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34. 実家への帰省②

 マイラの実家に到着したのは、もうそろそろ日が暮れ始めるかという時間帯だった。


 エリクスの家から見て北西方向にあるこの村は、近辺は比較的開けているものの、村に向かうまでの道中はかなり険しく山深いところを通っていかなければならない。


 どうして大きな町から離れた場所にこの村があるのか、どうして彼らがこんな隔絶された場所に住んでいるのか。


 エリクスは前回来た時からそれを密かに疑問に思っていた。


 だが今日は、マイラが課題を恐ろしいほどの速さで終えてまでも楽しみにしていた帰省の日だ。余計な詮索はせず、今回は二人でゆっくり過ごそう、エリクスは眠そうに目を擦っているマイラを見つめながらそう考えていた。


(いや、イリスもいるのか・・・)


 イリスはうとうとし始めたマイラにクッションを渡したりブランケットを掛けてあげたり、甲斐甲斐しく世話を焼いている。そしてエリクスは、それすら手を出せないでいる自分に苛立ちを感じ始めていた。


(俺が、マイラの面倒をみてあげたかったのに)


 寝ぼけ眼のマイラがイリスに「ありがとう」と言いながら笑顔を向けている。


 その時、その笑顔すら独り占めしたいと願っている自分に気付き、エリクスは愕然とした。


(三年後、こんな状態で俺はマイラと本当に離れられるのか?)


 ずっと頭の中にあったその思いが、ついに頭の中で明確な自分への問いかけとなって現れる。


 だが今のエリクスはその問いに対する確かな答えなど、何一つ持ってはいなかった。



「あ!お兄様、家が見えましたよ!」


 少しして、しっかりと目を覚ましたマイラが嬉しそうにエリクスに微笑みかけた。


「ああ、よかったな。」


 マイラの笑顔が輝いて見える。彼女こそが今の自分にとって何よりも大切でかけがえのないものだと、エリクスは思い知る。


「マイラ、ブランケットを預かります。」

「ありがとうイリス。」


 だが目の前の二人の間にある絆は、自分達のそれよりも強く、深いものなのだろうか。


(そうだとしたら、俺は・・・)


 エリクスは暗くなっていく外の景色に目を向けると、自分の心の中に芽生えつつある不確かな感情を、見えない何かで綺麗に覆い隠していった。




 家に到着し、鍵など掛けたことのない玄関を開けると、マイラの目の前には懐かしい父と母の笑顔が待ち受けていた。


「ただいま!」

「おかえりマイラ!さあお父さんにハグをしてくれ!」

「おかえりなさい。長旅で疲れたでしょう。早く中に入って。後ろのお二人もどうぞ。」


 アンジュに促され、エリクスとイリスはマイラの家のリビングに通された。するとマイラには蕩けそうなほどの笑顔を向けていたケントが、二人を見るなり警戒するような表情を見せる。


「それで、なぜ君達までやってきたんだ?」

「ちょっとお父さん!せっかく来てくださったお客様にその言い方はないでしょう!ごめんなさいね。この人の言うことは気にしなくていいわ。」


 二人のやりとりから夫婦の力関係が見えるようだとイリスは思った。そして一歩前に出ると、マイラの両親の前で丁寧に頭を下げる。


「ご無沙汰しております。イリス・ウェイリーです。幼い頃ラウリ様の紹介でこちらの村に療養に来ておりました。何度かマイラさんに誘われてこちらにもお邪魔したことがあるのですが、覚えていらっしゃいますか?」


 イリスがそう言うと、ケントとアンジュは目を見合わせてから「ああ!」と小さく叫んだ。


「あの女の子みたいに可愛かった子ね!よくマイラが色々な物を持って出掛けてはあなたに貸すんだって嬉しそうにしていたわ。もう体はいいの?」


 イリスは覚えていてくれたことに感謝しながら頷く。


「はい。今はもう風邪すら滅多にひかないくらい健康体になりました。」

「そう!それで、あなたがマイラの面倒をみてくれているのね?マイラの手紙によくあなたの名前が書いてあるのよ。」


 ケントは先ほどよりも表情を和らげ、アンジュと一緒に話を聞いている。


「そうなんですね。ご家族に話題にしてもらえてとても嬉しいです。マイラさんとは良いお友達ですので。」

「イリス君は、確かウェイリー商会のご子息だったかな。」


 ケントがふと思い出したかのように口を挟む。マイラは不思議そうにそのやりとりを眺めた。


「はい。いずれは後を継ぐことになっていますが、今だけは自由な時間をもらっています。」

「そうか。」


 もっと何か言いたそうな様子だなとマイラは思ったが、結局その後ケントがイリスに質問をすることはなかった。



 アンジュはその間に何やらエリクスとコソコソ話をしていたが、すぐに夕食の準備のためその場を離れていった。そしてケントの案内で、男性二人は二階にある客用の部屋へと向かっていく。


 ケントが部屋のドアを開けると、二人はベッドが二つ置いてあるシンプルな部屋へと通された。カーテンだけはベージュ地に青い小花柄の可愛いものだったが、それ以外は柄の無い、薄いブルーで統一されたさっぱりしたインテリアの部屋だった。


 ケントは二人を中に通すとドアの側に立ち、小声で話しかけた。


「悪いがうちはそれほど広い家ではないんでね。ベッドは別だが部屋は同じで頼む。それと、マイラはああ見えて結構繊細な子なんだ。せめてここにいる間はあの子に伸び伸びと過ごして欲しいと俺は思っている。色々思うところはあるだろうが、少なくともこの家に滞在中はあの子に余計な口出し、手出しはしないように。」


