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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
105/256

ヨウコの従姉妹

 空港 サングラスをかけたキースがゲートから出て来ると立ち止まる。しばらくすると若い日本人女性が出てくる。


「すみません」


 女性、立ち止まってキースを見る。


「はい?」

「ヨウコさんのご親戚ですか? ヨウコ・ジョーンズさん、旧姓はサクライですが」

「え?」


 女性、驚いた顔でキースを見る。


「彼女、僕の友達なんですけど、よく似てるのでもしかしてって思って」

「……そうですけど、あなたは?」

「キースって言います。僕も今からヨウコさんの家に向かうんだけど、車、乗ってきますか?」

「はあ?」

「ああ、こんな誘い方しちゃ怪しいよね。ヨウコさんに電話して確認する?」

「それが……ヨウコ姉ちゃん家に突然行って、驚かせようと思ってるもんやから」

「そうなの?」

「キースさんやったらヨウコ姉ちゃんに聞いたことあるわ。日本語ぺらぺらの格好ええ人なんやって言うてたよ。そんな人、ごろごろおらんやろうし、乗せてってもらうわ」


 キース、笑う。


「そんなに簡単に信用しちゃっていいの? 海外で油断してちゃ危ないよ。日本語のうまい美形の男なんて一番怪しいじゃないか」

「信用してほしいん? ほしくないん?」

「君が来てること、ヨウコさんのおかあさんにも秘密なの?」

「ヤスコおばちゃん? おばちゃんにはだいぶ前に話したけどな」


 キース、ポケットから携帯電話を取り出すと通話ボタンを押す。


「もしもし? おかあさん? キースです。昨日はありがとうございました。今、空港でアリサさんに会ったんですけど。ええ、同じ飛行機だったみたいです。代わりますね」


 女性(以下アリサ)、慌てて携帯を受け取る。


「ああ、おばちゃん。うん、今着いたところ。うん、格好ええよ。ええ? わかった。また連絡するわ。じゃ」


 アリサ、キースを不審そうに見る。


「昨日はありがとうってなんのこと?」

「ヨウコさんの実家に泊めていただいたからさ」

「ええ?」

「ヨウコさんのおかあさん、僕が東京でほかのところに泊まると怒っちゃうんだよ」

「はあ? それはともかく、なんで私の名前まで知ってるん?」

「ほら、やっぱり怪しいだろ? 人をそんな簡単に信じるもんじゃないよ。車、すぐそこだから。荷物もあるんだろ? 取りに行こう」


 キース、笑うと先に立って歩き出す。


「ちょっと、待ってえよ」


 アリサ、キースを慌てて追いかける。

                                               

