74. 二年目の花の季節へ
エリクスと手を繋いで帰った日の翌日、特に問題なく実技試験も終え、翌週にはあっさりと試験結果が発表された。
マイラのクラスは全員、それぞれが志望した学科に無事決まったようだった。毎年数名はどのクラスも学科の希望が通らない生徒がいるらしいので、今年は素晴らしい結果だったとユギも珍しく満面の笑顔で生徒達を褒めていた。
そうしてマイラ、ケイト、カイルは討伐科、スヴェンとウィルは調査科、ミコルは一番入るのが難しい研究科への進級が決まった。
「おめでとう!ミコルすごいね!」
マイラがミコルの手をぎゅうっと握ってお祝いする。ケイトも嬉しそうにその横に立って言った。
「本当だよ!他のクラスの子は研究科、何人も落ちたって聞いてるよ?あの科は忙しいみたいだけど、これからも時間を作って三人で会おうね!」
ミコルは嬉しそうに微笑むと、マイラとケイトを交互に見ながら頷いた。
「ありがとう。もちろんよ!特にマイラのことはこれからもしっかり調査させてもらうから、覚悟しておいてちょうだい!」
「うん。それと私の方は、ユギ先生がケイトと同じクラスになるよう調整してくれるみたいなの。ケイトと相談しながらどうにか魔法練習、頑張ってみるね。」
ケイトは胸にポンと拳を当てると、頬を紅潮させてニカッと笑う。
「任せて!一年生と比べてグッと使う魔法が多くなるらしいから、色々考えてみるわ!マイラとトップを争っちゃうんだから!」
「ふふ!よろしくね!」
「うん!」
三人はそれぞれの進路と今後への思いをしっかりと確認し、新たな季節に向けて今一緒にいられる時間を大切にしていこう、と約束しあった。
進路は決まったがこの先にはまだ学年末試験が控えている。実技試験は無いのだが、一年間の総まとめになるような筆記試験があるため、残された約五十日ほどは毎日の勉強に加え以前に学んだ内容の復習にも取り組んでいかなければならない。
ケイトは実技が無いことを深く悲しみ、休日は勉強のためマイラの家に入り浸るようになった。ミコルも時々やってきて、三人は休日の度に勉強会を開いて試験に備えていった。
そんな日々が続いたからか、マイラが知らないうちに二人はイリスやエレンともすっかり打ち解けてしまった。しかも最近二人ははイリスに懐柔されたのか、なぜか彼とマイラを二人っきりにさせようと企んでいるようだった。
「ねえ二人とも、もしかして私とイリスをどうにかしようとか考えていない?」
その日もいつもの休日のようにケイトとミコルがマイラの部屋で勉強をしていたのだが、ちょっと休憩しようとケイトがソファーに移動すると、マイラは最近気になっていたことを尋ねた。
「え?いやあ、あはは、そんなことは・・・」
ケイトの目が泳ぐ。ミコルはため息をついてケイトの隣に移動した。
「ケイト!あなたは色々バレバレなのよ!・・・ねえ、いい機会だから聞きたいのだけど、マイラはイリスさんのことどう思っているの?」
ミコルの言葉にケイトも目を輝かせて身を乗りだす。今度はマイラが目を泳がす番だった。
「どうって、その、友達、だけど。」
「本当に?」
「・・・」
先ほどエレンが準備してくれたクッキーをつまみながらミコルはじっとそんなマイラを見つめて言った。
「イリスさんはマイラのこと、本当に大切に思ってくれているわ。マイラもそれは知っているのよね?」
「うん。でも、私・・・」
言葉に詰まったマイラを見て、ケイトが叫ぶ。
「あ!他に好きな人がいるんでしょ!」
「まあ、やはりそうなのね。それは私達に言えない人なの?」
椅子の背を抱きしめるようにしながらケイトとミコルを交互に見ると、マイラは小さく頷いた。
「うん。諦めなきゃいけないのに、どうしようもないのに、その人のことばかり考えちゃうの。」
「マイラ・・・」
二人はソファーから立ってマイラに近付くと、慰めるように優しく肩や背中に手を置いて微笑みを見せてくれた。その優しさに安堵したマイラは力なく微笑む。
「ごめんね。いつか話せる時が来たらきちんと説明するから。二人のこと信頼していないとかではないの。でも、今は言えない。」
ミコルがマイラの目の前に移動し、まっすぐに目を見て言った。
「いいのよそんなこと。それよりも、もしどうしてもその人のことで辛くなったらいつでも私達を頼ってちょうだい!話せなくても、近くにはいられるから。」
ケイトも力強くそれに同意する。
「そうよ!それに失恋には新しい恋!ほら、イリスさんだってカイルだって、マイラのことが好きなんだから、どっちかとうまくいっちゃえばいいのよ!」
「もう、ケイトったら!」
「あははは!ありがとう二人とも。何だか元気が出たよ。」
二人はいつだってマイラの側にいる。マイラもまた、二人が悩んだり困ったりした時には必ず寄り添っていようと、その日改めてそう決意をした。
雪の季節の終わりを告げるように日中は暖かくなり、あちらこちらに小さな花が咲き始めているのを目にするようになった頃。
その季節の名にそぐわないほど全く降らなかった雪が、この時期ようやく降った。
