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word15 「俺の人生 恥ずかしい瞬間TOP5」④

。 1人暮らしのアパートの一室、自分以外は存在しないはずで、窓も開けていないのに、一瞬強風が通り抜けたような気がした。


 空気がひりつく……それをはっきりと肌で感じたのは初めての経験だった。


 鳥肌が立った……。全身から。


 第六感がこの動画を見るなと危険信号を出している。


 しかし、動けない。


 「中学校の中庭にて 15歳 秋」まだこのタイトルを見ただけ……たったそれだけで俺は、蛇に睨まれた蛙になった。


 平気だと思っていたのに、何だろうこの嫌な感じは――。



 3時半を差す時計と学校のチャイムと共に動画は始まった。数秒後には椅子を引く音や、いくつもの会話が混じったざわざわが聞こえる。


 続いて太陽と校舎全体を順番に表示した。ドラマなんかでよくある放課後になったという演出のようだ。


 さらにグラウンド、体育館、自転車置き場、階段と視点を次々に切り替えていく。


 しかし、一向に教室が表示されない。誰もいない場所を映すばかりだ。


 ゆっくりと教室に近寄っているよう。だが、階段まで来ると止まってしまった。まるで俺がその場に立っているかのような視点で、踊り場から廊下のほうを映したまま動かなくなる。


 踊り場にあるのは天井近くの小型の窓だけだった。薄暗くて、上階はほんのり明るく、下階は暗い様子が、地獄と現世の境目を見ているように思えた。


 ようやく画面が動き出す。教室が映し出され生徒たちの姿も見えた。ちゃんと人間が出てきたことには安堵する。


 しかし未だに奇妙な演出は続いた。色が奪われ白黒になり、視点は監視カメラの映像のように、斜め上から教室を映していく。


 ……校舎全体の映像を見た時から、もうここが俺の通っていた中学校であることは分かっていた。主役が15歳の俺なんだから、きっと俺が中学3年生だった時の中学校でもあるはず。


 けれど、生徒たちの顔がよく見えないせいで誰が誰だか分からないし、絶対にそうだとも言い切れない。


 正直中学生の頃のクラスメイトの顔なんてはっきり覚えていないし……。

 

「っ……」


 また画面が切り替わる。そして俺はその瞬間息を上手く吸い込めなかった。


 突然、教室にいる生徒が1人を残して消えたのだ。放課後が始まり賑わっていたのに……打って変わって無音、広い教室にポツンと1人が座っているだけになった。


 見ていると、いよいよ何か起こるのかと身構えさせられるものがあった。


 実際さらに変化が続いた。画面が色を取り戻した。教室には橙色の日差しが差し込んでいて、夕方になっていることが分かった。


 そしてもう1つ……残った生徒の机には、サッカークラブのマークが入った青色の筆箱が置かれていることが分かった。


 それで確信した。教室の真ん中の席に座り、1人机に向かってペンを動かしているのは昔の俺だ。


 そういえば中学生の頃こんなお気に入りを持っていた。やはり俺の物語なんだ。


 それはいいが、一体この映像は何なのか……。


 結局映像にそれ以上の変化は無くて、じっと昔の俺を見下ろすだけになったので、やっとのこと画面から少しだけ顔を離して、考える。


 やたら不安を煽ってくるというかホラーみたいな映像だが、見せるものを間違っているんじゃないのか。俺は恥ずかしくなる映像を見たいのであって、恐怖したい訳ではないのだ。


 順位が高くなるにつれて、どんなことがあったか早く思い出す傾向にあったし、失敗を見られる人数も多くなってきていた。


 なのに今回の第1位は、今のところ全く覚えがないし、昔の俺しか画面にいない。


 夕方から人がたくさん集まってくることも無いだろう。この誰もいない教室ですっ転んだとして恥ずかしくはない。痛いだけで。


 だとしたらこの映像は一体……。


 まだ体は全くそわそわしていない、まさか本当にホラー映像を使って俺を驚かせようとしているのだろうか、俺が「勝負だ!」みたいな雰囲気を出したから黒いパソコンが不意打ちで勝ちにきたのか。