        *****************************************


 ヨウコの家 キッチン ヨウコとサエキが話しているところにキースが入ってくる。


「いらっしゃい。遅かったのね」

「空港でナンパしてたんだ」

「はあ?」


 サエキが身を乗り出す。


「女の子か?」

「21世紀じゃナンパと言えば女の子でしょ? 連れてきちゃったけど会いたい?」

「連れて……きたの?」

「ヨウコさん、きっと驚くよ。ほら、入っておいでよ」


 アリサが入ってくる。


「ヨウコ姉ちゃん、こんにちは」

「げ、アリサ? どうしてここに?」

「ワーホリで来てんけどな、ヨウコ姉ちゃんを驚かそう思って黙っててん。結婚式も出られんかったし、ほんま久しぶりやね」

「なんだ。教えてくれたら準備しておいたのに」

「やっかいになったら悪いと思ってな。最初の二ヶ月はホームステイしながら語学学校に通おうかと思って手配してあんねん」

「キース、よく見つけたわね」

「飛行機の搭乗者リストに名前があったからね。連れて来てあげようと思って出てくるのを待ってたんだ。よく似てるからすぐわかったよ」


 アリサ、怪訝な顔をする。


「搭乗者リスト? そんなん、極秘とちゃうん?」


 サエキ、アリサを見て首を傾げる。


「すぐにわかるほど似てるかな? アリサちゃん、めちゃくちゃかわいいじゃないか」

「そんな、照れるわ」


 キースが微笑む。


「遺伝的な相似点を見れば、百パーセント、血縁関係があるってわかりますよ」

「はあ?」


 ヨウコ、怪訝な顔でキースを見つめるアリサに、慌ててサエキを紹介する。


「アリサ、この人はサエキさん。同居人なのよ」

「おばちゃんから話は聞いてます。眼鏡取ったらえらいカッコいいって言ってはったで」

「そうなんだよ。見たい?」

「見してもらえるんやったら、お願いしたいわ」


 ローハンが入ってくる。


「アリサちゃん、こんにちは」

「初めまして。お姉ちゃんの旦那さんやね。私だってすぐにわかったん?」

「ヨウコのアルバムで見たからさ。ヨウコに似てるのになぜか美人なんだ」


 ヨウコ、ローハンを睨む。


「どういう意味よ?」


「ホームステイは明日の晩からやねん。初日は町のホステルに泊まろうと思って」

「何を言ってるのよ。遠慮せずにうちに泊まりなさいよ」

「でも、キースも泊まるんやろ? 部屋がないんとちゃう?」


 キースが微笑む。


「僕の部屋を使っていいよ。僕がソファで寝ればいいだけだから」

「駄目よ。あんたほどのセレブをソファで寝かすわけにはいかないでしょ。奥の部屋を片付けたからアリサはそっちで寝ればいいわ」

「でかい家なんやなあ」


 キース、またアリサに微笑みかける。


「じゃ、明日は僕がホームステイ先まで送って行ってあげるよ」

「ええんか? おおきにな、キース」


 ヨウコ、アーヤを抱き上げてアリサに見せる。


「ほら、この子がアーヤ、かわいいでしょ? ちょっとだけど歩けるようになったのよ」

「ほんま、かわいいわ。旦那さんによう似てるなあ」


 見回りを終えたリュウとウーフが入ってくる。リュウ、アリサを見て立ち止まる。


「お客様ですか?」

「こんにちは、アリサです」

「アリサ、この子、リュウっていうのよ」

「はい、ヨウコ姉さんの弟です」

「え?」

「似ていないのは腹違いだからです」


 アリサ、驚いてヨウコを振り返る。


「腹違い? どういうこと? おっちゃん、浮気しとったん?」

「リュウ、アリサは私の従姉妹なのよ」


 リュウ、赤くなる。


「そ、それを先に言ってください」

「ヨウコ姉ちゃん、どういうことなん?」


 ヨウコ、困った顔をする。


「ええと、訳あって、こっちじゃ私の弟という事にしてるのよ」

「……姉ちゃんとこもいろいろ事情があるんやな」


 サエキが笑う。


「そうなんだよ。事情だらけなんだ」

「じゃ、リュウさんは私の従兄弟ってことでええんか?」

「そうしてもらえれば助かるわ」

「それにしてもこの家、ええ男ばっかりやなあ」


 ウーフが気をひこうとして唸る。


「姉ちゃんとこ、犬もおるんやな」

「この犬はウーフっていうの。でかくて馬鹿だけと、噛んだりしないから大丈夫よ」


 ヨウコ、警告するようにウーフを見る。


「うっかりしゃべったりもしないしね」

「はあ?」


 ウーフ、ヨウコを恨めしそうに睨む。


「ほんまにでかいなあ。牧羊犬なん? 後で遊んでな」

「アリサ、疲れたでしょ? 部屋に案内してあげる」

「俺が荷物を持ってくよ」


 ローハン、アリサのスーツケースを持ち上げる。


「ヨウコ姉ちゃんの旦那さん、カッコええなあ」

「ローハンって呼んでくれればいいわよ」

「カッコええって言われちゃった」


 ヨウコ達が部屋から出て行く。サエキとリュウとウーフがアリサを目で追う。


 ウーフが唸る。


「ほんとにヨウコの従姉妹なのか? 俺だけ話せないなんて不公平だ」

「美人だよなあ。俺のタイプだわ。ヨウコちゃんのお母さんの妹の娘だったっけ?」


 キースが答える。


「いえ、お姉さんの娘さんです。ヨウコさんより七つも年下なんですけど、実の姉妹みたいに気があうんですよ」

「実の妹はかわいげないからなあ」


 しばらくしてヨウコ達が戻ってくる。


 ヨウコが笑顔でキースに話しかける。


「キース、そろそろサングラスをはずしたら? 久々に素顔を見せてよ」

「うん。でもいいの?」

「アリサにはあなたが俳優だって話しといたほうがいいでしょ? これから一年、こっちにいるんだから」

「ヨウコさんがいいなら僕はかまわないよ。アリサちゃんには秘密にしてもらわなきゃならないけどね」

「ええ? キースって俳優さんやったん? どうりで雰囲気が違うと思ったわ」


 キースがサングラスをはずし、アリサが目を見開く。


「ええ? キース……って、キース・グレイやったん? 本物やんな?」


「本物のつもりだけど」


 アリサ、キースの顔をまじまじと見る。


「ヨウコ姉ちゃん、えっらい入れ込んでたのは覚えてるけど、いつの間に知り合いになったん?」

「へへー、格好いいでしょう。二か月に一度は遊びに来るから、ちょくちょく会う機会があると思うよ」

「いくらファンやからって、なんでヨウコ姉ちゃんの家にキースがおるんよ?」


 キース、微笑む。


「話せば長いんだ。そのうちヨウコさんから話してもらってよ」

「それはサエキさんに任せるわ。私、納得のいく説明する自信ないから」

「キースさあ、姉ちゃんの実家にも泊まったんやろ?」

「ええ? またおかあさんに強要されたの?」

「そんなんじゃないよ。僕はヨウコさんの実家、好きだから。おとうさんも話相手がいると嬉しいみたいだよ」 

「そうなの? キースが気にしてないんだったらいいんだけどさ」


 ローハン、むくれる。


「それってなんだかおかしくない? 婿は俺なんだけどな」


「ヨウコ姉ちゃん、ええ男に囲まれて凄いやん。男運、ようなったんやな」

「うん、そうみたいね」


 アリサ、キースに向き直って笑顔を浮かべる。


「じゃ、キース、よろしくな」

「こちらこそ」


 サエキが呆れた顔をする。


「もう受け入れたの? アリサちゃんもこだわらないんだなあ」


 ローハンがおかしそうに笑う。


「そういう家系じゃないのかな?」


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