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38. 危険なお泊まり勉強会①

 それからの数日間、マイラはエリクスとのことを忘れるためがむしゃらに試験勉強を続けていた。イリスは部屋には立ち入れるようになったものの、集中し始めたマイラに声をかけることはせず、ただ優しくその後ろ姿を見守っていた。



 そして時は経ち、暑さも和らぎ始めた長期休みの半ば頃、ケイトから手紙が届いた。


「マイラ様、ケイト様からのお手紙です。」

「ありがとうイリス!」


 すっかり以前の元気を取り戻しつつあったマイラは、イリスに元気よく返事をしてその手紙を受け取った。


 そこには三日後に出発するミコルの家での勉強会について、詳細が書かれていた。今回はミコルの家の馬車で向かうこと、ウィルとスヴェンも参加したいと連絡があったため、六人で頑張りましょうということだった。


「そっかあ、ウィル達も来るんだ。」


 マイラの独り言を耳にしたイリスが、お茶をテーブルの上に置くとマイラの耳元に近付く。


「マイラ、今日も可愛いですね。好きですよ。」

「ひゃっ!?」


 顔を真っ赤にして耳を押さえ、イリスを軽く睨む。彼はそんなマイラも可愛いとしか思わず、悪戯が成功して嬉しそうな男の子のように無邪気に微笑んでいた。


「もう!毎日毎日!わ、わかったからもういいってば!」

「マイラ様、そのお泊まり会、いえ勉強会には、カイルという男子生徒も参加するのですか?」


 マイラは唐突な質問を不思議に思い、耳を押さえたまま首を傾げた。


「うん。でもどうしてカイルのこと知ってるの?」

「以前ケイト様のお宅に行ったことがありましたね。その時にご一緒だったと確か仰っていましたよ。」

「そうだったかな?そっか。うん、彼も来るよ。どうして?」


 イリスはソファーの上のクッションを綺麗に整えると、ニコッと笑って「いえ、何でもありません」と答える。


 マイラは変なイリスと思いながら手紙をしまうと、イリスの淹れてくれた美味しいお茶を味わいながら勉強で疲れた頭を休めた。



 そして三日後、マイラはミコルの用意してくれた馬車に乗り込み、町の東側にある高原へと向かっていた。


 とても大きく乗り心地抜群のその馬車の中で、六人はそれぞれの休み中の出来事についてワイワイと語り合う。


 ケイトは以前から憧れている人がいるらしく、その人に会いに行くことができ、さらに目標としている討伐隊の話も聞けて最高だったと教えてくれた。カイルは興味津々でその話を聞いていたが、スヴェンとウィルは調査科を目指しているためその話にあまり興味は無いようで、二人で課題についての話をしていた。


「ねえマイラ、向こうに着いたらあなたの魔法を調査させて欲しいんだけど、いいかしら?」


 ミコルがそんな四人の様子を窺いながら、小さな声でマイラに話しかけてくる。マイラはうんうんと小さく頷くと、ミコルと微笑み合ってから窓の外を眺め始めた。



 道はどんどん細く険しくなっていく。そんな景色の変化に少し不安を感じていたが、ミコルにとっては見慣れた道らしく、マイラが気になった建物や植物などがあると丁寧に教えてくれた。


 こうして移り変わっていく自然豊かな景色を見ているとエリクスとの間にあった様々な出来事もどうにか忘れられそうな気がして、マイラは少しほっとしていた。


 そしておしゃべりが弾む楽しい時間はあっという間に過ぎていき、マイラが気が付いた時にはもう馬車はミコルの別荘の前に到着していた。



 高い木々に囲まれた広大な森林地帯をミコルの家で所有しているらしく、そこは別荘といえどもとても大きな建物で、マイラはかなり驚いていた。光が多く差し込む林の中で、落ち着いた色合いの石造りのその家は、とても周囲に馴染んでいる。