 エリクスとイリスは、ケントにはっきりと釘を刺されたことを理解し、黙って頷いた。


 そして、ドアが閉まる。


「だそうだ。」

「あなたもですよ。」

「・・・」

「・・・」


 二人の男達はそれぞれの荷物をざっくり片付けると、楽な服装に着替えて階下に降りていった。



 その頃マイラは自分の部屋で着替えを済ませると、アンジュの手伝いを始めていた。今夜はサラダと母特製ブレンドの香辛料が効いたマッシュポテト、そして柔らかいステーキに野菜たっぷりのスープというメニューらしい。


 最近はすっかり、少量の細々としたよくわからないおしゃれな料理を食べることが多くなっていたマイラにとって、家で時々出されるこの豪快なお客様向け料理は懐かしく、そしてよだれがたれてしまいそうなほど美味しそうに見えた。


「うー、いい匂い!お腹すいちゃった!お母さん、テーブルにこれ運べばいいの?」


 アンジュは嬉しそうに「お願い」と言うと、キッチンで燃え盛っていた紫色の魔法の火をふっと消した。


 

 夕食の準備が終わるとちょうど二人が二階から降りてきたので、マイラは彼らをダイニングに案内し、ウキウキしながら自分のいつもの席に着いた。


 そしてケントとアンジュも席に座ると、食卓は明るい笑顔と笑い声で溢れ、美味しくて和やかな夕食の時間がゆっくりと過ぎていった。




 夕食を食べ終え片付けを済ませると、マイラは前回ここに戻ってきた時のように、星空の見えるウッドデッキにやってきた。


 だが風の無いその日、空にはかなり雲がかかっていて星はあまり見えなかった。温かい気候で少し浮かれていたマイラは、そのまま庭に出て外を歩き始める。



 街灯などない暗い夜道を歩き、風のほとんどない暗い草原に差し掛かる。すると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてきて、マイラはパッと振り返った。


「マイラ!」


 それは、普段はあまり着ないようなシンプルなシャツをざっくりと着こなしているエリクスだった。


「エリクスさん?もしかして家からついてきたんですか?」


 彼が側までやってくるとマイラは不思議そうにそう尋ねた。するとエリクスはマイラの頭に手を載せてふっと微笑む。


「また、エリクスさんに戻っちゃったな。」

「あ!」


 二人は暗い草原の入り口で、微かに見えるお互いの顔を見て笑い合う。


「それで、マイラはこんな時間にこんな暗い場所に何をしに来たんだ?危ないだろう!」


 エリクスのいつもの兄らしい言葉に少しほっとしながら、マイラは草原の方に顔を向けて答えた。


「エリクスさんに会う前、ここであなたの絵を見ながら新しい魔法を試したんです。今日は星が見えないから、ちょっとその魔法を使ってみようかなって。」

「へえ。どんな魔法なんだ?」


 マイラは黙ってエリクスから少し離れた場所に行くと、あの日見たカードのイメージを思い出し、右手から風を起こす。次第に強くなっていくその風が周りの草を前回よりも多く、高く巻き上げ、その渦は暗闇の中でも体感できるほどに大きく勢いよく空へと立ち昇った。


 ゴオオオオッ・・・


 という凄まじい音を立てて空に到達したその風は、その草原の上にあった雲をほぼ全て散らしてしまった。



 そして上空には、こぼれ落ちそうなほどの満点の星空が現れる。


 エリクスはその光景を見上げ、言葉を失った。



「ああ、よかった!お兄様にこの星空をもう一度見せたかったんです!」


 その言葉と振り返った彼女のキラキラと輝くような笑顔が、エリクスの中に先ほど浮かんだ問いに対する答えを出してしまった。


「お兄様?大丈夫ですか?」


 マイラは突然黙ってしまったエリクスの様子に不安を感じ、ゆっくりと彼のいる場所へと戻る。ザッザッと草を踏み締める音が静かな草原に流れ、二人の距離は縮まっていく。


「エリクス、さん?」


 マイラの顔がエリクスを見上げた、その時。


「マイラ・・・ずっと俺の側にいてくれないか?」

「え?」


 その低く、小さな声がマイラの耳のすぐ近くで囁かれ、そしてその体はエリクスの腕の中にすっぽりと包まれた。


「お、お兄様!?どどどうして今ハグしてるんですか!?」

「・・・わからない。」

「これ、今、必要ないですよね!?」

「マイラ。三年後も、俺の側にいて欲しい。」

「は、はい!?何を言って・・・」


 エリクスにさらに強く抱きしめられ、体が熱くなっていく。心臓の音がこれでもかというほど大きくなり、彼に聞こえてしまうのではないかとマイラは焦り始めた。


(こんなの駄目でしょ!なんで今私、エリクスさんに抱きしめられてるの?なんで・・・どうしてそれがこんなに嬉しいの?)


 心の中に浮かび上がってきたその疑問は、すでに答えが出ているような気がした。だがマイラは、必死でそれに抗う。


「あの、とにかく一度離れましょ?今は妹のふりなんて必要ないんですから。ね?」

「マイラは、俺にとって」

「マイラ!!」


 エリクスが何か言いかけた言葉に被るように、遠くからイリスの声が聞こえてくる。


 マイラがそれに返事をしようと口を開いた瞬間、その口をエリクスが手でそっと塞いだ。その手に、マイラの心臓は飛び跳ねる。


「んん!?」

「呼ばないでくれ。まだもう少し二人だけで、この空を見ていたい。」

「・・・」


 星空の下で微かに見える彼の表情からマイラは目を逸らすことができなかった。そして再び、彼の腕の中に包まれていく。


(どうしてエリクスさんは、こんなこと・・・)


 混乱と奇妙に冷静な気持ちとが混在する心を抱えながら、マイラは「もう少しだけ彼の腕の中にいさせてください」と、密かに天に祈り続けていた。


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