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01 嘘だろ……恋愛相談してたら告られたんだが

「これは友達の話なんだけどさ……」


 放課後の教室。

 窓の向こうから野球部やサッカー部の声が響いている。


 俺こと北原(きたはら)涼介(りょうすけ)は極めて神妙な顔でそう言った。


 すでにクラスメートたちの姿は教室にはない。


 残っているのは俺と――隣の席のルイだけだ。


「友達の話?」


 ルイはスマホをいじりながら興味なさそうに問いかけてきた。


 だから俺は真面目な顔で頷く。


「そう、友達の話」


 するとルイはスマホから視線を逸らさずに眉を寄せた。


「北原さ……それウケ狙ってんの? 普通に寒いんだけど」

「えっ」


 予想外のことを言われ、俺は言葉を失くした。


 一方、ルイは視線だけをこちらに向ける。


「その言い回しで自分のこと以外のパターンある?」


 一見、冷たく見える眼差しに膝を打つ。

 言われてみればそうかもしれない。


「北原ってさ、変なとこ抜けてるよね」

「そうかな……?」


「そう。授業中も真面目な顔で黒板見てるのに、教科書は違うページ開いてて、先生に当てられて慌てたりしてるし」


「いやそれくらい誰でもあるだろ?」

「あたしはない」


 切って捨てるように断言された。


 水野(みずの)瑠衣(るい)

 仲のいい女友達からは親しげに『ルイ』と呼ばれているのをよく聞く。


 ちなみに俺がルイと言っているのは心のなかだけで、面と向かっては普通に『水野』と呼んでいる。


 キモいとか言わないでくれ。

 俺も自分で若干そう思ってる。


 ルイは学校一の美少女だ。


 絹のような黒髪は、肩先で揃えられられたミディアムヘア。


 目つきは鋭いがまつ毛が長くて、瞳は瑪瑙のように美しい。


 全体的に気高い黒猫のような雰囲気をまとっている。

 端的に言えば、近寄るなオーラがすごい。


 おかげで男子はほとんど近づけない。


 ルイは学校中の野郎共からすさまじい人気を誇っているのだが、二年になった今でも男の気配はまったくなかった。


 ただ、隣の席の俺とは結構よくしゃべってくれる。


 雰囲気で敬遠されがちだが、話しかけると意外にちゃんと応えてくれるのだ。


「本当に俺、そんなに抜けてる?」

「自覚ないの?」


「ああ、今日まで一切なかった」

「あっそ」


 確かに俺はよく先生に当てられて慌てている。

 一方、ルイが隣でそうなっているところは見たことがなかった。


 まあ、ちょっと見てみたくはあるが。


「ねえ、キモい」

「え、何が?」


「なんかニヤニヤしてた」


「いや……水野が当てられて慌てるとこを見たいな、って思ってただけだぞ」


「本当にキモい……勘弁してよ」


 ルイは顔をしかめてまたスマホの方を向いてしまう。


 キモいの二連打。

 そこらの男子ならこれで膝から崩れ落ちてしまうところだろう。


 だがこの程度で心が折れてしまうのは素人だ。


 ルイとは一年の時から同じクラスだった。

 さらには二年生に進級し、四月に隣の席になってから早一か月。


 俺の心は十分に鍛えられ、そして理解した。


 ルイはよくツンドラ気候のような態度を取るが、別段、これは本気で嫌がっているわけではない。


 実際、ルイはまだ席に座っている。

 キモいとは言いつつ、まだ俺と話をしてくれるつもりなのだ。


 その予想通り、ルイの方から口を開いてくれた。


「で?」

「ん?」


「なんか相談があるんでしょ? 友達のことなのか、北原のことなのかは知らないけどさ」


「ああ、そうだった」


 今日は『相談があるんだ』と言って、ルイに放課後まで残ってもらったのだ。


「実は……恋愛相談なんだ」

「ふーん」


 見るからに興味がなさそうだった。

 ルイは机に頬杖をついてスマホをいじっている。


 もちろん俺は気にせず続けた。


「俺の友達に最近、彼女が出来てさ。その彼女とはずっとクラスメートみたいな関係だったらしいんだけど……」


 この友達というのは、俺の悪友のことだ。


 同じクラスでルイも当然知ってる奴なので、名前は伏せておこうと思った。


「いざ彼氏彼女になったら、途端に何を話したらいいか分からなくなって、会話が続かないらしいんだよ」


「ふーん」

「水野、どう思う?」

「別に何も思わない」


 まったく表情を変えずにルイは言う。


「ってか、会話続かないなら無理に話す必要なくない?」


「や、それを解消したいって話なんだよ」


「無理。普通に無理」

「そんなあっさりと……」


「付き合ってる意味ないと思う。別れた方がいいよ」

「マジか……」


 すまん、谷崎(たにさき)

