55. 練習、ときどき面倒ごと
翌週からマイラの練習は厳しさを増していった。というより自分で自分を追い込んでいったという方が正しいかもしれない。
マイラはその後三日ほど、池を少し大きくして橋を作る練習を繰り返した。支柱は池の中にも追加で作り、より強度も増していく。植物自体も枝を太く強くなるようにイメージを固めて成長させると、以前よりも格段に丈夫な橋が作れるようになっていった。
そしてその週の半ば、マイラは一旦池を埋め、今度は大きな土の山をそこに作り出した。
以前見学した時に確認したコース内の山はかなり大きく、普通に登って降りようとすると土に足を取られ、ずるずると滑っていってしまうような質感だった。普通に登り降りすれば当然時間もかかるし、足を滑らせれば一気に追い抜かれてしまう可能性もある。
そこでまずマイラは、池の時と同じように支柱を立てて植物を巻きつけ、それを足掛かりにして登ってみることにした。だが植物を強く掴んだせいで手が傷だらけになってしまい、結局その案は不採用となった。
「いたたた!ああ、またやっちゃった・・・。イリスに見つかる前に」
「私に見つかる前に、何でしょうか?」
「ひっ!?」
顔を引き攣らせて振り向くと、気配なく近付いていたイリスがマイラの手首を掴みにっこりと笑っていた。マイラは青ざめながら手を握って傷を隠そうとしたが、イリスのもう片方の手でそれを阻止されてしまい、目を泳がせた。
「マイラ様、これはどういうことですか!?またこんなに傷をつくって!あなたはご自分の体に無沈着すぎる!もっと大事になさってください!!」
イリスの顔から一瞬で笑顔が消え、マイラは鬼のような形相になった彼にしっかりと叱られてしまった。
「ごめんなさい。あの、イリス、顔が怖い・・・」
マイラがオドオドしながら彼の顔を見上げていると、大きなため息をついた彼がマイラを引っ張って屋敷の中に連れていく。廊下に置いてある椅子に座らされ、救急箱を持って現れたエレンにもお叱りを受けながら手の傷を軽く治療してもらう。
「いいですか、今後はもう少しご自分の体を大切にしながら練習をなさってください!それと明日からの魔法練習には全て私が付き添いますから、無茶は絶対にやめてください!」
「は、はい、わかりました・・・」
イリスの勢いに負けたマイラは、小さな声でそれを了承した。そしてその日はそれ以降の練習をさせてもらえず、エレンに監視されながら机に向かって勉強をすることになった。
次の日からは宣言通り、イリスが横についての練習が始まった。
植物を使う方法は却下されてしまったので、大きな山の前でマイラはうんうん唸りながら悩み、考え込んでしまった。
すると見るに見かねたイリスが山に直接魔法をかけ、真ん中に空洞を作ってトンネル状にする方法を提案してきた。
「こんな感じでトンネルの内側をアーチ型に固めれば強度も増しますし、そこまで距離も重さも無いのであれば、短時間なら十分通り抜けられると思います。」
彼の魔法は相変わらず素晴らしいものだった。おそらくいくつもの魔法を組み合わせているのだろうが、それを一瞬で発動し正確に仕上げる手際の良さにマイラは感動すら覚える。
だが結局、何度見せてもらってもその仕組みはさっぱりわからなかった。
「ええと、何回も見せてもらったのに申し訳ないんだけど、やっぱり難しそうだね。でもせっかく教えてもらったから一度やってみるよ。」
「はい、ぜひ。」
マイラはイリスの厳しい監視の目を感じながら、早速先ほど見たイメージで手を動かす。だが何回試してみても、大きな穴は空いてもトンネルのように固まった状態にすることができず、山はすぐに崩れ落ちてしまう。
「うーん、大まかなイメージはできてるんだけどなあ。」
「そうですか。では別の方法を考えて・・・ああエリクス様、お帰りなさいませ。」
イリスの声色が変わり、うまくいかずに俯いて落ち込んでいたマイラも兄の帰宅に気付いて顔を上げた。
「マイラ、頑張っているな。ああ、土の山か。懐かしいな。」
「お兄様、お帰りなさい!懐かしいってことは、もしかしてお兄様も?」
エリクスは後ろをついてきていたキーツにカバンを手渡すと、目の前の山を懐かしそうに眺めだした。
「ああ、一年目は俺も障害物競争に出たんだよ。ただ俺の場合は山を全部吹き飛ばしてしまったから、後で先生達にかなりチクチク嫌味を言われたなあ。懐かしい。」
「・・・」
「・・・」
