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41. リアとの再会

 散々だった勉強会から戻ると、マイラはやはりエリクスの家には戻らず、ホークの家へと帰っていった。


 エリクスはあの後すぐに仕事があると言って一人で帰ってしまったので、顔を合わせずに戻ることができてマイラはほっとしていた。


 自分の部屋に入り荷物を置くと、早速ソファーに寝転ぶ。イリスは外出していて不在、メイド達には部屋に入らないようにと伝えておいたので、マイラはすっかりだらけきった姿で寛いでいた。


 そしてちょうどいい硬さのそのソファーの上で、ぼんやりと先ほどまでの困った状況を思い出していた。



 ― ― ― ― ―



 帰りの馬車の中で、マイラはケイトに前日見せてしまったあの魔法について追求されていた。


「マイラ、もう体調はいいの?」

「うん。心配かけてごめんね。」

「いいのよそんなこと!それよりあの魔法!まさかマイラがあんな高等魔法を使えるなんて知らなくてびっくりしたんだから!」


 ケイトは驚きなのか怒りなのかわからない顰めっ面をしてマイラの手を握ってそれをブンブンと振る。


「うわわ、ちょっとケイト!体が揺れる・・・あの魔法は、そう、ほら、兄にね、教わったの。難しい魔法なら兄に教わるのが手っ取り早いでしょ?」


 ケイトはまだ納得のいっていない顔をしていたが、ふうんと言いながら手は離してくれた。だが追求の手は緩めない。


「あの魔法はかなり複雑な工程があるって教わったの。一つの魔法だけで発動するわけじゃないし、魔力だってそれなりに持ってないと詠唱すら完了しないって。だからマイラのお兄さんが使えるのは理解できるけど、マイラがどうしてそんな高難易度の魔法が使えるのか、すっごく気になる!!」


 キラキラなんて可愛いものではなく、ギラギラとした目を向けてマイラの答えを待つケイトを、ミコルが優しく諌めた。


「ケイト、そんな風にマイラを追い詰めるものではないわ。マイラだって一言では説明できないでしょう。それにお兄様の真似事をしてみた結果、魔力不足でやはり意識を失ってしまったじゃない。あれはたまたま発動できたのよ、奇跡的にね。」


 ミコルの淡々とした説明に、ケイトもうーんと唸りながらも納得し始める。


「確かにそうね。本当に使えるなら倒れたりはしないわよね。まあそういうこともあるのかあ。兄妹だけあって、魔法のコツも掴みやすいのかしらね。」


 腕を組み首を傾げて考える姿を見ながら、ミコルは笑顔で頷いた。


「そうかもしれないわね。まあ、今度またマイラの魔法を研究してみるわ。ケイトにもきちんとわかったことは報告するから。」

「そうね、よろしく!あー、なんか聞きたいこと聞いたらお腹すいちゃった!スヴェン、あなたさっきお菓子をたくさん持っているのを見たわよ。一つちょうだい!」


 メガネを直しながら不機嫌そうな顔をするスヴェンに近寄り、ケイトがお菓子を強請る。


「ケイト、さっき大量にパンを食べていたのを見ましたよ。まだ食べるんですか?」

「うるさいわね。ほら、一つちょうだいってば。お腹がすくとイライラしちゃうわよ。いいの?」


 大きなため息をついたスヴェンは渋々荷物を開け、お菓子の袋を取り出した。袋の中に入っているのは、トネリが帰り道にみんなで食べてほしいと言って渡してくれた特製クッキーだ。袋を開けると香ばしい香りが車内に広がる。


 結局全員が自然と袋に手を伸ばし、その美味しいクッキーは次々と若者達のお腹の中に吸い込まれていった。



 そんな和気藹々とした雰囲気の中、マイラはふとカイルの視線に気付いた。彼は診療所を離れてからも時折マイラの顔をじっと見つめていることがあったが、その視線の意味を知っているだけにどうしたらいいかわからず、無難な挨拶や会話以外は彼を避けてしまっていた。


(カイルの気持ちはありがたいけど、どうしよう。彼のことは友達としか思ってなかったし・・・)


 チラッとこちらの様子を窺うような彼の視線を再び感じながら、居心地の悪さを覚えてマイラは自分の手に視線を移す。


 そして前の日にエリクスに握られた自分の手を見つめながら『いつ兄の元に帰ろうか』とぼんやり考え始めた。そうすることで、カイルのこともイリスのことも、そして無意識に発動してしまったあの魔法のことも、今はそれ以上深く考えずに済んでいた。


 それでもまだ絡み合う思考の糸はマイラの頭の中を網のように覆っている。帰りの馬車の中でマイラは、その先が見えない思考の中からどうにかして抜け出そうと、ひたすらもがいていた。



