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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
104/256

ヨウコ、信者に出会う

 ショッピングモールの屋内駐車場 買い物を終えたヨウコとリュウが車に向かって歩いている。


 リュウが小声でヨウコに話しかける。


「ヨウコさん、そこを右に曲がってください」

「車、あっちだけど?」

「先程からつけられてるようです。そこの青い車の後ろに隠れていただけますか?」

「ええ?」


 ヨウコ、あわてて指示に従う。リュウ、振り返ると駐車場に入ってきた男に銃を向ける。


「止まって下さい。これ以上近づけば撃ちます」


 男、両手をあげて立ち止まる。


「そのお方に危害を加えるつもりはありません。武器は持っていません」

「私はボディガードです。ヨウコさんに近づく不審者は誰であろうと撃つように命じられています。そのまま動かないでいただけますか?」


 リュウ、通信用のイヤピースに話しかける。


「ローハン、キース、指示をお願いします」


 ヨウコ、車の陰から頭を出して男を見る。


「その人、未来の人なのね?」


 男、ヨウコと目が合うと慌てて地面に平伏する。


「……それも宗教団体の人みたいね」


 男が口を開く。


「ご無礼をお許しください。どうしてもお目にかかりたい一心でここまで参りました」


 リュウ、銃を向けたまま男に近づく。


「そのまま動かないでもらえますか。両腕を背中にまわしてください」


 リュウ、ポケットからテープを取り出し、男の腕に巻きつける。


「ヨウコさん、ローハンがすぐに到着します。念のため、あの柱の後ろにいてください。この男がおかしな行動を取れば、私が撃つよりも早くキースが脳を破壊します」


 リュウ、男に話しかける。


「あなたにもフギンから警告があったはずです。『通信』は使えるのでしょう?」

「はい」


 ヨウコが不安そうにリュウに尋ねる。


「脳みそなんて壊せるの?」

「私と違って普通は脳内にいろいろな電子部品を埋め込んでありますからね。うまく利用すれば脳の一部を焼くことができるんですよ。通信用の小さなチップでもかなりの破壊力があります」


 ヨウコ、慌てて男に話しかける。


「あなた、じっとしてなきゃだめよ。そういうの、やりかねない人なのよ」

「お心遣いに感謝いたします。瞳に万物の真理を映すお方よ」

「あの……私、ヨウコって言うのよ。知ってるんでしょ?」


 リュウが男の方を向いたまま、ヨウコに話しかける。


「どうやらこの男は、『神の御言葉に従えば私もあなたも毎日幸せ教』のメンバーのようですね」

「……愉快な名前の宗教団体ね」

「わ、私の現代日本語訳が至らず申し訳ありません」

「翻訳の問題じゃない気がするわ」

「彼らにとってヨウコさんは神の使いではなく、神自身がこの世に降臨した仮の姿なんです。ヨウコさんのお名前を軽々しく口にすることは許されないんですよ」

「ええ? いくらなんでもカミサマはちょっと行き過ぎじゃないかしら」


 リュウ、鼻で笑う。


「おかしな連中なんですよ」

「あんたに言われるなんて相当おかしいのね」


 ヨウコ、男に話しかける。


「あなた、私に何の用なの?」

「ただ一目、お姿を拝見したかったのです」

「気高い美女じゃなくてがっかりしたんじゃない?」

「いえ、『己の目に映るものを信じるべからず、何事もその本質を見極めるべし』という教えの通りでございますね」


 ヨウコ、リュウを横目で見る。


「誰かさんも全く同じこと、言ってたわねえ」


 リュウ、赤くなる。


「彼らは私たちと同じ『聖典』を使っているんですよ。解釈の仕方は違いますが」

 

