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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
109/256

キース、風邪をひく

 キッチン ヨウコとサエキとキースの三人がテーブルを囲んで話をしている。


 キースが突然くしゃみをする。ヨウコ、驚いてキースの顔を覗き込む。


「ああ! 鼻が出てる」


 ヨウコが立ち上がるが、キースが素早く腕を掴む。


「何するのよ?」

「どこに行くつもり?」

「ティッシュを取ってきてあげようと思って」

「ティッシュの箱は目の前にあるだろ? カメラを取りに行こうとしてたくせに」

「……よくわかったわね」

「油断も隙もありゃしない」


 キース、ティッシュを一枚取ると鼻をかむ。サエキが怪訝な顔でキースを見る。


「端末の調子、悪いんじゃないのか?」

「風邪ひかせちゃったみたいです。気をつけてたんですけどね」

「そういえば、声もおかしいよ。キースって風邪ひくの?」


 サエキが笑う。


「こいつの端末は人間の身体と同じだからな。風邪もひくさ」

「病気になんてかからないのかと思ってたわ」

「ほとんどの病気に対する免疫はもたせてあるんだがな。風邪ってのは種類が多いから、抜けてるのもあるんだよ。かかっても大したことないから、神経質になることもないだろ?」

「ふうん」


 ヨウコ、キースの額に手を当てる。


「あれ、熱があるよ」

「そう言われてみれば、なんだかふらふらするなあ。気持ちが悪くなってきた」

「ええ? それなら休んだほうがいいって。部屋で寝ておいでよ」

「そうするよ」

「水枕、持ってってあげるね」


 ヨウコ、立ち上がると部屋から出て行く。サエキがキースを睨みつける。


「何を企んでる?」

「なんにも」

「どこまで嘘つきなんだ。端末が風邪ひいて、お前が気持ち悪くなるわけないだろ? たとえバラバラにされたって、お前の本体には全く影響ないはずだぞ」

「おでこ、触ってもらっちゃいましたね。ヨウコさん、冷え性なんで手が冷たいんですよ」

「聞いてるのか?」


 キース、サエキを無表情で見る。


「こんなチャンスを逃すわけにはいかないでしょ?」

「ヨウコちゃんを騙して罪悪感はないのか? 仮病だってバラすぞ」

「風邪ひいてるのは本当なんだから、仮病とは言わないでしょ? それに、そんなことしたらヨウコさん、僕の気持ちに気づいちゃいますよ。いいんですか?」

「ヨウコちゃんのこととなると見境ないなあ。……芝居だって気づかれない自信はあるのか?」

「僕は俳優ですから、心配はご無用です」


 サエキ、ため息をつく。


「まあ今回は大目にみてやるよ。星占いのページをチェックせずにはいられないほどに思いつめてるんだもんな」

「星占いなんて見てません。第一、占星術なんて非科学的なモノ、僕が信じるはずないでしょ?」

「そうか? ラッキーカラーのアイテムを身につければ、てんびん座は今月後半から恋愛運アップだって教えてやろうと思ったのに」


 キース、サエキの顔を見る。


「何色なのか知りたいなあ、って思ってるな?」


 キース、立ち上がる。


「思ってませんよ。もう寝てきます」


        *****************************************


