word15 「俺の人生 恥ずかしい瞬間TOP5」③
手元にあったクッションなどは当然の如く投げ飛ばした。
さらに自分の膝を鷲掴みにして握る。全力だった、もし俺の握力がゴリラ並みだったら膝の皿が割れていたくらいに。
ああ、体の芯から固まっていく。冷凍庫にでも放り込まれたみたいだ。
でもそれが堪らなく気持ちいい……。
「おお〜〜〜〜」
画面内の昔の俺は目をかっと開いて父のほうを見た。そして今の俺は白目を向いた。
でも声を出せるだけまだ今の俺はマシだ。昔の俺は声も出せなくなっている。ただただ後ろに立っていた父を見るだけで、ヘッドホンも外せない。
完全に脳のCPU使用率が100%を超えてしまっている。
そうだった、俺にもあったのだ。親にオナニーを見られるというベタな人生最大級の恥ずかしい経験が。
しかしこの類のエピソードは基本親の方が悪い。俺の場合にしても、俺が失敗したから恥ずかしい経験をしてしまったとかじゃなく、100%父のせいじゃないか。今見ても思う。
何で勝手に息子の部屋に入ってきたんだよ。昔から話すことと言えば勉強や進路のことだけで口数の少ない父親だったが、思春期の息子の部屋に無言でノックもせずに入るのはヤバいだろ。
昔の俺が可哀想だ。この出来事のせいでよくおかずにしていたアイドルグループでも抜けなくなったんだぞ。思い出すと萎んでしまうから。
部屋の机の向きも変えることになった。夜中の内にこっそりと。
恥ずかしいと同時に腹も立つ。やって良い事と悪い事があるってもんだ。
まあでも……これは納得だ。16歳、まだ世間知らずのガキだった俺には相当な羞恥心を与えた、父が部屋を去った後もしばらく動けなかったもの、そりゃTOP5にも入ってくる。
最近はあのアイドルグループもめっきり見なくなったから思い出すこともなかったけど、ずっとテレビで見かける顔だったら忘れることができなかったかもしれない。
あーきついきつい……。そう思いながら再びクッションを拾い上げる。ほこりが付いていたので手で払った。
席に着くと、黒いパソコンはもう次の準備が万端だった。既に「第3位」と画面に表示していてドラムロールも始まっている。
このパソコン、やはり待ってはくれない。休む余裕など、余韻を楽しむ余裕など、与えてはくれなかった。
――第3位:電車にて 18歳 春
いよいよTOP3、三度始まった映像はまず、電車の全体像を俺に見せた。走行中の電車だった、ガタンゴトンと音を立てながらどこかしらへ向かっている。
電車が白く輝いているところを見ると、時間帯が午前中だということは分かる。街中ではなく田園地帯を走っていた、周囲の長く伸びた雑草をなびかせていく姿には爽快さを感じる。
ゆっくりとカメラがその電車に寄っていった。電車のすぐ近くまでいくと、窓を突き抜けて車内の様子が見えるようになる。
当たり前な電車内の風景、もう販売終了している商品の広告が懐かしい。座席が半分埋まるくらいの人が乗っていた。そしてその中心には、先ほどの映像と同じく……若かりし頃の俺がいた。
背もたれにふんぞり返るように座っていた。そんな昔の俺を見てまず思ったのは俺こんな髪型だったっけということだった。
ダサい、時代が少し古いにしてもダサい。無駄に長いし、セットの仕方も下手くそだ。よくこんな髪型で電車に乗っていられるものだ。
が、恥ずかしいポイントはそこではないだろう。周囲の乗客も特に俺のことを見たりしてない。電車には色んな人が乗っているものだ、その中で特別目を惹くほどではない。
昔の俺は横に置いてあるリュックからイヤホンを取り出して耳に装着した。コードの先に付いている機器は取り出さず、リュックの中で操作する。10秒ほどごそごそした後に聞く曲が決まったのか、手を出し正面向きに戻った。
なんだか、自分に酔っている顔をしていた。虚ろな目で少し上を見ている。この時の俺が今どんな心境でどこに行っているのかなんて覚えてないが、とりあえずその髪型でしていい顔ではない。
足も開くな。本当にやめてほしい。
ただ自分でそれに気づいたのか、昔の俺はハッとしたような顔をして、またリュックの中に手を突っ込んだ。
すると、電車の走行音だけだったBGMに昔の俺が再生中の曲が追加された。
今では古いアニメの主題歌だった。女の子がたくさん出てくる、所謂萌え系アニメの電波系萌え萌えソング。別にそのアニメの大ファンだった訳では無いのだけど、当時耳に響いてくる高い声が癖になってよく聞いていた。
何故に流れ始めた曲が昔の俺が再生中だと分かったかというと、既にこれから起こることを思い出したからだ。流石に3位ともなるとハッキリ覚えているものである。
この時の電車の匂いとか尻で感じる揺れ、正面に座っていた人とかも思い出した。ああ、3位はこれか……。
昔の俺は曲がまだAメロの途中だというのにまたしてもリュックの中に手を突っ込む。しかし曲が次へと変わることはなく、代わりに音量が少し上がった。
さらに昔の俺がそのままの姿勢で操作を続けると、音量が上がり続けた。初めは走行音よりも小さかった曲の音量は、それをかき消すほどにやかましくなる。
