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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
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五分間

 ローハンの身体を借りたキースがキッチンを覗く。ラーメンを作っていたサエキが顔を上げる。(以下、ローハンの中身はキース)


「あれ、ヨウコは?」

「洗濯物をたたむって出てったところだよ。居間じゃないのか」

「もう、時間がないっていうのに」

「『リルリール』、今から見ようよ」

「用事が出来ちゃったんだ。俺はいいから一人で思う存分見てよ」

「そうなのか? あとで文句言うなよ」


 ローハン、急いで居間に向かう。居間を覗くとヨウコがぼんやりとソファに座っている。


「ヨウコ、何してるの?」

「ちょっと休憩。あとちょっとだから、先に寝ててくれていいよ」

「そうはいかない。残り四分半しかないんだ」

「はあ?」


 ローハン、隣に座ると、ヨウコの顔を覗き込む。


「どうしたの? 何かついてる?」

「顔ぐらい見ても構わないだろ?」

「化粧の崩れた顔を見てどうするのよ? 嫌だなあ」

「ねえ、ヨウコはキースのこと、どう思ってるの?」


 ヨウコ、笑う。


「なんだ。やっぱりさっきのチュウに妬いてるんだ」

「違うよ。でも、あいつのデートがうまくいかなくて嬉しかったんだろ?」

「ああ、そのことか。そりゃ、ファンとしてはね」

「それだけ?」

「十年前から憧れてた『キース・グレイ』が我が家に遊びに来てくれるなんて、奇跡みたいなものでしょ? 彼女ができてうちに寄り付かなくなっちゃったら寂しいよ」

「キースにも恋が出来たらいいのにね、って言ってなかった?」

「うん。でも、いざキースがデートに出かけるとなると、あまりいい気分じゃないのよね。……あの人には黙っててよ。自分勝手な女だと思われたら嫌だから」

「そんなこと言うもんか」


 ローハン、ヨウコの顔をじっと見つめる。


「また見てる。何か企んでるんじゃないでしょうね?」

「なんでもないって。チュウしてもいい?」

「うん。ちょうどしたいと思ってたところ」


 ローハン、ヨウコを引き寄せると優しくキスする。ヨウコ、真っ赤になる。


「ローハン?」

「どうしたの?」

「そっちこそどうしちゃったの? 何よ、今のチュウは?」

「何か……間違ってた?」

「いつもの不器用なチュウはどこ行っちゃったの? どこかで誰かと練習してるんじゃないでしょうね?」

「なに言ってんだよ? 俺のチュウってそんなに下手だった?」

「下手っていうか……いつまでたってもぎこちないっていうのかなあ?」

「ふうん、そうだったんだ。……もう一度チュウしていい?」


 黙って目をつぶるヨウコに、ローハンがキスする。ヨウコ、不思議そうにローハンを見る。


「……やっぱりヤキモチ焼いてるんでしょ?」


 ローハン、そのままヨウコを抱きよせる。


「なんで黙ってるの? 何か言いなさいよ」

「ずっとこうしたいと思ってた」

「……いつもやってるじゃない」


 ローハン、さらに強くヨウコを抱きしめる。


「ヨウコ」

「なに?」

「愛してる」

「ローハン?」


 ローハン、自分の頬をヨウコの頬に押しあてる。


「誰がなんて言おうと、ヨウコからは離れないよ。ずっとそばにいるから……」

「……うん」


 ローハン、腕を緩めるとヨウコの顔を見る。


「ごめん、痛かった?」

「ううん。私もローハン、大好きだから」


 ヨウコ、笑顔でローハンにキスするが、急に驚いた顔をする。


「キースだ!」


 ローハン、ヨウコを見つめる。


「どうして……?」

「……何が?」

「今、キースだって……」

「さっきのチュウよ。キースのチュウにそっくりなんだ」

「ええ? あいつとは軽いキスしかしてないはずだろ?」

「一度だけすっごいチュウしてもらったよ。ローハンが記憶喪失になったときにさ」

「あんなの覚えてたの? 俺が死ぬかもって時に?」

「あの時はそれどころじゃなかったんだけどね、何もかも落ち着いついてほっとしたら、急に思い出したの。それからしばらくキースの顔を見るのが恥ずかしくってさ」

「そういうことか」

「なにが?」

「ううん、今、ちょっと幸せな気分」

「チュウを褒められたから? キースからチュウの仕方、習ったの?」

