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85. 学園祭と二人目の婚約者候補②

 クラウスとヨセフィーナが帰った後、なぜか店は急激に混みはじめた。マイラ達が急なことにあたふたしているとたまたま外に出ていた男子達も戻ってきたため、協力し合って残っていた商品を全て売り切ってしまった。


 商品が完売したミコルはホクホク顔で、店を閉めた後の疲れなど微塵も見せずに早速集計を始めていった。他の五人は店の片付けを開始し、全ての片付けが終わった頃には校内はだいぶ静けさを取り戻していた。


「それにしても凄かったなあ。いやあ、こんなに売れるとは思ってなかったよ。去年とはまた違って面白かった!」


 ウィルは片付け終わった教室の中ですっかり寛いでいる。スヴェンも珍しく残っていたお菓子などを摘んで笑顔を見せていた。


「そうですね。これだけ売れると気持ちいいです。ミコルのあの嬉しそうな顔!いい顔してた!あれを見ただけでも参加して良かったですよ。」

「そうだな。さて、片付けも終わったし売上の一部も使っていいみたいだし、今日はこの後六人で打ち上げにでも行かないか?」


 カイルの提案にみんなは一斉に頷いた。ミコルも珍しくニコニコしながらそれに賛成していた。



 学校を出てナタリアとお茶をしたあのカフェへと向かう。あの後何度か通っていたことで店主の女性と顔見知りになり、マイラは今ではすっかり仲良しになっていた。


 そのため彼女は六人のために奥の小さな個室を開けてくれた上、店主特製クッキーまでサービスしてくれた。


「ユーリさん、ありがとうございます!」

「いいのよ!マイラさんはうちのお得意さんだもの。じゃあ、ごゆっくり!」


 そうして六人は学園祭の成功を祝って、美味しい果物のジュースで祝杯をあげ、小さな打ち上げ会は大きく盛り上がった。




 そんな楽しかった学園祭も終わり、数日も経つと校内はすっかり穏やかになり、勉強に集中していく空気が流れ始めた。休み明けの試験だけでなく二年生には休み前の筆記確認試験も控えているため、マイラ達は再び勉強漬けの日々へと戻っていった。



 お祭りの余韻も薄れてきたそんなある日、いつものように帰宅したマイラは、門の近くでヨセフィーナが反対方向から歩いて来るのが見えて驚いた。急いで駆け寄ると彼女は優しく微笑みながらマイラに手を振ってくれた。


「マイラさん、こんにちは!よかった、ちょうど今そちらのお屋敷にお伺いしようと思っていたんです。エリクスさんはいらっしゃるかしら?」


 ヨセフィーナは今日は私服を着ているようだ。すっきりと無駄のないデザインの水色のワンピースが、よく似合っている。


「こんにちは、ヨセフィーナ様。兄はもう少ししたら帰ってくると思います。どうぞ中でお待ちください。」

「まあ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて。」


 控えめな笑顔が美しい。二つ年上なだけなのにマイラよりもずっと大人っぽい彼女の所作を見て、いつか真似してみようと密かに心に留めておいた。



 ヨセフィーナを応接室に通すとマイラは一旦部屋に戻る。着替えを済ませて一階に降りると、ちょうど帰ってきたエリクスと出くわした。


「お兄様、お帰りなさい!今ヨセフィーナ様がこちらにいらしていますよ。」


 エリクスは優しい笑みを浮かべるとマイラの頭を軽く撫でた。


「そうか、ありがとう。早速ご挨拶するよ。応接室かな?」

「はい!」


 すぐ側にキーツが控えている。きっととっくにそれを知っていたのだろう。それでもわざわざマイラにも確認してくれる彼の優しさに、つい頬がゆるんでしまう。


 エリクスはキーツに何かの指示を出すと、マイラに二階で勉強するようにと言った後応接室に入っていった。


(それにしても、ヨセフィーナ様はどうして突然ここに来たんだろう?)


 だがふと頭に浮かんだその疑問は、勉強に集中し始めるとあっという間に消えてしまった。



 ― ― ― ― ―



「ロディーンさん、お待たせしました。」


 ノックをしたエリクスが応接室に入ると、ヨセフィーナは優雅にお茶を飲んでいる最中だった。彼女はカップをゆっくりとテーブルの上に置くと静かに立ち上がり、エリクスにそつのない笑顔を向けた。


「ルーイさん、ご無沙汰しております。先日はご実家の方にお招きいただきましてありがとうございました。」


 控えめで上品なその笑顔は好感が持てるものだったが、エリクスには何か引っかかるものがあった。


「いえ。どうぞお掛けください。」


 彼女に負けず劣らずの優雅な笑みを見せたエリクスは、ヨセフィーナの斜め前にある一人掛けのソファーに腰を下ろした。


「それで、今日はどのようなご用件で?お約束は特にしていなかったと思うのですが。」


 エリクスの言葉に、ヨセフィーナは小首を傾げた。


「ええ。でも、私のことをお調べになっているようなので。」


 穏やかにそう語る彼女の目は、もう笑っていなかった。


「これ以上探られるとこちらの仕事にも影響が出そうなので、この際こちらからお伺いしてあなたの疑問にできる限りお答えしようと思いまして。」


(俺がこっそり調べていたこと、彼女には筒抜けだったのか・・・)


