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78. マリンナとの再会②

 子ども達との交流会は食事を終えてからもしばらく続き、一緒に本を読んだり広場で遊んだりしているうちに、みんなとあっという間に仲良くなっていった。


 帰り際、子ども達の中でも一番幼い女の子が、その小さな手いっぱいに摘んできた野花をマイラにプレゼントしてくれた。素朴だがこの時期に咲き始める何色もの小さな花をぎゅうぎゅうに混ぜてくれたその花束は、今まで見たどんな花束よりも美しいなと、目を細めて両手で受け取った。


「ありがとうプリメラ!とっても素敵な花束ね!家に帰ったらお部屋の一番良い場所に飾るわ!」


 マイラが屈んでそう伝えると、プリメラははにかんだままうん、と大きく頷いて、彼女の姉の元に走っていってしまった。エリクスがそんなマイラの様子を見て嬉しそうに横に立った。


「じゃあ、帰ろうか。みんな、また来るよ。今日は素晴らしい食事をありがとう!」

「ご馳走様でした!私もまた来ていいかな?」


 するとそれを聞いていた子ども達が一斉にまた来て、いいよいいよと声を上げた。マイラは手を振って別れを告げる。


「ありがとう!また来ます!」


 そうして初めての兄のお手伝いは、幸せな気持ちをいっぱい貰った忘れられない一日となった。




 だが翌週、今度は別の意味で忘れられない一日が待っていた。


 その週の週末、マイラは嫌というほど着飾られてしまい、エレンの前でどんよりとした顔を見せていた。


「まあマイラ様ったら、何て顔をなさっているんです?こんなに素晴らしいドレスをお召しになっているというのに・・・」


 エレンがそういうのも尤もだ。なぜなら今日は、あのドレス職人のマーゴットが仕立ててくれたドレスのうちの一着を身に纏っているからだ。


「ドレスは素敵なのよ?でも、こんな堅苦しいものをずっと着てたら肩が凝っちゃうわ。はあ、早くいつもの服に着替えたい!」


 エレンはもう、とため息をついてドレスの細かい部分をチェックしていく。


 入学式の時に着たものよりも少し大人っぽいデザインのそれは、マイラの髪の色がよく映えるような薄い緑色をしていた。レースはふんだんに使われているものの、ゴテゴテした感じはなく全体と調和していて本当に素晴らしいドレスだ。


 だがマイラは、こんな豪華なドレスは自分には似合っていないような気がして、どうにも落ち着かなかった。



 姿見の前でくるくると回って変なところが無いかを確認していると、ノックの音の後イリスが部屋に入ってきた。


「これは・・・お美しい!」


 イリスは大きく目を見開いてマイラを見つめる。


「あ、ありがとう。でも、似合っていないんじゃないかしら?何だか恥ずかしくて。」


 イリスは笑顔を浮かべながらすぐ側に来ると、少しだけ体を屈めて言った。


「とてもお似合いです。あまりにもお美しいのでつい見惚れてしまいました。」


 マイラが不意打ちの賛辞に顔を真っ赤にさせていると、エレンは呆れたように首を振って、部屋を出ていった。イリスはそれを横目で確認すると、今度はマイラの手を取る。


「イリス?」

「本当にお綺麗です、マイラ。すぐにでも俺のものにしたいほど。」

「また、もう!」


 照れと動揺でまともな返しもできず、ただ頬を膨らませてそっぽを向く。イリスは手をゆっくりと離すと、ポケットから小さな箱を取り出した。


「もし良ければ、今日このブレスレットを付けていってくれませんか?」

「え?」


 彼はおもむろにその箱を開けると、中から薄いピンク色の石が付いた銀色のブレスレットを手に取った。そしてマイラの了承を得る前にそれを左手首にサッと付けてしまう。


「あ、ちょっとイリス!」

「これはお守りです。今日マイラ様が行くパーティー会場には、これまでマイラ様が接触することの無かった裏のある人間達も集まってくるはずです。エリクス様ならそう簡単に手出しはできないでしょうが、マイラ様はそうではない。お一人になってしまう場面もあるかもしれない。これは何かあった時、あなたを守ってくれるはずです。」


 マイラは左手首に付けられたその輝く石をじっと見つめた。そっと指で触れてみると、不思議な感覚が手に伝わってくる。


「何だか変な感じ。震えているような、チリチリするような感覚があるわ。」

「それは私が防御魔法を付与しているからです。大丈夫、付けているだけなら安全です。困った時にその石に触れて私の名前を呼べば、魔法が発動します。」


 パッと顔を上げて彼を見ると、悪戯っぽく微笑んでいる。


「名前を呼ぶと発動なんて・・・」

「俺の名前、きちんと呼んでくださいね。」

「と、とにかく、ありがとう。」

「はい。」


 これから先、こうしたパーティーにはいくつも参加しなければならなくなるだろう。イリスはその意味をよく理解しているのだ。彼に貰ったブレスレットを手首ごと右手でしっかり握りしめると、マイラは戦場に赴くような覚悟を決めて、小さなバッグを脇に抱え部屋を出ていった。




 パーティー会場はこの町では大手の食料品店を営むハイル家だとのことで、マイラはこうしていつになく着飾って、馬車に乗り現地へと向かっていた。


 途中までご機嫌でマイラの右隣に陣取り手を握って座っていたエリクスが、突然ハッと何かに気付いてマイラの左手を掴んだ。


「マイラ、これは?」

「え?ああ、イリスがお守りにくれたんです。困ったことがあったら使えって。何か魔法が付与されているみたいなんですけど。」

「イリスが・・・?」


 エリクスの顔から笑顔が消える。


「あの、お兄様。私、今日は何をすべきなのかよくわかっていないんです。教えてくれませんか?」


 不機嫌さを増していく彼の意識を他へ向けようと、マイラは急いで今日のパーティーについて質問を始めた。エリクスは左手から渋々手を離し、今度はマイラの右手を両手で包み込んでから説明を始める。


