31. お休み前の小さな騒動
学園祭が終わると、学校には再び通常通りの時間が流れ始めた。だがこの日常もあと数日で終わり、翌週からはいよいよ長期休みに入る。
マイラのクラスは学園祭のカフェで予想を遥かに上回る利益を上げることができたため、七割は寄付に回し、残った三割を使って教室で打ち上げパーティーをしよう、と言う話になった。
三割と言ってもたいした金額ではないのだが、みんなでお菓子やお茶を準備してワイワイ騒ぐくらいのことはできそうだった。そして全員で簡単に話し合い、長期休みに入る前日の午後に、それを開催することが決まった。
「打ち上げなんて楽しそう!上級学校ならではだよね。あ!ねえ今度の休み、三人でお泊まり会をしない?もちろん勉強会を兼ねて!」
話し合いを終えた後の放課後の教室で、ケイトがはしゃぎながらミコルとマイラに提案する。マイラはお泊まり会?と言いながら首を傾げた。
「そうそう!場所はまた検討するとして、せっかくだから休みらしいことをしたいじゃない?休み明けは試験もあるし、勉強も兼ねてどうかな?」
ミコルはカバンに教科書やノートをしまいながら考え込んでいる。マイラはなんだか楽しそうだなあと思い、笑顔で頷いた。
そこにジェンナが何やら大量の紙の束を持って現れた。
「みんなにユギ先生からプレゼントですって。見てこれ!休み中の課題と休み明けの試験範囲が書いてあるんだけど、酷いの!」
顰めっ面のジェンナに気付き、まだ教室に残っていたクラス全員が彼女の手にある紙の束に注目する。次々と手渡されていくその紙をマイラも見てみると、そこには大量の課題と、思っていた以上に広く難しい試験範囲が記されていた。
するとすぐにクラス中に悲鳴が上がりはじめる。
「うわ、何だこれ!?無理だろこんなの!」
「多すぎる、多すぎるよ!休み中に旅行に行く予定なのに・・・」
「終わった。俺の夏は終わった。」
それぞれが少なからず絶望を感じている中、マイラとミコルだけは至って冷静にそれを受けとめていた。
「でもまあなんとか半月もあれば終わりそうだけど・・・」
「そうね。あ、そうだマイラ、お泊まり会だけど、うちの別荘に行かない?少し離れてはいるけれど、涼しくていいところなのよ!」
阿鼻叫喚の教室内でこの二人だけが楽しそうに休みの予定について話していると、ケイトが呆れた顔で言った。
「あなた達ってほんといつも余裕よね。その余裕を私達にも分けなさいよ。お泊まり会はミコルの別荘に決定!そして私の課題も手伝って!!」
最後のケイトの悲痛な叫びが教室内に響き渡る。マイラは思わず噴きだしそうになるのを必死でこらえ、休み明けの試験に向けての勉強計画を頭の中でざっくりと立て始めていった。
その日は珍しくエリクスは遅くなるとのことだったので、マイラは一人で早々に帰宅した。帰ってすぐに着替え、その日の課題も済ませると、今度はマルクへの手紙を書き始める。
「マイラ様、お茶が入りましたよ。ああ、お友達へのお手紙ですか?」
イリスが優しくマイラに声をかける。その手にはすでにマイラお気に入りのカップが載ったトレイがあった。
「ありがとうイリス!うん。いつも手紙を送っているマルク・・・あ、そうか!イリスもマルクのことは知っているのよね?」
マイラは書き物机からソファーに移動すると、テーブルにあったカップをソーサーごと手元に引き寄せた。
「ええ。彼が私のことを覚えているかどうかはわかりませんが。とても優しく穏やかな少年でしたね。」
「うん。マルクは優しいよ。いつも私とジェイクと遊んでくれたし、喧嘩していればきちんと双方の話を聞いて慰めてくれた。」
「・・・マイラ様。」
「うん?」
イリスがマイラの横に片膝をついて話しかけた。
「このお休みにご実家に帰られる時、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「え?」
マイラは突然のお願いに驚くも、あることに気付き笑顔を見せた。
「ああ、マルクに会いたいのね!もちろんいいわよ!でもあの村に宿とかはないからうちに泊まるしかないけど、狭い家だから申し訳ないなあ。」
真剣に悩み始めたマイラの手にイリスが優しく自分の手を重ねた。マイラはドキッとして目を大きく開く。
「マイラ様と一緒の家で過ごして良いのですか?狭いだなんて全く気にしません。むしろ休みの間もあなたの近くにいられるなんて、こんなに幸せなことはありません。」
「あっ、ええと、うん。あの、そう?」
動揺しているマイラはどんどん挙動不審になっていく。それを嬉しそうに見守っていたイリスは手を離してスッと立ち上がると、「では楽しみにしています」と言って部屋を出ていってしまった。
(イリスの手が触れるだけで動揺しちゃう!でも・・・ああもう、よくわかんない!)
