ヨウコの従姉妹
空港 サングラスをかけたキースがゲートから出て来ると立ち止まる。しばらくすると若い日本人女性が出てくる。
「すみません」
女性、立ち止まってキースを見る。
「はい?」
「ヨウコさんのご親戚ですか? ヨウコ・ジョーンズさん、旧姓はサクライですが」
「え?」
女性、驚いた顔でキースを見る。
「彼女、僕の友達なんですけど、よく似てるのでもしかしてって思って」
「……そうですけど、あなたは?」
「キースって言います。僕も今からヨウコさんの家に向かうんだけど、車、乗ってきますか?」
「はあ?」
「ああ、こんな誘い方しちゃ怪しいよね。ヨウコさんに電話して確認する?」
「それが……ヨウコ姉ちゃん家に突然行って、驚かせようと思ってるもんやから」
「そうなの?」
「キースさんやったらヨウコ姉ちゃんに聞いたことあるわ。日本語ぺらぺらの格好ええ人なんやって言うてたよ。そんな人、ごろごろおらんやろうし、乗せてってもらうわ」
キース、笑う。
「そんなに簡単に信用しちゃっていいの? 海外で油断してちゃ危ないよ。日本語のうまい美形の男なんて一番怪しいじゃないか」
「信用してほしいん? ほしくないん?」
「君が来てること、ヨウコさんのおかあさんにも秘密なの?」
「ヤスコおばちゃん? おばちゃんにはだいぶ前に話したけどな」
キース、ポケットから携帯電話を取り出すと通話ボタンを押す。
「もしもし? おかあさん? キースです。昨日はありがとうございました。今、空港でアリサさんに会ったんですけど。ええ、同じ飛行機だったみたいです。代わりますね」
女性(以下アリサ)、慌てて携帯を受け取る。
「ああ、おばちゃん。うん、今着いたところ。うん、格好ええよ。ええ? わかった。また連絡するわ。じゃ」
アリサ、キースを不審そうに見る。
「昨日はありがとうってなんのこと?」
「ヨウコさんの実家に泊めていただいたからさ」
「ええ?」
「ヨウコさんのおかあさん、僕が東京でほかのところに泊まると怒っちゃうんだよ」
「はあ? それはともかく、なんで私の名前まで知ってるん?」
「ほら、やっぱり怪しいだろ? 人をそんな簡単に信じるもんじゃないよ。車、すぐそこだから。荷物もあるんだろ? 取りに行こう」
キース、笑うと先に立って歩き出す。
「ちょっと、待ってえよ」
アリサ、キースを慌てて追いかける。
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ヨウコの家 キッチン ヨウコとサエキが話しているところにキースが入ってくる。
「いらっしゃい。遅かったのね」
「空港でナンパしてたんだ」
「はあ?」
サエキが身を乗り出す。
「女の子か?」
「21世紀じゃナンパと言えば女の子でしょ? 連れてきちゃったけど会いたい?」
「連れて……きたの?」
「ヨウコさん、きっと驚くよ。ほら、入っておいでよ」
アリサが入ってくる。
「ヨウコ姉ちゃん、こんにちは」
「げ、アリサ? どうしてここに?」
「ワーホリで来てんけどな、ヨウコ姉ちゃんを驚かそう思って黙っててん。結婚式も出られんかったし、ほんま久しぶりやね」
「なんだ。教えてくれたら準備しておいたのに」
「やっかいになったら悪いと思ってな。最初の二ヶ月はホームステイしながら語学学校に通おうかと思って手配してあんねん」
「キース、よく見つけたわね」
「飛行機の搭乗者リストに名前があったからね。連れて来てあげようと思って出てくるのを待ってたんだ。よく似てるからすぐわかったよ」
アリサ、怪訝な顔をする。
「搭乗者リスト? そんなん、極秘とちゃうん?」
サエキ、アリサを見て首を傾げる。
「すぐにわかるほど似てるかな? アリサちゃん、めちゃくちゃかわいいじゃないか」
「そんな、照れるわ」
キースが微笑む。
「遺伝的な相似点を見れば、百パーセント、血縁関係があるってわかりますよ」
「はあ?」
ヨウコ、怪訝な顔でキースを見つめるアリサに、慌ててサエキを紹介する。
「アリサ、この人はサエキさん。同居人なのよ」
「おばちゃんから話は聞いてます。眼鏡取ったらえらいカッコいいって言ってはったで」
「そうなんだよ。見たい?」
「見してもらえるんやったら、お願いしたいわ」
ローハンが入ってくる。
「アリサちゃん、こんにちは」
「初めまして。お姉ちゃんの旦那さんやね。私だってすぐにわかったん?」
「ヨウコのアルバムで見たからさ。ヨウコに似てるのになぜか美人なんだ」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「どういう意味よ?」
「ホームステイは明日の晩からやねん。初日は町のホステルに泊まろうと思って」
「何を言ってるのよ。遠慮せずにうちに泊まりなさいよ」