「わあ、涼しいね!」

「本当ね!いいなあ、避暑地に別荘、最高!」


 みんなで涼しさに大喜びしながら荷物を運び出すと、別荘のドアが開き、中から初老の女性と若い大柄な男性が現れた。


「まあ、ミコル様、お待ちしておりました。長旅でお疲れでしょう。皆さんも中へどうぞ。美味しいクッキーとお茶を準備していますよ。」


 女性がニコニコと微笑みながらそう言うと、ミコルは嬉しそうに二人に近寄り、握手をしていた。



 全員がそれぞれの荷物を手に中に入ると、先ほどの若い男性が部屋が並ぶ二階へと案内してくれた。ミコルは自分専用の部屋があるらしく、案内をされる前に奥の部屋へと入っていく。


 マイラはミコルの隣の部屋に案内され、中に入るとまた一段とひんやりとした空気を感じて笑顔になった。


 荷物をざっと片付けてから下に降りていくと、他の五人はすでにリビングのソファーに座り、楽しそうに話をしていた。


「マイラ、おいでよ。トネリさんがお茶を淹れてくれたよ。」


 カイルが爽やかな笑顔でマイラを呼ぶ。彼の隣には一人座れそうなスペースが空いており、マイラは素直に頷いてそこに向かった。


「駄目よ。マイラはこっち。」


 だがその途中でミコルに手を引っ張られ、結局マイラはミコルとケイトの間に座らされてしまった。



「みんな疲れたでしょう?お茶を飲んだら少し休んで、午後から勉強しましょう。隣の娯楽室に大きなテーブルを運んでもらったの。試験範囲は広いけど、せっかく来たんだからここで頑張りましょうね!」


 ミコルがお茶を飲み干すとみんなにそう声をかける。男の子達は疲れたーと言いながらソファーにもたれたり伸びをしていたが、それでもまだまだ頑張る気力は残っている様子だった。


 一方ケイトはというと、どうやらまだ課題も終えていないらしく、げっそりしながら「私早めに始めておくわ」と言ってクッキーも残して部屋に戻っていった。


「ケイトの課題、後で少し手伝ってあげましょうね。さあ、マイラはこの後休まず私の部屋へ来て!」

「え?今から!?お昼寝は・・・」

「そんな時間は無いわよ!さあクッキーを口に入れて、行きましょう!」

「むぐぐぐ」


 ミコルに無理やり口に入れられてしまった二枚のクッキーがマイラの口中の唾液をぐいぐい吸い取っていく。


 その様子を呆気に取られた顔でカイルが見送っていたが、その顔には何か疑問も浮かんでいるようにマイラには見えた。




 ミコルの部屋に入ると、早速彼女から水の魔法、土の魔法を出すようにと言われ、マイラはイメージをしながら詠唱なしで両方とも少しずつ出現させる。


 ミコルは上から下から横からそれを眺めながら、じっくりと違いを確かめているようだった。


「うーん、出現するスピードはほぼ一緒ねえ。でも詠唱しないからその分は少し速いのかしらね。」


 マイラはミコルの話を聞きながらぼんやりと外を眺める。窓の外には木々が生い茂り、鳥の囀りが微かに聞こえていた。


「マイラ!?それ、何!?」

「うわっ、ごめん!」


 マイラの手からは小さな旋風とそれに巻き込まれるように鳥の羽のようなものが浮いていた。


「ごめんね、イメージがはっきり固まっちゃうと、現実化しちゃうみたいなの。」

「すごいわ!ねえ、それって何でも出せるのかしら?」


 マイラは首を横に振った。


「ううん。生き物は駄目。ほら、この羽も、羽っぽいけど違うでしょ?」

「そうね。本物ではなく、何かの飾りみたいなものに見えるわ。」


 ミコルは風が消えて落ちてきたそれを一枚拾い上げる。マイラは残った飾りのようなものを拾い集めると、イメージを作り上げてそれを消し去った。


「生き物を生み出したり消したりすることができたらそれはもう神様だしね。だからあくまでもそれっぽいものしかイメージでは出せないよ。植物も生きているものの成長を促進することしかできないの。」