混乱していく心に一旦蓋をしてお茶を飲み干すと、再び手紙に向き合う。
だがさすがにマルクに恋愛相談をするわけにもいかず、手紙を書き終わるとすぐに魔法練習でこのモヤモヤした気持ちを発散しようと、いつもの部屋に向かった。
それから数日後、とうとう夏期休暇前、最後の登校日を迎えた。
その日は午前中だけ実技の授業があり、休み中の注意事項などを聞かされた後すぐに解散となった。
だがマイラのクラスは午後から学園祭の打ち上げパーティーを開催する予定になっている。ユギにしっかりと許可も貰った正式なパーティーではあるが、騒ぎすぎないようにと釘は刺された。
この日は全員が決められた金額分のお菓子を持ち寄り、学園祭で使った茶器を使用してお茶を淹れることになっていた。
当然魔法の使用は許可されていないので、調理室を借りてたっぷりとお湯を沸かし、みんなでワイワイ話しながら準備を整えていく。
途中廊下で他のクラスの生徒達が、ぞろぞろとお茶を持って歩く集団を不思議そうに眺めていたが、誰もそんな視線を気にすることはなく、ジェックスクラスの一団は和気藹々と教室に戻っていった。
「はーい、それじゃあ打ち上げパーティーを始めます!学園祭のカフェの成功と明日からの長期休みを祝って、乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「明日から休みだー!」
「課題頑張らないと・・・」
ミコルの挨拶と共に賑やかにパーティーが始まる。お茶とお菓子というささやかな会だったが、机を円形に並べ全員が向き合って座り、その場は予想以上に騒がしく楽しい時間となっていった。
途中ユギからサンドイッチの差し入れも届き、教室はさらに盛り上がりを見せた。特にお腹を空かせた男子達には大好評で、ユギはそれまでも人気のある先生だったがその日を境にさらに男子達のヒーローになっていった。
そんな楽しかったパーティーも、いつかは終わりの時間がやってくる。決められた二時間という時間はあっという間に過ぎ去り、みんなで協力し合って片付けを済ませると一人、また一人、しばらく会えなくなるクラスメート達に挨拶を交わして帰宅していった。
静けさを取り戻したその教室にマイラは最後まで残り、本を読みながら兄を待っていた。
「あれ、マイラはまだ帰らないのか?」
同じく最後まで残っていたカイルが心配そうに声をかけてくくる。マイラは本から顔を上げて頷いた。
「うん。お兄様を待っているの。今日お兄様のクラスは午後も授業があるんですって。研究科は割とカリキュラムが詰まっているみたいね。」
カイルは休み前ということもあり、大量の荷物を両手に抱えてマイラの前に立った。
「そうか。マイラのお兄さんは研究科なんだな。あそこは魔法道具開発とか新しい魔法の研究とか難しい勉強するんだよな。人数も少ないし、あの科に入るだけでも大変そうだよなあ。」
カイルはその大変さを想像したのか、目を瞑り辛そうな表情を見せる。マイラがその顔を見てふふっと笑うと、その笑い声に反応してカイルがじっとマイラを見つめた。マイラはその視線の強さに違和感を覚え、首を傾げる。
「カイル?」
「なあマイラ。この長期休み、どこか行く予定はあるのか?」
「ああ、うん。ちょっと遠くに一週間ほど旅行する予定だよ。あとは勉強会とかかな。」
マイラの言葉に何か思うところがあったのか、カイルは自分のカバンを近くの机の上に置き、下を向いて黙ってしまった。
「どうしたの?」
マイラが心配そうに呼びかけると、彼はゆっくりと顔を上げる。そして少し緊張した面持ちで口を開いた。
「じゃあ、俺とも、一緒に勉強しないか?」
マイラは一瞬その意味を考え黙ってしまったが、すぐに意味を理解し笑顔になった。
「・・・ああ!そういうこと?わかった。じゃあミコルに聞いてみるね!」
「え?なんでミコル?」
カイルは焦り、置いてあったカバンを倒しそうになる。
「え?だってカイルも勉強会に来たいんでしょう?今回はミコルの別荘で泊まりでする予定なの。カイルの予定にも合わせないとね!」
「・・・二人っきりがよかったんだけどな。」
「え?何か言った?」
「なんでもない。」
カイルのボソボソ言う声はマイラにはよく聞こえなかったが、勉強会の人数が増えたらもっと楽しくなりそう!と、ワクワクする。
そして何気なく窓に目をやると、その窓が開いていることに気付いて立ち上がった。窓に手を掛け外を見渡すと、窓の下に何かが見えて思わず上半身を乗り出す。
「どうしたんだ、マイラ?」
だがマイラはカイルのその問いかけにも一切反応せず、窓の外のその光景に釘付けになっていた。
「お兄様・・・?」
それはエリクスが、黒っぽい髪のスタイルの良い女子生徒にしっかりと抱きつかれている光景だった。
マイラの胸の奥に、微かな痛みが生まれる。
「なんだあれ?あ!あの人、マイラのお兄さんじゃないか?」
カイルも隣の窓からマイラの視線の先を見つめている。
「・・・うん。そうだね。」
「マイラ?」
カイルの手がマイラの肩に伸びる。だがその手はどこにも着地しないまま、窓から離れていくマイラの後ろで彷徨っていた。
「カイル、勉強会の話はまた明日連絡するわ。それじゃあ!」
「あ、ちょっと、マイラ!?」
マイラの耳に、もう彼の声は入っていなかった。
兄を女子生徒から救い出さなきゃ、という表向きの気持ちの裏に、もう一つの思いが浮かび上がる。
(お兄様が他の女の子と抱き合っている姿なんて・・・)
自分の中に浮かんできたその考えを、マイラはそれ以上深追いすることはできなかった。ただ見てしまったからには兄の元に行きたい、その一心で、マイラは髪が乱れるのも構わず校舎の外へと猛スピードで走っていった。