 キースの部屋 ヨウコがドアを開けると、キースが上半身裸でパジャマに着替えている。


「うわあ!」


 キースが顔を上げる。


「どうしたの?」

「人の目の前で着替えないでよ。イヤラシイんだから」

「……入ってきたのはヨウコさんの方だろ?」

「そうだけどさ」

「見たくないなら、横を向くとか部屋から出るとかしたら?」

「凄すぎて自分の視線をコントロールできないのよ」

「僕の身体ぐらい映画や雑誌で見たことあるんだろ?」


 キース、パジャマを羽織る。


「うわあ!」

「今度はなんだよ?」

「キースがパジャマ着てる」

「……誰だって着るんじゃないの? 服のまま寝たら血行によくないだろ?」

「こりゃ凄いわ」

「パジャマのどこが凄いんだよ?」

「いいもの見たなあ。ほかのファンに知られたら妬まれるだろうなあ」

「殺されるかもしれないね。最近は過激なのが多いんだ。先週は15歳の子から、結婚してくれなきゃ所属事務所のオフィスを爆破するって手紙を貰ったよ」


 キース、パジャマのボタンをとめ終えるとベッドに潜り込む。


「ほら、水枕持って来たよ。頭を上げてよ」

「うん、ありがとう」


 ヨウコ、キースの頭の下に水枕を押し込もうとして手を止める。


「何してるの?」

「あなたの髪、見た目よりも柔らかいんだね。一本ちょうだい」

「髪の毛なんかどうするんだよ?」

「記念だってば」

「何の記念だよ?」

「キースが風邪ひいた記念よ」


 ヨウコ、キースの髪の毛を引っ張る。


「……今の一本じゃなかったね」

「コンピュータって何でもお見通しなのね。参るわあ」

「何言ってんだよ? 一本であんなに痛いはずないだろ?」


 ヨウコ、ベッドわきの椅子に座ると、心配そうにキースの顔を見つめる。


「ねえ、どうしても明日の朝、発たなきゃならないの?」

「うん。これからしばらく予定が詰まってるんだ」

「でも、フライト、長いんでしょ? こんなに熱があったら無理だよ。何かあっても途中で降りられないんだよ」

「もしかして心配してくれてる?」

「当たり前でしょ?」

「ごめん、先に言っとけばよかったね。さっき薬を飲んだんだ。明日の朝までには治ってるよ」

「はあ? 風邪は薬じゃ治んないわよ」

「24世紀には風邪の即効薬があるんだよ。発明した奴はノーベル賞を貰ったらしい」

「すごーい。秘密道具みたいね。でも、即効なら寝ることなんてないでしょ?」

「感染しちゃってるからね。いくら即効といってもそこまで短期間で炎症は治まらないんだ。休ませておいたほうが回復も早いからね」

「なんだ、心配して損しちゃった。まあ、いいわ。それでも風邪の辛さに変わりはないんでしょ? 気分が良くなるまではせいぜい大事にさせてもらうわよ」

「そうなの? じゃ、大事にしてもらっちゃおうかな。病人役は今年やったばかりだから自信あるよ」


 ヨウコ、表情を曇らせる。


「あの映画、何度見ても泣いちゃうんだ。お涙頂戴映画なのに悔しいわよね」

「ええ? お涙頂戴ってほど安っぽい映画でもないだろ?」

「ああいう話に弱いのよ。やっと気持ちが通じ合ったのに死に別れるなんて、ひどすぎるとは思わない? 後からメッセージが届くって演出が、これまたベタでムカつくのよね。あんな映画を作る奴の気が知れないわ」

