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67. 進路相談はじゃれあいの後で

 翌日、久しぶりにナタリアに誘われたマイラは、学校の食堂で彼女とのランチを楽しんでいた。


 久々に会う彼女は相変わらず美しく、時々マイラの横を通り抜けて、男子生徒の視線がナタリアに向けられているのを感じていた。


(お兄様は女性が苦手だから仕方ないとしても、こんな綺麗な人がいたらそりゃあ見ちゃうよね・・・)


 そんなことを考えながら食事を続けていたが、ふと進路のことを相談してみようかなと思いつき、ナタリアに話しかけた。


「ナタリアさん、実はちょっと相談があるんですけど・・・」


 マイラは優雅に食事を続ける彼女におずおずと話しかける。ナタリアは口に入っていた野菜をゆっくりと飲み込むと、マイラに笑顔を向けた。


「まあ、何だか嬉しいわ私に相談事だなんて!さあマイラ、何でも話して!」


 身を乗り出すようにそう答えたナタリアに向け、マイラが口を開いたその時だった。


「やあ、お二人とも。最近よく一緒にいるね。」


 そこに顔を出したのは、ディーンだった。にこやかに二人に微笑みかける彼の顔を見るや否や、女性二人はすっかり固まってしまった。


(どうしてまた話しかけてきたの!?色々気まずい!)


「えっと、あれ?何かまずいタイミングだった?」


 困ったように眉を下げたディーンの後ろで食堂内に黄色い声が飛び交う。今度はいったい何だろうと思って周りを見渡すと、ディーンの首根っこを掴むエリクスが突然彼の後ろから姿を現して驚いた。


「うわっ、何するんだよ突然!?」

「うるさい。女子二人の貴重な時間を邪魔するんじゃない。ナタリアさん、マイラ、ゆっくりランチを楽しんで。」

「おい、俺は話があって・・・」

「いいから来い!」


 問答無用でディーンを連れ去っていくエリクスの後ろ姿を呆然と眺めながら、ナタリアとマイラは何の話をしていたのかもすっかり忘れて、互いの顔を見合わせていた。



 それからもディーンはしつこくナタリアと一緒にいる時を狙うように近付いてくることが増えていったが、その度にエリクスやミコル、ケイトが助けてくれて、どうにか風の季節の間は彼の接触を食い止めることができた。




 そうこうしている内に季節は過ぎて、数日後には十日ほどの短い休暇が始まるような時期になっていった。その休暇が終わると雪の季節に入り、一年生は進路分けのための試験が始まる。


「あーあ。十日間だけなんて休みじゃないし、しかも休み明けにはすぐ試験でしょう?もう嫌!実技だけならいくらでもやるのに!」


 休み時間のケイトのぼやきは、もうこのクラスの名物になっている。カイル達もまたかという表情でその様子を遠巻きに見ているようだった。


「そうね。このお休み中は私もとにかく勉強に集中するわ。マイラはどんな予定なの?」


 ミコルがペンを器用に回しながらマイラに尋ねる。それを面白そうに眺めていたマイラは、ふっと顔を上げると「勉強漬け!」とだけ言ってニコッと笑った。



 だがその日の夜、エリクスから思わぬ誘いがあった。


「マイラ、毎年この休暇は父と母が暮らす本邸の方に行く予定になっている。今年は俺もマイラも忙しいから断ろうかと思っていたんだが、いつも招待している親戚達は来ないしせっかくだから家族で過ごそうと母が連絡してきたんだ。もちろんマイラもだ。それにこっちにマイラだけを残していくのは心配だし、五日ほど一緒に来てくれないか?」


 マイラは食後のお茶を飲み干すと、テーブルに手を置いてこちらを見ているエリクスの顔を見つめた。


「わかりました。私もそのほうが安心なので、そうします。あ、もしかしてリアも帰ってきますか?」

「ああ。今年は家族だけでゆっくり過ごそう。もちろん向こうで勉強も手伝うよ。」


 優しい彼の声がマイラの耳に心地よく響く。


「はい、ありがとうございます!楽しみです!」


 その後の時間、マイラは自分が進路のことを決めかねていることも忘れて、すっかり休暇のことで頭がいっぱいになっていた。



 だが翌朝ベッドの中で、マイラは冷静になって今の状況を振り返っていた。


(そうだ!明後日までに進路希望提出だよね・・・休みの予定で浮かれてる場合じゃなかった!!)


 目をしっかりと覚ましてベッドから飛び起きると、マイラは急いで身支度を済ませてからエリクスの部屋に向かった。



「なるほど・・・じゃあマイラは調査科に入るか討伐科にするのか悩んでいる、と。」


 両腕を組んでマイラよりも真剣に悩んでいる様子のエリクスを見ながら、先ほど兄の部屋のドアを開けた時の彼の寝癖の酷さを思い出し、再び噴き出しそうになるのを必死で堪えていた。


(ふふふ、駄目だ!さっき無理やり寝癖を直してたけどまた少し元に戻ってる!ああもう、真面目な顔しないで!余計に笑っちゃう!)


