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35. 実家への帰省③

 マイラはそれからほんの数分だけエリクスと二人っきりで抱き合って立っていたが、イリスの声が近付くと彼を突き飛ばすようにしてそこを離れ、声のした方向へと走っていった。



 草原を離れ家の近くまで走って戻ると、そこでイリスとぶつかりそうになった。


「マイラ!こんな遅い時間に、こんなところで何をしていたんです!?心配しましたよ!!」


 すると彼は半分怒ったような口調でマイラに詰め寄る。申し訳なく思いながらイリスの前に立ったマイラは、素直に謝った。


「ごめんなさい。ちょっと試したい魔法があって。」


 イリスが空を見上げながら言った。


「もしかして、先ほどの物凄い強い風の音は、あなたの魔法のせいですか?」

「う、うん。驚かせてごめんね?」

「いえ、それはいいんですが。それより・・・ああ、いや」


 何かを言いたい様子のイリスを見上げていると、彼はそのまま言葉を濁し、マイラの手をとって歩きだした。


「あ、待ってイリス!」

「もう帰りましょう。早く寝て、早く起きて、明日は一緒に行きたいところがあるんです。」

「行きたいところ?」


 イリスの手が冷んやりとしている。ここに来るまでに体が冷えてしまったのだろうかとマイラは申し訳なく思った。


「はい。昔、みんなで遊んだあの丘の上で、ピクニックをしませんか?」

「わあ!それ楽しそう!ねえ、マルクも誘ってみてもいい?」

「もちろんです。」

「ふふ!イリスと一緒に帰ってきてよかった!」


 すると突然イリスが立ち止まった。


「うわっ、どうしたの?」


 マイラの手と足が、後ろに引っ張られるようにして止まる。


「マイラはどうしてそう私が嬉しくなるようなことを言ってくれるんですか?」

「えっと、だってイリスは私の」

「友達以上には、なれませんか?」

「・・・え?」


 振り返ったマイラの手を、イリスが引き寄せる。抱きしめられることはなかったが、今までで一番彼に近付いたマイラは動揺し始めた。


「近いよ、近い!」

「はい。知っています。」

「あの、でも三年待ってくれるって」

「事情が変わりまして。」

「何それ!?」

「・・・待っているとあなたを誰かさんに奪われてしまう。それだけは避けたいんです。」


 マイラは、彼のこんなに不安そうな顔を今まで一度も見たことがなかった。いつも冷静で穏やかで、マイラにはどんな時も優しい笑顔を向けてくれる彼。そんな彼の辛そうな表情をどうにかしたくて、マイラは思わず手を伸ばした。その手が、彼の頬に少しだけ触れる。


「・・・マイラ、これは俺を煽ってるんですか?」

「ち、違う!違うよ!ごめんなさい・・・」


 慌てて戻そうとした手を、イリスに掴まれて再び顔を上げた。


「イリス?」

「マイラ、好きです。」

「・・・あの」

「これから、毎日伝えますから。」

「ええっ!?」

「さあ、帰りましょう。明日も早い。」

「イリス!?」


 そうして楽しそうな表情に変わった彼に引っ張られるようにして、マイラはイリスと共に家に帰っていった。




 翌日、雲一つない最高に良い天気の一日が始まった。


 イリスはアンジュとすっかり仲良くなったようで、朝早くからキッチンに立ち、一緒にピクニック用の昼食を作っている。


 マイラは外に出て庭の草花に魔法で水をやり、ケントはその横で何かを作っていた。


「お父さん、朝から何を作っているの?」

「これか?お前達がピクニックに行くと聞いたから、持ち運びできる小さな折りたたみテーブルを作っているんだ。もう少しでできるから待っていなさい。」

「すごい!嬉しいなあ、ありがとうお父さん!」


 ケントはマイラの笑顔を見ながら嬉しそうに頷くと、再び作業に戻る。そしてそんな二人の様子をウッドデッキの上から眺めていたエリクスは、昨日の夜のことを思い出していた。


(マイラにはああ言ったが、契約で決められた三年間を勝手に破るわけにはいかない。まずはマイラの気持ちをきちんと聞いて、今後どうするかをしっかり話し合わなければ!)


 柔らかなマイラの温もりを思い出し、胸が熱くなっていくのを感じる。だがどう話を切り出すべきか、エリクスは昨日の夜からずっと頭を悩ませていた。


(ピクニックに同行させてもらえることにはなったが、イリスが二人っきりにしないように立ち回っている。向こうに戻ればまた仕事で忙しくなってしまうから、どうにかこっちにいる間に・・・)


 そんなエリクスの悩みなど全く知らないマイラは、器用な父が作ってくれたテーブルを持ち上げながら、嬉しそうにケントにお礼を言っていた。




 そして朝食準備を終えた三人の元に、マルクがやってきた。


「マイラ!久しぶりだね!」

「マルク!!」


 マイラはマルクの顔を見るなり玄関先で彼に飛びついた。エリクス達はそれを見て一気に青ざめる。


「ほらほら、後ろの二人がびっくりしているよ。はじめまして。マルク・ホラントです。」


 マルクが苦笑しながらマイラと離れると、エリクス達に丁寧に挨拶を始めた。イリスはその場で事情を説明し、幼い頃遊んだ話をする。マルクは驚いてはいたが、元気になった彼のことをとても喜んでくれた。