「……じゃあ、どうして何度も見るんだよ?」

「だって、映画のキース、格好いいんだもん。こんなに無表情じゃないしさ」


 キース、ヨウコに向かって手をのばす。


「何?」

「手」

「手?」

「手を出して」

「どうして?」


 ヨウコが差し出した手をキースが握る。


「……何してるの?」

「冷たい手だな」

「手が冷たい人間は心が温かいっていうでしょ」

「そんなの、なんの根拠もないだろ?」

「自分に都合のいい事は信じることにしてるのよ」


 キース、笑う。


「誰かに看てもらうのもいいもんだね」

「そうでしょ。私が体調を崩すといつもローハンがついててくれるの。大丈夫だって言っても離れないんだけどね。でもやっぱり安心できるわよ」

「ふうん」

「だから、キースには私がついててあげる。かわいい女の子じゃなくって申し訳ないけどね」

「そう? 僕はヨウコさんさえいてくれればそれでいいよ」

「嬉しいこと言ってくれるなあ。キース、本当に私に恋してるんじゃないでしょうね?」


 キース、何も言わずにヨウコを見つめる。ヨウコ、赤くなって手を引っ込めようとする。


「離しなさいよ」

「やだよ」


 キース、ヨウコを引き寄せてキスする。ヨウコ、真っ赤になって慌てて離れる。


「……な、なにするのよ?」

「人にうつすと早く治るって言うじゃないか。協力してよ」

「ええ? それこそなんの根拠もないじゃないの」


 キース、笑う。


「自分に都合のいい事は信じることにしてるんだ」

「真似しないでよ。本当にうつったらどうするの? ひどいなあ」

「風邪薬、置いてくよ」

「風邪ひいても自分勝手なのは直らないのね。……まあいいか。パジャマ着たキースにチュウされるのも悪くないわ」


 ヨウコ、笑って立ち上がる。


「さて、病人は何して欲しいのかな? りんごでも剥いてあげようか?」

「忙しいんだろ? 気持ちだけで十分だよ。端末は使わずに休ませておくから、ヨウコさんもほっといてくれていいよ」

「じゃ、何かあったら呼んでよ」

「うん。もし僕に用があったら耳元で大声出してくれる? 起きるから」

「憑依してた霊を呼び戻すみたいな感じかな?」

「ヨウコさんっていつもおかしな例えを思いつくよな。かすれ声の端末と話すのが嫌なら、電話を使ってくれてもいいけど」

「私も『通信』が使えれば便利なんだけどなあ」

「携帯電話で十分だろ? じゃあお休み。眠るわけでもないのにお休みってのも変だね」


 キース、笑うと目をつぶる。ヨウコ、しばらくキースの顔を見ているが、そっとキースの額に手をあてる。


 キースが目を開ける。


「ヨウコさん?」


 ヨウコ、慌ててベッドから離れる。


「熱、下がったかなって思って。じゃ、後でね」


 ヨウコ、そそくさと部屋から出て行く。


        *****************************************


 キッチン ヨウコとサエキが話している。


「風邪を半日で治すなんて凄い薬があるのね」

「俺も持ってるから必要なら言ってよね。この間、富山の置き薬を箱ごと持って帰ってきたんだ。でもキースには言うなよ。そういうの、こっちの時代に持ち込むと文句を言われるからな」

