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68. 心ここに在らず

「マイラ様」

「・・・」

「マイラ様、聞いていらっしゃいますか?」

「・・・」

「・・・マイラ、愛してる。」

「うわあっ!?何、突然耳元で!?」

「はぁー。」


 耳のすぐ側で吐かれたその甘い言葉は、ぼーっとしていたマイラの意識を一気に現実に引き戻した。そんなマイラの様子を見ながら、イリスは大きなため息をつく。


「マイラ様、私が何度も声をかけていたのに全く気付かなかったんですね。いったい何をお考えだったんですか?」


 イリスはいつものようにマイラが愛用している大小様々なクッションを丁寧に片付けていく。


「・・・ええと、進路のこととか。」

「それから?」

「・・・」


 マイラがあからさまに目を逸らすと、イリスは椅子に座っているマイラの横に立ち、少し屈むとマイラの頬に右手を伸ばした。


「イリス!?」


 その手から逃れようとする顔を左手も使って挟むように固定した彼は、自分の顔をゆっくりとマイラに近付けていく。


「や、何?近いよ?顔、顔!?」

「マイラ。エリクス様と何かありましたか?」

「え」


 顔色を変えたマイラを見て勝手に何かを納得したのか、イリスは小さく何度も頷いた。


「そうですか。それで、いずれどこかのご令嬢と婚約するかもしれない相手にまだ期待していると?」


 マイラはチラチラとイリスの顔色を窺う。彼の声は冷たいが、その顔は変わらず美しい笑みを湛えている。


「き、期待はしてない。ただ、その、触れられると、嬉しくなってしまうというか・・・」


 再び目を逸らしてしまったことでマイラは気付かなかったが、その時イリスの額はピクリと引き攣っていた。


 そして彼は左手をゆっくりと離すと、残された右手の親指でマイラの頬を優しくなぞった。ビクッとしたマイラの頬が赤く染まっていく。


「どうしたの?顔が赤いよ?」

「だって、そんな、イリスが・・・」

「俺が、何?」


 彼のその大きな手が、マイラを翻弄していく。


「・・・やめて。」

「何を?」

「そ、そうやって私に触れるのを!」

「どうして?ドキドキするから?」

「・・・」


 イリスの手が少し顎の方に下がる。マイラは顔を上げられず、ギュッと目を瞑った。


「その気持ちは恋じゃないのかな?」

「え?」


 パッと目を開き顔を上げた瞬間、イリスの唇がすぐ側まで迫っているのが見えた。


「イリス!?」


 だがそれは目の前で急に止まり、彼の半分閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。まつ毛が長く美しい彼の瞳に、マイラの目は釘付けになる。


「もう少し待ちますよ。でも、あなたがエリクス様といる間に感じたドキドキする気持ちは、俺といる時にも感じていると知っていて欲しい。ほら、そんな可愛い顔で睨んでも俺は逃さないよ?」


 むくれた顔のマイラに、イリスは余裕の笑みを見せる。


「イリスの意地悪!!」

「お子様なマイラに今は合わせてあげる。でもあと一年もしたらエリクス様のご婚約も確定するんじゃないかな。そうしたら俺は、ただ側にいるだけじゃない関係を、マイラと築いていきたい。」


 イリスの手が再び動き出し、その親指はマイラの左耳をそっと撫でていく。


「イリス!」

「どうか一日も早くきっぱりとエリクス様のことを諦めて、マイラの全てを俺にくれる決意をしてください。・・・さて、それでは準備しましょうか。」

「・・・はあ。」


 ようやくイリスから解放されたマイラは、胸を押さえながら何度も深呼吸を繰り返し、上機嫌でマイラの朝の準備を続けるイリスをジロッと睨んだ。


(違う、私はイリスに動揺させられてるだけ!もっと冷静にならないと!)


「じゃ、じゃあ、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃいませ。」


 恭しく返事をするイリスが恨めしい。マイラはカバンを強く握りしめると勢いよくドアを開けて部屋を飛び出した。




 その日の放課後、ギリギリになってやっと進路希望を提出したマイラは、ユギにきちんと魔法陣も使えないという事情を説明し、討伐科へ入りたい旨を了承してもらった。


「そうだったのか。すまない。校長からは最低限の情報しか聞いていなかった。困らせて悪かったな。」

「いえ!先生が悪いわけじゃありませんから。」


 ユギは進路希望書を手でヒラヒラと動かしながら話を続けた。


「まああの校長のことだから、俺とルーイ君との信頼関係を見ていたんだろうな。でもこうして信頼して話してくれてよかった。できるだけ俺のクラスになるよう校長には掛け合っておく。」

