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49. カイルの執心、イリスの嫉妬

 マイラはエリクスの追求をどうにかして振り切った後、学校に一人で登校していった。


 普段はエリクスと一緒に校舎に入り、ほぼ毎日女子生徒達から注目を浴びている状態のマイラが一人で校舎に駆け込むのを見て、「いったい今日は何があったんだろう」と、エリクスを狙う女子達はかなり不思議に思っていたようだった。


(もうどうでもいい!とにかく今日は試験に集中したいんだから!)


 恥ずかしさと訳のわからない怒りで顔を赤くしながら教室に入ろうとすると、入り口でカイルと危うく衝突しかけて声をあげた。


「わっ、ごめん!」

「ああっ!?いや、俺こそごめん!」


 二人で謝りあい、そして噴きだした。


「あははは!何やってるんだろうね、とにかく怪我がなくてよかった!」

「はは!本当に!・・・なあマイラ、今日、試験が終わった後時間をくれないか?」

「え?」

「例の返事、聞かせてほしい。」


 マイラは赤くなっていた頬をさらに赤くして渋々頷いた。これまで散々先延ばしにしてきたその話に決着をつけるなら、確かに今日は絶好の日なのだろう。


 マイラはそんなことを考えながらそのまま黙って教室に入り、自分の席に着いた。


(まずは試験に集中する!それできちんとカイルに返事をして、それから・・・)


 マイラは頬を両手で押さえつけて昂っていた気持ちをどうにか落ち着かせて、試験の時間が始まるまで繰り返しイメージトレーニングをして過ごすことにした。



 実技試験は三人ずつ、二名の教師の前で指示された課題をこなす、というものだった。


 マイラはミコルとシーリアという同じクラスの物静かなクラスメートと共に名前を呼ばれ、ユギと二年生の授業を担当している教師の前で魔法を使って指示通りに課題をこなしていく。


 魔法火は熱量やコントロールの良さを見ているようで、シーリアは少し火力が弱いように感じたが、ミコルは素晴らしい出来だった。マイラもまた先生の反応を見る限りでは問題ないように思えた。


 その後も二つほど課題を終えると、三人はほっとしながら教室に戻った。



 教室に戻る間に試験の内容についてあれやこれやと話していると、後ろから同じく試験を終えたケイトがやってきた。


「どうだった?好感触?」

「どうかなあ、不安は残るよ。」


 マイラは自信無さげにそう答える。


「ケイトは楽勝だったでしょう?」


 シーリアが小さな声で問いかけると、ケイトはふふっと笑って頷いた。


「まあでも採点基準がわからないからね。とにかくやり切った!試験は終了!次はいよいよクラス対抗試合ね!」


 ああ、そんなのがあったなあ、とぼんやり考えているうちにマイラ達は教室に到着した。そして全員が教室に戻ると、試験結果は来週発表するとユギから説明があり、その日は解散となった。



 マイラは片付けをしながら教室に最後まで残っていた。そして誰もいなくなった教室に、一度その場を離れていたカイルが戻ってきた。


「マイラ、外に出ようか。」

「うん。」


 そうして二人は並んで校舎を離れた。


 この日エリクスは午後まで試験が続くため、元々一人で帰宅することになっていたのは好都合だった。



 カイルもマイラも何となく今日の試験の話をしながらゆっくりと帰り道を歩く。そして小さな公園に差し掛かった時、カイルが立ち止まった。


「少し、この公園の中で話さないか?」

「・・・うん。」


 二人はゆっくりと公園内を見回し、日差しが降り注ぐベンチを見つけてそこに座った。風の季節に入ったこの日、暑さはだいぶ和らぎ、涼しい風が公園内をすうっと吹き抜けていく。


「カイル、あのね。」

「あー、待って!」


 マイラが話し始めると、カイルはすぐにそれを止めた。不思議に思って顔を見ると、彼は真剣な表情でマイラを見ている。


「断られるのはわかってるんだ。いや、最初からわかってた。学園祭の時、男の人と手を繋いで歩いているのを見かけたから。」


 マイラはあの日のイリスとのことを言っているのがわかり、『そういう関係ではない』と否定する必要もないだろうと判断し、適当に相槌を打った。


「ああ、うん。そっか。」


 そしてカイルは突然マイラの手を握った。


「え」

「でも、俺達まだお互いのこと何も知らないだろ?だからデートもしてないのに断らないでほしい。」

「デート!?」


 マイラは驚いて大きな声を出してしまい、慌てて手で口を塞ぐ。カイルは少しだけ微笑んでから続けた。


「そう。一緒にもっと話したいし、外で遊んだりしてもっと俺のことも知ってほしい。それでも駄目なら諦める。」


 今日はっきり断ろうと思っていたのに、と悩み始めると、握られた手を引っ張られた。


「な、何?」

「明日の休み、デートしよう。」

「いや、でも!」

「一度でいいから。な?」

「・・・カイルってそんな強引な人だったっけ?」


 カイルは不満そうに口を尖らせた。


「強引にもなるさ!だってマイラとなかなか一緒にいられないんだぞ!それにほら、もっとお互いを知らないとこういうことにも気付かないだろ?まずは友達として遊ぼう。そうだ!」


