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word1 「ピンポンダッシュ 誰」①

 平日の朝、俺はワイシャツ姿で鏡の前に立ち、ベルトとネクタイを締めた。


 続けて、狭い脱衣所でなるべく手足を伸ばしてストレッチをする。寝起きの体を起こしつつ、きつく締まり過ぎていないかを確認する。


 下半身から順番にほぐしていって最後に腕を天井に伸ばすと、あくびが出そうになった。ここには俺1人だけなので、大げさなくらい深く息を吸って、これでもかと吐き出す。


 そして同時に出てくる涙で目を潤わせながら……。また、鏡の中の自分を見つめた。


 俺は27歳――。職業は「会社員」だ――。


 遥か昔のこと………18歳の時に、男1人実家を離れ……それなりの大学を出て……それなりの企業に就職した。自己評価だからそれなりと謙遜しているが、他人からすれば結構良いとこの企業、そこの会社員だ。


 長く休むことは無く真面目に働き続けた結果、収入も増えてきて……社会人としての経験もそれなりに積み重ねた。これまでの人生で恋愛もそれなりにしてきたと思う、そんな会社員だ。


 そう、俺様は人並み以上に手にしてきたエリート会社員だ。


 さらにその上、身長も平均以上で、身体能力や体の丈夫さにも自信がある。ルックスだってそう。中々にイケメンだ――。


 出社前の身支度が整うと、顎の下に手でピストルを作ってみた。鏡に映った自分の顔を見てはっとしたのだ。今日は一段と顔の調子が良かった。


 いくつかポーズを変えながら、また複数の角度から顔をチェックする。頬を撫でて剃り残しが無いかも確かめた。


 リビングに戻るとちょうどコーヒーメーカーがコーヒーを淹れ終わっていたので、カップを手に取り座った。家を出る前にゆっくりするのが俺の日課だからだ。


 カップから出る煙が顔を包む。新品のコーヒーメーカーが高級な豆を使って淹れたコーヒーは香りから違う。そして味は、驚くほどに上品である。


「ゴクン……」


 あえて喉を鳴らしながら飲んでコーヒーを味わった。


 ああ、何て優雅な朝なんだろう。足を組み、ソファにもたれながら思った。


 自分のことながらうっとりしてしまう。今の俺はさながら中世ヨーロッパの貴族だろう。


 家はデザイナーズアパート、室内には本当に中世ヨーロッパのようなアンティークな家具がある。外装は黒と白でスタイリッシュ。招いた客は皆、そのオシャレさに驚く。


 この我が城に妻や子供はいない。独身の1人暮らしだけど、そんなもの作ろうと思えばすぐ作れる。


 恥ずかしくない職についていて、人並み以上の収入があって、人並み以上のルックスがあって、酒にもタバコにも溺れていないのだ。


 そんな俺が婚活サイトにでも登録すれば女は群がり、引く手数多なはずだ。当然亭主関白になるつもりもないし、共働きもさせない。


 性格も良いし、一般常識もある、会社での人間関係も概ね良好、何もかもが高水準だ。こんな良い男なかなかいないだろう。


 そう、俺は完璧な会社員で完璧な男、俺の生活にこれといって取り上げるほどの悩みはない――。


「ピンポーン」


 ただ1つ、ここのところ毎朝のように俺の部屋のインターホンをクソガキが押してくることを除いて――――。


「ピンポピンポーン」


 間髪入れず再び鳴り響くチャイムで、今日は3回も押しやがったかと脳内で口を尖らせた。


 そうだ忘れていた。こいつがいた。最近の俺の悩みの種――。


 コーヒーが入ったカップを置いて、早足で玄関へ行き、細長いドアの取っ手を押す――。


「ちっ」


 しかし、やはり外には誰もいなくて、俺は大きな舌打ちをした。


 ああそうだった、またやられてしまった。これで無を応対させられるのは何回目だろう…………。


 数週間前くらいからだろうか。俺の部屋のインターホンを押してから走り去るイタズラをする奴が現れた。


 所謂ピンポンダッシュと呼ばれる古典的なイタズラを令和の今どきにやっているふざけた輩だ。


 くそっ、こいつだけは……認めたくないけど、目の上のたんこぶだと言わざるを得ない……。

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