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4. 叔父の家と画商テルディ

 マイラと四角いものを抱えた男性は何とか追っ手から逃げ切れたようで、二人は物陰に隠れてしばらく様子を窺っていたが、その後あの男達の足音が聞こえてくることはなかった。


「お嬢さん、助けてくれてありがとう。ところで君、さっきの煙はいったい・・・?」

「あー、えーと、まあ秘密です。じゃあ私はこれで!」

「ちょっと待った!!」


 マイラは一瞬だけ立ち止まり、振り返ってニコッと笑う。


「おじさん、いい人なら内緒にしておいて!それともう追いかけられないように頑張ってくださいね!じゃあ!」

「あ、おい君!?」


 そう言うとすぐにマイラは走りだした。田舎育ちの快活な少女は、毎日草原を駆けまわって鍛えた足でその場を猛スピードで去っていく。男性は追いかけようとしたもののあまりの速さに舌を巻き、諦めてそこに座り込んでしまった。


「何だったんだ、あの子は・・・」


 耳も目もいいマイラは遠くで微かに聞こえるその声にクスッと笑いをこぼすと、再びあの絵の作者を探す旅へと戻っていった。



 残念ながらその日もたいした収穫がないまま帰宅すると、エドラの家に珍しく客人が来ていた。リビングにあるカラフルな木の椅子に座っていたその人が振り返ってから立ち上がる。


 背が高く、癖のある赤い髪を持つその男性は、目が合うと目尻を下げてマイラに微笑みかけた。マイラが不思議に思っていると、エドラが説明を始める。


「マイラ、おかえり。あんたが会いたい人なんじゃないかと思って招待したんだけど、この人が誰だかわかるかい?」

「・・・あっ、もしかしてホーク叔父さん!?わあ、何年ぶりだっけ?そうだ!いつもカードを送ってくれてありがとうございます!」


 マイラがキラキラした目で母方の叔父であるホーク・ラウリを見つめると、彼は潤んだ瞳で歩み寄り、嬉しそうな表情でぎゅうっとマイラを抱きしめた。


「やあ、嬉しいなあ!まだ五歳くらいの時に会ったきりだから、もう十年以上も会ってなかったんだよ?!こんなに大きく可愛くなって・・・大人になったマイラに再会できて僕は本当に嬉しいよ!ほらよく顔を見せて。うんうん、目はやっぱり姉さんによく似てる!」


 マイラはホークの手を握りながら久々の叔父との再会を喜んだ。


「私も久しぶりに会えて嬉しい!ねえ叔父さん、いつこっちに帰ってきたの?ずっと外国にいたんでしょう?」


 ホークは大きく頷いてからマイラの手を握り返し、先ほど座っていたカラフルな椅子にマイラを誘導すると、これまでのことを色々と話してくれた。


 外国を回って様々な魔法道具を研究、開発してきたこと、ルーイという大きな商会での仕事も請け負っていること、しばらくはまたこの国に滞在して仕事をすることなどがその主な内容だった。


「マイラ、だからまだこの町にいる予定なら、僕の家に移っておいで。師匠にいつまでもお世話になるのも申し訳ないし、僕も久々に会う姪っ子ともっと話したいからね!」


 マイラが困ったような顔でエドラの方を見ると、彼女はいつもの美しい笑顔で頷いた。


「マイラ、せっかくの機会なんだから甘えてきたらいい。でもいじめられたりして嫌になったらいつでも戻ってきていいよ。」


 ニコニコしながらそう話すエドラに顰めっ面のホークが泣きそうな声で反論した。


「師匠、酷いですよ!僕が大好きな姪っ子にそんなことするわけないでしょう!」


 エドラは彼の反論など聞いてもいないといった態度でマイラに言い聞かせた。


「まあホークは金は稼いでるみたいだから安心して過ごせるだろう。でも、あんたはもう私の家族みたいなものなんだから、ここにはいつでも来ていいからね。」

「うう、エドラさん・・・」


 嬉しくて泣きそうになりながら、マイラはエドラに飛びついた。花のような優しい香りを纏った彼女は、その温かい腕でマイラを包みこんだ。


 そんなやり取りを終え、少し寂しい気持ちで荷物をまとめると、エドラにしっかりお礼を告げて、マイラはホークと共に彼女の家を後にした。




 ホークの家は比較的町の中心部に近いところにあるらしく、近付くにつれどんどん人が増えていくように感じられた。そして彼の家に到着する頃には町のあちこちに設置された魔法を使った街灯が、暗くなつつあるその通りを明るく照らしはじめていた。


「マイラ、もしかしてこの間送ったカードの作者を探してるのかい?」


 歩きながら問いかけてきたホークに、マイラは大きく頷いた。


「そうそう!ほら、あのカードってこの町からいつも送られてきていたでしょう?そうだ叔父さん、あの絵を描いた人って誰だかわかる?今回はカードの中に名前が見えて『エリー』って書いてあるのはどうにかわかったんだけど。」


