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62. ディーンと怪しいペンダント

 マイラとナタリアはカフェでの語らいの日以降、時々ランチを一緒にとるほどに仲良くなっていった。


 ナタリアのエリクス好きは有名だったので何か裏があるのでは?と思う女子達もいたようだが、本当に楽しそうに過ごしている二人に周囲も次第に慣れていき、今ではすっかり仲良し姉妹のような扱いになっていた。


「マイラ!ねえ聞いてちょうだい!今日ね、彼と図書館で少し話ができたのよ!」

「ナタリアさん、ここ廊下です!声が大きいですよ?でも良かった!何だか少しずつ距離が縮まっているみたいですね。」


 その日も、帰宅途中のマイラを廊下で見つけたナタリアが、嬉しそうに駆け寄ってきてマイラにニコニコと話しかけた。


 『彼』というのは入学式後のパーティーで出会ったエリクスの友人、ディーン・ジェックスのことだということを、あの後ナタリアに教えてもらっていた。それを聞いた時の驚いた気持ちを思い出しながら、この日もナタリアの話を楽しく聞いていた。


 廊下をゆっくりと歩きながら二人は小声で話し続ける。


「でもねえ。ただ話をするだけで、そこから何があるというわけでもないの。はあ。エリクス様にはあんなに積極的にいけたのに、どうして彼にはできないのかしら・・・」


 大きなため息の中に、片思いの切なさが滲む。


「それだけナタリアさんが彼に本気ということなんですよ、きっと。あ、そうだ!じゃあ今度うちにいらっしゃいませんか?お兄様にディーンさんも呼んでもらってみんなで勉強するとか!」


 マイラの提案に一瞬目を輝かせたナタリアだったが、すぐに意気消沈してしまう。


「せっかくの提案だけれどそれは駄目ね。だって私達、科が違うもの。お二人は研究科でしょう?私は調査科だから・・・」

「そう、そうですよね。うーん、どうしたらいいのかなあ?」


 しばらく二人はあれやこれやとアイディアを出し合っていたが結局まとまらず、マイラは図書室に行く予定だったため途中で彼女に別れを告げた。



 図書室にはその日、生徒はほとんどいなかった。マイラは静まり返った室内で目的の本を見つけると、必要な調べ物をしてから元の場所に戻す。


 高さのある本棚が並んでいる場所から机がいくつも並べられているスペースへと戻ると、そこで先ほど話題に上っていたばかりのディーン・ジェックスに遭遇した。


「お、エリクスの妹さんじゃないか!」

「わっ、あっ、こんにちは。いつも兄がお世話になっています!」


 ディーンは黒い髪を揺らしながら笑って言った。


「ははは!そんなに畏まらなくていいよ!ああ、そういえばデジレさんと君の話、割と最近まで学校中の噂になっていたね。結局あの日何があったか気になってたんだよね。」


 楽しそうにそう言って笑う彼の目が笑っていないような気がして、マイラは何だか落ち着かなかった。最初に会った時はただ『いい人』だなあという印象しか無かったが、今のディーンには何か裏があるように感じる。


「あの、特に何もありません。あの時はユギ先生に助けていただいたので、私はたいした反撃もしていませんし・・・」


 あの日ユギからは『抵抗はしたが最終的には俺が助けたことにしておきなさい』と言われ、しっかりと口裏を合わせてあった。マイラがデジレの魔法陣発動を止めてしまったと知られれば、すぐに研究熱心な教師達の餌食になってしまうとユギが心配したからだ。


 繰り返し自分に言い聞かせて準備しておいた嘘でも、心の中では動揺してしまう。表面上は冷静さを装っていたが、ディーンは何かを疑っているようだった。


「ふうん。でも魔法陣が発動を始めていたのにどうやってそれが止まったんだろうなあ?いくら優秀な兄さんでもそう簡単にはできないことだと思うんだけどね。」

「・・・さあ。あの後すぐに逃げた私には、わかりかねます。」


 目を逸らしてそう告げたマイラに、ディーンは最初に見せたような明るい笑顔を向けた。


「そっか。突然変なことを聞いて困らせちゃったかな?ごめんね。それじゃあ、また!」


 彼はそう言うと、本を何冊か脇に抱えたまま図書室をゆっくりと出ていった。


 最初に会った時とは違い、この日は何ともいえない不快感を彼に感じていた。それがどうしてなのか自分でもわからず、少しイライラとした気持ちでさっきまで座っていた席に戻る。机に置きっぱなしにしていたカバンに荷物を入れると、マイラはその気持ちを振り払うように、早足で家に帰っていった。



 家に帰り自分の部屋に入ると、カバンを開けて筆記用具や課題を取り出し、マイラはいつものように机の上にそれらを広げて勉強する準備を始めた。


 だが教科書の間から何かがシャラっと音を立てて滑り落ちたのに気付くと、何だろうと机の下を覗きこんだ。


「ん?何これ?」


 床に落ちていたのは、見たこともないペンダントだった。銀色の細かいチェーンに、赤い色の楕円形の石が真ん中に埋め込まれたシンプルな形のヘッドが付いている。


 とても美しいペンダントのはずなのに、なぜか禍々しさを感じる。しかしこの時は気のせいだろうと思い、マイラは手を伸ばしてそれに触れた。


 だが指が赤い石に触れたその瞬間、頭の中に大量の誰かの記憶のようなものが流れこみ始め、混乱と強烈な頭痛に襲われた。


 それは見たことのない景色と人々がいる記憶、そして最後に一瞬だけ、知っている人の顔が浮かんだ。


(お兄様が、私の頬に、キス、した・・・?)