 先ほどから耳の少し上の髪がひょこっと上に跳ねており、ドアを開けた瞬間マイラは耐えきれず笑ってしまったのだ。


「マイラ!聞いてるのか?」


 だが顰めっ面になったエリクスを見て、マイラはとうとう噴きだしてしまった。


「ぷっ、あはははは!ごめんなさい、だってお兄様の寝癖がまた戻ってるからおかしくて!」


 エリクスは仕方ないなというように小さくため息をつくと、クローゼットの中から青い三角のニット帽のようなものを取り出してそれを被った。だがそのてっぺんには白くて丸いボンボンが付いていてマイラは再び笑ってしまう。


「可愛い!お兄様それ似合ってます!あはははは!!」

「はあ。全く・・・何をしても笑うんだな。じゃあ・・・」


 そういうや否や彼は突然立ち上がってマイラの後ろ移動すると、帽子を脱いで、そのてっぺんに付いていたボンボンの部分でマイラの耳元や首筋をくすぐってきた。


「ひゃあ!やめてください、くすぐったい!あはは!」

「笑いついでにくすぐってやる!昔これでよくリアもくすぐって・・・」


 だがエリクスはくすぐったそうに笑っているマイラの後ろで、ふと動きを止めた。マイラもくすぐりが止まったことに気付いてどうしたのかなと思い、振り向く。


「お兄様?」

「な、何でもない。」


 顔を背けているが耳が赤い。マイラもそこでようやく自分達が何をしていたのかに気付き真っ赤になった。


「あ、あの、それで、進路のことなんですけど!」

「ああ!そうだったな。そう、そうか。まあ研究科はやめた方がいいな。癖のある教師も多いし。そうなると一般的には調査科なんだろうが・・・俺は討伐科をお勧めするよ。」


 ようやく冷静になった二人は、真面目に進路の話に集中し始めた。エリクスは結局また先ほどの帽子を被ってマイラの前に座る。


「どうしてですか?」


 笑いがどうにか治まったマイラがその理由を尋ねた。


「調査科には逃れられない魔法がある。それは魔法の種類を調査するためのいくつかの特殊魔法だ。十個ほどあるがそのうちの三つは魔法陣を使う。もちろん安全なものだけだ。だがマイラは魔法陣は絶対に使えないんだろう?」


 エリクスの言葉にマイラは黙って頷いた。


「あればかりは通常痕跡も残るし誤魔化しが効かない。討伐科なら攻撃に特化した魔法だけ覚えればいいし、不得意なものが多少あっても何かしら得意な魔法があればある程度それが考慮される。成績的に問題無いなら、頑張って討伐科に入ってみたらどうだ?」


 以前の面談でユギに魔法陣のことを聞かされていなかったマイラは戸惑った。彼も校長からマイラの全ての事情を聞いていたわけでは無いのだろう。


「そうだったんですね。そうなると問答無用で討伐科なのかな。でも私、大丈夫でしょうか?」


 エリクスがマイラの横に移動し、そこに腰掛ける。そして優しくマイラの肩に手を回し、その手が優しく頭を包み込んだ。自然とエリクスの肩に寄り添う形になり、マイラは狼狽える。


「え!?あの、ええと、ええ!?」

「マイラなら大丈夫。困ったら俺にもっと頼っていい。魔法陣さえ使わない環境にあればマイラは無敵だ。必要な魔法は俺が全て教えるし、ユギ先生にももっと事情をきちんと話して助けになってもらおう。」


 彼の手が柔らかなマイラの髪の中をゆっくり、何度もすり抜けていく。マイラの心臓は早鐘を打ち、とんでもない状況に頭が追いつかない。


「は、はい!それであの、この状況はいったい・・・」


 エリクスの視線を感じるが、横は振り向けない。だが、振り向いておけばよかったと、後になってマイラはとことん後悔することになる。


「いつかわかるよ、マイラ。」


 エリクスはそう言うと、当たり前のようにマイラのこめかみ辺りに唇を寄せ、優しく柔らかいキスを落とした。


(え?今、何を・・・)


 呆然としている内に彼はスッとそこから離れ、マイラの前に立って微笑む。


「さあ、そろそろ朝食の時間だ。俺もマイラに笑われないようにこの寝癖を直したらすぐに行くよ。先に下に降りていなさい。」

「はい・・・」


 マイラは両手で頭を軽く押さえたまま、エリクスの部屋を出た。今自分に起きたことが夢だったのでは無いかと思い、頬をギュッとつねる。


(どうしよう、痛いかも!?現実?でも、でもどうして・・・)


 ここ数日出かけたきりなかなか帰ってこないイリス。彼が今ここにいなくて本当に良かったと安堵しつつ、マイラはエリクスの唇で触れられた部分を手で押さえたままフラフラと食堂へと歩いていった。


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