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84. 学園祭と二人目の婚約者候補①

 翌日マイラは学校を一日お休みし、ナタリアと会う約束を取り付けた。彼女とはその日の午後会うことが決まり、最初に二人で話をしたあの小さなカフェで待ち合わせをした。



「ナタリアさん!」


 カフェに時間通りに到着すると、ナタリアはすでに席に着いてマイラを待っていた。笑顔をつくり急いでその席へと向かう。だが近付くにつれ彼女の顔色が悪いことがわかると、マイラはその笑顔を失っていった。


「マイラ・・・」


 ナタリアの瞼は泣き腫らしたからなのか真っ赤に腫れ上がり、頬はやつれたように見える。マイラは力なく伸ばされた彼女の手を握ると目の前の椅子に腰掛けた。


「ナタリアさん、あの、私、何て言ったらいいか・・・」


 するとナタリアははらはらと涙をこぼして俯いてしまった。しばらく手を握ったまま黙って彼女が泣き止むのを待っていると、少し落ち着いてきた彼女がゆっくりと話しはじめた。


「この間はごめんなさい。私、あなたが倒れているのを見て混乱してしまって、私のせいなのに何もできなくて・・・」

「違います!ナタリアさんのせいじゃない!あれは・・・きちんと話をしていなかった私がいけないんです!」


 そうして今度はマイラがナタリアに事情を説明し始めた。それはナタリアと出会ってから起きたディーン絡みの様々な出来事についてだった。


 途中でお茶が運ばれてきて中断はしたものの、マイラは静かに、だが最後までしっかりと事実を伝えていった。


「・・・ということがあったんです。ナタリアさんに相談しておけばこんなことにはならなかった。私が全部悪いんです!本当にごめんなさい!!」


 マイラが深く頭を下げて謝罪をすると、ナタリアはうっすらと笑みを浮かべて首を振った。


「ううん、違うわ。だってあなたは私達がうまくいったことを誰よりも喜んでくれていたもの。だからこそ、きっと私を気遣って言わないでいてくれたんでしょう?それにそのことと私達のことが絶対に関係あるなんて言えないもの。だから顔を上げてちょうだい、ね?」


 マイラはおずおずと顔を上げ、ナタリアの優しい微笑みを見て胸を痛めた。だが彼女はきっと自分のこの痛みの何倍も苦しんだはずだ。彼女の今日の顔がそれを物語っている。


「私、彼に利用されただけだったのかな・・・」


 そう言って再び俯いてしまったナタリアに、マイラは肯定も否定もできなかった。


 二人はそこから一時間ほどお互いの現状について話し合い、しこりを残さないよう思いを全て打ち明けていった。


 ナタリアの方は今ディーンと連絡がつかなくなっているようで、向こうのご両親にお話しして婚約解消をしようと思うと、最後にそう語っていた。


 別れ際、二人は抱き合って互いの友情を確かめ合った。そして近いうちにまた会うことを約束して、それぞれの家へと帰っていった。




 そんな辛い一日から十日ほどが経った。マイラは今、学園祭の準備と日々積み重なっていく勉強に忙殺されている。


「マイラ、そこにある箱を取ってくれる?」

「はーい!」


 今は三人で商品の値札付けをしているところだ。ケイトとミコル以外にも昨年ミコルの別荘に勉強会で集まったメンバーが参加して、学園祭では小さなお店を開くことが決まった。


 三人がせっせと値札をつけていると、三人がいる教室にカイル達がわいわいと話をしながら入ってきた。


「お、結構進んでるな!俺達は何すればいい?」


 ウィルとスヴェンは何やら大きな荷物を抱えており、疲れた様子でそれを床に置いた。


「飾りつけ用の諸々と、ケイトご所望の飲み物とお菓子を持ってきましたよ。全く、相変わらず食べ過ぎなんじゃないですか?」


 スヴェンが箱の中から次々と飲み物やお菓子などを取り出して机の上に置いていく。なんだかんだと文句を言いながらも、彼はいつもケイトの我儘を聞いてしまうのだ。


「ありがと!だって準備しているとお腹が空くじゃない?勉強しててもお腹空くし、もう常に腹ペコなのよ!」

「・・・恐ろしいお腹だな。」


 ウィルがその言葉にボソッと突っ込む。


「うるさいわね!」


 三人のそんなやりとりも、もうこのメンバーの中では日常となっていた。こんな和気藹々とした六人の雰囲気を楽しみながら、マイラは自分の大変な状況などすっかり忘れて学園祭の準備に没頭していった。



 今年この六人が学園祭で出すのは、ミコルの実家の商店で扱っている国外から輸入してきた様々な商品を販売するお店だ。


 と言っても正規の商品ではなく、小さな傷がついてしまったものや古い型のものなど、使うには問題ないが店では売ることができなくなってしまったものを格安で販売する、ということになっていた。


「売上のほとんどは学校名で寄付をするわ。その代わりお得意様とか知り合いに声をかけて、うちのお店の宣伝はさせてもらうわね。」


 そう言って笑うミコルを見て、あの子ちゃっかりしているわねとケイトは言っていたが、マイラも彼女と同意見だった。


 そんなわけで六人はミコル主導でお店の準備を進め、内装を変え、値札を付けたりお店に並べたりといった細々とした準備を進めていくことになった。




 忙しい日々の中でも準備は順調に進み、ついに学園祭当日を迎えた。


 初日はエリクスとイリスが店に来るというので、マイラもそれを楽しみに店番を担当して彼らを待っていた。その日の店番は午前中はミコルとウィル、午後はカイルとマイラが担当することになっていた。ちなみにケイトは翌日店番担当ではあるが、この日も朝からビラを配ってお客様を呼び込もうと頑張ってくれていた。


