word13 「宗教勧誘 ビビらせる」②
今日を邪魔する奴は許さないと決めていた。だから、容赦しない。黒いパソコンを使ってこらしめてやる。
このおばさん2人組がどんな神様を信じているのか知らないが、絶対にそいつより強い。人間に足を使って信者を集めさせている程度ではたかが知れている。その辺の神じゃ話にならないはずだ。
もしかしたら、この世界で最も位の高い神様すら見下ろしているかもしれない。
そんな最強の存在がお前らの相手だ――。心せよ――。
俺は早足で黒いパソコンの元へ向かって、検索ワードを入力した。急なお呼びでない客にイラっとしていたが、黒いパソコンを使って撃退すると決めたらテンションが上がってきた。
「宗教勧誘 ビビらせる」
検索ワードは攻撃的にした。「帰らせる」とかではなく、二度と俺の家のチャイムを押すなんていう発想すら出なくなるようにしてやる。
お客様を待たせる訳にはいかないのでさっさとEnterキーを押して結果を見た――。
そして、ざっと結果を確認した俺は黒いパソコンを持ったままテレビドアフォンの方へと戻る。
どうやら芝居を打たなければならないらしいので、少し緊張する。ただその非日常感も含めてこれから起こることを考えると、頬が上がった――。
「お持たせしました」
「いいえ、いくらでも待ちますよー」
「紗修会の豊本さんと篠原さんですね」
「はい?」
「紗修会の豊本圭子さんと篠原富美子さんですね」
「…………」
「私があなた方の名前を知っていることに驚かないでください。大丈夫です。私は神です――」
初めて言ったし、おそらく大半の人間は言ったことがないであろうセリフを俺はさらっと言った。
おばさん2人組……いや、豊本圭子と篠原富美子は何度か顔を見合わせた後で、カメラを見つめたまま動けなくなっていた。まだジャブだが、既にビビらせることには成功しただろう。
「大丈夫ですか?」
「……ええっと、はい……あの、あなたこそ大丈夫ですか?」
「私は今、ここの家主の男性の体を借りてあなた方とお話しています。彼は神降ろしができる人間であり、その力で何人もの人間を救った経験があります」
「はあ……」
「あなた達は騙されています。紗集会の教祖である後田禄朗に。彼は信者を幸せにしたい等とは全く考えていません。あなた達から集めた毎月の会費はほとんどキャバクラ通いの為に使われています。修行や他県の支部との交流として出かけた際はキャバ嬢の方が同伴しています。妻子がいるにも関わらずです。そもそも離れた都道府県に紗修会の信者などいません。せいぜい隣接した県までです」
「……突然どうしたんですか。そんな訳が無いでしょう。ボランティアの度に差し入れも持ってきてくださるのに。説教会にも人がたくさん来てますよ、他県の人も」
「他県から来たと言っている信者は教祖の知人ですね。集金仲間です。人がたくさん来ている説教会も半年に1度の大きなものだけでしょう?お金で雇ったサクラが混じっています。飲み物や軽食にかかるお金など大したことありません。彼は定期的に人目を忍んで深夜にスーパーへ行き、セール品を買い漁っています。裕福なように見えてその実、借金しそうなほどです。だから、先月から会費も2万円に上がりました」
黒いパソコンは未来を見通し、まるで耳元で囁くように次のセリフを画面に表示した。漢字にルビまで振ってくれている。俺は時折笑いそうになりながらも、指示通りの文章を読み続けた。
ちなみに片手で黒いパソコンを持ち、もう片方の手で通話ボタンを押しているから態勢がきつい――。
「どこからの情報なんですか……何を見ておっしゃってるんですか?」
「私には全てを見通す力があります。その力を使い、私は今あなた達の為に話しています。疑うのであれば戻って調べてみてください――」
言っていることはたぶん本当のことだ。黒いパソコンがその場しのぎの嘘などつくまい。
多少は物分かりが良さそうなおばさんAのほうはもうノックアウト寸前だった。表情を見れば分かる。瞬きの数が尋常じゃない、白目を剥きそうだ。もしかしたら既に教祖に対して違和感はあったのかもしれない。
「教祖の部屋にある鍵付き棚のカギの管理は杜撰です、花瓶の下に置かれています。彼が通い詰めている店の名前も教えましょう、クラブ・ザ・エンジェル――」