「今日は食糧支援に関わっている商会のパーティーなんだ。ルーイ商会は食に関わる仕事はしていないが、先日行った子ども達のための学校やうちの従業員達の食堂にも食材を卸してもらっている関係で、招待されたんだよ。もちろん寄付金を集めるというのが前提のパーティーなのだろうが、どちらかといえば人脈作りで来る人間が多いかもしれないな。」

「そうなんですね。それで、私は何を?」


 馬車が何かに乗り上げたのか、大きく揺れる。マイラは揺れをダイレクトに受けて体勢を崩したが、エリクスがすぐに手を離し、マイラの肩を支えて事なきを得る。


「おっと!大丈夫かい?そうだな、マイラには基本何かしてもらうということはないよ。ただ、近くにいて微笑んでいてくれれば良い。女性達には聞かれない限り誰とは言わない。勘違いする者もいるかもしれないがそれでいい。必要な人にはきちんと紹介するよ。」

「わかりました。」


 エリクスは少し機嫌が直ったのか、優しく微笑んでから再びマイラの手を握った。



 そこから十分もしないうちに目的の家へと到着する。


 会場となっていた屋敷は少し古い造りだったが広々としており、庭には丁寧に刈り込まれた植木が小さな迷路を作るように整えられていて、来た人たちの目を楽しませていた。


 一階の大広間からその庭が見渡せるように二つの大きなガラス戸が開いている。


 だがマイラ達は大広間に到着すると、その素晴らしい景色を見る暇もなく、次々にエリクスに会いにやってくる客人達に対応しなければならなかった。



 その間にも何人かの女性達がエリクスとお近付きになりたい様子で近寄ってくるのが見えたが、その度にマイラがにっこりと微笑むと、ほとんどの女性達は引きつった笑顔を浮かべて離れていった。


 だがほんの一瞬兄から目を離した隙に、背の小さな女性が寄り添っているのが見えて、マイラは慌ててエリクスの元へ向かった。


「あら、マイラさん!先日ぶりね!」

「あっ、マリンナ様!?」


 ところが振り向いた女性はまさかの知り合い、マリンナだった。エリクスはさすがに冷たくあしらうわけにもいかないと思ったのか、穏やかに彼女と話をしていたようだ。


「こんな所でお二人に会えるなんて嬉しいです!」


 ニコニコとエリクスの横で微笑む彼女は、いつもの元気な姿のはずなのだが、なぜかマイラには少しその明るさに翳りがあるように見えた。


 その時、マイラの後方から低く冷たさを感じる女性の声が響いた。


「マリンナ。あなたいつまでも戻って来ないで何をしているの!早くケネスの飲み物を持ってきなさい!」


 マイラは失礼のないようにゆっくりと後ろを振り向く。そこにはマリンナよりも少し背の低い、ふくよかな体型の中年女性が立っていた。派手な濃い紫色のドレスは、彼女にはあまりしっくりきていないように感じる。


 再びマリンナ達の方に目を向けると、彼女はエリクスから離れ、青ざめた顔で母親を見ていた。


「お、お母様!はい、すぐ戻ります・・・」


 あんなに明るく天真爛漫に見えた彼女が、今はすっかり萎縮して母親の顔色を窺っている。エリクスの眉が軽く上がったのが、マイラの目に入った。きっと兄も何か嫌な気持ちになっているのだろう。


「あの、じゃあお二人とも、失礼します。」

「ええ。また。」

「マリンナ様、またゆっくりお会いしましょうね。」


 マリンナは力無く微笑んで頷くと、急いで母親の元へ戻っていった。母親の方はエリクスと視線すら合わさず、不機嫌そうにマリンナを連れて去っていった。


「あれは酷いな。」


 マイラの横に来たエリクスは、嫌悪感を隠すこともなくそう呟いた。マイラも小さく頷く。


「お母様にだいぶ厳しくされているみたいですね。マリンナ様、大丈夫かな・・・」

「他の家のことに口を出すわけにはいかないからね。放っておくしかないだろう。さあ、それよりマイラ、少し喉が渇いたな。何か飲み物を貰って一緒に外で休憩しようか。」

「はい!」


 喉がカラカラになっていたマイラは、その提案に飛びついた。エリクスはそんなマイラの様子がおかしかったのか、楽しそうに笑った後、飲み物を取りにどこかへ移動していった。



 マイラは先に外に出ると、先ほどはゆっくり見られなかった庭園を見渡す。一度大広間の方を振り返ってみると、どうやら兄は知り合いに捕まってしまったらしく、すっかり話しこんでいた。


 これは長くなりそう、と判断したマイラは、庭園が見渡せるテラスに置いてある椅子に座り、しばらくの間客人達が庭と大広間を行き来して夜風に当たっている様子などをぼんやりと眺めていた。


 十五分ほどそうしていると、庭園の隅の方、庭にいくつか設置されている灯りの光が届かないような場所で、何やら人影らしきものが動いているのが見えた。


(誰だろう?それにあんな暗いところでいったい何をしているのかしら?)


 不審に思ったマイラは気配を慎重に消しながら、その暗闇で蠢く何かの元へと、そっと近付いていった。


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