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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
1/256

ヨウコ、ローハンに出会う

『昔々、この世にまだ天使がいなかった頃、ある島国にとても運の悪い女がおりました。ある朝、女が歩いていると探し物をしている老人に出会いました。哀れに思った女は老人に手を貸してやり、老人はなくしたものを無事に見つけることができました。


 老人の正体は魔法使いだったのです。魔法使いは女の親切に深く感謝し、お礼に三つの願いを叶えてやろうといいました。女は一つ目の願いとして伴侶が欲しいと言いました。自分を決して裏切らず一生愛してくれる生涯の伴侶が』


T.タイラー著 『ヨウコにまつわる伝承』より抜粋 (21世紀日本語訳)


        *****************************************

                                               

 ニュージーランドの南島の小さな町、七月のある寒い日の昼下がり、ヨウコが小脇に大きな本を抱えて市立図書館から出てくる。歩道を歩いていると前方に壁にもたれて背の高い男が立っている。ヨウコ、男をちらりと横目でみて通り過ぎる。


 男がヨウコに英語で声をかける。


「ねえ、そこの君……」

「はい? 何か用?」

「俺とコーヒー飲みにいこ?」


 ヨウコ、男を胡散臭そうに睨む。


「結構です」

「ちょっとだけだから」

「急いでるから、ごめんなさい」


 急ぎ足で離れながらヨウコがつぶやく。


「最近、こんなのばっかり。超格好いいのになあ」


 ヨウコの後を追ってきた男が、流暢な日本語で話しかけてくる。


「本当? 俺、超格好いいと思う? よかったあ」 

「え? 日本語しゃべれるの?」


 男、ヨウコの前に回り込んで、微笑みかける。


「超格好いい男とコーヒー飲むのは嫌なの? 俺とコーヒー飲んでも、君は損しないだろ?」

「なんなのよ? アンケート? それとも何かの勧誘?」

「違うよ、ただのナンパだよ」


 ヨウコ、男を睨む。


「ああ、例の日本人狙いのやつね? 図書館周辺で日本人留学生に声かけてるって聞いたわ。罪もない子を泣かすの、やめときなさいよね」

「疑い深いんだなあ。それ、俺じゃないし」

「周りを見てごらんよ。若くてかわいい子がたくさんいるのに、私を狙う時点で怪し過ぎるでしょ? じゃあね」


 立ち去ろうとすると男が悲しそうな顔をしたので、ヨウコが立ち止まる。


「どうしてそんな顔するの?」

「君が俺のこと、怪しいって言うから……」

「だって、怪しいじゃないの。……わかったわよ。コーヒーだけなら付き合ってあげるわ」

「ありがとう!」

「お礼なんかいいよ。おごってくれるんでしょ? あそこの店でいいかな? お店の人を知ってるから、ヤバくなったら助けてもらうわ」

「そこまで警戒しなくてもいいだろ?」


        *****************************************

                                               