 突然何かを思いついたように声を上げると、カイルはポケットから何かを取り出した。


「これ父から貰ったんだけど、一緒に行ってみないか?」

「なあに、これ?」


 それは少し厚みのある細長い紙のようだった。


「町の劇場に有名な劇団が公演に来るらしいんだ。そのチケットだよ。こんな機会滅多にないし、一緒に行ってみないか?」

「でも・・・」


 カイルは諦めずに説得を続ける。


「お兄さんの許可が必要なら今から一緒に行って俺もお願いするよ。」

「カイル、あのね、でも私」

「好きなんだ、マイラ。」


 マイラの断りの言葉は、その強い意志を込めたカイルの二度目の告白の前で消えてしまう。


「そう簡単には諦められないんだ。最初に君にジュースをかけてしまったあの日から、ずっと気になってた。何度も言おうと思っては上手くいかなくて、やっと伝えたのにこんなにあっさり終わってしまうのは嫌なんだ。」


 彼の必死のお願いに、決断してきた言葉が喉の奥で止まってしまった。そして小さな声で呟く。


「・・・じゃあ、一度だけ。」


 カイルの目が輝き、それを見てマイラはすぐに後悔する。だが口をついて出てしまった言葉は当然戻せなかった。


「ありがとう!嬉しいよ!お兄さんの許可、今から貰いに行こうか?」

「ううん、自分で話すから大丈夫。」

「わかった。じゃあ明日午後家まで迎えに行く。劇を見る前に少し町も歩こう。」

「・・・うん。」


 マイラが困ったように微笑むと、彼は握った手をもう片方の手でさらに大きく包みこんだ。


(一度だけ。これで彼が諦めてくれるなら、仕方ないよね。でもお兄様に何て説明したらいいんだろう?)


 マイラは今朝のやりとりを思い出し、再び胸が痛みだすのを感じていた。




 カイルに送ってもらって家に帰ると、イリスが珍しく不機嫌そうな笑顔で入口に立っているのが見えた。


「マイラ様、おかえりなさいませ。」


 一見するといつも通りの笑顔に見える。だが毎日彼を見ているマイラの目を誤魔化すことはできなかった。


「ただいま。ねえイリス、今日は機嫌が悪いの?」

「え?」


 イリスが動揺するなんて珍しい、と思いながらマイラはカバンを手渡す。彼は丁寧にそれを受け取ると、一瞬考えるそぶりを見せてから笑顔を見せた。


「いえ、何もございません。それより実技試験はいかがでしたか?」

「イリス!」

「・・・わかりました。お部屋でお話ししましょうか。」


 マイラが少しだけ怒った口調で追い詰めると、イリスは諦めたのか部屋で話すと言った。二人はそこから黙って部屋に向かい、中に入ってドアを閉める。


 イリスはカバンをいつもの場所に静かに置くと、上着をハンガーに掛けようとしていたマイラにそっと近付き、突然彼女を後ろから抱きしめた。


「ひゃっ、イリス!?どうしたの!?」

「俺をそんなに嫉妬させたいんですか?あなたは。」

「何を・・・」

「このチケットは何?」


 マイラの上着からはみ出ていたチケットを手に、もう片方の手でマイラを逃さないように抱きしめる。


「これは、カイルが明日一緒に行こうって・・・」

「へえ。カイル様が。なるほど、牽制も意味がなかったわけか。」

「え?」

「マイラ、エリクス様のことを諦めたかと思ったら次はクラスメートの彼ですか?」


 イリスの声が耳元に甘く冷たく響く。


「そんなんじゃない!ただ、彼に告白されて、それでしっかり断ろうと思ったの。むしろ何度も断ったよ!でもデートもせずに断らないでほしいって言われて、一度だけって約束で!」

「じゃあ俺ともデートしてください。それなら許します。」

「ゆ、許すって何!?」

「マイラ、俺は待つとは言いましたが、他の男にあなたを奪われるくらいなら強硬手段に出ますよ?」


 物騒な発言の数々に驚き、マイラはイリスの腕の中で暴れ始めた。だが彼の力の強さの前には手も足も出ない。


「ちょっとイリス!いくらなんでもやり過ぎ!!」

「愛してると言ったでしょう?あなたも私に側にいてほしいと言った。」

「だからそれは」

「誰よりもあなたの側にいるのは俺です。よく覚えておいてくださいね。」


 そう言うと彼はパッとマイラを腕から解放し、チケットは上着のポケットに戻した。


「一度だけですよ?それと来週は俺とデートです。約束ですからね。」

「横暴!!」

「何とでも仰ってください。それでは失礼いたします。」

「もう!!」


 イリスが素早く部屋を出ていくと、マイラは大きなため息をついた。


「どうしろって言うのよ・・・」


 ポケットからチラッと見えるチケットの端をじっと見つめながら、マイラはもう一人厄介な人に報告しなければならないことに気付き、もう一度長い長いため息をついた。


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