 ヨウコ達のそばに車がとまり、ローハンが降りてくる。


「ヨウコ、大丈夫だった?」


 ローハン、駆け寄ってくると、ヨウコを抱き寄せる。


「うん、リュウがいてくれたから平気よ」

「リュウ、ありがとう。その男は?」

「敵意はないようです。武器も持っていません。処理班が来るまで私が見張っていますので、ローハンはヨウコさんと先に戻っていただけますか?」


 男、愕然としてローハンを見上げる。


「あのお方に男性が手を触れるとは、どういうことなのですか?」

「ああ、この人もカミサマなのよ。私よりは格は落ちるけどね。男みたいに見えるけど男のフリしてるだけだから気にしないでちょうだい」


 ヨウコ、自分の口に人差し指を当ててみせる。


「カミサマだけの秘密だから、あなたも誰にも言わないでね」


 男、また平伏する。ローハン、ヨウコにささやく。


「俺、カミサマ?」

「そうとでも言わなきゃ、あの人、納得しないでしょ。ほら、カミサマ、食料品の袋運んでよね。早く戻らないとアイスクリームが溶けちゃうわ」


 ローハン、買い物袋を持ち上げると車に積み込む。


「ホーキーポーキー味にしてくれた?」

「それとボイズンベリーのも買っちゃった。安くなってたんだ」

「やったあ」

「一人で全部食べちゃ駄目だからね」


 男が車に乗り込もうとするヨウコに声をかける。


「お待ちください」

「何よ?」

「私にお命じになりたいことはございませんか?」

「……そのままじっとしててもらえれば、それでいいかな」

「この世にいらっしゃるうちにご尊顔を拝せるとは幸運でした。もう間に合わないかと……」

「え?」


 リュウ、男を小突く。


「もう話さないでください」

「ヨウコ、行こう」


 ローハン、ヨウコを助手席に座らせ、自分も車に乗り込む。


「気にするなよ」

「この世にいるうちってどういう意味よ? 縁起でもない」

「あいつらの教義じゃ『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』は世界を救うために犠牲になるんだよ」

「そういえばリュウが来たときにも、サエキさんがそんなこと言ってたわね。でも、どうして間に合わないと思ったのかしら? 何か知ってる?」

「知らないよ」


 ヨウコ、ローハンの顔を見る。


「知ってるんじゃない。嘘ついても分かるわよ」

「もう、なんでいつも分かっちゃうんだよ。嫌だなあ」

「教えてよ。気になるでしょ?」


 ローハン、不機嫌そうに答える。


「奴らの『聖典』によれば、『ヨウコ』はここ数年のうちに死ぬことになってるんだよ」

「ええ?」

「何度も言うけど、『ヨウコ』に関する記録は何も残ってないんだ。『聖典』って言ったって誰かが想像で書いただけだからね。何の根拠も裏づけもないんだから、気にするなよな」