「おかしな事、言うなよ。偶然だよ」

「だって、あんた達なら『チュウの仕方ファイル』とか作って交換してそうだもん」


 ローハン、笑う。


「キース言えばさ、あいつと『キース・グレイ』は全然違うだろ? ファンとしては気にならないの?」

「そうね、キースってわがままで自意識過剰でひねくれてるよね。かたくなに無表情で無愛想だし」

「ええ? そこまで言う?」


 ヨウコ、笑う。


「でも、本物のキースの方がずっと好きだな」


 ローハン、ヨウコをじっと見つめる。


「どうしたのよ? また妬いちゃった?」

「……もう一度チュウさせて」

「今度も凄いチュウだったらね」

「それならまかせてよ」


 ローハン、ヨウコをソファに横たえ、そっとキスする。二人、そのまま何度もキスを繰り返す。


「……ローハン」


 ローハン、優しくヨウコを見下ろす。


「何? ヨウコ」

「このままベッドに連れてって」


 ローハン、ゆっくりとヨウコから離れる。ヨウコ、不思議そうにローハンを見上げる。


「……どうしたの?」

「五分がこんなに短いなんてね」

「五分?」

「妖精のおばあさんとの約束は守らなくっちゃ」


 ローハン、ヨウコを助け起こすと、自分は立ち上がる。


「じゃ、後でね」


 ローハン、足早に部屋から出ていく。


「ローハン?」


 ローハン、廊下に出ると立ち止まる。


「これ、返すよ。君はもっとキスの練習したほうがいいみたいだな」


 自分の身体を取り戻したローハンが伸びをしてあたりを見回す。(以下、ローハンはローハン本人)


「余計なお世話だ。シンデレラこそ35秒の遅刻じゃないか。妖精のおばあちゃんが甘くってよかったな」


 ヨウコがローハンを追って廊下に出てくる。


「ローハン、大丈夫なの?」

「うん。どうして?」

「だって、さっきから様子がおかしいよ。すごく愛情深くなったかと思えば、急に出て行っちゃうし。突然壊れたりしないでよ」

「愛情深くって……ヨウコ、俺にいらやしいことされなかった?」

「はあ? いやらしいことはまだでしょ?」

「ならいいんだけど」

「いやらしいことしたいんだったらもう寝ようよ」

「そういう意味じゃなくってさ」

「したくないならいいけど」

「したくないとは言ってないだろ」


 ヨウコ、ローハンの手を引っ張る。


「じゃ、行こう」

「う、うん。あのさ、俺のチュウっていつもそんなに下手だったの?」

「さっきのチュウが凄過ぎただけだから、気にしなくていいよ」

「凄過ぎた?」

「もう一度チュウしよう。すっごくエッチな気分になっちゃうから」

「……どんなチュウだったっけ?」

「はあ?」

「困ったことをしてくれたな」

「……私が何かした?」

「ちょっとキースに用事」

「ええ、寝ないの?」

「先に寝てて。すぐ行くから」

「何よ、さっきからキースの話ばっかりじゃない。なにか隠してるんじゃないでしょうね?」

「なにも隠してないよ。じゃ後でね」


 慌てて走っていくローハンをヨウコが見送る。


「隠してるんだ……」


        *****************************************


 ローハン、キースの部屋に駆け込むと、ベッドの上にうつぶせに寝ているキースに声をかける。


「おい、キース! 起きろってば」


 ローハン、キースを揺さぶるが、キースは動かない。


「……接続、切ってるのか?」


 ローハン、『通信』でキースに話しかける。


「おい、キース」

『何?』

「どうしたんだよ。端末ほったらかしてさ。うつぶせに寝かしちゃ鼻が低くなるぞ」

『人の形をしていたくない気分なんだよ』

「……俺、余計なことしたのかな? 身体なんて貸さないほうがよかった?」

『いいや、君には感謝してる。自分の立場を再確認させられて落ち込んでるだけだよ』

「……じゃ、仰向けにして布団かけといてやるよ。ヨウコの大事な俳優さんの顔にベッドカバーの跡がついたら困るだろ」

『居間のテレビの上に僕の映画のDVDが置いてあるから、開始から48分目のキスシーン、参考にして』

「どうしてわかったの?」

『そのぐらい予想がつくよ。ほかに用がないんなら、一人にしてくれる?』

「わかったよ。落ち込み終わったらちゃんと戻って来いよ。さもなきゃ、その綺麗な顔に落書きしてやるからな」


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