「もうやめてください!」
黒いパソコンの画面見ながら語っていると、急に耳元のテレビドアフォンから大きな声がする。
見るとおばさんBが目しか映らないほどカメラに顔を近づけていた。
「いい加減にしてください!あることないこと意味が分からないことばっかり!紗修会は悪徳宗教だって言うんですか!?名誉棄損で訴えますよ!」
「やめてください」
「ねえ!ちょっと出てきてください!話になりませんよ!別に後田先生がお金を何に使ったっていいじゃないですか!あなたに関係あるんですか!」
隣や上の階にまで聞こえそうな声量なので本当にやめてほしい。俺も言い合っていると思われたら心外だ。
可哀想にもなってきた。きっとおばさんBにとって紗修会は大事な場所なのだろう。たとえ教祖がクズでも守りたいのだろう。宗教……洗脳というものは恐ろしいものだ。
「……富美子さん。もうやめましょう」
おばさんBを止めたのはおばさんAだった。肩を掴んで後ろに引いた。
「この人は悪い人じゃない。もしかしたら本当に神様なのかもしれない」
「そんな訳ないじゃない、私たちの神様は……」
「神様じゃなったらこんなに何でも分かる訳ないじゃない、それにきっと私たちの為に話してくださってるのよ。今日も何件も回ったけどみんな相手にしてくれなかった。でもこの人は……」
「そうです、あなた達の為なんです」
慣れてきた演技で今度は俺が会話に割って入る。
「今日ここで私と出会うのも運命だったのです。篠原富美子さん、このままあなたが紗修会にのめり込めば生活費まで崩して後田禄朗にお金を払うことになっていました。家族との関係も悪化し、大変なことになっていたでしょう」
「そうなんですか……」
「ええ。危ないところでした。ですが、あなたがやってきたことも間違いだった訳ではないのです。あなたが毎日神に祈りを捧げ、毎週ボランティア活動をしてきたからこそ今日私から真実を聞くことができたのです。それに……圭子さんという大切な友人ができたじゃないですか」
そこまで言うとおばさんBはハっとした顔をして、おばさんAのほうを向いた。2人は見つめ合って……数秒後におばさんBは泣き出した。
「うぇーーーん」
子供のような鳴き声だった。おばさんAは「大丈夫大丈夫」と言って、頭を撫でた。数分は泣き続けた、けっこう長いことおばさんBが泣き、おばさんAが慰めるという時間が続いた。
俺はその様子を見ながら仏のように、にんまりと笑っていた――。
「――ありがとうございました。私達帰ります」
「ありがとうございました……ぐすっぐすっ」
泣き終わると、来たときとは全く別人のようになったおばさん2人がモニターにいた。1人は清々しい顔になって、1人はまだ涙が止まっていない。
「いいえ、気にしないでください。お2人ともこれからも仲良く、あなた達が協力すれば紗修会という支えが無くても大丈夫ですし、本当の幸せも見つけられるはずです」
「はい」
「もうここへは立ち寄らないでくださいね。またここに来ても私はいないので」
「分かりました」
聞きながら黒いパソコンを床に置いて、疲れた右手を振った。さようならという意味ではなく、本当にただ疲れたから振った。
「では、失礼します。ありがとうございました」
「あ、洗剤は置いていってください」
背を向けた2人を呼び止める。もう黒いパソコンの画面は見ていない。
「え」
「食器用洗剤は1つ置いていってください」
「は、はい。床に置いていいですか?」
「はい」
「じゃあ、ここに置いて行きますね。さような――」
「……やっぱりもう1つ」
「は、はい……いいですけど……さようなら」
少し待って、おばさん2人組が完全に帰ったあろう時間になると俺は手だけを外に出して洗剤のボトルを拾い上げた。
昨日は何回もボトルを握ってほぼ空気の洗剤をスポンジに吹きかけて食器を洗った。ちょうど家の洗剤が無くなっていたのだ。
補充できて良かった……。
これで落ちないということも無いと……。完璧だ……。
部屋に戻ってソファに腰を下ろすと、映画選びの続きを始めた。隣には黒いパソコンを置いて、画面をテレビの方に向ける。
さてと、邪魔者は消えて戦利品も得たことだし、この相棒とゆったりとした休日を過ごすとしますか――。
新作の映画を見れるくらい気分が良くなっていた。