        *****************************************


 サエキの部屋 ローハンとサエキがベッドの上に座って、キースと『通信』で話している。


「あそこまで近づくまでお前が気づかないとはどういうことだ?」

『彼は香港にいることになっていたんです。GPS情報発信機からの信号にも、カメラからの映像にも、おかしな点はありませんでした』

「影武者を立てておいて、その間に本人が移動したってことか?」

『わかりません。確認しようにも彼がヨウコさんに出会った時点で、香港からの信号は途絶えてしまったので』


 ローハンが首を傾げる。


「リュウから報告を受けるまで、あいつに気づかなかったんだろ? それまでどうやって隠れてたんだよ? 『結界』を使ったわけでもないのにさ」

『24世紀側であの男を尋問したんだけど、何もわからなかったそうだ。前回の誘拐犯と同じで、誰かに話を持ちかけられたんだってさ』

「更生施設送りになるの?」

『いいや、記憶をいくつか消されるだけで済むようだよ。悪意はなかったようだからね』


 サエキも困惑した表情で考え込む。


「まるで香港からニュージーランドまで瞬間移動したみたいだな」

『手品のようですね』

「参るなあ。プロの殺し屋だったらヤバいとこだったぞ」

『誰が仕組んだにしろ、信心深いだけの男を送り込むのに、ずいぶん手間をかけたもんだと思いませんか?』

「何が目的だったんだろう?」

『どうも遊ばれてるような気がするんです』

「そうだな。誰かにからかわれてるみたいだな」


 ローハン、不機嫌そうな顔をする。


「なんでそんな手の込んだことするんだよ?」

「何か理由があるんだろうな」

『……あのですね……』

「どうした?」

『……いや、いいんです』

「気になるだろ? 言いたいことがあれば言ってみろ」

『……いえ、ヨウコさんは大丈夫ですか?』

「ああ、いつもと変わりないよ。心配するな」

『謝っておいてください。危険な目に合わせてしまった』


 ローハン、厳しい口調でキースに話しかける。


「謝る必要なんてないよ。ヨウコが余計なことを知る必要はないだろ? だから、お前も今度来るときには何もなかったフリをしてろよ。ヨウコを不安にさせたら俺が許さないからな」


        *****************************************


 24世紀 会社の一室 サエキが入ってくると、窓辺に立って外を見ているガムランに話しかける。


「おい、ガム」

「なんだよ」

「またキースに文句言われたんだろ?」

「なんであいつはあんなに態度がでかいんだ。機械の分際でさ」

「それは前々からお前自身に尋ねたいと思ってた質問の一つだな」


 ガムラン、振り返る。


「どうしてあの男が審査に通ったのか、俺にもさっぱり分からんのだ。渡航希望者はいまや犯罪者と変わらない手段で尋問してるんだ。隠せることなんてないはずなのに、宗教団体の関係者だとさえ気づかなかった」

「お前も奴と話したんだろ?」

「ああ、不審な点はなかった。前から21世紀に行きたがってたのは知ってたけどな。歴史小説マニアなんだ」

「俺たちを手玉にとって面白がってる奴がいるってことか。ヨウコちゃんに危害を加える気がなければいいんだけどな」

「目的がわからんのだから、そんな暢気なことも言ってられないだろう。とどめを刺す前に獲物を弄んでるだけかもしれない。早く止めたほうがいいだろうな」


 サエキ、ガムランを見る。


「お前にしか止められないだろ?」

「俺にだって出来ないことはいくらでもあるよ。俺みたいなオフィス機器に期待されても困るんだがな」

「本当はかなり頭にきてるんじゃないのか?」

「当たり前だ。これは俺に対する挑戦だよ。捕まえたら更生施設に送る前に強制労働させてやる。人権なんぞ無視だ」


 ガムラン、窓際から離れてサエキに近づく。


「今日はハルノに会いに来たんだろ? あっちにはいつ連れてくんだ?」

「今、仕事が面白いみたいなんだ。少なくとも今のプロジェクトが終わるまでは無理だな。正直、あそこから引き離すのは気がひけるよ」

「遠距離恋愛に耐えるサエキさんなんて健気でいいよな。実はな、ウサギには人間の助手を雇えって言ってあるんだ」

「どういうことだよ? ハルちゃんを首にするってこと?」

「俺たち機械がどうしても人間にかなわないことがある。何かわかるか?」

「なんだよ? 物欲か?」

「それもあるけどさ、俺たちにはお前らみたいな発想力がないんだ。ヒラメキって奴だな」

「そうでもないんじゃないか? お前の悪知恵にはいつも驚かされるぞ」

「借り物のアイデアばかりだよ。自分で思いつくこともたまにはあるけどな。それでもサエキさんのちっぽけな脳みそと同レベルなんだ」

「それとハルちゃんと何の関係があるんだよ?」

「ウサギの助手にはヒラメキのある本物のニンゲンが必要なんだよ。ハルノは有能だが、どちらかというとオフィスワーク向きだ。後任はもうリストアップしてあるから、ウサギが選ぶだろう」

「ハルちゃん、自分のポストを人間に取られちゃ傷つくよ。未だに自分がロボットだってことに劣等感持ってるんだ。なんとかしてやってよ」


 ガムラン、笑う。


「何を言ってるんだ? 昇進させるんだよ。俺の直属にして、サエキさんのサポートにつける。それなら文句はないだろ?」


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