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81. 過去への旅の入り口

 マイラの元にナタリアから手紙が届いた日の夜、イリスはマイラが就寝したのを見届けると、エリクスの書斎に向かった。卒業後の彼は精力的に働いており、自宅に帰ってからもほぼ毎日のように書斎で何かしらの仕事をしているようだった。


 イリスがノックをすると、エリクスは無表情でドアを開け、彼を迎え入れた。


「それで、こんな時間に何の用だ?」


 エリクスは手に持っていた書類を机の上に置くと、腕を組んでイリスと対面する。


「はい。実は今日マイラ様宛にナタリア・ローザ様からお手紙が届きまして。こちらです。」


 イリスがマイラから預かった手紙を手渡すと、エリクスの表情が曇った。


「なぜ彼女宛の手紙を君が持っているんだ?」

「マイラ様から許可はいただいております。」

「・・・」


 イリスは彼が読み終わるまでじっと待つ。エリクスはじっくりと読んでからイリスにそれを返した。


「ナタリアさんの家でディーンとの婚約披露パーティーを行う?どういうことだこれは?」


 イリスは手紙を受け取ると、丁寧にポケットにしまいこんだ。


「私が先ほど調べたところによりますと、ディーン様は卒業後ナタリア様に急接近されたようで、お二人はこの花の季節の間に順調に交際を続けてこられたご様子です。」


 組んでいた腕を解いたエリクスは、頭を押さえて自分の椅子に座った。


「最近あいつとは連絡を絶っていたから知らなかった。まさかそんなことになっていたとはな。それで、マイラを婚約披露パーティーに招待したと。だが・・・」

「ええ。ナタリア様に悪意は無いでしょう。ですがディーン様には何か企みがあるはずです。そもそも、ナタリア様に近付いたのも、もしかしたら・・・」

「ああ。マイラとの接点を作っておくためかもしれない。まずいな。マイラはパーティーに行きたいと言っているのか?」


 エリクスが顔を上げて尋ねる。


「いえ、私が止めておきました。」

「そうか。助かった。」


 一瞬安堵した表情を見せていたが、次のイリスの一言でエリクスの顔は真っ青になった。


「ついでに結婚の申し込みもいたしました。」

「・・・結婚?」

「はっきりとした答えはいただけませんでしたが。」


 イリスは余裕たっぷりの笑顔を見せる。エリクスはじっとその顔を見つめていたが、控えめなノックの音で二人の間に張りつめていたただならぬ空気が僅かに緩んだ。


「入りなさい。」

「失礼いたします。エリクス様、セシーリア様から緊急の連絡が入っております。」

「・・・すぐ行く。」


 キーツは軽く頭を下げると、滑るように部屋から去っていく。エリクスは素早く立ち上がり廊下へと向かう。そしてドアの前に立つと低い声で言った。


「マイラを君に渡すつもりはない。失礼する。」


 ドアは静かに閉まり、イリスは一人、書斎に残された。


「渡さないも何も、元々あなたのものではないでしょう?エリクス様。」


 イリスのその独り言は、エリクスの耳に届くことはなかった。



 ― ― ― ― ―



 ナタリアからの手紙はこれまでにも何通か受け取っていたマイラだったが、まさかこんなに早く婚約が決まるとは想像もしていなかった。


 卒業後すぐに外でナタリアと会ったマイラは、彼女がディーンに想いを告げたことを聞いて心底驚いた。そしてディーンがそれを受け入れてくれたと聞いてさらに驚愕した。


「ナタリアさん、おめでとうございます!そうなんだ、そっかあ、でも本当に嬉しいです!!」

「うふふ、ありがとう、私も嬉しい!今でもまだ夢みたいなの。そうそう、彼とても優しいのよ?この間も家に花を送ってくださってね。そこにも素敵なメッセージを書いた紙が添えられていたの。」


 ナタリアが幸せそうに微笑む顔は本当に美しかった。だからこそ、マイラはこれまでのディーンとの揉め事について彼女に話すことは憚られた。


(話しておいた方がいいのかな・・・でも、そんなこと話したらきっと嫌な気持ちになるよね)


 悩みに悩んだ挙句、マイラは最終的に話さないことに決めた。その代わりできるだけディーンと接触しないよう、ナタリアと会う約束をしても必ず二人っきりで会いましょうと伝えるようにしていた。


「それなのにまさかこんなに早くに婚約が決まっちゃうなんて・・・これからどうしよう?」


 マイラは結局イリスの助言を受け入れて、ナタリアの婚約披露パーティーは欠席することに決めた。だがせめてお祝いだけは伝えたいと、机に向かって便箋を広げ、頭を捻りながらナタリア宛にお祝いの言葉をしたためた。


 本当はきちんと会ってお祝いを言いたい。でもそれはイリスに心配をかけてしまう。きっとエリクスだって賛成はしないだろう。


(二人には心配かけてばかりだなあ・・・)


 手紙の最後に『落ち着いたら二人で会いましょう』と書き記し、その下に名前を書くと、封筒に入れ丁寧にそれを閉じた。




 しかし数日後、とある休日の午後に、ナタリアは直接マイラの家にやってきてしまった。しかも、ディーンも一緒だった。


 その日エリクスは仕事に、イリスは研究所に行っていたため、エレンがナタリアの来訪をマイラに知らせてくれた。せっかく来てくれたのに避けるわけにもいかず、マイラは急いでエレンに指示を出し、応接室へと二人を招き入れることになった。