 学園祭が始まると客足は順調に伸びていき、ミコルの店のお客様もたくさん訪れてくれた。


 午後にはエリクスとイリスが一緒に店を訪れ、それぞれに二つほど購入し、マイラに挨拶をすると笑顔で帰っていった。カイルはその時なぜか引きつった笑顔になっていたが、理由は不明だった。


 ちなみにいつもならエリクスの周りは女性達でいっぱいになってしまうのだが、時々イリスが魔力遮断魔法をかけてくれていたらしく、そこまで大きな混乱は起きなかった。それでも美形二人が学校にいると目立つらしく、気が付けば店には彼ら目当ての女性達が大勢集まっていた。



 そして二日目、この日はマイラとミコルの目が輝くようなお客様が来店した。


 それは、ケイトとマイラが店番をしている午後のことだった。


「お、ここかな?」


 エリクスやイリスよりもさらに背の高い、逞しい体の男性がマイラ達の店にやってきた。彼の少し後ろには長い黒髪を一本にまとめた美しい女性も一緒だ。


 すると店内の商品を整えていたケイトが目を丸くして彼らを見つめて固まってしまった。マイラは誰だろうと不思議に思い、様子を見守る。


 男性はケイトに気付くと顔を綻ばせて彼女に近付き、「よう!」と言いながらその肩をポンと叩いた。それほど強く叩いたようには見えなかったがケイトは動揺していたのか、あやうく後ろに倒れそうになっていた。


「クラウスさん!?」


 ケイトがこんなに驚いている顔を見るのは初めてだった。マイラはクラウスと呼ばれた男性をじっと見つめる。彫りの深い顔立ち、緑色の瞳、少し癖のある薄茶色の髪が目に入った。


(そっか!この人があのケイトの幼馴染で好きな人かあ!)


「ははは!そんなに驚くとは!久しぶりだなあ、元気そうで何よりだ。うちの父も母もケイトがなかなか来なくなって寂しいって言ってたぞ。そのうちお友達も連れて遊びに来るといい。」

「は、はい!」


 珍しく緊張している様子のケイトがずいぶん可愛らしく見える。マイラはそこにちょうど戻ってきたミコルと共に、少し離れた場所でニマニマしながら彼女達の話を聞いていた。


「そうそう、今日はちょっと別件で近くまで来ていたんで寄ってみたんだ。こんな格好ですまないな。」


 よく見てみると薄いマントのようなもので隠してはいるが、その下には討伐隊の制服を着ているようだった。もう一人の女性も同じような格好をしている。


 ケイトは頷いてからチラチラと気にしていた女性についてクラウスに尋ねた。


「それで、その、そちらの方は?」


 クラウスはああと言って女性を前にして紹介する。


「こちらは、ええと、調査隊の・・・新人、のロディーンさんだ。」

「えっ!?」


 マイラの素っ頓狂な叫び声に、その場にいた全員が振り向いた。焦ったマイラは慌てて口を押さえたが、みんなの視線に耐えきれずおずおずと彼らの近くまでやってきた。


「あの、お久しぶりです。エリクス・メイ・ルーイの妹のマイラです。」

「あら、あの時の妹さん?ご無沙汰しています。」


 ヨセフィーナ・ロディーンはエリクスの二人目の婚約者候補だ。先日の印象ではもっと物静かで穏やかな女性だと思っていたが、この日の彼女はもっと明るくて温かい人柄を感じさせる雰囲気を纏っていた。


「軍の調査隊の方だったんですね。存じ上げませんでした。」

「そうですね、あの時はそこまで詳しくお話ししていませんでしたから。まあでもまだ新人ですから、そんなに畏まらないでくださいね。」


 そう言って微笑む彼女は、以前会った時よりもマイラに親しみを感じさせた。するとなぜかそこでコホンとクラウスが咳き込み、チラッとヨセフィーナを見た。


(何だろう?不思議な関係の二人だなあ?)


 マイラは何か違和感を感じたが、それが何かはよくわからなかった。


「それじゃあそろそろ、い、行こうか。ケイト、そのうちまたゆっくり話そう。じゃあな!」

「はい!」


 ケイトの頬がほんのり赤く染まっている。明るい笑顔が眩しい。だが彼らが教室を出ていくと、あからさまに暗い表情に変わってしまった。


「ケイト、どうしたの!?」


 マイラがその顔に驚いて声をかけると、彼女は深いため息をついて俯いた。


「だって、あんなに綺麗な人が相手じゃ、勝負にもならないよ・・・。」


 マイラは近くまでやってきたミコルと顔を見合わせてから言った。


「大丈夫だよ。あの人、お兄様の婚約者候補だから。」


 軽い感じでそう言うと、ケイトはバッと勢いよく顔を上げた。その顔には生気が戻っていた。


「ほ、本当に?」

「うん。」

「はあああ、よかったあああ。」


 ほっとした様子の彼女を見てマイラの顔にも笑顔が浮かぶ。だがマイラには何か先ほど感じた違和感がずっと心に引っかかっていた。


(あの人、全然新人ぽい雰囲気じゃなかった。クラウスさんって人も気を遣っている感じだったし・・・本当は何者なんだろう?)


 兄の婚約者候補の一人に秘密があるとしたらそれは問題だ。しかしマイラはその不安な気持ちを誰にも打ち明けられず、この時はただ黙々と目の前の仕事をすることしかできなかった。


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