電車に乗っているときにイヤホンで音楽を聴くなら、周囲の音が聞こえなくなるくらいがちょうど良い。昔の俺も満足した様子で座り直し、目を閉じた……。
と、そんな昔の俺を周囲の人がちらりちらりと見始める。「何あれ?」「ふふふ」2人組のおばさんはひそひそと口を隠しながら話して笑った。
まだ映像では何も恥ずかしいことが起きている感じはしないが、俺は見ているのが辛くなってきた。下唇をじんわりと噛む。ああ、今すぐ映像の中に入ってどうにかしたい。
時間が進むにつれて、より周囲の目が昔の俺に引き寄せられた。初めにちらっと見ただけですぐに無関心を装っていた人たちもがっつり視線を向け始める。
昔の俺はさらに音量を上げた。今度は正面を向いたまま片手だけリュックに突っ込んで――。
そうしたらついに、隣に座っていたおじさんが怪訝そうな顔で耳を塞いだ――。
そうなのだ…………。
昔の俺というこいつ、イヤホンのプラグがちゃんと刺さっていないことに気付いていないのだ。
映像から流れている音は昔の俺が聞いている音ではなく、乗客全員に聞こえている音なのである――。
「ちょっとお兄ちゃん。もう少し音量を抑えてくれる?」
隣のおじさんが肩を叩く。しかし昔の俺は横を見ただけで、何故肩を叩かれたか分からない。むしろ変なおじさんに絡まれて困惑したような顔をした。
「音量音量!下げて!」
昔の俺がイヤホンを外す。一瞬時間が止まる――そして一気に羞恥の火山が爆発した。
俺と昔の俺、2人の顔が真っ赤になる。覚悟はできていたはずなのに、俯瞰的な視点で見ると良いように改変処理した記憶よりも破壊力が凄くて耐えられなくなった。
「うんりぇりぇええ、やこるぅるるるるふ」
思ってたよりも周りから見られてた――思ってたより笑われてた――。
俺は声にならない声を出しながらソファの上でのたうち回った。走り出してしまいそうな足を高速で擦ってなんとか止めて、沸騰しそうな顔は手をうちわにしてあおった。
さらに床に滑り落ちても暴れ続けた。自分が住むアパートの部屋が1階で良かった。
「おおお~~~~~~」
しかし、この量の羞恥も快感に変わる。床の冷たさもプラスされて、背中を鳥肌が駆け抜けた。
「ふ~~!」
跳ねるように飛び起きる。画面の中の昔の俺はまだ顔を赤くして固まっていた。
今の俺と違ってこうして恥ずかしさを発散することもできず、その場で空気へ変身する能力が身に付くことを祈るしかない。
流してしまった曲がまた致命的だったんだよな。別にめちゃくちゃ好きな曲って訳でもなく、アニソンなんてその1曲しか入ってなかったくらいなのによりにもよって……。
だけどそうやって周囲に言い訳することもできない。「アニソンばっか聞いてる訳じゃないですから」なんて言い始めたらもっと変な人認定されてしまう。
だから黙って……電車で大音量のアニソンを流すほどのオタクだと思われることを受け入れるしかなかった。
昔の俺が頬から首まで真っ赤にして下を向く。開いていた足も閉じたので随分小さくなった。梅干しみたいだ。
きっと俺以外の誰かが見ても共感性羞恥でじっとしていられなくなる動画だ。
でも正直まだ楽しめる。恥ずかしくなるけど、ちゃんと快感に変換できる。こんなことあったなあって笑っていられる。
俺はまたクッションを拾い上げて、抱きしめながらソファに座った。呼吸は荒くなっているが、まだまだかかってこいという気持ちだった。血流が良くなったのか、むしろ調子は良くて体力は半分以上残っている。
今のところは致死量は超えていない……しかしついにTOP2、そろそろ洒落にならないのが出てくるか……。
そう思いながら視聴した第2位の動画は「免許センターにて」というタイトルだった。今回の検索をするきっかけにもなった盛大にすっ転ぶ失態だ。
おそらくはTOP5の中で1番最近の出来事だから何度も思い出したし、お馴染みのやつである。
拍子抜け……ではあったけど、改めて映像で見るとちゃんと想像以上だった。転ぶタイミングまで完璧に分かっていたのに、俺も倒れて画面から逃げた。
休憩時間になると思ってリラックスして見ていたのに全くそんなことは無かった。同年代の奴らに見られていたってのがきつい。今までの動画の目撃人だってみんな他人だったが、分類が近い人間に見られるほうが恥ずかしい。
それと数、転んでしまった教室には50人以上は人がいたのだ。さらには、しれっと高校時代の同級生女子も俺が転ぶ瞬間を見ていたという情報も伝えられた……。
しかし、それでもまだ楽しめた。強がっている部分もあるが「ははは」と笑い飛ばせた。
いつでも逃げるぞという覚悟で戦いを始めたのに、逃げずに第1位まで辿り着くことができた。
ここまで来たなら全てを見届けて勝利したい。最後まで見て尚、笑って終わりたい。
「よし……」
2位までの動画の時よりも豪華なドラムロールと共に登場した「第1位」の文字。俺も指で1を作って指差し、睨みつけ、最終決戦を始めた。