 そうして四人は連れ立って草原の向こうにある小さな丘へと向かう。その側には細い川が流れ、遠くの山々まで見渡せる素晴らしい景色が広がっていた。


「これは凄いな!いい景色だ!」


 エリクスが風に吹かれながら遠くを眩しそうに眺める。その後ろにいたマイラが、にっこりと微笑んだ。


「でしょう?ここは子ども達が必ずこの時期遊びに来る場所なんです。気持ちいいですよね!」

「ああ。」


 するとそこにイリスが現れ、マイラに「あの辺りにシートを敷きましょうか」と声をかけ、エリクスの元から引き離した。


 ムッとするエリクスに余裕の笑みを見せながら、イリスが昼食の準備を始める。マイラも手伝い平らな場所にシートを敷くと、その上にケントが作ってくれた折りたたみのテーブルを広げた。


 マルクはゆったりとそのシートの上に腰をおろし、マイラ達もテーブルを囲むように座る。四人は心地よい風の吹き抜けるその場所で、イリスとアンジュ特製の昼食を広げ、最高のランチを楽しんだ。


 何気ない日々の話やマイラの思い出話に花を咲かせながらしばらくそこで過ごし、のんびりと空を眺め、風を感じる。


 一時間ほど寛いだ時間を過ごした四人は、マルクの「そろそろ帰ろうか」という掛け声で片付けを始めた。



 そしてその帰り道、三人の男達はマイラに様々な魔法を披露しながら歩いて帰った。色とりどりの魔法火や舞い上がる魔法水の飛沫に歓声を上げながら喜んでいたマイラだったが、エリクスが最後に見せてくれた魔法には特にうっとりしてしまった。


 それは、魔法の火と水を同時に使った美しい火と光の花だった。


 少しだけ日が傾き始めた空に次々に開かせていくその花々は現実ではあり得ない輝きと揺らぎを見せながら、マイラの目に、そして心に、素晴らしい思い出として焼きついていった。


「昨夜のお礼だ。」


 そう言って自分を優しく見つめるエリクスに、マイラは心からの笑顔を返す。


 それを少し後方で不安そうに見守るイリスと、何か面白いことが起きているぞとニヤニヤしているマルクが見ていたが、マイラはそんなことにも全く気付かないまま、エリクスの隣で楽しそうな笑顔を浮かべて家へと帰っていった。



 ― ― ― ― ―



 次の日から二日間、マイラは村の他の女の子達の家に遊びに行きたいとのことだったので、その間エリクスは一人で外に出て村中を散策していくことにした。


 以前聞いていた『鳥』の話も気になっていたため、それも確認しようと、キョロキョロしながらのどかな村の中を歩いていく。


 村といってもまとまった家や店が並ぶような区域はなく、広々とした畑や草原のあちこちに、家や小さな商店が点在している状況らしい。


 道だけは辛うじて整備されていたが、場所を示す地図も案内も無いので、エリクスは迷わないように目印を見つけながら先へと進んでいった。



 そしてとある場所に来た時、エリクスは自分の目を疑う光景に出くわす。


 そこにはなぜか草原の中に不思議と背の高い木々が生い茂り、その周りを何らかの魔法がかけられた柵がぐるっと取り巻いている場所があった。


 よく見るとその木々も本物ではなく、魔法植物を応用させて作った偽物の木であることがわかった。


 その内側を覗き込んだ時、彼はついに目的のものを見つけて身を乗り出す。


「あった!本当に『鳥』だ・・・だがかなり古い型だな。」


 エリクスが見つけたもの、それはマイラから聞いていた『鳥』、軍事用魔法飛行機体だった。だが古いものとはいえこれは本来国が保有するような特殊な乗り物だ。


(本当にあった。だがなぜこんな辺境の地にこんなものが存在するんだ?)


 エリクスが柵の近くまで近寄ってさらによく見ようとしたその時、後ろから何かの気配を感じて勢いよく振り返った。すると顔の横ギリギリのところを鋭い矢のような何かが飛んでいくのを感じ、急いで魔法の土壁を目の前に出現させる。


 ドドドドッ、という音と共に、分厚い壁が目の前に現れたが、それをあっさりと崩し、一人の男がエリクスの前に立ちはだかった。


「あんた誰だ。ここで何をしている。」


 鋭い目つきの中年の男性が、エリクスを睨みながらそう言うと、エリクスは残っていた土壁を消し去り、敵意が無いことを示すため、両手を後ろで組んで軽く頭を下げた。


「驚かせて申し訳ありません。私はマイラ・マリーさんの家に滞在している彼女の・・・友人、です。この辺りを散策していましたらこの変わった場所を見つけてしまったので、少し覗いておりました。」


 エリクスが丁寧に、だが堂々とそう答えると、目の前の男性は驚いた表情で言った。


「なるほど。ということは君があのルーイ家の長男か。魔力が相当高くないとこの場所は見つけることすらできない。さすがだな。俺はジャン・ホラントだ。マルクにはもう会ったか?」

「ああ、マルクさんのお父様ですね。ええ、昨日お会いしました。」

「そうか。・・・悪いが今見たものは他言無用で頼む。ルーイ家の人間ならこの『鳥』の意味は知っているんだろうが、別に盗んだりしたものではない。理由があってここにある。だがそれを君には話せない。」


 ジャンは言いにくそうにしながら手に持っていた工具のようなものを腰に掛けていたバッグにしまった。


「わかりました。ですが一つだけ。この村は・・・何か秘密があるのですか?」


 エリクスの言葉に、ジャンの目が光る。


「あるかもしれないし無いかもしれない。どちらにしろ部外者の君には話せないことばかりだ。ちなみに子ども達も何も知らないから聞いても無駄だ。さあ、そろそろ天気が悪くなりそうだ。早く帰ったほうがいい。」

「・・・わかりました。では。」


 ジャンがガシャンと工具の音を響かせながらその場を離れていくと、エリクスも一旦空を見上げてから目印を頼りに家に引き返していった。


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