 ヨウコの指定した小さなカフェに二人が足を踏み入れると、店内の客が男に注目する。ヨウコ、居心地悪そうに周りを見る。


「俺、注文してくるね。先に座っててよ」

「何を飲みたいのか聞かないの?」

「フラットホワイトが好きなんだろ?」 

「え? どうしてわかったの?」


 注文を終えた男が戻ってきて、ヨウコの向かい側に腰を降ろす。男に見つめられて、ヨウコが居心地悪そうに目をそらす。


「で、いったい何の用なの?」

「ナンパって言っただろ? 君とコーヒーが飲みたかったんだ」

「どうしてそんなに日本語がうまいのよ? あなた、日系人?」


 男、微笑む。


「俺、ローハンって言うんだ。君は?」

「ねえ、人の話、聞いてるの?」


 ヨウコ、男を睨みつけるが、男は気にする様子もなくヨウコに微笑みかける。


「君は?」

「……ヨウコ」


 ローハン、また嬉しそうに微笑む。ヨウコが目のやり場に困っていると、男性バリスタのトニーがコーヒーを運んでくる。


「ヨウコ、お店に来てくれるの久しぶりね。嬉しいわ」  

「ここんとこコーヒーを飲む余裕がなかったのよ」

「この人、ヨウコの知り合いだったのね。一時間も外で待ってたのよ。あんまり素敵だから声をかけようかと思っちゃったわ」


 ローハン、笑う。


「俺が来るのが早過ぎただけだよ」

「うふふ、ずいぶん、逆ナンされてたわよ」


 トニー、ローハンに微笑みかけながら立ち去る。ヨウコ、不審な顔でローハンを見る。


「私に会うまで一時間も何してたのよ? 誰もひっかからなかったの? 声かけられてたんでしょ?」


 ローハン 無視してコーヒーを一口飲む。


「おいしいなあ」

「コーヒー好きなの?」

「うん、このあいだ生まれて初めて飲んだんだけどね。すっかりはまっちゃって」

「コーヒーを初めて飲んだ? あんた一体どこから来たのよ。……ここ、ついてるよ」


 ヨウコ、ローハンの口の周りについたミルクの泡を指差す。


「え、ここ?」


 ローハン、ナプキンで口を拭って、ヨウコの顔をまじまじと見る。


「とれた?」


 ヨウコ、うなずくが、見つめられて落ち着かなげに話題を探す。


「そのマフラー、かわいいね」

「かわいいだろ。さっきそこのマーケットで買ったんだ。よくわかんない動物柄が気にいったんだけど、これなんの動物だろ?」

「顔の長い猫じゃない?」


 ヨウコ、あっさり答えすぎて、また話題に困る。ローハンが落ち着かないヨウコを不審そうに見つめる。


「……その本、図書館で借りたの?」

「うん、この本、知ってる? 一度読んだことがあるんだけど、また読みたくなって借りてきちゃった」

「三部作の一冊目だな。読んだことあるよ」

「こういうの好き?」

「面白いけど最後が気に入らないな。俺はハッピーエンドが好きなんだ」

「そりゃ、ハッピーエンドに越したことはないけどさ、でも、現実ってこんなもんじゃない?」

「ないよ」

「……はっきり言うのね」


 にっこり笑うローハンを見て、ヨウコが慌ててまた目をそらす。


「どうしたの?」

「なんでもない……。平日にナンパしてるなんて暇なんだね」

「ちゃんと仕事はしてるよ。俺、プログラマーだから時間の融通が利くんだ」

「ふーん、モデルでもやってるのかと思った」


 ローハン、目を丸くする。


「俺がモデル? 面白いこと言うなあ」

「だってめちゃくちゃ格好いいんだもん。さっき言ったでしょ?」

「そう思うのは君だけのはずだけど?」

「私だけのはずないでしょ? ……周りを見てごらんよ。みんなあんたを見てるよ。女性客はもちろん、トニーなんてもう目が離せないみたいだけど」


 ローハン、そっと周りを見まわす。トニー、カウンター越しにローハンに微笑みかける。


「……本当だ」

「鏡で自分を見たことないの? あんた、どこかに問題がある?」

「……あのさ、もし自分の彼氏が凄く格好よくってモテまくりだったら、女の人ってどう思うんだろ?」

「そりゃあ、心が安らぐ暇がないわね」


 ローハン、愕然とする。


「ええ! それは困るよ」

「何で困ってるのよ? でも、反面、嬉しいかな。そんな格好いい彼氏がいたら見せびらかしちゃうよ。簡単に浮気されそうだけどね」


 ローハン、真顔でヨウコを見つめる。


「俺、浮気はしないよ。絶対に」


 ヨウコ、見つめられて赤くなる。


「もしかして、恋愛相談なの? あんた、彼女いるんでしょ?」

「いないよ」

「ほんと? そんな顔してるのに?」

「でも、好きな子がいるんだ。告白しようか悩んでるところ」

「そっか、じゃあこんなところでナンパしてたら駄目じゃない」

「俺、気に入ってもらえるかな」

「そりゃ気に入ってもらえるよ。ローハン、すごく格好いいって言ったでしょ? 自信持っていいよ」


 ローハン、驚いてヨウコを見る。


「ほんとに?」

「フラれっこないって」

「絶対?」

「うん」

「じゃあ、俺と付き合って」

「なに? 予行演習?」

「違うよ。君に俺と付き合って欲しいって言ってるの」

「はあ?」

「駄目なの?」

「駄目!」

「フラれっこない、って言ったじゃないか」

「それとこれとは別だって」

「嘘ついたの?」

「だって、あんたとは十分前に出会ったところだよ。ありえないでしょ? 帰るわ」


 ヨウコ、荷物を持って立ち上がる。


「待ってよ!」

「待たない」


 勢いよく店から走り出るヨウコに、ローハンが声をかける。


「明日もここで待ってるからね」


 ヨウコが振り向くと、ローハンがにっこり笑って手を振っている。


「来ないわよ」

「今日と同じ時間ね」

「だから来ないって言ってるの!」


 ヨウコ、前を向いて大股で歩み去る。


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