 今までの人生で最も恥ずかしかったことを覚えていないなんてことは無いと思うのだ。ここから何が起こると言うのだ……。


 

 ――映像に変化がないまま、数分経った。暗闇を歩いているような、先が見えない恐怖が続いた。


 次第に緊張が増して何も考えられなくなってくる。自分の頭が真っ白になっていくのが分かった。でもなんだか目を離すことはできない。このまま映像に変化が無ければ、俺はきっと発狂する……。


 そういう特殊勝利を狙われている可能性も……。


 さらに何十秒だか何分だかの時間が経った。


 そして、耐えきれなくなってきたところで、救いの天使のように……。


 彼女は現れた。


「――何やってるの?」


 彼女は教室のドアから顔を覗かせていた。視点も昔の俺から見る1人称に切り替わったので、同級生だった彼女の顔がよく見えた。


 かわいい――。反射的に思った。


 紺色のブレザーに赤いリボン、長く整った黒髪とえくぼがチャームポイント。彼女の名前は確か……松橋さん。隣のクラスだか、もう1つ離れたクラスにいた学年のマドンナだ。


 下の名前までは……すぐには思い出せない。けど彼女の顔を見たことで、俺の脳に稲妻が走った。


「うぁ……」


 短く声が出る。頭の奥に固く封じ込めていた記憶の蓋が開いたのだ。


「あれ?松橋さんじゃん。何でまだいるの?」


「生活委員の帰りの挨拶の当番だったの。あの校門に立ってやるやつ」


「ああ、あれか。へえー」


「まあこんなに遅くなったのは当番終わってからも、ずっと話し込んでたからなんだけど、ふふ」


 動画は俺の視界で進み続けた。でも俺にはもう見えていなかった。確かに見えているのに、見えていなかった。


 脳内で大量に溢れ出した記憶が目まぐるしく整理されていた。エネルギーの全てが脳に集中された。そのせいで俺は再び蛇に睨まれた蛙の如く、停止した。


 