マイラとイリスがその豪快な思い出に言葉を失っていると、エリクスがハッと気付いてマイラに笑顔を向けた。
「まあ、俺の話はいいんだ。まさかマイラも山を担当するとは思っていなかったよ。それで、うまくいかないのか?」
「はい。イリスにトンネルを作ってもらったんですけど、私のイメージが上手く魔法の発動に繋がらなくて。」
マイラの困った顔を見ながらエリクスも腕を組んで考え始めた。
「そうか。・・・じゃあこういうのはどうだ?」
イリスが少しずつ不機嫌そうな表情になっていくのに気付きはしたが、今はよりうまくいく方法を見つけたい。ごめんねと思いながらも彼から目を逸らし、マイラはエリクスの魔法に意識を向けた。
目の前の彼は小さく何かを呟き、手を軽く上下に振る。
すると、山の下から上にかけて次々と土が階段状に固まっていき、頂上までそれが仕上がるとエリクスはそこを軽々と登りきった。
そして今度は頂上で再び手を動かすと、山の向こう側の斜面が滑り台のように平らですべすべとした面に変わり、そこを一気に下まで滑り降りていく。
そうして簡単に山を越えて戻ってきたエリクスは、マイラの近くまで戻ってくると笑顔で言った。
「これならマイラも得意な土魔法が使えるし、単純なイメージが多いからやり易いだろう。山と言っても実際には丘のように頂上部分は広くなっているから、トンネルよりも確実で、足が速いマイラには合っていると思う。」
イリスの額がピクッと動く。
「すごい!これならできそう!やってみますね。」
マイラは目を輝かせて土の山に向き合うと、エリクスが作ってくれたように頂上までの階段と下りのスロープを作り、それまでの苦労が嘘のようにあっさりと山を越えていくことができた。
「うん、いいね!マイラにぴったりのやり方だと思う。あとは繰り返し練習をして速度を上げるのと、怪我をしないように注意しなさい。」
「はい!」
だが嬉しそうに微笑み合い成功を祝う兄妹とは対照的に、その時のイリスには先ほどまでの優しい微笑みはもう浮かんでいなかった。
翌日の夕方。なぜか今度はイリスだけでなく、エリクスまで付き添っての練習が始まった。
マイラは庭に出てすぐに二人が待機しているのを見て、思わず足が止まってしまう。
(うわあどうしよう、イリスは機嫌が悪いしお兄様は手を出したくてうずうずしてる。まあせめて怪我だけはしないように気をつけよう・・・)
明らかに面倒ごとが起こりそうな雰囲気にげっそりしながら、マイラは山を元の状態に戻すと練習を始めた。
「マイラ様、階段の幅は調整できますか?走り易い幅に揃えるとより速さが増すと思いますよ。」
「あ、うん!わかったわ!」
イリスが早速アドバイスをくれる。素直にそれを受け入れていると、今度はエリクスが口を挟んだ。
「マイラ、だがあまり細かい調整にばかり意識が向くと時間を取られる可能性もある。むしろ崩れないような強度を意識した方がいいんじゃないかな。」
「え?ああ、なるほど!」
眉をわずかに上げて、イリスがそれに反論する。
「ですが、マイラ様は強化魔法を完璧に発動できるのですから、それよりも足場を整えることの方が大切ではありませんか?」
エリクスは腕を組んでそれをあっさり否定した。
「一年生がむやみに強化魔法を使えば目をつけられてしまう。植物の橋の方は終わった後に一瞬で種に戻すことができるようになったから気付かれにくいが、土の方は消す時間がないだろう。俺は正直、イリスの案はお勧めしないな。」
「・・・」
「・・・」
睨み合うように立つ二人の男達を交互に見ながら、マイラは小さくため息をついて二人に背を向けた。
(どうして二人で勝手に張り合っているのよ!私の練習なんだけど!!)
だがその時、疲労感と面倒臭さにやる気を失いつつあったマイラの元に、エレンという救いの女神が現れた。
「まあまあお二人とも、落ち着いてくださいな。マイラ様、美味しいレモンタルトが手に入りました。お疲れの体にはぴったりのデザートですわ。まずは皆様でお召し上がりになって、体と心を休めてから練習なさってください。ね?」
「エレン!あなたは本当に女神のような人ね!」
マイラが目を潤ませながらエレンに近寄ると、エレンは勝ち誇ったように男達に微笑んでマイラを連れ去った。
「・・・一時休戦だ。」
「まあ、仕方ないですね。」
目も合わせずにそう言い合った二人は、エレンに連れていかれた二人の大切な人の後を追って競うように屋敷の中に入っていった。