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64. 二人の調査

 コートの裾が強い風に揺れる。エリクスは乱れた髪を軽く手で直すと、細い路地の奥にある小さな雑貨店の古びたドアを開いた。ギイッと軋む音が耳に残る。


「こんにちは。ルーイです。シェイリーさんはいらっしゃいますか?」


 店番をしていた若い男性が、ルーイと聞いて目を丸くする。黙ってうんうんと何度も頷くと、苦笑しているエリクスの視線をその背中で受けながら、彼は店の奥へと入っていった。


 すると数分後、奥の部屋のドアから、首元や手首にジャラジャラとした様々なアクセサリーを身につけた赤い髪の女性が現れた。


「あらあ、エリクスじゃないの。久しぶり。うちはもうお宅の商品で一杯だけど、まだ何か売り込みに来たのかしら?」

「シェイリーさん、お久しぶりです。あはは、違いますよ。そもそもこの店にうちの商品なんてほとんど置いてないじゃないですか。実は、今日はちょっと相談があって。」


 シェイリーと呼ばれたその女性は、眉を軽く上げると顎で中に入るように促した。エリクスの母と変わらない年代の彼女は、母に負けず劣らず気の強い、美しい女性だ。


 エリクスが慣れた様子でシェイリーの後に続き店の奥へと入る。その様子を先ほど一言も話さなかった若い男性が頭を下げて見送っていた。



「それで、相談ってのは何だい?」


 シェイリーは変わった香りのするお茶をエリクスの前に置くと、自分はエリクスの前に置いたものよりも二倍は大きいカップで同じお茶を飲み始めた。


 エリクスは苦手な匂いだなと思いながらも表情にはそれを一切出さず、真剣な表情で話し始める。


「最近、妙なペンダントを手に入れたんです。シェイリーさんなら何か知っているのではないかと思いまして。」


 そう言ってコートの胸ポケットから白い包みに入った例のペンダントを取り出し、テーブルの上に置いた。一旦はイリスに預けて調べてもらっていたが、この日だけ一時的に返してもらって持参したのだ。


 シェイリーは手首に何本も巻いたジャラジャラとしたアクセサリーを一旦外し、近くに置いてあった手袋をはめるとそのペンダントを手に取って眺め始める。


「ふうん。二、三度見たことがあるね。まあ少しなら知っているが、でもこれに関わるなら覚悟をした方がいい。」

「・・・どういう意味ですか?」


 シェイリーはペンダントを包みに戻すと、エリクスの前に戻した。


「あんたの母上ならよくご存知じゃないかねえ。まあ、あたしはこれには関わりたくない。相談に乗れるほど詳細も知らないしね。ただ、持っていていいものでないことは確かだよ。」

「なるほど。わかりました。」


 エリクスは白い包みを再び胸ポケットにしまうと、お茶を一口飲んでから立ち上がった。口の中にあの嫌な匂いが充満していく。


「お忙しいところありがとうございました。また何かあったらお伺いするかもしれません。」

「ああ。まあ、何か情報が入ったらキーツにでも伝言しておくよ。」


 エリクスは口元に一瞬だけ笑みを浮かべて軽く会釈をすると、その部屋を静かに離れていった。



 ― ― ― ― ―



 イリスはその日、国立魔法研究所に来ていた。顧問として実績も信頼もある彼は、一度研究所に入れば必ず誰かに捕まってしまう。


「イリスさん!ちょうどよかった!ちょっとご相談したいことがあったんですよ。」

「まあ、イリスさん!所長がこの間いらした時にどうして顔を出さなかったんだって拗ねてましたよ?」


 研究所の入り口付近で早速数名の研究員に捕まってしまったイリスは、困ったような笑顔でそれに答えた。


「クリスさん、すみません、近いうちに第三研究室にも顔を出しますのでその時でもよろしいでしょうか?それとベラさん、所長には今日来たことは内緒にしておいてください。あの人話し始めると長いので困ってるんですよ。」


 二人は楽しそうに笑ってそれを了承する。他にもイリスに声をかけてくる者達がいたが、当たり障りない返事をしてやり過ごし、目的の第九研究室へと向かった。



「失礼します。」


 イリスがノックをして中に入ると、上下真っ黒の服に身を包んだ銀髪の男性がイリスを一瞥し、すぐに目を逸らした。


「おう。」


 彼は座り心地の良さそうな革張りの椅子から立ち上がると、手に持っていた書類を机に綺麗に揃えて置いた後、机の端に軽く腰掛けた。


「オレクさん、例のペンダント、その後どうですか?」


 イリスはじっとその男の背中を見つめる。オレクと呼ばれた男は低い声で小さく唸った。


「あれは隠されている力だけでなく悪事や企み、強い恨みなんかを露わにさせる魔法が組み込まれているみたいだな。まあつまり、禁じられた魔法陣を使ってるってことだ。しかも結構複雑な陣を使ってる。誰でもできることじゃない。」

「・・・そうですか。もしかして、誰か心当たりがおありなのでは?」


 オレクは横目でチラッとイリスを見た後、壁を見ながら呟いた。


「バルターク家に雇われている男の中に、陣の扱いにかなり精通した人間がいる。もういい年だと思うが、いつまでも若々しいと評判の、嫌な男だ。」

「バルターク・・・メリーアンか。」


 イリスが考え込んで下を向くと、オレクが机の引き出しを開け、ガサゴソと何かを探し始めた。整理された引き出しの中から素早く何かの紙を抜き取ると、イリスに近寄りそれを手渡す。


