロボットの身体を使ってるんか?」
「人工の身体を使うのは、人もロボットも一緒だよ。24世紀じゃ人間とロボットの違いは頭の中身だけなんだ。身体がどんな形をしてても、人間の脳みそが入ってれば人間なんだよ」
「おもろいなあ。兄さんと同じ顔した人間とかロボットもおるんか?」
「いないよ。俺の身体はヨウコの好みに合わせて特注でデザインしてもらったからね」
ヨウコが説明する。
「この人の身体、超人気デザイナーがデザインしたんだって。一点モノなんだってさ」
「ボディは『会社』の純正で最高級グレード品なのに、ヨウコにはありがたみがわかんないんだよなあ」
「よーくわかってるわよ。最後まで見捨てずにかわいがってあげるってば」
「ヨウコに俺が手放せるわけないもんね」
ローハン、ヨウコを引き寄せてキスする。
「仲ええなあ。道理で兄さん、カッコええわけや。じゃあサエキさんとリュウも加工してあるから美形なんか?」
「サエキさんは左手の肘から先以外は生まれたときのままだよ。リュウは首から下はニセモノだって言ってたけど」
「あの顔は生まれつきなんかな?」
「さあ、どうなんだろ。聞いてみたら?」
ウーフ、不機嫌そうに顔を上げる。
「アリサはリュウの顔が気になるのか?」
「だって、すっごいイケメンやん。作り物やとしたら納得いくやろ」
「あの子、カッコいいって自覚がないのがまたかわいいのよねえ」
ローハンがむくれる。
「俺には自覚を持てって言うくせに」
「だって逆ナンされてるのに気づかないんだもん。この間も馬鹿親切に荷物なんて持ってあげちゃってさ。見ててイライラするでしょ」
「だってあのおばあちゃん、足が悪かったんだよ。見過ごせないだろ?」
「そっちの話じゃないでしょ? おっぱいのでかい脱色ブロンドの二人連れの話よ」
「ああ、あの人たちか。ベタベタひっついてくるし変だと思ったんだよな」
リュウが一礼して入ってくる。
「アリサさん、いらっしゃい」
「ああ、リュウ、ちょっと触らせて」
「は、はい?」
アリサに顔に触れられて、リュウが硬直する。
「な、なんでしょうか?」
「これ、ほんまもん?」
「これ……というのは……」
「アリサはリュウの顔が生まれつきのモノなのか知りたいのよ」
「顔には手は加えていませんよ。自分の容姿はあまり気にしないもので。……どこか変えたほうがいいでしょうか?
「うわ、整形せずにこの顔か。すごいんやなあ」
「え? そ、そうなんですか? ありがとうございます」
「首から下はどうなってんの?」
落ち着かなげなリュウの様子にヨウコが笑う。
「防弾なんだって。凄くセクシーな身体してるのよ。お腹、見せてもらったら?」
リュウが真っ赤になる。
「ア、アリサさんにお腹など見せられません」
「そうなの? 私には触らせてくれたじゃない」
ローハンが驚いた顔をする。
「触った? ヨウコ、何やってるんだよ?」
「ボディガードの強度を確認しただけだってば。この子のお腹には、私だけじゃなくて世界の命運がかかってるんだからね」
「また適当な言い訳でごまかす気だろ。俺の身体じゃ不満なわけ?」
ヨウコ、ローハンの顔を見て笑い出す。
「ついつい若さに惹かれちゃったのよ」
「それが本音? 俺が三十代なのはヨウコに合わせたからだろ? リュウより俺の方がずっと若いのになあ」
アリサ、不思議そうにローハンを見る。
「兄さん、いくつや?」
「もうすぐ三歳だよ」
「ええ? そこまで若いんか」
入ってきたサエキがアリサに声をかける。
「アリサちゃん、いらっしゃい」
後から入ってきたハルノに、ヨウコがアリサを紹介する。
「ハルちゃん、この子アリサって言うの。私の従姉妹」
「ハルノです。よろしく」
アリサ、会釈する。
「こんにちは。ハルノさんも未来の人やな。えらいべっぴんやもんな」
「ハルちゃんはローハンの妹分だから,親戚だと思ってくれていいわよ」
「兄さんの妹? ってことは人間じゃないんか?」
「うん。俺と同じタイプのロボットなんだ」
「やっぱりわからんわ。二人とも完璧すぎる以外は人間にしか見えん」
サエキがニヤニヤする。
「しかしなあ、かわいい女の子が二人もいると、この家もパアっと華やかになるな」
ヨウコが睨む。
「うわ、すごい嫌味」
ローハンが笑う。
「ヨウコが華やかだったらヨウコじゃなくなっちゃうだろ。気にするなよ」
「そんな事言われたら、余計に気になるでしょ? 考えてみりゃこの家で不細工なのって私だけじゃない」
ウーフ、憂鬱そうにヨウコを見上げる。
「俺もいるぞ。黒くてボサボサで汚れてもわかんないんだ。ヨウコと同じだな」
ヨウコ、ウーフの尻尾を踏みつける。
「痛いぞ、ヨウコ。動物虐待で愛護協会に訴えるぞ」
「私、そこまでブスじゃないでしょ? 都合のいいときだけ犬のフリするんじゃないわよ」