 そうだ、彼女の名前は松橋さん……松橋優紀さんだ。そうだそうだそうだそうだそうだそうだ。


 2年生の時は同じクラスで、初めて話した時から俺の好きな人で――初恋の人――3年生になっても――この事件が起きるまでは――。


 この事件が起きるまではこの事件が起きるまではこの事件が起きるまではこの事件が起きるまではこの事件が起きるまではこの事件が起きるまではこの事件が起きるまでは――。


 思い出した――。これから何が起こるのか完全に思い出した――。


 そして、俺は敗北した。


「ああああああ、やめてくれえ!!」


 頭を抱えて思い切り鷲掴みにする。


「そっちは何してんの?」


「俺は今日までの宿題やり忘れたから今やってんの」


「あ、社会の今まで習ったところ全部まとめろみたいなやつ?あれめっちゃめんどくさかった」


「違う、これはうちの担任の先生が出した将来の自分へメッセージってやつ」


「何それそんなんやらされてんの」


「しかもどんな職業について、何歳で結婚してとか人生設計もせんといけん」


「めんどくさ」


「でも今終わったから、これから出しに行ってくるわ」


 頭にあった手はさらに髪を掴んで下に引っ張り、そのまま両目を覆う。もう見ていられない。


「うあ……うわああああああああああ」


「うわあああああ、うわああああああ」


 声を出して音も遮る。狙ってそうしたのではなく、パニック状態の中もがいた結果だった。


「うわああああああああああ――」


 そうだ。見たくないなら消してしまえばいい――。


 気づいた瞬間目から手を離して、そうすると……どうなるのか考える余裕なんて無くて。


 俺は最悪の瞬間で再び黒いパソコンの画面を見た。


 昔の俺が、松橋さんのいる教室のドアまであと少しという所まで歩いて来たとき……つまづいた。


 そして、ちょうど松橋さんの真ん前で無様に転んだのだ。


「……ひ、ひゅあああああああああああああああああああ!!」


 ――恥ずかしい瞬間第2位と同じ、つまづいて転ぶというシチュエーション。でも1位のこれは好きな人という絶対に醜態を晒したくない相手の前でだ。


 中学生時代の初恋の相手なんて世界の全てみたいなものである。大人数に見られるよりも最悪だ。


 そのうえ転び方が……無駄に耐えようとしたものだから、余りに情けなくて……。


 足をばたつかせながら3歩ほど進み、次に机に足を引っかけて、体を横に

捻りながら倒れた。


 そして最終的には仰向けに寝転ぶ形となった。片足だけを曲げて、ちょうど干からびて死んだカエルのように――。


「ひゅあああああ……ひゅあ!」


 戦隊モノの雑魚敵のような声を発しながら、素早く黒いパソコンを折りたたむ。結局3人称視点で昔の俺が転ぶ姿も、床から1人称視点でとんでもない顔をした松橋さんと目が合う瞬間も見てしまったのでもう遅いのだが。


「ひゅあ……ひゅあ……」


 すごい映像を見てしまった。想像以上に強敵だった。


 心臓の奥に針を刺されているかのような痛みがする。そうして誰かに操られているみたいな違和感のある鼓動。


 見るんじゃなかった。こんな馬鹿げた検索するんじゃなかった。今すぐまた忘れてしまいたい。


 でももう見てしまったから、嫌でも続きの記憶が頭の中で蘇る。


 俺が転んだところを見た松橋さんは何も言わずにその場を去った。俺も

去っていく松橋さんを追いかけはしなかった。


 その後、松橋さんとは1度も関わることは無かった。


 廊下ですれ違う時に話しかけてくることもあったから向こうも俺のことが好きだったと思うのだが、そんなことも無くなり。廊下ですれ違う時ドキドキしていたのに、恥ずかしさでいっぱいになるようになった。


 今で言う蛙化現象という奴だろう。俺が転んだ瞬間を見て一気に冷めたに違いない。ちょうどカエルみたいな転び方だったし。正にと言ったところだ。


 俺はしばらくクッションに顔をうずめて松橋さんについて思い出した。全てが恥ずかしさに変換されて、それがピークになる度に頭を上下に動かしてクッションへ叩きつけた。


 もうやめようと体を起こしても頭が勝手に振りカエル、そしてまた恥ずかしくなる度に頭をクッションにめり込ませた。


「はあーあ……」


 胸が後悔でいっぱいになる。「俺の人生 恥ずかしい瞬間TOP5」なんて検索をした後悔ではなく、あの日転んでしまったことの後悔だ。


 あの日転んでいなければ、きっと俺は松橋さんと付き合えて初恋が成就していたはずなのに。完璧な青春を手にできただろうに。


「はあーあ……」


 しかし、忘れることってできるんだな。


 こんな強烈な出来事なのに俺は寸前まで思い出すことができなかったほど、完全に

忘れることができていたのだ。


 恥ずかしいとかそういう次元じゃなくて、人生における最悪の瞬間ランキングでも上位に入ってくるだろうからフラッシュバックすることはあれど能動的に思い出すことなんて無かった。


 そうして生きている内に自然と蓋をすることに成功していたらしい。


 しかし黒いパソコンの映像の見せ方も嫌らしかった。ホラー映像なのかと本気で疑ってしまったから、恥ずかしい映像を見る気構えが崩されてしまっていた。


 このパソコンのことだから意図してあの見せ方をしたのだろうが、そのせいで瞬間最大風速がエラいことになった。


 やはり何枚も何千枚も上手だ。勝負を挑むべきではなかった。


「はあーあ……」


 早く再び思い出してしまったこの記憶も忘れたい。


 俺は黒いパソコンを片付ける前に、先ほど勢いよく閉じてしまったから画面がダメになってしまったのではないかと心配になって、開いて確認した。


「1度思い出したことはなかなか忘れられませんよ」


 画面にはこんな文章が書いてあった。


 俺はさっき見た映像の松橋さんの如く、無言で対応した。


「はあーあ……」


 ソファの背もたれに背中を預け、最後にもう一発大きな溜め息を吐いた。

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― 新着の感想 ―
BPCどの・・・ その、こう・・・ 「別に転ばなくても付き合えたりはしなかったから気にしなくていいよ」とかそういう慰めとか・・・
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