「お久しぶりね、マイラ。会いたかったわ!」

「ナタリアさん、私もです!・・・ディーンさんも、お久しぶりです。この度はご婚約、おめでとうございます。」


 ナタリアとディーンは仲良さそうに並んで立ち、笑顔で頷いた。マイラがソファーを勧め、二人は同じソファーに座る。


「ふふ、ありがとう!あなたが婚約披露パーティーに来られないと聞いて私が悲しんでいたら、ディーンがこちらから会いに行ったらいいんじゃないかって提案してくれたの。ごめんなさいね、突然お邪魔してしまって。」

「いえ!良かったです、今日はたまたま予定がなくなったので。」


 マイラ達が楽しそうに話し込んでいる横で、ディーンは口元に僅かに笑みを浮かべ、その様子を静かに見守っている。だがマイラには、その視線がとても恐ろしく感じられた。


 それから少しすると、エレンがお茶と小さなケーキをいくつも載せた皿を持って現れた。


「失礼いたします。本日のケーキはラウリ様からのお届け物でございます。」

「え?ホーク叔父様からの?わあ、楽しみ!」


 マイラが目を輝かせているのには理由がある。叔父のホークがどこからか購入してくるお菓子はたいてい簡単には手に入らないものばかりなのだ。しかもどれも驚くほど美味しい。


 涎を垂らさんばかりに皿を見つめているマイラを、ナタリアは面白そうに見つめていた。


 三人はそれから美味しいケーキとお茶を楽しみながらしばらく談笑し、穏やかに時が過ぎていった。



 だいぶ日も傾いてきた頃、ナタリアが化粧室をお借りしたいと言って席を立った。するとそれまでほとんど話もせずに座っていただけのディーンが突然マイラに近寄り、その腕を掴んだ。


「な、何をするんですか!?」

「マイラさん、ずっと俺を避けていたね。でもやっと会えた。この時を待っていたよ。さて、今度こそ思い出してもらおうか。」

「何を」


 その瞬間、マイラの足元が光った。


 頭が割れるように痛む。


 だが意識が朦朧とする中、ドアがバーンと音を立てて勢いよく開いたことだけはわかった。するとその瞬間マイラの頭痛はスッと治まったが、それと同時にプツッと意識が途絶えてしまった。




 そして、マイラが意識を取り戻したのは、翌日のことだった。


 目を開けて周りを見渡すと、そこはマイラのベッドの上だった。窓から朝日が差しこんでいるのがわかる。だがそれはエリクスの家ではなく、生まれ育った家の自分の部屋にあるベッドの上だった。


(ええっ?何でここにいるの!?)


 マイラは驚き、慌ててベッドから飛び起きた。ベッドの下にはいつも履いている靴がある。転げるようにベッドを降り、踵を踏みながらその靴を履くと、ドドドドッと物凄い音を立てて階段を駆け降りた。


「お父さん、お母さん!?」

「マイラ?あら、起きたのね。」

「私、どうしてここに?」


 母アンジュはただ微笑むだけで、その質問に答えることはなかった。


「もう少ししたらお父さんも帰ってくるわ。そうしたら話しましょう。それまでは部屋で休んでいなさい。」

「でも!」

「大丈夫。後でエリクスさんも来るわ。」

「・・・うん。」


 エリクスが来る、と聞いてなぜか力が抜ける。マイラは「ああ、ほっとしたんだな」と気付き、顔が熱くなるのを感じていた。



 一時間ほど経った頃、アンジュに呼ばれて階下に降りた。するとそこには父ケント、エリクス、そしてエレンの姿があった。イリスはいなかった。


「お父さん、お兄様、それにエレンまで・・・」

「マイラ、大事な話がある。こっちにおいで。」

「うん。」


 マイラはケントに促されるままにリビングへ向かう。だがリビングに入った瞬間、衝撃的な出来事が起きた。


 それは、マイラがいつも見ていたあのリビングではなく、全く見覚えのない家具や道具類が置かれた部屋が広がっていたからだ。


「えっ?何この部屋!?」


 ところがその光景は一瞬で霞となって消えてしまった。マイラは目を擦り、もう一度リビングを見渡す。エリクスの家のどの部屋よりも小さいその部屋は、もうすっかり見慣れたいつもの素朴な部屋に戻っていた。


「戻りつつあるんだな。大丈夫。そこに座りなさい。」


 ケントは優しく、だが切なそうな笑顔でマイラをソファーに座らせた。エレンはマイラの近くで、なぜか目を赤くして立っている。


(エレン、どうしたんだろう?それにどうしてここにいるの?)


 マイラが疑問の数々を消化しきれずにいると、アンジュがマイラの横にゆっくりと腰をおろした。


「マイラ、落ち着いて聞いてね。実は昨日あなたに、ある魔法がかけられたの。」

「え?」


 母の顔は穏やかだ。だがその内側に怒りが隠されているのがマイラにはわかる。幼い頃から何度も見てきた母の顔だ。


「その魔法はね、あなたにかけられている別の魔法を徐々に破壊していくものよ。そしてそれは、私達がかけたものなの。」

「どういうこと?」


 母の話している内容がさっぱり頭に入ってこない。いったい母は何を言っているんだろう?アンジュはそこで口を閉ざす。すると何も言えなくなってしまった母の言葉を引き継ぐように、ケントが衝撃的なことを語りだした。


「お前はな、生まれる前の、別の世界で生きていた時の記憶を持って生まれてきた子どもだったんだ。」


 そしてこの日からマイラは、隠された自身の過去と記憶を辿る旅へと、強引に導かれていった。


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