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word2 「嫌いな上司 裏垢」②

 何でも検索できる……もし本当に何でも検索できるのなら、最初は何からだろう……。


「ぐふふ」


 もう我慢する必要はないので、思いっきりにやけた。だらしない顔がうっすら映る画面と、にらめっこする。


 子供の頃に、サンタクロースからもらったプレゼントを開ける時と同じ気持ちになった。これも今の今まで忘れていた久しぶりの感覚だった。なって初めてデジャブのように「あれ?この感覚、前もどこかで……?」という風に思い出した。


 まだキーボードには触れない。検索するのを楽しみにしてはいたものの、これというワードを1つに決めきれなていないからだ。


 何でも知れるなら、何を知りたいかと言われれば、いくつも案は思いつく。


 この世界の真実――将来の結婚相手だとか自分の死に方とかいう未来のこと――都市伝説に分類されるような陰謀論やホラー話の真相とかも――。


 知りたい、当然知りたい。きっと人間なら誰しもそうだろう。しかし、なまじ知ってみたいことが多いせいで迷ってしまう。


 けど、そういうのって話がデカすぎて本当かどうか分かんねえよな……。


 黒いパソコンの性能はまだ100%信用はできていない。昨日の検索はたまたま当たっただけかもしれない。


 だから、2回目の検索も事実かどうか確認できる内容にした方が良い気がする……。


 じゃあ、何にしようか……。すぐに本当かどうか確認出来て普通のパソコンでは検索できない。それでいて、俺が楽しめるものとなれば……。


 しばらく俺は同じ姿勢のまま固まって、考えた。目線だけは時計に行ったりテレビに行ったり、片付けていない缶ビールに行ったり。


 デジタル時計の部屋では針が動く音もしなくて、静寂だけが流れた……。


 案はたくさん浮かぶのに、条件を満たすものが見つからない。身近で知りたいことは大体普通のパソコンでも調べられてしまいそうだ。様々な分野のスペシャリストがネットに存在している時代がこんなところで邪魔になる。


 本当に身近な悩みなら、無くした爪切りの行方とか……いや流石にしょうもな過ぎるな。


 じゃあ身近な知り合いの秘密なんてのはどうだ……あ、そういえば……。


 ふと先週のことが思い出された。1人の上司がSNSのアプリを開いているのを見つけた時のことだ――。俺が「SNSやるんですね」と声を掛けたら、明らかに動揺した態度でスマホをポケットに突っ込んだ――。


 休憩時間の間、意味もなくずっとポケットのスマホを握っていたし、あの時あの人はきっと良からぬアカウントを覗いていたんじゃないだろうか――。


 ――思い出した俺はこれしかないと、すぐに決めた。なぜなら、その上司は俺が嫌いな人間だった。


 そうだ。良いものがあった。あいつの秘密なら覗いてやりたい。


「堀部正一 裏垢」


 下の名前がぱっと思い出せなかったのでスマホの連絡先を見ながら入力して、検索を実行する手前まで来てみる。文字にしてみると好奇心がよりそそられ、すぐにでもEnterキーを押してみたくなった。


 こんなワードだけでいけんのかな。40何歳だかの年齢とか、使っていたSNSの名称とかまで入力したほうがいいのか。いや、昨日のピンポンダッシュの犯人でもOKだったならいけるでしょ。


 俺はEnterキーを押した。


 仕事のチェックが細かくて、口を開けば否定ばかりする憎たらしい上司の顔を思い浮かべながら……。


「堀部正一さんが所有するSNSのアカウントは2つありますが、この内裏垢と分類されるアカウントのユーザー名は@Horihori0225です。あなたが先週声をかけたときもこのアカウントを操作していました。パスワードはmikamika51です。」


 目が大きく見開いた――。上がる頬を抑える為に唇がきゅっと締まる――。


 やっぱり、本当っぽい――。


 すぐにスマホの上で指を走らせた。黒いパソコンが示したアカウントを急いで表示する。


 アカウントがしている投稿を最新のものからさらさらと確認していく。すぐに俺は手を止めた。見たことがある車がそこにあった。


 白いボディの高級車、買った話を自慢げに聞かされたこともあるし、乗せてもらったこともあるからよく知っている。


 ナンバープレートは絵文字で隠されているし、そもそもナンバープレートを記憶していないから分からないけど、黒いパソコンが示したアカウントが同じ車を持っているだけで、俺は確定だと思った。


「おはようございます!!5月なのに、毎日熱い☀もう夏通り越して冬かも(それはない)汗をたくさんかくから皆さん水分補給はこまめにネ!僕は今日も相棒と一緒に頑張るゼ!!」


 画像に付いている文章は、見事なまでのおじさん構文。見てると恥ずかしくなりすぎて、逆に愛おしいほどだった。


 「ほりさん」というアカウントの似たようなおじさん構文を眺めて、同じ県に住んでいることや会社員であるという情報を得た俺は、特に何もせずとりあえずブックマークだけしてスマホを切る。


 黒いパソコンの情報が真実だと分かれば今はこれで良い。ぶっちゃけ嫌いとは言っても何か復讐してやりたいほど嫌いではないし、じっくり見るのは後で良かった。


 心臓が早鐘を打つ――。


 今はとにかく……黒いパソコンが本物だと信じて良さそうなことが、立ち上がって小躍りしてしまうほど嬉しかった。

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