「ありがとうございます!」


 無事大事な話を終えたマイラは、安堵に表情を浮かべながらユギの部屋を出た。



 だが廊下を出たところで、会いたくなかった人物に遭遇する。


「あれ?マイラさん?」

「あ、ディーンさん・・・あの、ユギ先生にご用ですか?私は話が終わりましたので、どうぞ。」


 そう言って早々にその場を離れようとしたのだが、ディーンはパッとマイラの手首を掴み、引き留めた。


「えっ!?」

「待ってよ。最近エリクスに邪魔されて君と全然話せなかったし、今日はちょっと話そうよ。」

「ごめんなさい!兄が待っているので!」


 マイラはどうにかして逃げようとするが、ディーンの手がしっかりと手首を掴んで離さない。


「ねえ、本当に何も覚えてないの?」

「はい?何のことですか?」

「・・・封印されてるのかな。」


 ディーンの言っていることがさっぱりわからないマイラは、少しだけ魔法を使って自分の力を強めると、手を振り解き、急いでその場を離れた。


(何なんだろうあの人!お兄様の友達だからっていい加減しつこいしおかしい!次に会ったら無視して逃げよう・・・)


 そうしてマイラはもやもやした気持ちのまま、教室に迎えにきたエリクスと共に家に帰っていった。ディーンに会ったことは、結局兄には言えなかった。




 翌日、マイラは朝から準備に追われていた。その日の午後にはルーイ家の本邸へ向かうということで、エレンやイリスに手伝ってもらってたくさんの荷物を詰め込んでいく。


「マイラ様、こちらのドレスは絶対に持っていった方がいいですわ!社交的な催しは何も無いかと思いますけれど、もし来客があったりしたら困ります。私もイリスもご一緒できないのですから、何があってもいいように、しっかりと準備をしておかなくては!」


 マイラはうんうんと頷きながら、心から自分を心配してくれるエレンの姿を嬉しく思っていた。


(エレンは優しいな。本当のお姉さんみたい。そっか、今私にはお兄様もお姉様もいるってことなんだ。それってすごく幸せなことだよね・・・)


 じゃあイリスはどんな存在なんだろう、そんな風に考えながら同じく荷物を詰める作業を手伝ってくれている彼に目を向けると、ちょうどこちらを向いたイリスと目があった。


「マイラ様、勉強道具は全て入れました。他に何か入れたいものはございますか?」

「ううん、特に無いよ。ありがとう。エレンもありがとう。」


 二人はマイラの感謝の言葉に優しく微笑みを返す。そうして全ての荷物を詰め終わると、エレンは他の用事があると言って慌ただしく部屋を出ていった。



 イリスと二人で部屋に残されたマイラは、落ち着かない気持ちになって小さな手荷物の中身を確認しはじめた。もう何度も見直していたが、イリスから意識を逸らそうとして再び目を向けた。


「ハンカチ、お財布、ポーチ、それと・・・」

「マイラ様。」

「・・・なあに。」


 マイラの目は小さなバッグの中身に向けられたままだ。


「私は、あなたをエリクス様とお二人だけにするのは、とても不安です。」


 イリスの心配そうな声が、マイラの胸を締めつける。


「心配しないで。だって向こうでは二人っきりってわけじゃないし、お兄様とはそもそも何も無いんだから問題ないよ。」

「そうでしょうか。私は・・・」


 イリスはそこで言葉を切ると、後ろからマイラをそっと抱きしめた。


「イリス!?またそうやって!」

「離れたくないんだ、マイラ。」


 耳元で囁かれる甘く切ないその声に、マイラはすっかり戸惑ってしまう。


「わ、わがまま言わないで!それとこういうのはやめてって何度も言ってるじゃない!」

「じゃあ極力エリクス様と二人っきりになるのはやめてください。」


(イリス・・・もう何を言っても無駄なのかな。でも、私の中にも彼を拒絶しきれない気持ちがどこかにあるのかも・・・)


「・・・わかった。」

「マイラ!」


 顔は見えていないが、その声からイリスの嬉しそうな気持ちがはっきりと伝わってくる。マイラは苦笑しながらイリスの腕からスッと逃れて言った。そしてさらに一歩下がる。


「お兄様には何も期待してないから。ううん、期待しないようにしていきたいから、意識して離れてみる。それにエリクスさんのお母様もいらっしゃる場所で、二人っきりになるようなことも無いと思うよ。」

「確かにそうですね。では、極力そうしてください。マイラ様のお戻りを、こちらで楽しみにお待ちしております。」


 笑顔が戻ったイリスにただ黙って頷き、自分の荷物に目をやった。パンパンに詰め込まれた大きなバッグを見ながら、さて五日間どうやって乗り切ろうかなと、マイラは頭の中であれこれと考え始めていた。


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