「24世紀じゃ誰も病気になんてかからないんじゃないの?」

「そんなことないよ。深刻な病気は予防するけど、風邪なんかにはかえって無頓着だな。特に子供のうちはよく病気にかかるよ。子供はみんな生身だしな」

「そうなの? 病気とは無縁の幸せな社会なんだと思ってたわ」

「病気のせいで不幸な人間なんてほとんどいないさ。病気にかかる経験は人間にとって必要なことなんだよ。健康や命の大切さについて考えるいい機会だろ?」

「なるほどね」

「それに子供の頃、親に看病してもらった記憶はない? なかなかいいもんだろ? 俺の場合は姉ちゃんだったけどさ」

「さっき、キースともそんな話してたんだ」


 ヨウコ、急に赤くなる。サエキ、ヨウコの顔をじっと見る。


「キースがどうかした?」

「ううん。……キースの様子、見てこようかな」

「あの薬、ほんとに効くから看病なんて必要ないよ」

「たまには誰かの看病してみたいのよ。ローハンは風邪ひかないからつまんないんだもん」

「つまんないって言い方はないだろ?」

「人間そっくりなくせに病気はしないのね」

「人工細胞に感染するウイルスもあるんだけどな。かかるとヤバいのが多いから、最初から免疫を持たせてあるんだ」

「じゃ、最愛の夫を看病する機会は一生ないわけか」

「人間と同じ身体に交換でもしない限りはな」


 ヨウコ、立ち上がる。


「病気してるキースって、いつもと雰囲気が違ってかわいいんだ。もうちょっと長引いてくれてもいいのになあ」

「酷いこと言うなあ。ほんとにファンなのか?」

「ファンの心理って複雑なんだってば」


        *****************************************


 キースの部屋 ヨウコが忍び足で入って来ると、カメラを構えてキースの寝顔を撮る。ローハンが後ろから声をかける。


「おい、ヨウコ」

「うわあ!」


 キース、目を開けてヨウコの持っているカメラを見る。


「……また撮られちゃったみたいだね」


 ヨウコ、恨めしそうにローハンを振り返る。


「もう、一枚しか撮れなかったじゃない」

「男の部屋に忍び込んで何してるんだよ?」

「看病してあげてるのよ」

「看病? こいつならほっといても平気だよ。それに看病にカメラはいらないだろ?」

「風邪ひいて寝てるキースをコレクションに加えたいんだってば。パジャマ姿がかわいいでしょ?」

「おかしな写真ばかり増えてくじゃないか」

「ファンにはそういう素顔のキースがたまらないのよ」


 キース、布団の中からヨウコを見上げる。


「そのコレクション、絶対にヨウコさんの部屋からは出さないでよ。流出でもしたら絶交だからね」


 ローハンがにやにやする。


「じゃあ、俺が流出させちゃおうかな。男に二言はないよな。本当に絶交しろよ」

「ええ?」


 ヨウコ、かがんでキースの顔を覗き込む。


「だいぶ顔色が良くなったね。もうふらふらしない?」


 ローハンがおかしそうに笑う。


「馬鹿だなあ。端末が風邪ひいて、コンピュータがふらふらするわけないだろ? ここにあるのはただのリモコン人形なんだから、キース自身は影響なんて受けないよ」

「はあ?」

「だからさ、ルークがラジコンの自動車をぶつけて壊したとするだろ? 遊んでたルークはダメージを受ける?」

「痛くもかゆくもないわよね……」


 キース、素早く布団に潜り込む。


「ちょっと、隠れるんじゃないわよ。人を散々心配させておいて、どういうこと? よくも騙したわね」


 キース、布団から半分だけ顔を出す。


「ごめん」

「何を考えてるのよ?」

「一度くらい病人気分を味わってみたかったんだよ」

「はあ? そんな単純な理由なの?」

「うん」

「じゃ、許してあげるわ」

「本当に?」


 ローハン、むくれる。


「どうしてこいつには甘いんだよ?」

「私は楽しかったからいいのよ。キースを看病したの、世界で私一人なんでしょ?」

「それは保証するよ」


 ヨウコ、勢いよくキースの布団を剥ぎ取る。


「何するんだよ?」

「許してあげるかわりにパジャマ姿を撮らせなさいよね」

「ええ? ちょっと待ってよ。髪の毛がボサボサだろ?」

「それがいいんでしょ?」


 ヨウコ、容赦なくキースの写真を撮る。


「いいのが撮れたわ。引き伸ばして寝室に貼っちゃおうっと」

「ちょっと、ヨウコ、そんなの駄目に決まってるだろ? フィルム没収だよ」


 ヨウコ、素早くローハンから逃げる。


「すぐに現像に出してきちゃうもんね」


 ヨウコ、走って部屋から出て行く。ローハン、呆れた顔でキースを見る。


「つまり、ヨウコを騙して看病させてたってことか。人が野良仕事に励んでる隙を狙うなんて、悪いタヌキみたいな奴だな」

「半日ぐらい見逃してくれてもいいだろ?」

「俺がいつも甘いからって、調子に乗り過ぎじゃないの?」


 ローハン、キースの額を指ではじく。


「痛いだろ。病人はいたわろうって習わなかったのか?」

「今回ばかりは許せないんだよ」

「何でだよ? たいしたことはしてないだろ?」

「俺はだな、ヨウコに看病してもらったことなんて一度もないの。今度ヨウコに手を出してみろ。タヌキ汁にしてやるからな」


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