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56. クラス対抗試合①

 マイラがクラス対抗試合に向けた魔法練習を開始してから三週間が経った。


 エリクスは少し前に自分の準備はほぼ終えたようで、最近は毎日のように練習に付き合ってくれている。イリスもまた、エリクスと意見がぶつかり合いながらも必ず毎回マイラの練習を見守ってくれていた。


(喧嘩っぽく見えるけど、実は二人って仲がいいのかな?)


 そんな呑気なことを考えてしまうほど、気が付けば三人はだいぶ気楽に話ができる関係になっていた。


「マイラ様、今日は素晴らしい出来ですね。魔法の発動速度もかなり上がりましたし、強度も増しています。」

「そうだな。あとはつい詠唱を忘れてしまいがちだから、そこだけ意識してみるといいだろう。」

「はい、お二人とも、本当にありがとうございました。二人のおかげで何とか失敗せずに乗り越えられそうです。」


 マイラが結んだ髪を揺らしながら微笑むと、二人の男達は嬉しそうにマイラに近寄った。だがお互いに同じような動きをしたことで衝突しかけた二人は、マイラの目の前で小さな火花を散らし始めた。


「イリス、そろそろ他の仕事をする時間だろう。マイラのことは俺に任せて、もう戻っていいんだぞ。」

「何を仰るのです?私は今マイラ様専属の使用人です。他の仕事などございません。」

「ちょっと、二人とも・・・」


 マイラの目の前で繰り広げられるそうしたやり取りは、すでにここ数日だけでも百回は越えている。いい加減呆れてしまったマイラは、いつものようにお茶の誘いのためにやってきたエレンに声をかけた。


「エレン!また二人が揉めてるの!」

「まあ!またマイラ様を困らせているのですか!?ほらほら、イリスは厨房にお茶を取りに行ってください!エリクス様、キーツが探していましたよ。大事なお手紙をまだ準備されていないとか?」


 腰に手を当て顰めっ面になったエレンに叱られるようにして、二人の男達は渋々その場を離れた。


「さあ、これで邪魔者はいなくなりましたよ。お茶をご用意するまで思う存分お一人で練習なさってください。」


 茶目っ気たっぷりにそう言うエレンに笑顔を向けると、マイラは心置きなく魔法を使い、一気に山を駆けのぼっていった。




 クラス対抗試合前の最後の一週間、午後の授業はお休みとなり、それぞれが個別に練習したりクラスごとに日を分けて本番さながらの練習をしたりしていった。


「マイラは池の後山を越えるでしょ?そうしたらそのすぐ先にニコが赤い線のところにいるから、そこでそのバトンを渡してね。」

「わかった!あー、もうすぐ本番かあ、緊張するなあ。」


 ジェンナから説明を受けたマイラは、柔軟体操をしながら自分の定位置を確認していた。ジェンナは障害物の担当は一つだけだが、それに加えてコース全体の把握と参加者への説明をする役割を担っている。


「ニコなんてバトンを受け取るのがうまくいくかなんてことまで心配してたよ。何だか顔色も悪かったし、心配だからこの後様子を見てくるね。とにかくマイラはあの赤い線を目指すこと!よろしくね!」

「はーい!」


 そうしてジェンナが次の走者であるニコの元に向かって走っていってしまうと、マイラは目の前にある池を確認し始めた。


(この距離だと支柱の位置は三つかな。遠くは立てにくいから走りながら次の支柱を立ててもいいかも。種は多めに持っておいた方がよさそうね・・・)


 そんなことを考えながら全体練習のバトンが回ってくるのを待っていると、マイラの前の走者である男子がなぜか砂まみれになりながら走ってくるのが見えた。


 何だか大変そうだなあと思いつつバトンが渡されるのをしばし待つ。そしてついにマイラの番がやってきた。


 練習といえども時間も測っての合同練習だ。マイラは庭で散々練習したことを思い出しながら広い池を無事に渡りきり、山も予想以上のスピードで乗り越えた。


 滑り降りて体勢を立て直すと、少し前方に人影が見えた。足元に赤い線も見える。先ほどよりさらに速度を増して走っていくと、なぜか突然、ニコの前に数名の女子生徒達が現れた。


 マイラは困惑したが、一瞬で冷静さを取り戻す。


 なぜこんなところにクラスメートではない生徒がいるのか、どうして練習だとわかっていて邪魔をしようとしているのか。


 そんな疑問は一旦全て忘れ、マイラはバトンを手にイメージを固めた。


「ニコ!!」

「マイラ!?」


 ニコもどうやらこの状況に焦っているらしく、どうしようかとオロオロしているようだった。マイラはニコにバトンを渡し、彼女を前に進ませることにだけ意識を向ける。


「目を瞑って絶対にそこから動かないで!!」

「う、うん!」


 マイラがニコのいる方へと近付いていくと、女子生徒達は敵意をむき出しにして今にも襲ってきそうな体勢になる。その瞬間、マイラは風を起こして地面の砂を大量に舞いあげ、彼女達の視界を完全に奪った。