 記憶なのか妄想なのか、何も判断も思考もできない混沌とした状態に陥ったマイラは、机の下でそのまま倒れ、意識を失った。




 数時間後、目を覚ましたマイラの目に映ったのは、エリクスの今にも泣きそうな顔だった。


「お兄様・・・?」

「マイラ!?」


 エリクスはベッドに横たわるマイラの手を強く握り、前のめりになってマイラを見つめていた。


「私・・・どうしたんだろう。」


 エリクスは手を握ったままそれに苦しそうに答えた。


「マイラは部屋で倒れていたんだ。理由は今調べているが、落ちていたペンダントが原因だと思う。いったいあれをどこで手に入れたんだ?」


 マイラは頭の痛みを感じて目を瞑る。そして顔を顰めて目を開けると、ゆっくりと話し始めた。


「わかりません。帰ってきて、勉強をしようと思って教科書を開いたらその中から落ちてきたんです。見覚えもないし誰かから貰ったわけでもありません。」

「そうか・・・わかった。あれはこっちでどうにかしておく。マイラはとにかく今は休んでいなさい。」

「はい。あっ、待ってお兄様!一つだけ、聞きたいことがあるんです!」


 マイラは、ベッドから離れて部屋を出ようとするエリクスを急いで呼びとめた。どうしても聞いておきたいことがあったからだ。


「聞きたいこと?」


 エリクスは振り返って怪訝な顔でマイラを見つめる。マイラはベッドから体を起こしながら言った。


「あのペンダントを触った時・・・変な記憶がいくつも頭の中に流れ込んできたんです。見知らぬ景色や人々、全く見覚えのない何かわからないものもありました。でもそうじゃなくて、その、たぶん最近あったことなんじゃないかって記憶もあって。それでもしかして、この間カイルと会った夜、お兄様は、私に・・・」


 頬を赤らめながら話の続きを躊躇うマイラに、エリクスはハッとしてベッドの側まで戻った。そんな彼の顔をマイラが見上げていると、大きな彼の手が、顔を覆うように近付いてくるのが見えた。


「マイラ、すまない。今はまだ思い出さないでくれ。俺の勝手で君を振り回してばかりで本当にごめん。でも・・・もう君を失うわけにはいかないんだ。どうあっても。」

「エリクス・・・さん・・・?」


 その手から流れ込む温かな光がマイラの視界も思考も奪っていく。そして再び、深い眠りの世界へと落ちていった。


「いつか君が目覚めている時にもう一度想いを伝えるから。だから、それまで待っていてくれ。・・・愛してる、マイラ。」


 エリクスは目を覆っていた手をマイラの柔らかな頬の上へと滑らせていく。彼女の閉じられてしまった瞳には、もう自分の姿は映っていない。初めて告げた愛の言葉も、儚く消えていく。


「おやすみ。」


 そっと布団をかけ直すと眠ってしまった愛しい人を起こさないように、音も立てずに部屋を出ていった。




「エリクス様、少しよろしいですか?」

「イリス・・・ここではまずい。書斎へ。」

「はい。」


 廊下に出ると、そこにはイリスが深刻な表情で立っていた。エリクスは彼を伴って自分の書斎に向かい、中に入るとすぐにドアを閉めた。そしてイリスが話し始める。


「ご報告いたします。まず先ほどのペンダントの件ですが、こちらで魔力遮断魔法をかけておきましたのでもう深刻な影響は無いでしょう。ただかなり強力な魔法陣による力が働いております。早急に調査と処理をした方が良いかと。」


 エリクスの表情が強張る。


「そうか。さすがイリスだな。それほど高度な魔法を使える魔法使いはそういないだろう。助かった。」

「いえ。マイラ様のためですから。それよりあのペンダント、もしよければ研究所の方で一旦預かって調べてみてもよろしいでしょうか?」


 イリスの提案はむしろエリクスにとってありがたいものだった。魔法陣による特殊な力が働いているような危険な物を所持するのはリスクがある。商売にも学業にも悪い影響を及ぼしかねない。


「そうしてもらえると助かる。調べてわかったことは報告してもらえるか?」

「はい。それはもちろん。ですがマイラ様にはまだこのことは・・・」

「ああ、わかっている。」

「では、お預かりいたします。」

「頼む。」


 イリスは軽く頭を下げると書斎を離れた。残されたエリクスは、机の上に置いてある小さなカードを手にする。そこには黒いペンだけで簡単に描きあげたマイラの似顔絵が描かれている。


「マイラにいったい何が起きているんだ!?」


 カードの中のマイラは笑顔のはずなのに、今のエリクスには不安を抱えている顔にしか見えなかった。


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