消えた二人組
キッチン サエキが調理をしているところに、アーヤを抱いたローハンが入ってくる。
アーヤ、サエキを見て嬉しそうに笑う。
「だーうー」
「アーヤは今日もご機嫌だな」
「歩くのがすっかり早くなっちゃってさ。見張ってないとすぐにどこかに行っちゃうんだ」
ローハン、アーヤをハイチェアに座らせる。
「おとうさんはコーヒーを作るから、ちょっと座っててよ」
サエキがアーヤの香を見る。
「お腹が空いてるみたいだな」
「ええ? さっき食べさせたところだよ」
「成長期なんだよ。何か食わせてやれよ」
「ほんと、エンパスって便利だね。そのお皿に載ってるの、食べさせてもいい? お団子だろ?」
「みたらし団子になるんだよ。今から串にさして醤油ダレをかけるんだ」
「アーヤにはそのままでいいよ。醤油ダレはまだ早いだろ」
「でも、味のない団子なんておいしくないんじゃないか?」
アーヤ、不満そうにサエキを見る。
「アーヤはりんごの方がいいって言ってるぞ。あとミルクも欲しいんだって。ピンクのウサギの蓋付きマグに入れろってさ」
「……サエキさんはエンパスだろ? いつからテレパスに鞍替えしたんだよ?」
「それがさ、なぜかアーヤの言ってることだけはわかるんだ。この子、やっぱりただ者じゃないな」
「俺のアーヤは凄いんだなあ」
「リンゴは俺がむいてやるよ。お前はミルクをいれてやれ」
「はーい」
ローハン、冷蔵庫をあけてミルクのカートンを取り出す。
「ヨウコちゃん、何してるの?」
「リュウと一緒に敷地の中を歩いてるよ。最近運動不足なんだってさ。あまり出歩けなくなっちゃったからね」
ローハン、ミルクの入った容器をアーヤに渡すと隣に座る。サエキが口を開く。
「なにかがおかしいんだよな」
「どうしたの?」
「ヨウコちゃんだよ。キースにずいぶん惹かれてる様子だっただろ?」
「うん」
「それがさ、なんだか急に冷めちゃったみたいなんだ」
「ほんとに?」
「キースの話題になるとな、一瞬ほわっとテンションが上がるんだが、その後すぐに平静に戻っちゃう。どうしたんだろ?」
「サエキさんの調子が悪いんじゃないの? エンパスって心理的な影響を受けやすいんだろ? ヨウコとキースの事でストレスが溜まり過ぎて、ヨウコの恋心が見えなくなっちゃったんじゃない?」
「それはないと思うけどなあ。まあ、ヨウコちゃんが冷めてくれりゃ、俺は助かるんだけどな。キースはガムを甘く見すぎだ。今に痛い目を見るんじゃないかって心配なんだよ」
「痛い……目?」
「ガムは話のわからない奴じゃないんだが、いつだって社会の利益を最優先させるんだ。キースが『ヨウコ』の『一つ目の願い』の成就に影響を与えるような真似をすれば、この先何が起こるかわからないだろ? あいつががあそこまで思い詰めてると知られたら、出入り禁止ぐらいじゃ済まないかもしれないぞ。キースを排除しようとするかもしれん」
「そこまでするのかな?」
「24世紀を守るのがガムの役目なんだよ。あいつだって必死なんだ」
サエキ、ローハンの顔をじっと見る。
「……お前、俺に何か隠してないか?」
「ないよ」
「……怪しいな」
ローハン、サエキから目をそらす。
「ほら、嘘ついてる。お前、嘘つくの下手だからな」
アーヤがサエキに向かって手を伸ばす。
「うーあーうー」
「……わかったよ。アーヤ」
「何て言ったの?」
「おとうさんを困らせるなってさ。重要なことじゃないんだろうな?」
「うん、俺とヨウコの夫婦の間の問題だよ。心配しないで」
「なら、いいんだけどさ。……この子、お前の気持ちもわかるみたいだな」
「俺、AIだよ。それはないって」
「生まれたときからどこかちょっと違うんだよな。一度調べてもらうか?」
「必要ないよ。別にそれで困ってるわけじゃないし」
「気が変わったら言ってくれ。専門家に友達がいるんだ」
「でもさ、ヨウコだって俺の気持ちに敏感だよ。遺伝なのかな?」
「だから、お前は全部顔に出すからだろ? ヨウコちゃんにAIの感情が読めるんだったら、キースの気持ちになんてとっくに気づいてるよ」
「そりゃそうか」
「ヨウコちゃんの鈍さはハンパじゃないだろ。遺伝だとしたらお前の側からだな。と言ってもお前とアーヤとは遺伝的には関係ないんだけどな」
「それを言われるたびに寂しくなるんだよなあ。俺にそっくりなのに、俺の子じゃないなんてさ」
「何を言ってるんだよ。アーヤの父親はお前しかいないだろ? DNAがどこから来たかなんてたいしたことじゃないさ。なあ、アーヤ」
アーヤ、ローハンを見上げて笑う。
「だーどぅー」
「ほら、おとうさんが大好きだって言ってる。……え、キースがどうかしたのか?」
数秒後にキースから『通信』が入る。
『サエキさん、ローハン、聞こえますか?』
サエキ、驚いた顔でアーヤを見る。
「……このことか? アーヤにはキース叔父さんが連絡してくるってわかったの?」
アーヤ、笑う。
「ぎぃぎぃ」
『アーヤがどうかしたんですか?』
「……いや、こっちの話だ。どうした?」
『一昨日、こちらに渡航して来た二人組の旅行者なんですが、30分ほど前にタイで姿を消しました』
「ええ? どうやって?」
『GPS情報発信機を取り除いてしまったようです。身体的な特徴は分かってますが、変装されると見つけるのは難しいですね』
「発信機なんかなくてもお前になら追跡できるだろ? 身体にいろんなモノを入れてるだろうに」
『それが二人とも全くの生身なんです』
「全くってのも珍しいな。懐古主義者かナチュリストだな?」
『いえ、出身部族の掟なんだそうです。携帯電話を持たせてあったんですけど、もちろん始末しちゃったみたいですね』
「失踪して現地人に化けて暮らしてた奴らが今までにもいただろ? そっちのパターンじゃないのか?」
『それが、この二人、反政府組織に雇われている可能性があるそうなんです。ガムランから連絡がありました』
「ええ! あいつ、また見落としたのか?」
『ごめーん、やっちゃったよ、って言ってましたよ』
「ガムのやつ、頼りにならんな。それじゃあ、こっちに向かってるってことか」
『空港は張ってますが、いつそちらに現れるかわかりませんから、警戒しておいてくださいね。この間と同じトリックを使われたら、僕には見つけられないかもしれません。ヨウコさんはしばらく外出させないほうがいいでしょうね』
ローハンが不安そうな表情をする。
「武器は持ってないのかな?」
『さすがに24世紀からは武器は持ち込んでないと思うよ。空港での入国審査もあるし、そちらについてから調達するしかないだろうな。その国じゃせいぜい猟銃やエアガンぐらいしか手に入らないと思うけど』
「せいぜい? 当たったら痛いものばかりじゃないか」
サエキが肩をすくめる。
「生身の人間なんて、お前やリュウの敵じゃないだろ。ヨウコちゃんに近づけさえしなければ問題ないよ」