「でも、キースも泊まるんやろ? 部屋がないんとちゃう?」
キースが微笑む。
「僕の部屋を使っていいよ。僕がソファで寝ればいいだけだから」
「駄目よ。あんたほどのセレブをソファで寝かすわけにはいかないでしょ。奥の部屋を片付けたからアリサはそっちで寝ればいいわ」
「でかい家なんやなあ」
キース、またアリサに微笑みかける。
「じゃ、明日は僕がホームステイ先まで送って行ってあげるよ」
「ええんか? おおきにな、キース」
ヨウコ、アーヤを抱き上げてアリサに見せる。
「ほら、この子がアーヤ、かわいいでしょ? ちょっとだけど歩けるようになったのよ」
「ほんま、かわいいわ。旦那さんによう似てるなあ」
見回りを終えたリュウとウーフが入ってくる。リュウ、アリサを見て立ち止まる。
「お客様ですか?」
「こんにちは、アリサです」
「アリサ、この子、リュウっていうのよ」
「はい、ヨウコ姉さんの弟です」
「え?」
「似ていないのは腹違いだからです」
アリサ、驚いてヨウコを振り返る。
「腹違い? どういうこと? おっちゃん、浮気しとったん?」
「リュウ、アリサは私の従姉妹なのよ」
リュウ、赤くなる。
「そ、それを先に言ってください」
「ヨウコ姉ちゃん、どういうことなん?」
ヨウコ、困った顔をする。
「ええと、訳あって、こっちじゃ私の弟という事にしてるのよ」
「……姉ちゃんとこもいろいろ事情があるんやな」
サエキが笑う。
「そうなんだよ。事情だらけなんだ」
「じゃ、リュウさんは私の従兄弟ってことでええんか?」
「そうしてもらえれば助かるわ」
「それにしてもこの家、ええ男ばっかりやなあ」
ウーフが気をひこうとして唸る。
「姉ちゃんとこ、犬もおるんやな」
「この犬はウーフっていうの。でかくて馬鹿だけと、噛んだりしないから大丈夫よ」
ヨウコ、警告するようにウーフを見る。
「うっかりしゃべったりもしないしね」
「はあ?」
ウーフ、ヨウコを恨めしそうに睨む。
「ほんまにでかいなあ。牧羊犬なん? 後で遊んでな」
「アリサ、疲れたでしょ? 部屋に案内してあげる」
「俺が荷物を持ってくよ」
ローハン、アリサのスーツケースを持ち上げる。
「ヨウコ姉ちゃんの旦那さん、カッコええなあ」
「ローハンって呼んでくれればいいわよ」
「カッコええって言われちゃった」
ヨウコ達が部屋から出て行く。サエキとリュウとウーフがアリサを目で追う。
ウーフが唸る。
「ほんとにヨウコの従姉妹なのか? 俺だけ話せないなんて不公平だ」
「美人だよなあ。俺のタイプだわ。ヨウコちゃんのお母さんの妹の娘だったっけ?」
キースが答える。
「いえ、お姉さんの娘さんです。ヨウコさんより七つも年下なんですけど、実の姉妹みたいに気があうんですよ」
「実の妹はかわいげないからなあ」
しばらくしてヨウコ達が戻ってくる。
ヨウコが笑顔でキースに話しかける。
「キース、そろそろサングラスをはずしたら? 久々に素顔を見せてよ」
「うん。でもいいの?」
「アリサにはあなたが俳優だって話しといたほうがいいでしょ? これから一年、こっちにいるんだから」
「ヨウコさんがいいなら僕はかまわないよ。アリサちゃんには秘密にしてもらわなきゃならないけどね」
「ええ? キースって俳優さんやったん? どうりで雰囲気が違うと思ったわ」
キースがサングラスをはずし、アリサが目を見開く。
「ええ? キース……って、キース・グレイやったん? 本物やんな?」
「本物のつもりだけど」
アリサ、キースの顔をまじまじと見る。
「ヨウコ姉ちゃん、えっらい入れ込んでたのは覚えてるけど、いつの間に知り合いになったん?」
「へへー、格好いいでしょう。二か月に一度は遊びに来るから、ちょくちょく会う機会があると思うよ」
「いくらファンやからって、なんでヨウコ姉ちゃんの家にキースがおるんよ?」
キース、微笑む。
「話せば長いんだ。そのうちヨウコさんから話してもらってよ」
「それはサエキさんに任せるわ。私、納得のいく説明する自信ないから」
「キースさあ、姉ちゃんの実家にも泊まったんやろ?」
「ええ? またおかあさんに強要されたの?」
「そんなんじゃないよ。僕はヨウコさんの実家、好きだから。おとうさんも話相手がいると嬉しいみたいだよ」
「そうなの? キースが気にしてないんだったらいいんだけどさ」
ローハン、むくれる。
「それってなんだかおかしくない? 婿は俺なんだけどな」
「ヨウコ姉ちゃん、ええ男に囲まれて凄いやん。男運、ようなったんやな」
「うん、そうみたいね」
アリサ、キースに向き直って笑顔を浮かべる。
「じゃ、キース、よろしくな」
「こちらこそ」
サエキが呆れた顔をする。
「もう受け入れたの? アリサちゃんもこだわらないんだなあ」
ローハンがおかしそうに笑う。
「そういう家系じゃないのかな?」




