ローハンの三原則
居間 ヨウコ、ソファにもたれて本を読んでいる。
「ヨウコ、何してるのさ」
「ああ、ローハン、そこのコーヒーとってよ」
「そのぐらい自分で取れよ。面倒くさがりなんだから」
「ロボットは人間の命令には服従しなきゃなんないのよ」
「なんだよ、それ?」
「『ロボット工学三原則』の第二条」
「何読んでるのかと思ったらアシモフか。400年前の古典文学のロボットと一緒にしてもらっちゃ困るけど?」
「アシモフ博士を馬鹿にするんじゃないわよ。ご主人様に絶対忠実なロボットなんて素敵じゃない。ちょっとは見習いなさいよね」
「そんなに古い本が好きならヨウコも日本の昔の小説読んでみろよ。貞淑な妻は夫に絶対服従なんだよ。ちょっとは参考にしてみたら?」
「やだもんね。ニュージーランドじゃ昔から女が強いって決まってるのよ」
「俺がいちいちヨウコの命令聞いてたら、ヨウコが困っちゃうだろ。『ローハン、やめて』って言っても、ほんとに俺がやめたら怒るくせに」
「何の話よ?」
「エッチしてる時の話」
ヨウコ、赤くなる。
「あれは本気で言ってるの」
「嘘つき」
「嘘じゃないもん」
「嘘つきだよ」
ローハン、ヨウコの手から本を取り上げると、ヨウコをソファに押し倒す。
「何すんのよ?」
「たまには気分を変えてここでしようよ」
ローハン、ヨウコにのしかかるとキスする。ヨウコ、赤くなってローハンを押しのけようとする。
「ちょっと、ローハン」
ローハン、構わずヨウコの胸ボタンをはずし始める。
「もう、ふざけるのやめなさいよ」
ローハン、素早く立ち上がると、慇懃無礼に頭を下げる。
「かしこまりました。ご主人様」
「ええ?」
「お嬢様とお呼びするには、お年を召されていますので」
「うわ、むかつく」
ローハン、笑う。
「ご主人様は忠実なロボットがお望みなのですよね?」
「……そうよ」
「それでは、なぜそのような『ちょっぴり残念だなあ』という顔をなさっているのですか?」
「してないわよ」
「やはりご主人様は嘘つきでございますねえ」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「頭に来た。もうあんたは私に触んないで。これは命令よ」
「ええ?」
「忠実なロボットは今夜からそこのソファで一人寂しく寝なさいね」
ヨウコ、怒った顔で立ち上がる。
「ちょっと、ヨウコ、怒んないでよ。かわいい冗談だろ?」
無視して部屋から出て行くヨウコを、ローハンが慌てて追いかける。通りがかったサエキがヨウコに話しかける。
「ヨウコちゃん、ずいぶん楽しそうだな」
「三原則も守れない欠陥ロボットをからかってるんだ」
ローハン、ヨウコに追いついて顔を覗き込む。
「あれ? 怒ってるんじゃなかったの?」
「あのくらいで怒るわけないでしょ?」
「腹立つなあ」
ローハン、ヨウコをいきなり捕まえて担ぎ上げる。
「ちょっと何すんのよ?」
「うるさい。ヨウコを貞淑な妻に改造してやる」
「やだってば。降ろしなさいよ。ロボットは人間に危害を加えちゃいけないのよ」
「ロボットごっこはもう終わりだよ」
「だってあんた、ロボットでしょ?」
「そうだったっけ? 記憶にないなあ」
構わずヨウコを担いで行くローハンを見て、サエキが笑う。
「相変わらず仲がいいんだなあ。この機会にしっかり改造してやってよね。まあ、お前には無理だとは思うけどな」