「きゃあああっ!?」


 思いっきり砂を目に入れてしまったらしい彼女達は身動きが取れなくなり、マイラはその隙に急いでその横をすり抜けてニコに駆け寄った。そして予定通りにバトンを手渡すと、彼女に「気にしないでいいから早く行って!」と伝え背中を押した。


 ニコはとても心配してくれていたが、今は大事な合同練習だ。マイラのせいで貴重な流れを止めるわけにはいかない。


 無事ニコが先へ進んでいくのを見届けると、マイラは憤怒の表情を浮かべて後ろを振り返った。ニコの立っていた赤い線のすぐ近くに、砂だらけになった女子生徒達が怯えた様子で後退りしているのが見える。


「皆さん、合同練習を邪魔するなんてどういう神経をしていらっしゃるのかしら。私達のクラスの妨害が目的ですか?それとも個人的な私への恨みでこんなことをなさったのですか?」


 できるだけ感情を抑えた声でマイラがそう尋ねると、そのグループのリーダー格らしい細身の女子生徒が一歩前に出て、強気に答えた。


「あ、あなたがエリクス様をいつまでも縛っていらっしゃるからいけないのよ!いい加減兄離れなさったら?エリクス様もきっと迷惑していらっしゃるわ!!」


 すると取り巻き達も口々に「そうよ!」「少しは離れなさいよ!」などと叫ぶ。


 マイラはふう、と息を吐き出してからさらに怒りを全身に滲ませていく。その湧き上がる怒りは魔力ではなかったが、マイラの髪をゆらゆらと揺らしその足元の砂をふわっと空中に浮かせてしまうほどの、内側から溢れる何らかの強い力を生み出した。


 見るからに恐ろしいその姿に震えあがった彼女達は、あれだけ強気だった最初の姿が嘘のように言葉をなくし立ち竦んでしまった。だがマイラはそんな彼女達にさらに追い打ちをかける。


「兄はあなた方のように不意打ちで、しかも大勢で一人を責め立てるような人間に興味はありませんわ。それでも私と勝負がしたいならぜひ我が家にいらしてくださいな、それもお一人ずつ。いくらでも相手になります。どうされます?」


 その言葉はなぜか彼女達の戦意を一気に喪失させてしまったようで、怯えきった様子の四人は黙って逃げ帰っていった。


 彼らを見送ったマイラはどうにか怒りを鎮めると、体についていた砂を手で払い、自分の担当の場所に戻って個人練習を再開した。



 その後。


 エリクス崇拝者達に襲われるというハプニングはあったものの、クラス合同練習のタイムは思っていた以上に良い結果が出たとジェンナから報告があった。


 みんなでその結果を喜びあった後は現地解散となったため、マイラもカバンを持ち、くたびれた体を引きずるようにして家路に着いた。



 心身ともにすっかり疲れ切ってしまったマイラは、ケイトやミコルに会って愚痴をこぼせたらスッキリするのになあ、などと考えながらダラダラと家に向かう。


 すると家の門まであと少し、という所でまさかの人物が笑顔でマイラを待っているのが見えた。それはほんの少し前に『会いたい』と願っていた大好きな二人の姿だった。


「ケイト!ミコル!」

「マイラおかえり!最近どうしてるかなと思って会いに来ちゃった・・・って、どうしたのその顔!?」

「まあ、マイラ!顔に砂がついているわよ?」


 二人はマイラの様子がおかしいことに気付き、眉を顰めた。マイラが先ほど起こった事件についてざっと説明すると、二人は怒りの表情を浮かべて自分のことのように怒ってくれた。


「何それ?最低じゃない!寄ってたかってマイラをいじめようとするなんて!!それにマイラが優秀じゃなかったらクラスの貴重な練習だって無駄になっていたかもしれないのよ!?ねえ、その人達が誰だかわかるの?」

「ううん。でも何となく顔を見たことはあるから、よくお兄様の周りにいる人達の中の一人だと思う。」


 マイラは門を開けると、二人をお茶に誘いながら中に入る。


「酷い話ね。でも今後またこんなことがあるとまずいから、ユギ先生にもきちんと報告しておいた方がいいわ。」


 ケイトが怒ってくれたこと、そしてミコルの優しい微笑みとアドバイスにも感謝しながらマイラは笑顔で頷いた。


「そうね、わかった。明日話してみるよ。」

「ええ。」


 そうしてその夕方は久しぶりに三人だけのゆっくりとした時間を過ごし、お互いの進捗状況についてじっくり語り合うことができた。二人とも順調に準備が進んでいるということを確認できたため、三人の顔に笑顔が浮かぶ。


 エレンが用意してくれた美味しいお茶と楽しい時間で心も体も癒されたマイラは、もう一度試合に向けて頑張ろう!と三人で誓い合い、二人が帰る時間ギリギリまで、おしゃべりをめいいっぱい楽しんだのだった。


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