 エリクスの体に緊張が走る。得体の知れない相手と向き合うのには慣れていたが、突然やってきた上あからさまに怪しさを見せる彼女に少し戸惑っていた。


 そんなエリクスの気持ちを察したのか、彼女はふふっと面白そうに笑ってから言った。


「ごめんなさい。あなたがどこまで事情を知っているのか確認したくて嫌な態度をとってしまいました。改めて自己紹介させてください。」


 ヨセフィーナは音もなく立ち上がる。エリクスは訝しげに彼女を見上げた。


「軍特別調査隊第三部隊隊長、ヨセフィーナ・ゲール、年齢は・・・ご想像にお任せするわ。でもあなたと同い年でないことは確かです。騙すような形になってしまって本当に申し訳ありません。」


 エリクスは道理で何の情報も上がってこなかったわけだと納得し、立ち上がった。手を差し伸べ、握手を求める。


「ゲールさん、改めてよろしくお願いします。父も母もこのことは知っていると考えてよろしいですか?」

「ええ。私達はだいぶ前から協力関係にありますから。そうそう、最近でいえばあなたの部下ともちょっとしたお友達になったわ。」

「部下?」

「イリス・ウェイリー。ずいぶんと血の気が多いのね、彼。でも嫌いじゃないわ。」

「・・・そうですか。」


(イリスが彼女に接触した?やはりあの後も独自に調査を続けていたのか・・・)


 乾き切って冷たい彼女の手を離すと、どちらからともなく再びソファーに座る。そして今度はエリクスの方から問いかけた。


「ゲールさん、あなた方がお調べになっているのはバルターク家のことですか?」


 ヨセフィーナはうっすらと笑みを浮かべている。


「関連はしていますがそこが本命ではありませんね。でもメリーアンは要注意人物の一人としてずっと私達のリストでも上位の方に入っています。」

「なるほど。つまりこの縁談話はメリーアン・バルタークに近付き、その裏にある誰か、もしくは何かを暴くことが目的ということですね?」

「・・・」


 その無言を、エリクスは肯定と受け取った。ヨセフィーナは冷めてしまったであろう残ったお茶を上品に飲み干す。


「しばらくは調査隊の新人ヨセフィーナ・ロディーンとして動きます。ロディーン家はこういう時のために私が長い年月をかけて準備してきた実在する家族ですから、そう簡単に身元はバレません。」


 そして彼女は持っていたカップをソーサーの上に戻し、まっすぐエリクスの目を見つめた。


「ルーイさんにも引き続き婚約者候補として自然に振る舞っていただきたいんです。それとできれば何回かデートもして、メリーアンにあなたとの仲が深まってきていると見せつけたいんです。」


 エリクスもまた、じっとヨセフィーナを見つめ返す。


「マリンナ・ヘムスの事件はメリーアンの仕業だと?」

「さあ。でもまあ私はあんな小娘に簡単にやられはしませんけれど。」

「でしょうね。」


 二人の間に沈黙が訪れる。


「・・・わかりました。では三日後の午後はご予定いかがですか?」

「空けておきますわ。エリクス様のために。」

「ではお迎えにあがります。詳細は部下に連絡させましょう。」

「ええ。ではそろそろ失礼します。それと、もちろん今日話したことは全て内密に。」


 エリクスはその言葉にただ黙って頷いた。


 そうしてその後すぐヨセフィーナは、エリクスに見送られながら素早く屋敷を去っていった。



 ― ― ― ― ―



 その頃、勉強に一区切りつけたマイラは、窓の外を何の気無しに眺めていた。するとちょうどヨセフィーナが門の向こうへと出ていくところが見えた。その手前に視線をずらすと、エリクスが彼女を見送っている姿も目に入る。


(ヨセフィーナ様と仲良くなったのかな・・・)


 エリクスの視線がマイラではない女性を見つめているのだと思うと、胸がシクシクと痛む。だがどうにもならないことをいつまでも嘆くのはもうやめようとマイラは心に決めていた。



 まだ外は明るかったがしっかりとカーテンを閉めて部屋の明かりをつける。気持ちを切り替え、再び机の前に戻る。


 もう勉強をするつもりはなかったが、小さな魔法練習ならできるかもと、手のひらの上に氷の粒を作りだしてみた。キラキラとした粒が机の上の明かりに反射して宝石のように輝きはじめ、マイラの暗くなっていた心に小さな光が差し込んだ。


 氷を手のひらから消し去ると、今度はできるだけ小さくなるように意識しながら雷を生み出す。だがこれはうまくいかず、机に小さな傷を作ってしまった。


「ああっ、どうしよう!?こんな高価そうな机に傷をつけちゃった・・・。はあ、エレンに修理できるかどうか明日聞いてみよう。」


 そして今度は家具から離れた場所で練習を繰り返す。最初はうまくいっていたが、途中で集中力が切れてしまい、危険だと判断して一旦手を止めた。


 その時、ふと何かのイメージが頭を掠めた。


 それは白くて四角い何かから、太い特殊な素材でできた紐らしきものを引っ張った場面だった。その四角い何かから紐を抜いた瞬間、小さな二つの穴に雷に似た何かが走るのが見えた。


 だがそのイメージは一瞬で掻き消えてしまった。


「もしかして・・・これが私の過去の記憶の一部?」


 今見た雷をもう一度イメージすると、手に小さな雷を出現させた。成功したそれは一瞬で消え、マイラは手のひらをぎゅっと握りしめた。


 少しずつ戻りつつある遠い過去の記憶。その片鱗を見てしまったマイラはもう何もする元気が起きず、ソファーのクッションの山の中にじわじわと沈んでいった。


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