 ホークは少し眉間に皺を寄せて顎に手をやった。


「うーん。わかると言うかわからないと言うか・・・」

「どういうこと?」

「マイラ、その件は後でゆっくり話そう。さあ着いた!ここが僕の家だよ。」


 マイラはそれまで見つめていた叔父の顔から視線を移し、彼の指の先を見上げて驚いた。そこは隣に並ぶ大きな建物にも引けを取らない、三階建の大きなお屋敷だった。


「うわあ、大きい家!本当にここに住んでいるの?」

「ああ。今度から町に来たらいつでもここに来るといいよ。ほら、中に入ろう。」


 ホークがマイラの背中を優しく押し、二人は開かれたドアの中に入っていく。ふかふかの絨毯がマイラの足を優しく出迎え、可愛らしいお揃いの服を着た女の子達が、マイラが腕に抱えていた大きな荷物を持ってくれた。


「お、叔父さん、私一人で持てるよ?」

「ははは!いいんだよ、あれはあの子達の仕事だからね。さあマイラの部屋に案内しよう。」


 長い廊下だけでもマイラの部屋よりもずっと広いその家は、いくつもの部屋があり、どの部屋も美しい装飾が施された素敵な家だった。そしてマイラのために用意された部屋もまた、中に入るのを躊躇してしまうほどの豪華な空間となっていた。


「こんなすごい部屋、落ち着かないかも。」

「そのうち慣れるさ。それよりマイラ、早速夕食にしよう!今日はお客様も一人招待しているんだ。マイラもきっと喜んでくれる人だよ。」


 首を傾げて叔父の話を聞いていたが、空腹だったことを思い出しとりあえず頷いた。それからマイラは荷物をざっと片付けると、夕食のために着替えを済ませ、ダイニングルームに向かった。



 そしてその晩、件の招待客とそこで顔を合わせた瞬間、マイラは思わず大きな声で叫んでしまった。


「あ、昼間のいいおじさん!?」

「ああっ!君はさっきの女の子!?」

「なんだ、二人は知り合いなのかい?」


 マイラと昼間追われていたあの男性がすでに知り合いだと知ったホークは、驚いてパチパチと目を瞬かせた。そんな彼にとにかく座ってと促され、二人は呆然としながらそれぞれの席に着く。


「二人はどうも知り合いのようだけど、一応紹介しようか。マイラ、こちらはいつも送っているカードを作っているお店の方で、トム・テルディさんだよ。画商のお仕事が主なんだがね。彼は特殊な魔法で絵画をカードに写すことができるんだ。素晴らしい才能の持ち主だが、よく人に追われている。」


 マイラは深く頷いた。


「知ってる。だって二度もその光景を見かけたもの。」

「そうか。テルディさん、こちらは私の愛らしくて才能溢れる世界一の姪っ子、マイラ・マリーだ。」


 マイラは褒められすぎて真っ赤になりながらホークを軽く睨む。


「はじめまして、テルディです。マイラさんとお呼びしても?」


 テルディは昼間の切羽詰まった様子からは考えられないほど穏やかな態度と優しい笑顔でマイラを見ながら言った。マイラもその笑顔に応える。


「はい、もちろんです、テルディさん。あの、じゃあもしかしてあのカードに描かれた絵の作者さんをご存知なんですか?」

「ええと、どのカードかな?たくさんあるんでねえ、作者名はおわかりかな?」


 マイラはあれからずっとポケットに入れていた例のカードを取り出した。


「これです。たぶん『エリー』という名前の方だと思うんですけど。」

「エリー・・・ああ!」


 すぐに誰だかわかった様子の彼の表情を見てマイラの顔は一気に上気する。だがその後のテルディの発言で、大きく膨らんだ期待は一瞬で豆粒ほどにまでしぼんでしまった。


「だがその人は滅多に絵を描かないことで有名なんだよ。それに一般には素性も明かしていないんだ。」

「え・・・じゃあ、お会いすることは出来ないんですか?」


 目に見えてがっかりしているマイラを見て、テルディとホークが顔を見合わせる。


「マイラ、どうしてもこの人じゃなきゃ駄目なのかい?他にも優れた画家はたくさんこの町に住んでいる。そういう人を紹介してもらうことならできるかもしれないよ?」


 ホークの慰めの言葉もマイラの心を晴らすことはできなかった。


「駄目なの。全然違うの。あの人の絵は・・・」


 それ以上のことをこの場で話すのはまずいと気付き、マイラは口を閉ざした。ホークも事情を理解しため息をつく。そんな二人の様子から何かを察したのか、テルディが明るい声で言った。


「マイラさん、あなたには今日助けてもらった恩がある。私は何とかその恩返しがしたかったんです。この町で出会って今ここでこうしてまた再会できるなんて、きっとご縁があったんだ。私でよければ、特別にその人に取り次いでみましょう。」


 マイラは俯いていた顔をガバッと上げた。


「いいんですか?本当ですか!?」

「もちろん。ただしちょっと変わった人だからうまくいくとは限らないけど、それでも構わないかな?」


 テルディの言葉にマイラは何度も頷いた。


「構いません!掛け合ってくださるならそれだけでもう十分です!ありがとうございます、テルディさん!!」


 テルディの顔に笑顔が浮かぶ。ホークも嬉しそうにマイラを見つめた。その時そんな様子を見ていたかのようにドアが開き、美味しそうな匂いが部屋に漂い始める。


「さあ、それじゃあ話が決まったところで食事にしようか。もうお腹ペコペコだよ!」

「はい!」


 そうして嬉しい再会を果たした三人は、すっかり打ち解けた雰囲気の中で素晴らしい食事を楽しんでいった。


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