 女子の意見を参考に出来ればと思ったんだが、どうやら別れた方がいいみたいだ。


 悪友に心のなかで謝り、俺は思わず谷崎の席の方へ目をやる。


 ちなみに俺の席は教室の後ろの窓際。

 ルイはその隣で、谷崎は黒板の方だ。


「ねえ」


 俺が遠い目をしていると、突然、ルイがこっちを向いた。


「もしかして今の話、谷崎のことなの?」

「えっ、あっ、いや……!」


 図星を突かれ、慌ててしまった。

 誤魔化そうと思ったが、たぶん顔に出てしまっていたんだと思う。


 ルイはすでに納得していた。


「やっぱ谷崎のことなんだ。北原じゃなくて……」


 俺は内心、頭を抱えた。

 そして即座に両手を合わせ、拝み倒す。


「悪い、水野! どうか黙っててくれ! あいつ、本当に彼女のこと好きで、今が大事な時なんだ……っ」


「……別にいいけど。北原がそんなに必死になることなの?」


「友達のことなんだ。必死になるのは当たり前だろ」


「…………」


 なぜかルイは押し黙った。

 そのまま、ふいっと逆を向き、小声でつぶやく。


「……本当、そういうとこだよ」

「なんだ? 何か言ったか?」


「別に。そんなに頼まれなくても、谷崎のことなんて誰にも言わないし」


「ありがとう。水野は良い奴だな。だから安心して相談できるんだ」


「…………」


 俺がほっと胸を撫で下ろしてお礼を言うと、ルイはまたなぜか押し黙ってしまった。


 なんか今日は妙に黙ることが多いな。

 不思議に思って俺は首をかしげる。


「水野?」

「ってかさ」


 こっちを向いた。

 心なしか、ルイの表情が強張っているように見える。


「北原はいないの?」

「いない? 何が?」


「彼女」

「いない、いない。彼女なんていたことないし」


「じゃあ、ダメじゃん」

「え、人として……?」


 それはショックだぞ。


「違う。友達として」


 軽くため息をつき、ルイはまたスマホをいじりだす。


「この先、谷崎がまた相談したくなっても、彼女いたこともない北原じゃ役に立たなくない?」


「……あ。それは確かに……」


「別にあたしに聞いてきてもいいけどさ。それってあんま効率よくないよね?」


「うーん……仰る通りだ」


 俺は腕組みをして唸ってしまう。


 ルイは良い奴だから、きっとまた相談に乗ってくれると思う。


 それはすごく助かるが、彼女いない歴=年齢の俺では、本当の意味で谷崎に寄り添ってやることはたぶん出来ない。


「かといって、どうすれば……」

「作ればいいじゃん、彼女」


「いやいや、相手がいないから」

「あたしでよくない?」


 ……え?

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 何かの冗談だろうか。

 いやでもルイがこんな冗談を言うわけない。


 俺は呆然としながら半ば無意識に答える。


「そりゃ……水野が俺と付き合ってくれたら助かるけど」

「分かった。なら、そういうことでいいよ」


 短く言うと、ルイは席を立った。

 ショルダー型の通学鞄を肩に掛け、そのまま教室を出ていこうとする。


 ……そういうことでいいよ?


 え? え? それはつまり……付き合うってことか?


 俺は頭がついていかず、まだ自分の席で呆然としている。


 すると教室の扉を開けたところで、ふいにルイが立ち止まった。


「一応、誤解されたくないから言っとくけど」


 ルイが振り向く。

 次の瞬間、俺は両目を見開いた。


 今まで一度も見たことがないものを、はっきりと目撃してしまったからだ。


 放課後の教室はとても静かで。

 彼女の瞳はどこか潤んでいて。

 その頬は――真っ赤に染まっていた。

 

 赤面した水野瑠衣なんて、俺は見たことがない。


 そして彼女は言う。

 同級生の誰も知らない、ひどく恥ずかしそうな可愛い顔で。



「……あたし、ずっと以前(まえ)から北原のこと好きだから」



 その瞬間、全身が燃えるように熱くなった。

 自分でも赤面しているのが分かる。


 ルイはそのまま逃げるように教室を出ていった。


 俺はただただ椅子で固まっている。


 今、俺……告られた?

 ルイが……俺のことを好き?


 何がなんだか分からない。

 だから無意識に本音がこぼれた。


「ずっと以前から好きって、それ……」


 誰もいない教室で呆然とつぶやく。


「……俺もなんだけど」


 そうです。

 俺は水野のことが、つまりルイのことが――ずっと以前から好きでした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今すぐ伝えたいことがある……っ!」


 もう居ても立っても居られない。

 俺はルイを追って、全速力で教室を飛び出した。

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