20 2人の初デートを始めます……!
午前10時の15分前。
天気は快晴。
絶好のデート日和。
俺は駅前のロータリーに到着し、スマホで時間を確認する。
「やばい。なんだかすごく緊張してきた……」
今日はルイとの初デートだ。
ウチの高校は土曜が休みだから、午前中から待ち合わせをして、めいっぱい遊ぶ予定である。
「……待ち合わせなんて、朝の登校で何度もしてるのにな」
それでも緊張してしまうのは、これが初デートだからだろう。手のひらに『人』の字でも書いて飲んでみようか……と思ったけど、その瞬間にルイが来たら目も当てられない。
結局、落ち着かない気分でじっと待つ。
間が持たず、スマホを見たくなるけど、やっぱりその間にルイが来たらよくないと思い、ただただロータリーの前で立っている。
そうして10分ほどが経った、約束の5分前。
ルイが――来た。
最初に届いたのは、小さなざわめき。
まるでモデルのようにきれいな子が現れて、俺と同じように待ち合わせをしていた周囲の人が息を飲んだのだ。
風にそよぐ、艶のある黒髪。
肩下から薄っすら透けたシアーシャツが大人っぽい。
ロングスカートが波のように揺れ、彼女が俺のそばにやってくる。
「おはよ、涼介。えーと……待った?」
お約束のような挨拶。
今来たところ、と返すべきなのだろうけど、俺はとっさに言葉が出ない。
すると当然のようにルイが首をかしげる。
「涼介?」
「あっ、ごめん。ええと……っ」
名前を呼ばれて我に返った。
しかしまだ上手く口が回らなくて、俺はついつい視線をさ迷わせる。
「……ちょっと言葉が出なかった」
「え、なんで?」
「その、私服のルイに見惚れちゃって」
「……っ」
ルイはびっくりしたように目を瞬く。
そして嬉しそうに頬を緩めると、俺の腕を小突いてきた。
「やるじゃん、涼介。最初に女子を褒めるのはデートの基本だもんね?」
「ああいやそれは知ってるんだけどさ、でも……」
俺は気恥ずかしくなって頭をかく。
「……今のは基本も何も関係なく、本気で見惚れてた。すごく可愛いよ、ルイ」
「ちょ、も、もう……っ」
今度はルイの方が気恥ずかしそうに視線をさ迷わせた。
「……スタートからそんな飛ばさないでよ。あたしの心臓が保たないってば」
「でも本当のことだし」
「だ、だからぁ……っ」
俺のシャツの袖を指で何度も引っ張ってくる。
そんな仕草もすごく可愛い。
自然に俺の口元も緩くなってくる。
「うーん、つまり……ルイは俺に褒められるのがイヤってこと?」
「イ、イヤだなんて言ってないし。むしろ……超嬉しいし」
俺の袖を摘まんだまま、ルイはもじもじと身じろぎする。
「こういう服、涼介好きかなって思って選んだの。だから見惚れてくれて、すっごいテンション上がる」
「可愛いよ、ルイ」
「だ、だから……っ。テンション上がるけど、上がり過ぎちゃってヤバいの! まだデート始まったばっかりじゃん!」
「上がっていいんじゃない? だってデートなんだし」
「じゃあ、抱き締めて」
「えっ」
「はい、抱き締めて。今すぐに」
ルイは透け感のある両腕を開いてみせる。
街中なので、当然周囲にはたくさんの通行人がいる。
というか、ルイの登場でさっきから注目されっ放しだ。
ここでハグなんてしたら、間違いなく針の筵になってしまう。
「わかった?」
俺が困り果てたことで満足したらしく、ルイはニヤリと勝ち誇った顔をする。
「テンション上がり過ぎてヤバい、っていうのはこういうことなの」
「よくわかった……。テンション上がると、ルイがハグしたがるってことがよくわかったよ。次からは気をつける、うん」
「いやそれ、涼介もでしょ?」
「えっ」
「涼介もテンション上がると、あたしにハグしてくるじゃない」
「う……っ」
しっかり前科があるので、まったく反論できない。
「……そ、そうでした」
自分の行いを振り返り、俺は肩を落とす。
ルイの言う通り、俺たちはテンションが上がり過ぎるとマズいカップルなのかもしれない。
「……なるほど、ようやく理解できたよ。じゃあ、テンションが上がり過ぎないように十分に気をつけながら、今日のデートを楽しもう」
「よろしい。テンションの管理は大事よね」
俺たちはもっともらしく頷き合う。
そして同時に噴き出した。
「いやいやテンションの管理をしながらのデートってなにさ!?」
「知らないし! なんか流れで言っちゃっただけだし! あはは、ワケ分かんない!」
お互いに変なことを言ってるけど、妙な緊張感はいつの間にか消えていた。休みの日にこうして待ち合わせをして、私服のルイと一緒にいられることがとにかく嬉しい。
たぶん、ルイも緊張していたんだと思う。
でも俺と一緒で、もう大丈夫なことが表情でわかる。
こうして俺たちのデートは始まった。
最初はスタンダードに映画鑑賞。
ジャンルはもちろん恋愛映画。俺は普段はミステリばっかりだし、ルイももっぱらハリウッド専門らしい。2人とも馴染みのないジャンルだけど、やっぱりデートなら恋愛映画だろうと決めて……これが大当たりだった。
「やば! すごいキュンキュンしたぁ! めっちゃ面白かったね!」
「うん、俺も観ててドキドキしっ放しだったよ。まさかこんなに感情移入できるなんて……」
「やっぱ彼女が隣にいたから?」
映画館を出たところで、ルイがさりげなく腕を組んできた。