「今年はちっとも雪が降らなかったのにねえ、今頃になって降るなんてびっくり!」
登校してきたケイトが体に残っていた雪を軽く払うと、門の近くを歩いていたマイラの横に立った。今日はいよいよ学年末試験の日だ。エリクスは学校が休みなので、マイラは今朝一人で登校していた。
「そうね。急に寒くなったなあって思ってたら朝から雪だったから驚いたよ。でもこの試験が終われば、あと数日でまたお休みに入るし、休みが明ければ暖かくなるよ。」
二人で天気や試験の話をしながら教室に向かう。そして一年生最後の試験が始まった。
緊張感は学科分け試験の時ほど感じなかったが、久しぶりの長時間の試験で、夕方にはかなり疲れを感じていた。
全ての試験が終わり、みんなと挨拶をして外に出る。
雪はもう止んでいたが、路面には溶けかけた雪がまだ残っていた。
「マイラさん、久しぶり!」
空を見上げていたマイラに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ってその顔を見たマイラは、思わずカバンを縦にして防御の姿勢を取ってしまう。
「あー、そんなに警戒されちゃう感じ?大丈夫大丈夫!すぐに帰るから。」
そう言いながら近付いてきたのは、ディーン・ジェックスだった。
「ディーンさん、今日三年生は学校お休みですよね?」
「うん。まあね。だから来てみたんだ。お目付役がいないかなと思って。」
最近めっきり会わなくなっていたので警戒していなかったマイラは、突然のディーンの接触に動揺していた。彼と会う度に何かが起こる。できれば早くここから逃げ出したかった。
「あの、何かご用でしょうか?」
マイラはいざとなったら多少の魔法を使ってでも逃げようと、ポケットの中にいつも忍ばせている植物の種を密かに握りしめる。
「あのさ、君、記憶を封印されているみたいなんだけど、気付いてる?」
「・・・え?」
ディーンは一歩マイラに近付く。
「君の記憶は誰かの封印魔法でかなり厳重に隠されてる。俺の力じゃ解除できそうも無いけど、俺の恩師ならできるかもしれないんだ。もしよければ・・・」
「結構です!」
マイラは大きな声でディーンの言葉を遮るようにその申し出を断った。
「どうして?知りたくないの?自分の過去を。」
ディーンの探るような視線が刺さる。マイラはそれを弾き返すように力強く言った。
「知りたくないと言ったら嘘になります。でも私にとって大事なのは過去より今ですから。それに、あなたのことは信用できません。」
「・・・俺はたぶん、誰よりも君のことを理解できる人間だと思うよ?」
マイラは彼の言葉の意味はよくわからなかったが、知りたいとも思わなかった。
「とにかく、もう私に関わらないでください。失礼します。」
そう言って急いでその場を離れようとした時、ディーンは植物魔法を発動し、マイラの手首を絡めとった。
「何するんですか!?」
絡まった紺色の植物がもう片方の手首にも伸び始める。
「逃がさないよ。エリクスがいない今しか無いんだから。」
「いい加減に」
その時、パン!と弾けるような鋭い音がしたかと思うと、マイラに絡まっていた植物がバラバラに切れて弾け飛んだ。その残骸がディーンの目に当たり、うわっ、と言う叫び声が辺りに響く。
「おい、マイラに何をしている!!」
そこに現れたのは、イリスだった。どうやら彼が魔法であの植物を切ってくれたようだ。
「・・・マイラさん、またゆっくり話そう。じゃ。」
イリスの顔を見た途端青ざめた表情に変わったディーンは、植物の残骸を消し去るとその場を逃げるように去っていった。
「マイラ様、大丈夫でしたか?」
呆然と立ちすくむマイラに、イリスが慌てて駆け寄った。マイラは彼が心配そうに見つめてくるその顔を見上げると、黙って頷く。
「手首、見せてください。」
イリスは優しくマイラの右手を持ち上げる。グルグルと巻かれていた魔法植物の跡が僅かに残ってはいたが、特に怪我などはなかった。ほっとした様子のイリスに、マイラはやっと笑顔を見せた。
「大丈夫。・・・イリス、助けてくれてありがとう。」
「ご無事でよかった。お迎えに来て正解でした。」
「イリスには助けられてばかりだね。」
「当たり前のことをしているだけです。・・・マイラが笑顔でいてくれれば、俺はそれで十分だから。」
「イリス・・・」
マイラは彼の想いの深さにどんどん胸が苦しくなっていく。こんなに自分のことを大切に想ってくれる人に、なぜ同じ想いを返せないのか。どうしたら彼の想いに報いることができるのか。
「さあ、帰りましょう。雪、止んでよかったですね。」
「うん。」
「足元が滑りますから、手を掴んでいてください。」
「・・・うん。」
イリスは驚いたようにマイラを見つめると、ふわっと顔を微かに赤らめて優しく笑った。
「帰りましょう、マイラ。」
マイラは差し出された彼の手を握り、今はこのくらいしかできないけれどと思いながら、解け始めた雪をゆっくりと踏みしめて歩いていった。
花の季節は、もうそこまで迫っていた。