 ― ― ― ― ―



 その後無事ホークの家に戻ってきたマイラは、クッションを三つほど集めてソファーの上に載せ、そこにうつ伏せになった。


「帰りたい。会いたい。でも帰るきっかけがないんだよね・・・」


 そんな独り言を呟いていたマイラの元に、小さなノックの音と共に来客の知らせが届いた。


「マイラ様、リア・シルキア様という若い女性のお客様が面会をご希望でございます。」


 ドアの外から聞こえたそのくぐもった声の内容に驚き、マイラはクッションを掴んだまま立ち上がった。


「え?リアが来てくれたの!?」


 マイラはその突然の嬉しい来客に、慌てて鏡の前に立ち、髪と若干しわになった服を整えてからドアを開けた。するとドアの前には、控えめな笑みを浮かべるベテランメイドのノエミが立っていた。


「以前マイラ様からお話をお聞きしていましたので、私の独断で申し訳ありませんが、シルキア様は応接室にお通ししました。きちんとした身分証もお持ちでしたので。今お茶をご用意しています。マイラ様、すぐにお会いになりますか?」

「ええ、もちろん!ノエミ、いつもありがとう。」


 微笑んでそう答えると、ノエミは嬉しそうに軽く会釈をしてその場を離れていった。



 マイラはその足で早速応接室に向かう。ドアを開け勢いよく飛び込むと、目を丸くしてカップを押さえるリアの姿がそこにあった。


「リア!」

「マイラ!?すごい勢いで入ってきたわね!」


 お茶をこぼしそうになりながらカップをテーブルに置くと、リアはスッとソファーから立ち上がってマイラに近寄り、二人は手を握って再会を喜び合った。


 しばらくはソファーでとりとめのない話をして盛り上がっていたが、話のキリがいいところで一息つくと、リアが真面目な顔でマイラに問いかけた。


「ねえ、お兄様と何かあった?キーツから、マイラはしばらくお兄様の家に帰っていないって聞いたのよ。」

「えっ!?あ、えーと・・・」


 相変わらず面と向かって嘘をつくのが苦手なマイラは、目を泳がせながらどう説明しようかと悩み始めた。リアはそんな表情の変化が面白かったのか、弾かれたように笑いだす。


「ふっ、ふふふふあはははは!!マイラったら、何かあったのが丸わかりじゃないの!さあ、話してちょうだい。兄が何かしたのね。ちゃんと叱っておいてあげるから話を聞かせて!」


 マイラは茶目っ気たっぷりに微笑むリアについ気が抜けてしまい、この夏期休暇に入ってからの出来事を少しずつ話し始めた。


「ふむ、つまりマイラは、あの変態お兄様のことを好きになっちゃったのね?」


 リアの容赦ない言い草に、マイラは思わず笑いだす。


「あははは!そんな言い方って・・・まあでもそうなのかも。ただエリクスさんは私のこと妹としか思ってないみたいだし、それにたぶん、女性に好かれるのは嫌なんじゃないかな。」


 マイラが暗い表情になっていくのを切なそうに見守りながら、リアはその肩に優しく手を載せた。


「ほら、いつもの元気な笑顔を見せてマイラ!そうねえ、確かにあの人は女性には散々苦しめられてきたし、好かれているのは自分の魔力のせいだってわかってるからそう簡単に人を好きになることはないかもしれない。でも・・・」


 リアはそこでしっかりと体をマイラの方に向けて宣言する。


「少なくとも私はお兄様とマイラなら受け入れたいし応援したい。まあ、課題は山積みだけどね。まずあのお兄様が自分の気持ちに気付くかどうか・・・」

「え?」

「あら、私は最初に二人の様子を見た時から、兄はマイラのことを気に入っているなって感じていたわよ。私への態度と少し違ったもの。だから私は密かに応援してる!あ、ねえ、明日から三日ほど、両親もこっちに来るのよ。一緒にお兄様の家に戻らない?」


 リアはそう言うとにっこりと微笑む。マイラが家に戻りにくくなっていることを察していたのかもしれない。


「うん。一緒に行く。」

「そうこなくちゃ!じゃあ今日は早速支度をして、一緒に向こうの家に行きましょう。」



 そうして二人は連れだってマイラの部屋に向かい、持ってきていた荷物をせっせとカバンに詰め始めた。


 最近こんなことばかりしているなあと、落ち着かない生活を振り返りながらマイラは手を動かしていく。リアはその間にマイラの私物を楽しそうにチェックしたり、学校の課題の多さに目を丸くしたりしていた。



 するとあと少しで荷物が詰め終わる、というところでイリスが帰ってきたようで、彼は何やら慌てた様子でマイラの部屋にやってきた。


「マイラ様、それにリア様まで、どうされたのですか?その荷物はまさか・・・」


 イリスの顔に不安がよぎる。


「イリスあのね、リアのご両親が明日からお兄様の屋敷の方にいらっしゃるらしいの。それでリアに一緒に戻ろうって誘われて。ごめんなさい、イリスを振り回すことになってしまって。」


 マイラが落ち込んだ様子でそう言うと、イリスは焦ってマイラに近寄り、その手を取った。


「いいんですよマイラ様。マイラ様の思うようになさってください。私も荷物を片付けてまいります。一緒にエリクス様のお屋敷に戻りましょう。」

「うん。ありがとう、イリス。」


 そんな二人のやりとりを、リアは意味ありげに微笑みながら黙って眺めていた。


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