丘の上の一軒家
昼食の席でローハンがヨウコに話しかける。
「ねえ、ヨウコ、この家で三人暮らしって狭いだろ? 俺、でかいし」
「悪かったわねえ、狭くって。これでも苦労して買ったんだから」
「そういう意味じゃないよ。ヨウコとルークで俺のところに移って来ない?」
「……俺のところって?」
「俺の家」
「あんた、家なんか持ってるの? ニンゲンモドキのくせに?」
「その呼び方もやめようよ。家も車もヨウコの願いを叶えるのに必要になりそうなものは、『じいさん』に言われて全部用意したんだよ。だから正確にいうとヨウコの家なんだけどさ」
「また、『じいさん』の仕業か。ってことは……まさか丘の上の広い土地にちょっと古めの一軒家が建ってたりしないわよね」
「よくわかったなあ。犬と馬と羊とロバもいるよ。猫はヨウコのところにいるから新しいのはいらないだろ」
ヨウコ、急に目をつぶり、両手で自分の身体を抱いて身震いする。
「だめだ」
「どうしたの?」
「話がうまく行きすぎるとすごく不安になるのよ」
ローハン、ヨウコの隣に座り黙ってヨウコを抱き寄せる。
「ローハンが突然いなくなっちゃったらどうしよう」
「俺がヨウコを捨てていなくなるとでも思ってるの? 傷つくなあ」
「いい事が続くのに慣れてないの」
「……ねえ、ヨウコってよくパニック発作起こすの?」
「最近は治まってたんだけどな。いい事があるとね、それがぽしゃるんじゃないかって不安になるんだ。医者に薬は貰ってるんだけどね」
「ヨウコはね、俺を信じてくれたらいいんだよ。俺はハッピーエンドが好きだって言わなかった? ね、家、見に行ってみる? 三時までに戻ってくればいいだろ。ウーフに紹介するよ」
「誰よ。それ?」
「俺の犬。おしゃべりで生意気だけどいい奴なんだよ」
「おしゃべり……なの?」
「うるさい犬はいや?」
「問題はそこじゃなくってさ」
ローハン、ヨウコの顔を覗き込む。
「おさまったみたいだね。しばらくこうしててもいい?」
「うん。ありがとう、ローハン。家を見に行きたいよ。ウーフにも会いたいな」
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ヨウコとローハンが大きな家の玄関の扉を開いて表に出てくる。
「ちょっと大き過ぎないかなあ。部屋、余るんじゃない?」
「ヨウコの日本の家族や友達が遊びに来れるだろ? 部屋なんか多いに越したことないよ」
「掃除はあんたがしてね」
「ええ?」
ヨウコ、家の周囲の牧草地を見渡す。
「ああ! 本当に羊がいる」
「この国で羊飼いになるんだって言っただろ?」
「三頭しか見あたらないけど」
「三頭でも羊は羊だろ? 羊を飼ってる人を羊飼いって言うんじゃないの?」
丘の下から老女が歩いてくるのに気づいて、ローハンが手を振る。
「クリスばあちゃん、こんにちは」
クリスばあちゃん、ローハンを見て微笑む。
「やっと彼女を連れてきたのかい?」
「ヨウコです。こんにちは」
クリスばあちゃん、ヨウコをじっと見つめる。
「なるほどね」
「え、何がですか?」
ローハン、怪訝そうなヨウコにばあちゃんを紹介する。
「この人がクリスばあちゃんだよ。この土地と家を売ってくれたんだ。この辺り一帯の地主さんなんだよ」
「おばあちゃんはどこに住んでるの?」
「道路をはさんだ反対側だよ」
「あそこのかわいいお家?」
「そうだよ。また遊びにおいで。家は気に入ったかい?」
「うん。あんな素敵な家に住みたいと思ってたんだ。ありがとう」
「あの家もヨウコがくるのを待ってたんだよ。大事にしておくれ」
クリスばあちゃん、また丘を下っていく。
「なんだか不思議なおばあちゃんね」
「この家が気に入ってね。おばあちゃんに交渉に行ったらすぐに譲ってくれたんだ。近所の人が驚いてたよ。それまでは決してこの家と土地を手放さなそうとしなかったんだって」
「ローハンに惚れたんじゃないの」
「どうだろう? 会った途端に『彼女はどこにいるの』、って聞かれたんでびっくりしたよ」
「私のこと?」
「そうだと思う」
ローハン、丘を下っていくクリスばあちゃんを眺める。