「なるほどね。面白いわね。」


 ミコルの手の中にあった羽っぽいものも、マイラが手をかざすと消えていく。


 そんな調子で二人は昼食の時間までたっぷりと魔法を披露し合うと、お腹空いたねと言いながらみんなと合流するため食堂に向かった。




 その日の午後はミコルが準備してくれた広めの部屋に六人で集まり、大きなテーブルを囲んで試験勉強を始めた。ケイトは課題が終わっていなかったので、マイラが親身になってそれを手伝い、ミコルはひたすら歴史の勉強に集中していた。


「あー、今日はもう終わりにしよう!俺もう疲れたよ!」


 ウィルがペンを耳に掛け、椅子の背に体を預けて伸びをしながら言った。スヴェンはそれを見ながら「そうだね、僕もさすがに疲れたかな」と言ってペンやノートを片付け始めた。


「夕食までまだ時間があるから、私はもう少し勉強するわ。」


 マイラがそう言うと、ケイトはぐったりしながら手を振って部屋の外へ、ミコルは苦笑しながら彼女の後ろを追って出ていった。



「カイルはまだ勉強するの?」


 残されたマイラとカイルは、向かい合わせの席で目を合わせる。カイルは特に疲れた様子もなく、マイラに微笑みかけた。


「うん。マイラが頑張っているから、俺も一緒に頑張ろうかなって。」

「なあにそれ?でも無理は駄目だよ。」

「マイラには言われたくないな!」

「うふふ!」


 二人はそうして笑い合うと、再びお互いのノートや教科書に向き合っていく。だが少ししてから、ふとマイラは視線を感じた気がして顔を上げた。


 カイルが、マイラの顔をじっと見つめている。


「どうしたの?」

「マイラ。あのさ、俺・・・」


 その瞬間、部屋のドアが勢いよく開き、ケイトが部屋に飛び込んできた。


「大変!!この近くの村に『灰色の悪魔』が出たって今ここに緊急連絡が届いたらしいの!討伐隊の方々が向かっているみたいだけど、ここまで距離があるからとにかく外に出ないようにって!!」

「嘘だろ!?」

「本当なのよ!!どうしよう、この家の人達は魔法使いじゃないし、まともに魔法が使える大人はすぐには来ない・・・」


 ケイトが真っ青な顔で取り乱しているのを見て、マイラはスッと椅子を立ち、彼女に近寄った。


「落ち着いてケイト。大丈夫。みんなで力を合わせてみましょう。あなたは魔法の実技なら一年生の誰にも負けていない。ミコルは天才だし、男の子達も優秀でしっかりしてるわ。ケイトが今落ち着かないと、みんなも動揺する。大丈夫。できることをやってみましょう、ね?」


 マイラの言葉と穏やかな笑顔が、ケイトの心を落ち着かせていく。そして彼女の表情は変わった。


「うん、そうだよね。できることはまだ少ないけど、やれるだけやってみる。」

「うん。カイルはケイトと一緒にどの魔法で防御するか考えておいて欲しいの。お願いできる?」

「わかった。マイラは?」


 カイルの心配そうな顔がマイラの返答を待っている。できるだけみんなを守りたいが、ミコル以外に自分の力を見せるわけにはいかない。


「私はミコルと一緒に作戦を立てるよ。ウィルとスヴェンには万が一の時に逃げるルートを探してもらう。さっきミコルの部屋で地図を見つけたから、それが使えるわ。それとお互い連絡を取り合うのは難しいから、時間で集合場所を決めるね。」


 マイラは言いながら近くにあったノートをちぎってそこに別荘内の集合場所と時間を二つほど書き記した。


「そこにもし他の人が来なくても、屋敷内に危険が迫ったら逃げよう。お互いの命のために。」


 重々しく告げたマイラの言葉に、二人は息を呑んで固まっていたが、渋々受け入れてくれた。


 そしてその場ですぐに相談し始めた二人を頼もしく眺めてから、マイラはミコルを探すため急いでその部屋を出ていった。


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