「これは?」

「その男の情報だ。討伐隊でも調査隊でもないうちみたいな研究所にはあまり関係ない情報ではあるが、一応危険人物リストは貰ってるんだ。内部に入り込まれたら厄介だからな。所長もその男のことは以前から警戒してる。」


 そこには『クロヴィス・モレ、五十代男性、禁止魔法陣の使用経験あり。難易度十以上の陣を発動可能。現在、バルターク家お抱えの魔法付与士として裏の仕事を請け負い働いているという情報あり。』との記載があり、小さな似顔絵が描かれていた。


「見たことはあるか?その男。」

「いえ、ありません。・・・ご存知の通りバルターク家は親戚の家ではありますが、表面的な付き合いしかないもので。それより私にこんな大事な情報を教えてしまってよかったのですか?」


 オレクはイリスから紙を返してもらうと再び丁寧に引き出しにしまい、小さな声で魔法をかける。鍵をかけているのだろう。


「お前は若いが信頼できる男だ。少なくとも俺にとってはな。今の情報も、お前なら悪いようにはしないだろ?」

「まあ、はい。バルタークの悪い噂が嘘ではないと身に沁みて知っていますから。しかしいくら親戚の関係者だといっても、この男に接触するのは危険すぎますね。」


 イリスは顎に手を当てて再び考え込んでしまう。


「ああ、そうだな。今はまだやめた方がいい。そもそもそいつがバルターク家に雇われていることも秘密になってるようだし、調査隊の連中も簡単には手出しできない相手だ。それよりもそのペンダントの情報を集めたいなら、調査隊の中にいる俺の知り合いに声をかけておくが、どうする?」

「ぜひ、お願いします。」


 オレクはニヤッと笑って小さく頷くと、イリスを放って自分の机に戻り、仕事を再開した。イリスもまた、黙って頭を下げるとそのまま部屋を出る。


(クロヴィス・モレ、か。まさかここでバルタークの名が出てくるとはな。だが今はあまり深入りするのはやめよう。とにかくペンダントがどこにどう流通している物なのか、それを調べるのが先決だ)


 イリスは顔を上げると、勢いよく歩きだし、所長に見つかる前にと、急いで研究所を離れた。



 ― ― ― ― ―



 マイラはその頃、エレンに付き添われて外出していた。家に篭りっきりの生活に嫌気がさし、どうしても外に行きたいとわがままを言ったのだ。


「私もご一緒します!」


 というエレンの強い主張に負けて、マイラはエレンに私服に着替えるようにお願いしてから一緒に町へと出かけていく。



「寒くなってまいりましたね。マイラ様、コートは寒くないですか?温かいものでもお飲みになります?」


 エレンが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのを嬉しくもちょっと気恥ずかしく感じながら、マイラは首を縦に振った。


 その後はカフェでスイーツを食べたり服や雑貨を売っているお店を見て回ったりしながら町をブラブラと歩き、少ししてからとある店の前で立ち止まった。


「あ、ここってもしかしてミコルの家のお店かな?」


 その看板には『ケリー商店』の名が入り、窓から中を覗くと、とても広々とした明るい店内が見えた。そんなマイラをエレンは微笑ましく思ったのか、嬉しそうに腕に手を絡め、「では中に入ってみましょう!」と言ってぐいぐい店内に入っていった。



 中に入ると、マイラは見たこともないような雑貨や本などが見栄え良く置かれている様子に驚き、うわあと声を上げながら楽しそうに店の中を見て回る。


 いくつか手に取って見ていると、店員の女性が近寄ってきて「何かお探しですか?」と問いかける。マイラは一瞬悩んだが、その女性店員にこういったものが欲しいとお願いしてみる。


「かしこまりました。」


 店員はスッとその場を離れると、しばらくしてからマイラの元に商品をカゴに入れて再び現れた。


「わあ、素敵です!」


 エレンが少し離れた場所で店内を物色しているうちに、マイラは買い物を終えてエレンの近くに来ていた。


「まあマイラ様、いつの間にお買い物をされていたんですか?」

「ふふ!早かったでしょ?さあ、暗くなってきたし帰りましょうか。」

「はい。」


 そうして二人は今日一日の感想を言い合いながら、楽しく家へと帰っていく。たっぷり外を歩いて元気になったマイラは、部屋に戻ると小さな包み紙をエレンに手渡した。


「はい、これ、エレンに!」

「え、私にですか?」

「うん。たいした物じゃないけど、最近私につきっきりになってくれているお礼!貰ってくれたら、嬉しい。」


 エレンは両手でその包み紙を受け取ると、慎重に封を開く。すると中からは、美しい異国風の紋様が刺繍されたハンカチが現れた。


「まあ、何て美しい・・・!」


 エレンはハンカチを大きく広げて隅々までそのデザインを確認する。泣きそうな顔で喜んでくれるエレンに、マイラも胸が温かくなっていく。


「よかった!その花の刺繍があまりにも美しかったから、見てたらエレンに持って欲しくなっちゃって・・・でももし気に入らなかったら」

「いいえ!とても気に入りました!!」

「そ、そう?それならよかった!」


 ハンカチを握りしめたまま感動した様子で大きく頷くエレンを見て、鬱々としていた気分がすっかり吹き飛んでしまったマイラは、残り二つのプレゼントはいつ渡そうかな?と考え始めていた。


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