思わずドキッとしてしまうが、俺は素直にうなづく。
「だね。ルイと観たから2倍も3倍も面白くなってたと思う」
「えへへ、あたしも~!」
肩の力の抜けた表情が実に可愛かった。
こんなことを言うとバカップルっぽくなってしまうかもしれないけれど、正直、映画の女優さんより可愛かったと思う。
映画の後はファミレスでお昼を食べながら感想会。
ひとしきり映画の感想を言い合うと、ルイがデザートのパフェをすくい、スプーンをこっちに向けてきた。
「はい、涼介。あーん」
「えっ!?」
「食べたくない?」
「食べたくなくはないけど、人の目があるしさ」
チラチラまわりを窺う俺に対して、ルイはスプーンを向けたままニヤニヤする。
「大丈夫。ここ隣の席との壁高いし、見られそうなのは店員さんだけだから」
「店員さんに見られたらダメじゃないかな?」
「だから店員さんが接客で後ろ向いてる隙を狙って……ほら、今!」
「え、今!?」
「今! 今! ほら早く! アイス落ちちゃうし!」
「あーもう!」
覚悟を決めてスプーンを頬張った。
するとちょうど俺たちの席の横を女性の店員さんが通った。
あらあらー、と微笑ましい感じの笑顔。
俺は口のなかのアイスとフルーツをごくんっと飲み込み、絶叫。
「ぜ、ぜんぜん後ろ向いてなかったけど!?」
「あははっ! 引っ掛かった、引っ掛かった! 涼介、マジウケるー!」
ルイは爆笑。
俺は赤面した顔を手で覆う。
……くそー、悔しいなぁ。これはなんとかして、やり返しないと。
固く心に誓った俺は、ルイがスプーンでまたパフェを食べたタイミングを見逃さなかった。指の間からしっかりと確認し、すぐさま言う。
「ルイ」
「んー?」
「それ間接キス」
「んんっ!?」
一瞬で頬が赤くなった。
「た、食べてる時にいきなりそんなこと言う!?」
「ふふ、引っ掛かった、引っ掛かった。ルイ、マジウケるー」
「真似しないでよ! もー、ムカつくからもう一口食べなさい!」
「え、あ、ちょ……!? んんっ!?」
無理やりまた『あーん』をさせられてしまった。
ちなみにそのシーンもさっきの店員さんにばっちり見られていたらしい。お会計の時に2人まとめて微笑ましく笑われてしまい、ファミレスの勝負は結局、引き分けになった。
で、決着をつけるべく、次はカラオケ。
しかし、これは俺の惨敗だった。
というのもウチの彼女、プロかと思うほど歌が上手い。
正直、びっくりした。
「カラオケは小学生の時からショーコとよく来てたからね。ぶっちゃけ、年季が違うし」
「俺もたまに谷崎と来てるんだけどなぁ」
「じゃあ、才能?」
「あの歌声を聞かせられたら、うなづくしかないかも」
立って歌っていた俺は、『参りました』と手を上げてソファーへ座り直す。
するとルイが突然、「あ……」と小さく声をこぼした。
俺はマイクを置いて首をかしげる。
「どうかした?」
「んー……別に?」
「気になるなぁ」
「や、涼介……さりげなく近いなぁ、と思っただけ」
「え?」
言われてみると、2人部屋だけどそこそこの広さがある。
そのなかで俺は自然にルイの真横に座っていた。
真横……というか、ちょっと体を傾ければ、すぐに肌が触れ合いそうな距離だ。
「た、確かに……」
少し前の俺なら『ごめん!』と離れていたと思う。
だけど今はもうしない。近いことに対して、ルイは別に嫌がらないし、たぶん照れてるだけだと分かるから。
俺は頬をかきながら口を開く。
「えっと……近いままでいようと思うけど、いい?」
「ん……いいけど」
「ルイ、照れてる?」
「そりゃ……」
膝にカラオケのデンモクを置いたまま、ルイは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「……ここ、密室だし。さすがに意識しちゃうっていうか……」
「そうだね」
声が上擦りそうになるのをなんとか堪え、俺は余裕ぶって笑ってみせる。するとルイが唇を尖らせた。
「なんか大人ぶっててムカつくー」
「ぶってない、ぶってない。ただ必死に虚勢張ってるだけ。だって、こんな個室で俺まで動揺してたら…………始まっちゃいそうだし」
「――っ!」
ピクンッとルイが反応した。
そしてデンモクを抱き締めるようにしてうなづく。
「……そ、そだね。あたしたち、ワチャワチャしてる間にそういう空気になっちゃうこと多いし……涼介、しっかりしててね」
「うん。大丈夫、任せて」
「まあ、あたしはそうなっちゃっても構わないけどね?」
「ダメダメ。カラオケには監視カメラとかあるんだから」
「へー……じゃあ、カメラがないところならいいんだ?」
「…………」
「ちょ、黙らないでよ!? なんか恥ずいじゃん!」
「はは、びっくりした?」
「……ったく、もう!」
文句を言いつつ、頬を赤らめてルイが肩に寄りかかってきた。
ふわりとシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
「これぐらいなら……いいでしょ?」
「ギリギリオッケーかな」
「涼介、意識してる?」
「すごくしてる」
「あたしも……」
次の曲が流れ始めたが、もうルイは歌わない。
俺もそれを指摘しなかった。
曲だけが響くなか、無言で寄り添い合う。
そうして俺たちはカメラから見えない位置で、そっと手を繋いでいた――。




